第33話 悪魔の商人
――ルロッソ村
南方領土の東よりに位置し、良くある田舎の村。
前にサラが教えてくれたハイリタ聖皇国の自然、シルリア川――その下流が分岐した川の水を用いた稲作が盛んだ。
ハイリタ正教会の修道院があり、教育関連は万全、町なみも良くて新しい。
総評として田舎にしては栄えている印象だ。
まあ、それでも南方城下町の近くにあるシルリア村ほどじゃないけど、自然豊かで良い村だと思う。
――そして、父さんと僕は少しの間、一時的にここで住んでいたことがある。
子供たちを送り届け、駄々をこねるのを何とかひっぺ返した後、父さんがきっちりと紙にしていたメモ――意外と紙は高価なのにお客さんについてキチンと記録したい性分らしい――を頼りに品物を届けた。量はそれほどでもなかったので一人でも十分こなせた。
しかし、何とか引き離したとは言えまだ子供たちは遊びの延長線のようで、絶賛かくれんぼをしているような状態だ。
そのせいで子供たちから隠れながら物を運ぶ形になったよ。
(早くこの村を出たいのになぁ……父さんめ、自分で行けばいいのに)
仕事も終わりそろそろ見つかりそうなので帰ろうとしていると……、
「あ! おにいさん! 今までどこにいたの?」
思ったそばから見つかった。もう関門の前なのに……。
声がした方に振り返ってみると駆け寄ってくる子が見えた。
お礼がしたいと言っていた男の子だ。
上手く隠れたつもりだったのに、見つかったかぁ。
「ああ、その……すこし観光を……」
歯切れ悪く適当な言い訳を試みるが、
「おにいさん、ちょっとこっちにきて」
男の子は問答無用な感じで僕の手を掴み、きた方向とは反対方向に駆け出した。
「え、ちょ、ちょっと。何処に連れて行くのさ?」
「お家だよ! やっぱりお母さんに頼んでお礼がしたいから」
「いや、いいよ! 君のお母さんに迷惑だし!」
そんな押し問答をしている間にあれよあれよとある民家の前まで連れて来られた。
ここが男の子の家なのかな。とか思っていると男の子はドアを開け、僕を掴んだまま中に入った。従って僕も半ば強制的に入らされる。
「ここで待ってて! ――母さん!」
玄関で待たされ、男の子はもう少し中に入ると母親を呼んだ。
「お帰り。……あら、その子は?」
男の子の母親と思しき髪を垂らした女性が出てきた。
――嫌な予感がする。
「このお兄ちゃん、僕が川で溺れてたところを助けてくれたんだ! 何かお礼をしたいんだけど――」
そこまで言うと、母親は僕の前に出てきて――
「あなた、どこかで見たことがあるわ。ここら辺の子じゃないわよね?」
と、僕を一瞥してきた。
「えっと、その……」
何とも形容し難い感情が胸に渦巻き、言い淀む。
認めてしまえば、すべてが壊れそうな気がして。
「――鍛冶屋の息子。違う?」
「……はい」
残酷な問いに簡潔に答える。
ああ、やっぱり、こうなったか――
「そう。なら帰ってちょうだい。うちにはお金がないの」
さらに睨みを強める母親。
きっと、父さんと僕のことを見たことがあるんだ。
父さんと一緒に行商に来たこともあるし。だから、僕が鍛冶屋だって看破された。
「母さんなんで――」
「どうせお金のために息子を助けたんでしょう?」
男の子の焦る声を遮り、侮蔑に満ちた問いが僕に迫る。
「ち、違いま――」
「――違わない! 鍛冶屋は金の亡者よ!」
僕の言葉を否定し断言するように言い放った。
その一声で、張り詰めたこの場の雰囲気。
そして、堰を切ったように、感情が流れ始める。
「十年前、私たちが食うに困ってるなかあんたらは国から金をもらって食いつなげた。私はよく知ってる。国に従って村から離れて逃げる鍛冶屋たちを。前線で戦うこともないのに偉そうにしていたやつらを。でもあんたらは生かされた。あんたらが打つ粗悪な剣や槍は残って、たくさんの剣士が……その命を散らせた。そのほうがあんたらは儲かるものね」
長年の怨嗟を、恨み辛みを、その痛みを吐露する母親。
……そうか、そうだったよな。楽しかったせいで少し忘れていた。
この国で、今生きる時代において、僕は、
僕たち鍛冶屋は――
「まるで悪魔よ!」
――生きとし生けるもの、その命を奪いかりとる殺めの武具を生み出す生業。
その武具を売って金を得る悪魔の商人。どんな魔物より醜く愚かな職業――
不幸の象徴、守銭奴の死の商人であることを。
「……失礼します」
一礼して、回れ右。そうするしか、ない。
「おにいさん!」
切羽詰まったような男の子の声。ごめんな、僕のせいで。怖い思いをさせて。
僕がここから消えれば全て元通りになる。そうしたら優しいお母さんに会えるよ。
「待ちなさい」
突如、呼び止められる。まだ、言い足りないのかな……?
「……息子を助けてくれたみたいで、ありがとう。それだけは言っておくわ」
また回れ右をする。再び一礼し、僕はその民家を駆け出すように後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はあ、はあ……知ってたさ。こうなることくらい」
走り疲れ、関門近くに生えていた木の側で横になり休憩する。
ここなら誰にも見つからないだろう。かくれんぼのおかげだ。怪我の功名だね。
少し、長くなるが調度いい。半ば忘れていたことを戒めておさらいをしておこう。
――記憶の彼方に追いやっていた歴史。
鍛冶屋の背負った業――魔族大戦の影を。
十年以上前、ハイリタ聖皇国は魔族大戦に於いて劣勢に立たされていた。
魔族領域――それを隔てる聖なる結界に一部穴が開き、果ての東にある魔の森から皇都ハイリタを目指して魔族軍は侵攻してきた。
当時、最前線であった東方戦線は東方領土と南方領土の領境付近――
その脆くなった結界に新たに大きい穴を穿たれ、そこからなだれ込んできた魔族軍のために補給線が分断。
皇都へ退却しようにも新たに侵入してきた強力な魔法を扱う魔族軍と奴らが従える魔物に囲まれたため不可能になった。
それにより本陣を置いた東方地方領主館が孤立し、絶え間なく続く戦闘から戦線は崩壊寸前に陥った。
北方も同様にして攻め込まれようとしていたが、魔族領域と北方との間には東方の管轄地帯になる山頂に大精霊の泉をたたえる魔を排する力に満たされた霊山があった。
その守りと古代遺跡群の死守を皇王陛下と正教会が主張したためその守りは強固であり辛うじて守られた。
分断された補給線と崩壊した東方戦線を復旧させるべくエーメル吹奏団という詩吟神聖法理術を扱う放浪の吟遊詩人が力を貸してくれた。
そうして皇都と東方領主館を打通し何とか形としては東方戦線を復原させることに成功する。
しかし、依然として戦線は斬り込まれた状態であり、南東付近にいる魔族軍は健在。
状況は悪かった。
そして、魔族軍は東方はそのままに、南方へ侵攻するためか新たに軍を結集し始めた。
結果的に南方領土は第二の前線となる――ハズだった。
突如として、魔族軍は皇都南正門前に大規模転移。
手段は不明だが魔法といわれている。
それからは……皇都防衛戦となり、城下町も被害にあったそうだ。
実は僕はあまりよく知らない。父さんはそこまで教えてくれなかったから。
そんな魔族大戦が幾度も起き、十年前が七度目の大戦だったという。
――そしてハイリタ聖皇国の鍛冶屋は東方や南方に多い。
これは良質な鉱物資源が豊富だからでもあるが、昔から人々が鍛冶屋を嫌ったためだ。
国は戦局が悪化すると軍備を担う鍛冶屋が戦闘に巻き込まれて死ぬことがないよう西方や霊山の麓に工房を移させた。
それに伴う資金の援助、生活の保障も行ったという。
過去に遡れば平民の身分は徴兵されることもあり、十年前の魔族大戦も食うに困る人々が多い中、鍛冶屋だけは優遇された。
それが、より一層、人々から鍛冶屋への嫉妬や憎悪という矛盾じみた感情を募らせ、以前からあった死の商人という印象と合わさって侮蔑の対象となった。
『お前んち、鍛冶屋なんだろう?』
またか――うん。
『じゃあ国からもらってる金を持ってこい、たくさん持ってるんだろ?』
いやだ。そんなおかねしらない――もってきたよ。
『ああ、これ以上近づくなよ。投げて渡せ。血生臭いからな。ハハハハ!』
もう、やめて、そんなこといわないで――ごめんなさい。
『どーせ、お前は一生チビなんだ。力もねぇし。まともな剣なんて一生打てないんだからな。この金は俺が有効に使ってやるよ』
くやしい、みかえしたい、いつかぼくだって――ありがとう。
『ええー、これだけぇ? ふん、これくらいならいらないや。これ持ってあっちいけ』
……え?
『お前なんかいらない』
――ユウ! 今日は何して遊ぶ?
「ハ――!」
思わず飛び起きた。
遅れて頭についていた緑の草葉が目の前に舞う。
どうやら、色々考えているうちに眠っていたらしい。
「なんて、夢だ……」
あれは、僕がここの修道院に行っていたときの……忘れかけていた思い出。
今思い出しても悔しい思い出だ。
でも、また――あの子は僕を救ってくれた。
「……ありがとな、――」
夢の最後に出てきた笑顔の眩しい少女の名を呼びながら感謝を述べる。
「さて、もうそろそろ帰らなくちゃ」
もう夕暮れだ。早く帰らないと父さんに叱られる。
急いで帰り支度を終え、馬車に乗って懐かしいルロッソ村の関門を出る。
……その門は、ずっとここを守ってきたにしては新しい。
それだけじゃない。この村には比較的新しい建築物が多い。
――そう。魔物に破壊され、新たに建てられたからだ。
父さんと一緒にここに住んでいたのは、それの応援のためでもあった。
本当は僕を修道院に行かせるための口実だったらしいが子供ながらに嬉しかった。
でも――世界は僕に冷たかった。
それを知ったから、ここから早く立ち去りたかった。
でも本当は――
あの子供たちとちゃんとしたかくれんぼなんかができたら――
また、再びあの子たちと遊べれたら――
――あーあ! 今日は散々な一日だった!
飛竜の鱗を貰いすぎた罰があたったか?
願望を打ち消すように首を振る。
そんなこと、もうあるはずないのだから。
「あ、いた! ――おにいさーん!」
「……?」
突然の呼びかけに振り返ると――
「今日はありがとぉーー!」
「あそんでくれてうれしかったよ! またいっしょにあそぼぉー!」
「水きり、今度はおれが勝つからな!」
「ごめんなさい! あんなことになったけど、またあそんでください!」
今日、一日を共に過ごした子供たちが僕に向かって叫んでいた。
「――うん!」
力いっぱい叫んで応える。
滴が、垂れる。
名も知らない子供たち、ありがとう。
おかげで沈んでいた気持ちが和らいで元気が出たよ。
……やっぱり今日は最高の日だった。君たちのおかげだ。
ちょっと長居しすぎたから父さんに怒られそうだけど……剣覧会に向けて頑張らないとな。
優勝して、サラに――
あの広場で抱いた胸の騒めきを、その気持ちを確かめるんだ。
実は――もう半分は分かったような気がするけど……やっぱり優勝して、皇王陛下から【皇王勅命申請書】をいただかないと僕が本気だったのか分からなくなる。
もう、中途半端でいるのはイヤだから。
ここに来て改めてそれが分かった。……あ、そうだ。鍛冶屋についても色々考えないと。
でも、皇王勅命申請書は一枚しかないし……うーん。
子供たちに励まされて、そんな今後の考えを巡らせながら僕は馬を囃し名も無き鍛冶屋への帰路につく。
その空は綺麗な黄昏であった。
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