第35話 厳正なる審査

 ――ついに剣覧会本戦、その審査が始まった。


 進出した鍛冶職人はハイリタ聖皇国の秘宝【三種の神器】にちなんで三組だ。


 まずは北東のドワーフ。


 ちなみに、ドワーフとは霊山付近に住う小人の一族が祖となった人々のことだ。


 体は小柄ながら力強く、工業ギルドを組んでおり、高位の神聖法理術を扱える。


 そんな彼らが武具を……どんなのだろう。


 ――気になってその場を動かず頭だけで覗くように盗み見る。


 剣は長身の片手剣。


 鎧は薄めの金属板を数枚重ねて細い鎖で編んだプレート鎧。


 盾は小軽な金属製の円形の盾。


 そのどれもがサラの好きなハイリタ聖皇国の自然を中心に装飾が施されている。


 時折りその装飾が滲み出るように光るところを見るに、どうやら高位の神聖法理術が施されているみたいだ。だからか独特な覇気を感じるな。


「さすがドワーフ。かなりの業物だ」

「装飾も綺麗ですね。皇室も納得するでしょう」


 団長と副団長は絶賛している。


「剣については申し分はないが……」

「対照的に鎧と盾が少々貧弱に見えますね」


 打って変わって剣から視線を移した二人はそんな感想を述べた。


「鍛冶士。何か申したいことはあるか?」

「はい。皇女殿下の親衛隊がお使いになられるため、かねてから親衛隊は少数精鋭で機動力に優れていると聞いておりましたので、その力を存分に活かせる武具をと思いこの様な拵えに致しました」


 団長の問いかけにドワーフは答えた。


 なるほど。ベルさんが前に教えてくれた通りなら、サラの親衛隊は総員二十名で全員馬を有する機動性の高い部隊らしい。


 だから、鎧や盾を強くして重くするより剣の攻撃力をあげて強くしているんだ。


 さすが東北の霊山で暮らす一族だな。取捨選択の鬼だ。


「……装飾は自然と見受けるが、これは?」


 団長が装飾に触れた。側から聞いていてずっと気になっていた。


「は、はい。皇女殿下は自然がお好きだと噂に聞いたもので……鎧には山、盾には空を駆ける鳥と大精霊の泉、剣には草原の草と花を象ったレリーフをあしらいました」

「なるほど……分かった」


 納得した様子の団長。

 確かにサラは花とかそういうの好きだからな。まあそれより木の実の方が目を輝かせてるけど、これは口を挟まず僕だけの秘密にしておこう。


「団長。如何ですか?」

「特段問題はない様に思えるが……」


 ステラさんの問いに腕組みをする団長。

 何やら思案顔だ。何か引っかかるらしい。


「鍛冶士。これは仮の話だが……もしこれらの武具すべてが損壊により喪失した場合、修繕と再納品にどれほどかかる?」

「え、ええー……大変申し訳ありませんが……これらの武具はすべて高位の防護神聖術を施しておりまして……損壊することは有り得ないと考えております」


 何か考えがあるらしい団長の問い。それに答えるドワーフの答えにひとり驚く。


 損壊することがありえないって、凄いな。防護神聖術恐るべし。


 ――って感心してる場合か! 壊れない武具とか負けちゃうよ!


「ふむ。では質問を変えよう。もし仮に紛失した場合、代わりの武具を用意するまでにどれくらいかかる?」

「そ、それは……一ヶ月はかかるかと……」


 痛いところを突かれたみたいな顔をするドワーフ。

 一ヶ月か。たぶん、武具に防護神聖術を施すのに時間がかかるんだ。

 もしかしたら、他にも理由があるのかもしれないけど。


「なるほど……参考になった。ありがとう」


 団長はドワーフにお礼を言うと、またも腕組みしながらこちらに歩いてくる。


一月ひとつきかかるとなると……少々難があるそうですね」

「ああ、数を多くしても金が倍かかる。それに使用中の武具の質にも関わるだろうからな」


 歩きながらステラさんと話す団長。その鋭すぎる言葉にドワーフが痛手を負ったみたいに腰を折っている。


 それに構わず団長は僕の隣の鍛治職人の元へ。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「よし、次だ」


 その言葉と共に武具に向き合う。


 ドワーフの次は皇都城下町の工業ギルド。大本命であろうギルフィードだ。


 剣は長身の両刃。

 ドワーフと同じ感じだが両手でも扱えそうな柄の長さだ。


 鎧は近衛騎士団の白い鎧と似た形の肩当て、胸当ての分厚いプレート。

それに加えて肘当ても付いている。


 盾は大きめの細長い五角形型。そのどれもに、サラの綺麗な髪の色が所々に配色されている。


 装飾は聖皇国の皇室を表す輝く太陽を模した紋章に、ベルさんが教えてくれたサラが自ら選ぶ皇女親衛隊徽章きしょうをあしらう予定なのか今は何も描かれていない無地のところがある。


 そして、鎧には鏡、盾には宝玉と御剣を象り皇女の親衛隊でありながら神器を守護する近衛騎士団との協調を提示した装飾だ。


「……美しいな」


 ただ一言、団長の口から溢れるように発せられた。


「ええ。他の追随を許さない全てを圧倒した工業技術集団と言われるだけありますね」


 とステラさんも賛同している。


「盾、鎧。共に皇王側近の近衛騎士と遜色ないものだ。いや、同等と言っていいだろう」


 団長の言う通りギルフィードの打った武具は近衛騎士団のそれとよく似ている。


 肘当てまでついているので、むしろ上位互換のようにも思える。


「少し武装が過剰ではありませんか……? 親衛隊は現在のところ総員二十名の予定です。騎士長級の武装が必要となると予算はもちろん、我が騎士団の脅威と――」


「ステラ君、忘れるな。我々は近衛騎士団の代表役みょうだいとしてこの場に立っているのだ。それによく武具を見ろ」


 聞いた通り王族親衛隊と近衛騎士団は仲が悪いらしく、ステラさんが何か言いかけたのを団長が遮り、ギルフィードの打った武具を見るよう指差した。


 ステラさんは訝しむようにそれらに目を向ける。


「剣、盾、鎧。すべてに皇室を表す聖陽紋があしらわれ、神器も描かれてる。これは親衛隊の武具でありながら近衛騎士団との協調を提示した装飾だ」


 団長は冷静に分析する。


 騎士は武具の拵え、装飾にもかなり拘るらしいからな。


 近衛騎士団は国と皇王陛下を守る騎士団。


 対して親衛隊は仕える王族を守るためだけに存在する。


 そのため、時として親衛隊が近衛騎士団に歯向かっても仕方ないとすることがある。


 サラが言うにはこれは憲法にも規定されている。


 しかし、装飾が同じなら――自分たちは守るものを共有していると感じるらしい。


 それくらい、騎士にとって剣や盾、鎧は重要なものなんだ。


「……軽率な発言、失礼しました」


 団長に諭されて、素直に謝るステラさん。少し顔が赤い。


「だがしかし、ステラ君の言い分も最もだろう。親衛隊はいわば遊撃隊としての側面を持つ。これだけ大きな装備を身につければ持ち味である機動力が失われるだろう……」


 少し悩ましそうに呟いている。


 確かに、団長の言う通り見た目的に近衛騎士団の武装より重そうだ。


「それに関しては安心していいぜ。心配症な団長さんよ」


 突然、団長の独り言に反応したのは若い男の人――ギルフィードの鍛治職人のようだ。


「おい、団長に向かってその口の聞き方は――」


 案の定、不遜な物言いに怒るステラさんを団長は軽く手で制し、


「どういう意味か説明願えるか?」


 と大して気にしていないような雰囲気で訊いている。


「簡単な話だ。こいつには飛竜の鱗をめい一杯使って軽量化を施した特殊合金を使用している。ちょっとやそっとの剣なら傷ひとつ付けられねーし、飛竜の鱗を使っているから当然にして超軽い。機動力も、切れ味も、耐久性も、どれも簡単には負けやしねえよ」


 自信満々に答える男の人。


 素材は飛竜の鱗か……それにギルフィードの鍛治技術が合わさっている。

 今回、僕も飛竜の鱗を精錬して使っているが……これはまずいかもしれない。


 飛竜の鱗は最上級に匹敵するほど硬い。

 しかし、空を駆けるためなのか飛竜はその鱗もその他の金属より軽めなのだ。


 飛竜の鱗が上質な素材として活用されているのは、その硬度と軽さに起因している。


「なるほど……飛竜の鱗は軽量かつ強靭な金属系統の素材として知られているが、一匹から取れる量は往々にして多くはないと聞く。もし仮に戦闘の消耗を考えて武具の備蓄や量産をするとなると飛竜の乱獲は避けられない。そこについてはどう考える?」


 団長はそんなことを言い出した。


 ドワーフのときも思ったが、団長はかなり実戦を念頭に置いて考えている。


 団長という責任重い階級についているのも頷けるほど、実際戦争になっても安定して使えるのかというのを重要視している。


 それだけじゃなく、飛竜の命も案じているようだ。


 優しい人だ。


 おかしな話かもしれないが……少し父さんを彷彿とさせる。


「は、は……? そんなのお前らが負けなきゃいいんだろ? それ以前にそんな状況下になるってことはお前らの失態だよな。そ、それにだ。そこの姫さんの安全と飛竜の命、どっちを取るんだよ?」


 ギルフィードの人は焦ったように近衛騎士団に責任転嫁しだした。


 加えてサラと飛竜を天秤にかけるようなことまで言っている。


「うむ、そうだな……一理ある。では剣の性能について訊ねるが、先程のドワーフの剣と、貴殿の剣。どちらが上だと考えるか?」


 頷いて団長はさらに畳み掛ける。ギルフィードは本命だけに気になるのかもしれない。


「……俺の剣が負けるだろうな。あいつらは山脈の特殊な鉱石を使うことで有名だし、中には共鳴石とかいう強烈な神聖力を秘めた石も扱うそうだ」

「なら貴殿も使ってみればいいのではないか?」


 至極当然の問いだ。


「それができりゃー苦労はしねーよ。共鳴石は原石から取り出そうとするとタダの石になっちまうんだ。原因も研究途中でよく分かってない。どうもドワーフが出品した剣は共鳴石を使っているみたいだが……うまくいってないぜ。共鳴石の神聖力はあんなもんじゃねえからな。まるで魔王と対峙した様な……ぞくっとする震えがくるからよ」


 冷めた目で語る鍛治職人。話の内容からして仕事はできそうな人に思える。


 共鳴石……そんなのがあるんだな。


 あの神秘的な雰囲気はその石のせいか?


「ふむ。よく分かった。説明ありがたく思うぞ」

「おうよ」


 お互いに頷き合って、険悪だか平穏だったのか分からない二番手ギルフィードの審査は終了した。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ギルフィードの審査が終了すると、僕の方へ歩いてくる。


「概ね問題は無さそうですが……」

「バックアップに関しても恐らく問題はない。近衛騎士団の装備を拵えているのもギルフィードだからな」


 歩きながら話すステラさんと団長。


 やっぱりギルフィードについては好感触だったみたいだ。


「強いて言うならば……剣を見たとき少し腹が立った」

「……? 理由を伺っても?」

「よく分からない……ただ私はあまりあの剣が好きではない」


 不思議なことに団長はそんなことを言い出した。


 ギルフィードの武具でそんなことを言うなんて……。


 僕がパッと見てもいい剣だなと思ったのに。


「まあ、それはともかく……次の武具を拝見しよう」


 そう言って、僕の武具の前にきた。


 ついに、この時がきた。 


 剣覧会審査三番手――僕だ。


 僕が出品した武具は他の出品者のものとそう変わらない。


 両刃の長剣。

 軽量と強度を考え抜いた旅人風の鎧。

 緩やかな曲線を描く縦長に伸びた菱形が特徴的な盾。


 そして、装飾は無骨。


 ここに並ぶ中で最もシンプルさを貫いた武具だ。


 しかし――


「これは……」

「……よく本戦まで残りましたね」


 哀れみと驚きが混ざったような声が……


 き、気のせいだよきっと!


 だが、ギルフィードのときは盛り上がっていたのに、僕に審査が移って会場全体から微妙な空気が流れ始めたような気がする。


 う、嘘でしょ!?


「……貴殿がこの武具を?」

「は、はい! 私が鍛えた物です!」


 団長を前にして答える。


 大きいな……父さんより背が高い気がする。


「まだ子供ではありませんか……果たしてこれは評価するに値するのか疑問に思いますね」

「ステラ君」

「……申し訳ありません」


 ステラさんは溜息を吐きながら忌憚きたんなき評価を下すが団長に流し目で窘められる。


 それから鎧、剣、盾を吟味するように細かく見ていく。 


「見たところ特段目立ったところはない。装飾はほぼなく、それぞれ武具としての基準値は満たしているだろう。卓越的に優れている部分はなさそうだ」


 聞いた感じ過不足ないという評価か……いや、口ぶりからしてこれはもう駄目だろうか。


 だけど、団長は顎を撫でながら真剣そうな目で僕の武具を見ている。


「だが……」


 それから団長は黙った。


 ……どうしたんだろう?


「団長?」

「いや、何でもない」


 ステラさんに気にするなとでも言わんばかりな返答をして、団長は僕に向き直る。


「――鍛治士の少年。ひとつだけ聞きたい」

「は、はい!」

「この武具で何故本戦に勝ち進めたと思うか?」


 僕を見据えるようなその眼はとても鋭い。

 その質問の意図は分からないけど……答えよう。

 何故、本戦に勝ち進めたのか――


「……分かりません」


 それが僕の本心だ。


 南方のフィレーネ地方領主館で行われた予選を僕は勝ち進んだ。


 でも、未だにここに僕が立っているのが不思議なんだ。


 優勝を目指しておきながら、それはないだろうとは我ながら思うんだけど、本気でそう思っている。


 だから、嘘はつきたくない。


 その僕の言葉に近衛騎士団の二人は沈黙。


 団長は僕にさらに鋭い目を向ける。


 なら、もうひとつの僕の本心を伝えよう。


「しかし――ひとつだけ、確信していることがあります」


「それは何だ?」


 団長の目はそのまま。


 少し怖い。でも、言わなければいけない。


「見ての通り僕は子供で人並みのことすら覚束ない平民です。しかし、そんな何もできない僕を認めてくれた人が近くにいたんです」


 僕はやや自嘲的に語り始める。


 あの子や二人の師匠のこと考えながら。


「その人を守りたい、救いたい、そして、傍にいられる存在でありたい……その願いを込めて熱き鋼を打ったから――僕はここまで来れたのだと思います」


 

 この舞台の上座中心にいる幼なじみのために、僕はこの武具たちを打った。



 もちろんそれだけじゃない。もっと僕自身の私欲的な理由もある。

 でもその欲とは関係なしに――


 僕の打った武具たちが彼女を守る剣と盾になって欲しかった。


「……分かった。答えてくれてありがとう」


 頷いた団長は静かに謝意を述べるとステラさんと揃ったお辞儀をして、そのまま剣覧会の審査員達が集う上座へと向かうのだった。


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