【大本編】鍛冶屋と剣覧会
第34話 名も無き鍛冶屋の剣覧会
天気は明瞭。気温も過不足ない。
そして場所は、皇王陛下がお膝元――皇都城下町。
父さんと幾千の鍛治、ベルさんと幾万の剣術を修めて早一ヵ月。
今日ここにたくさんの人が集っていた。
「すごい賑わいようだな……聖誕祭並みじゃないか?」
屋台や出店が軒を連ねる大通りを進む父さんが周りを見てそう溢す。
「そうですね。まさかこれほどの集客的要素を持つとは思いませんでした」
と、その隣を歩く近衛騎士団の鎧を纏うベルさんが驚嘆の声をあげた。
「まあ、どれだけ人がいようが、俺たちには関係ないけどな」
「それには同意しますが……」
前を歩く父さんとベルさんが話しているのを後ろで武具を乗せた台車を引きながら見ていると、突然ベルさんが振り返った。
必然的に、僕らの歩みは止まり……、
「ユウ、どうしたんだ。顔が真っ青だぞ?」
と父さんに突っ込まれる始末だ。
「だ、だって、こんなに人がいるって思ってなくて……」
不思議そうに覗き込む父さんに僕はあたふたしながら答える。
きっと、今の僕は、すごく緊張している。
――皇女親衛隊直下武具剣覧会・皇都本戦
今日ここで開催されるのは剣覧会、その本戦だ。
これで緊張しないわけがない。
すると、急に父さんは笑みを浮かべながら片膝をついて――
「ユウ、ここはどこだ?」
と訊いてきた。
「皇都城下町……」
絞り出すような声で答える。
そんな僕らを避けるように人々はある場所を目指して通り過ぎていく。それに構わず父さんは僕を見据えた。
その真剣な眼差しに、この城下町が僕ら親子二人だけになったような錯覚を覚える。
「そうだ。剣覧会――その本戦がここで開催される」
僕を真正面から捉える目は、真剣で、それでいてどこか嬉しそうな感じがした。
「権利を剥奪された俺が皇都であるここに立っていられるのは、剣覧会本戦出場者としてお前が選ばれたからだ。俺ではなく、お前が選ばれたからだ」
力強く、檄を飛ばすように言う父さんは、その言葉の通り僕の補助の名目で皇都城下町に入場している。それは事実で揺らぎない。
――僕の置かれた立場を、忘れないようにもう一度確認してくれているんだ。
「でも……父さんやベルさんがいなかったら僕は……」
父さんが言っていることも十分、分かっている。でも、それでも父さんとベルさんがいなければ、ここまで来ることはできなかった。
それが、ズルをしているようで……そう思えて仕方なかった。
父さんは、それを見抜いたように僕の両肩を大きな手で掴み――
「――前に言っただろ。強い剣は一人では作れないって。今、ここいる人間でそれを理解できない者はいない。それが分からない奴は本戦にまで勝ち登ることは絶対にあり得ない」
凛々しい表情、そして強い口調で言い切った。
――強い剣は一人では作れない。
その鋭い言葉は鍛治のときに教えてくれた言葉。
幾度と言われた言葉。でも今このとき、純粋に僕の不安の種を射抜いた。
僕の反応を見て父さんの表情が緩み元の顔に戻ると――
「そうだろ?」
と優しげに微笑んだ。
自然と、僕も、笑みが溢れる。人ごみの中、親子の花が咲いていた。
「先輩の言う通りですよ。ユウトくんは気負うことなく、本戦に臨んでください。きっと、優勝できますから」
僕ら親子の様子を見ていたベルさんが、またその花に一輪を加える。
「――はい!」
ベルさんに大きな声で返事をする。
「本戦は平和の広場で開催されます。ささ、急ぎましょう」
そう言いながらベルさんは僕が引く台車の後ろに行き、縁を掴んだ。
それを合図に僕は急いで台車を引き始める。
父さん、ベルさん。二人の師匠に檄を飛ばされるなんて、僕は幸せな弟子だな。
びくびくとしていた心も、高揚感はそのままに落ち着いている。
――これなら、きっと!
鍛冶屋親子と後輩騎士、希望を胸に、平和の広場へと歩を進めるのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――平和の広場
十年前、皇都を襲った大きな魔物を討ち倒した場所として知られる由緒ある地。
その勝利を以って戦勝歌『我らが
平穏な名に反して血塗られた歴史のあるこの地で、忌まわしき武具たちが総覧していた。
広場にはたくさんの鎧、剣、盾が並べられ、木で出来た人型にそれら一式を纏わせていたり、別々に立て掛けて展示していたりと様々だ。
中央に鎮座する噴水の周りには席が設けられ、ここでも商魂たくましい商人たちが食べ物を売っていたり、道化師がいたりとまさにお祭り状態と化している。
しかし、剣覧会が発表された日に皇王陛下がいらっしゃった時計の門には人はおらず、その代わりに門の下付近に小高い舞台が築かれ設置されていた。
舞台には仰々しい椅子が数席設けられ――
三つの鎧、三つの剣、三つの盾が一堂に会し人々の注目を集めている。
そう――剣覧会本戦出展者の三つ揃え、選考対象の『鎧』『剣』『盾』だ。
舞台に上がれるのは選出された鍛冶屋ごとにひとりだけということで、僕は衛兵の人に促されて、恐る恐る舞台にあがる。
促されるがままに本戦にまで出展を果たした他の鍛治職人と同じく、自分の指定された定位置につく。
そこには、僕たちの打った三つ揃えも荘厳な台に乗せられており……神々しく飾り立てられている。
近くで見ると……その……感極まる気持ちになるな。
――やっと、やっとここに立てた。
最初は、全くと言って打てなかった剣もここに来るまでには鍛えることができた。
鎧も盾も、父さんと共に策を巡らせたものだ。
これで必ず、優勝してみせる!
自分が打った三つ揃えを前に拳を固めて改まった決意をしていると、ふと眼下に広がる民衆に、
その間に……ひらひら。
何か見覚えがある布が見えた気がするんだけど……気のせいか?
何かぴょんぴょんとそれが跳ねるので、もっとよく見ようとしたとき――
――ポオオオオオオオオオオオォォォォン!
突然、ラッパが鳴った。
衛兵の合図があり、急いで観客から席のあった方へ振り返る。
近衛騎士団と似たような白い生地に金の紐で縁取ったような衣服を纏い多彩な楽器を掲げた集団が演奏をしていた。
――エーメル
十年前、名だたる戦勲をあげ、皇国に尽くしたことから儀礼音楽隊として存在するエーメル吹奏団の後継組織。
彼、彼女らが奏でる音は多くの人々を魅了した。
確か、これは入場行進曲だったかな。
「僭越ながら、
美しく荘厳な調べを背景として、近衛騎士団の服を纏った銀髪の女性が発した読み上げの号令と共に時計の門から入場してきた。
元老院・議会長政令大臣
――ポール・シルギアム殿
ハイリタ正教会・皇統儀礼院顧問・正教会司祭
――ローレア・スヴェリタ司祭猊下
貴族院・元老内政補佐工業大臣・ティベット東方領主
――オルエント家エメリタ卿
貴族院・元老内政補佐商業大臣・ラリール西方領主
――ノーゲルト家ウォーリタ卿
貴族院・元老外政補佐外交大臣・アルベント北方領主
――ジェルサレス家ノーリタ卿
貴族院・議長・フィレーネ南方領主
――レイモンド家シベリタ卿
近衛騎士団・総騎士団長
――ラフトル・オグラベル閣下
そして、我らが
ハイリタ聖皇国・第一皇女
――サラ・システィーナ・ルミス殿下
「以上。紹介は近衛騎士団副騎士団長、ステラ・パルロ・ラメイスが務めました」
音楽と入場の時期に合わせて、副騎士団長――ステラさんが紹介してくれた。
何もが何やら従者を連れている。メイドに執事、騎士や聖職者までいる。
ノーリタ卿はアルベント聖騎士団を連れており、シベリタ卿はベルさんを連れていた。
そして、総騎士団長を除く各々が正六角形を半分に切ったような形で配置され、僕が立っている舞台よりもう一段上、上座に設けられた席の前に来ると――音楽が止んだ。
それを合図として綺麗なドレスを着た皇女サラが席に着くと遅れて皆が一斉に席に着く。
足並み揃い一分の無駄もない動きが場の緊張感を高めた。
洗練されたこの入場。今は毅然としているけど、きっとサラも練習したんだよな。
(お疲れ様)
出だしのひと仕事を終えた幼なじみを労っていると、唯一上座に席がなく、そのまま立っていた人物が舞台の前に躍り出てきた。
(こ、この人……やっぱりそうだ!)
入場して来たときから思っていたけど……以前、皇王陛下の傍にいた近衛騎士団の偉い人と同じ人だ。
なるほど……総騎士団長、近衛騎士団の長だったんだ。
サラがお遊びで父さんに任命していたけど……本物はすごいな。
あのときは近衛騎士団の兵服だったけど今は鎧姿だ。
ひとり納得していると、ベージュと白金が混じったような綺麗な髪色をしている団長が手を少しあげて合図してきた。
それに衛兵と一緒に回り右。
この舞台にいる全員が民衆の方を見る。
「今、ここに皇女親衛隊直下武具剣覧会・皇都本戦の開催を宣言する!」
団長の大きな声が平和の広場に広がった。
湧き立つ民衆。あがる歓声。
皇都城下町の活気がよく分かる。
……それと同じくらい野次や怒号が響いてもいる。
――税金の無駄だ!
――こんな舞台ぶっ壊してしまえ!
――鍛冶屋など捨て置け!
怒気が高まった声が歓声に負けない大きさで拮抗し、広場に響く。
並ぶ僕ら鍛冶屋の表情も自然とかたいものになった。
「剣覧会の規定については触れ書きの通りである。本戦の結果について諸君らの関心も高いことだろう。よって再三たる説明は不要と判断し、速やかに審査に移行するが……その前に、近衛騎士団総騎士団長として述べたい」
怒号が飛ぶ広場を前にしても怯むことなく団長は声高に宣言した。
団長は一呼吸を置き、さっきまでとは少し違うやや柔らかな表情になって続ける。
「各地方の予選に勝ち抜いた諸君らの武具の数々……しかと見させてもらおう。しかし、ここには数多の武具が飾り立てられ――皆の目に触れている。否が応でも先の大戦を想起する者も少なくないだろう」
その話に民衆の活気の騒めきと怒号は嘘のように消え去り、団長の声に耳を傾けている。
先の大戦――
魔族大戦について城区の人間が触れることが珍しいからかもしれないが、それよりも……団長の声が、表情が、その心が、そうさせているように思える。
それに加えて……皆が白銀の騎士、その長を信じているのだ。
「事実、剣覧会開催に当たりその是非を問われ批判も相次いでいた。結果的にこうして開催できる運びになったのは……一重に多くの鍛冶職人が集ったからに他ならない。その者たちが紡いだ魂の結晶を、ここにいる者全てが見届けてほしく思う」
真摯な願いが広場に響く。
団長が仰る通り、剣覧会の開催にあたり、かなりの批判が来たというのは今この場にもいるベルさんから聞いた。
鍛冶屋の金儲けの口実、税金の無駄遣いなど様々な非難。
さっき目の前で起こった状況からも、それらが嘘偽りのない事実であることが分かる。
初めて聞いたときから想像に難くない批判だと思った。
ルロッソ村のようなことは一部――確かにそうかもしれない。
現に父さんに仕事を依頼してくれる人もいるのだから。
でも、見えないところに鍛冶屋差別というのは現存している。
僕がそれを一番よく知っているつもりだ。
他にも、商都の商人などがこの剣覧会で商売することを認めて、何とか批判を押し切ったという話も聞いた。意地でも開催したい理由があったんだろうな。
「鍛冶職人が、ここ聖皇国に於いて快く受け入れられていないことは我々城区の者たちも聞き及んでいる。……しかし、彼らの純粋な思いを――今一度感じてほしい。我らと共に戦った英雄の叫びを。その咆哮を――」
団長はそう民衆に訴えて「以上だ」と静かに目を閉じた。
……もしかしたら、この剣覧会の開催目的である地方の振興というのは建前とは言わなくても、それとは違う目的――鍛冶屋の名誉回復というのも兼ねていたのかもしれない。
鍛冶屋の願いを叶え、誰かが助かれば……もしかしたらこの状況が変わるかもしれない。
それに民衆の目の前で競い合わせることで鍛冶屋の悪印象のひとつである【逃げる鍛冶屋】という汚名を払拭し【鍛冶屋も戦っている】というような印象を与えられると考えているのかも。
そんな風に団長の言葉を聞いていつもの癖で色々考えてしまう。
「では、審査に移る」
考えている間に目を開いていた団長はそう宣言して僕の隣の隣にいる鍛治職人の元へ歩いた。その後ろをさっき【
――ついに剣覧会本戦、その審査が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます