第32話 鍛冶屋と水打つ調べ

 本日晴天。


 太陽の光を頭上の枝葉が適度に防いでくれる林道で僕は馬を囃していた。


 父さんに修理したり新たに作ったりした鉄器を運ぶように頼まれたからだ。


 気になって「ノーリタ卿から鍛治は禁止されてるんじゃ?」と訊いてみたところ――


『これは書面が届く前に受けてた仕事で、城下町から帰ってすぐに終わらせたやつだ。だからこれを運ぶだけ運んでやってくれ。その間、お前が持って帰ってきた飛竜の鱗の精錬をしておきたいからな』


 ――との返答をいただいた。


 ベルさんから渡されたノーリタ卿の書面には【鍛冶屋の行商としての皇都城下町入場許可証の剥奪】と【武具等の金属製品全般の修繕製造の一定期間休止】の二つが記されていた。


 通常これは書面が届いてから効果を発揮する代物らしいので、それ以前に受け終わらせている鉄器を運ぶ分にはいいらしい。


 何とも屁理屈じみているような気がするが、細かい罰則規定も書いていないと前に父さんが言っていたし……まあいいか。


 そんなことを考えながら心地よい林道を進んでいると……何かを視界の端に捉えた。



 ふと目で追うと見覚えのある獣が瞳に映った。



 白銀の毛で覆われ、鋭い目つきで凛々しい表情を見せながら駆ける――


 狼だ。


 狼は基本的に平原で群れる習性がある。確かこの林道をぬけた先には平原があるし恐らくそこの群だな。


 ……でもおかしい。よくみるとこの狼は一匹だ。


 不思議に思って様子を見ていると……こちらを意味深に見つめてきた。そして「ガウ!」とひと鳴きし、馬車の前方に出てきてそのまま駆け始める。まるで、ついてこいと行っているようだ。


(何があるのか分からないけど……ただごとじゃなさそうだな)


 僕は変な危機感を覚えながら狼に従って馬をさらに囃すのだった。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 導かれるがままに道なりに駆けていく狼についていくと林道を出た先に川があるのが見えた。


 手すりを木と縄、大小の岩で構成された素朴な橋に差し掛かると、狼は器用に手すりに飛び乗って、僕を見てきた。応えるように馬を止める。


 すると、狼は警戒することなく背を見せて頭を下げ真下を睨む――岩を積み上げた橋桁付近だろうか?


 不審に思い馬車を降りていると何処か危機迫った声が鼓膜に叩き込まれた。


 この甲高い、悲鳴の正体は――思わずそれが聞こえた川の岸をみると僕より幼いだろう男の子と女の子の子供が二人いた。


 ま、まさか――!


 気づき、急いで狼の隣から下を見るっ!


「あれはッ!」


 そこには、沈むまいと手をばたつかせ溺れている子供がいた。


 僕は、着ている物も構わず橋の上から川面へ飛び込む。



 ――パシャン!



 水が直撃する。それほど高いわけでも無かったが正直痛い。

 服が水分を含んで気持ち悪い。けど――


 ――早く! 間に合え!


「う、は! た、たす、けて――――!」


 水面を上下し、口に水が入り、息苦しいだろう男の子の声が僕を奮い立たせる。


「大丈夫っ? しっかり捕まって!!」


 僕はがっちりその男の子の腕を捕まえて必死に岸へ泳いだ。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「あ、ありがとうございます……」


 さっきまで溺れていた男の子が地べたに座って傍で腰掛ける皆に囲まれる中お礼を言ってくる。まだ本調子ではなさそうだが顔色は良くなった。


 何とか間に合ったようだ。


 ちなみに、馬車は通行の邪魔にならないように近場に停め直してある。


 一息し、ふと橋を見上げると狼は安心したのか平原のほうへ去っていった。


 もしかしたら、溺れている子を見つけて誰か他の人間に知らせるために林道を走っていたのかもしれない。それで通りかかった僕に目をつけ誘導したということか。


 さすが平原一勇敢な獣――魔物すら退治するという誇り高い狼だ。


「気にすることないよ。たまたま通りがかっただけだから。それより、体は大丈夫?」

「うん、へーきだよ」

「そっか、大事にならなくて良かった」


 見たところ外傷もなかったし大丈夫そうだ。


 その後、男の子と僕の濡れた服は、さっきまで叫んで泣いていた女の子が神聖法理術で乾かしてくれていた。


 ありがとうとお礼を言いつつ、火と風の神聖法理術を操り巧みに乾かす様に驚く。


 着ている服の生地や仕立ては良いけど、見た限り貴族という感じではない。


 ということは平民でも少し格が高い家の子なのかもしれない。


 女の子の方が神聖法理術を扱える絶対数が多いから、絶対に覚醒すると言われる貴族家じゃない平民の子に使える子がいても不思議じゃないが、その多くは貴族家に近しい血筋――


 みたいなことをサラが言っていたな。


 とにかく、服が乾いてよかった。体も必然的に温まって風邪はひかずにすみそうだ。


「おにいさん、どこの人?」


 一人で勝手に納得していると、当の女の子が首を傾げていた。


「僕? ええっと……少し遠くから来たんだ。そういう君たちは何処の子なの?」


 無意識に誤魔化してしまった。


「オレらはルロッソ村からきたんだ。川遊びをしようとおもって……」


 緊張しながら女の子に訊いていると、溺れた男の子を隔てて対面に座っている男の子が答えてくれた。


 なるほど、ルロッソ村ということは僕が目指していた村の子らしい。


 それにしてもこの男の子、他の子に比べて冷静な感じがする。子供っぽくない。


 ……まあ、僕も子供なんだけどね。でも、この中で一番の年長者だ。

 慣れないし緊張するが一応ここはそれらしく振る舞おう。


「川遊びか……でもこの川は結構水深が深い。危ないから別の遊びにしたほうがいいよ」

「うん。あんなことになるなんて思わなかったから……ごめんなさい」


 今度は溺れていた子がバツが悪そうに謝ってきた。


 少し詳しく話を聞くと、川遊びで釣りをしていると大きい引きがあり、川の深いところまで引きずりこまれてしまったらしい……。


 どうやらこの川には大物がいたようだ。


 罪悪感にかられてか子供たちが揃って何度も謝ってくるので「謝らなくてもいいよ」と安心させるべく制しておき――


「とりあえず今日のところは川で遊ぶのはやめたほうがいいかも」


 と提案してみる。すると……、


「そっか……じゃあさ、おにいさんが何か遊びを考えてくれよ」


 対面に座る冷静な男の子がそんなことを言い出した。


「え、僕が?」

「うん! おにいさん遠くからきた人だから面白い遊び知ってそう!」


 と女の子がハキハキと男の子に賛同する。なんか安直な理由だな! と心の中でツッコミつつも、心中はドギマギしている。


「いいの? その……僕が遊びを考えても」


 自慢じゃないが、僕は友達という存在が一人を除いていない。

 あまり適任じゃなさそうな気がするのだ。

 でも、女の子は目をキラキラさせて――


「もちろんよ。なにして遊ぶの?」


 と僕に迫る。なんだかこの女の子はサラに似てるな。

 言葉遣いとか、仕草とか。


 特に、年上に物怖じしない態度がまさにそれだ。


 なら……しかたないな。


「そうだね。まずは――これで遊ぼう」


 見えないサラに背中を押された気がしながら、座ったまま手元で手頃なモノを見つけ皆に見せる。


「その石で何するの?」


 きょとんとした女の子は、僕が見せた石を見て不思議そうな声をあげる。


 ――よし、これなら!


「まあ、見てて」


 僕は石を持ったまま立ち上がり、川に近づく。


 そして、持ってきた石を人差し指と中指で挟み……水面に向けて投げる!


 放たれた石はそのまま川にぶつかり――跳ねた。


 何度も撫でるように石が水を蹴る。


 それが三十回ほど続き、ついに石は川に沈んだ。


 まあ、こんなものか。

 サラはもっと先まで飛ばせるがアレは規格外だろうし。 


「すごい! 水の上を跳ねた!」


 後ろで見ていた女の子が歓声をあげた。

 他の子の様子も見るに、どうやら睨んだ通り、この遊びは馴染みがないらしい。


「水きりっていうんだ。平たい石を水辺で投げて跳ねた回数や飛んだ距離を競う遊びだよ」


 目を爛々とさせる子供たちに分かるよう簡単に説明する。


「へえー! やってもいい?」


 女の子が駆けて僕の近くに来た。詳しく教えて欲しいのかな?


 そう思って、また地べたから石を拾う。


「もちろん。腰を落としてなるべく水平に投げるのがコツだから、こんな感じに」


 女の子を後ろから抱きしめるように立ち、手に石を握らせて投げる所作をしてみせる。


 何か、後ろから視線を感じるがそれを何度か繰り返すと、動きにキレがでてきた。


 頃合いを見て、女の子から離れる。僕と女の子が頷き合って――


 投げる!


 女の子が放った石は――着水後、何度か跳ねて、沈んだ。


「おお! わたしがなげてもはねたよ!」


 女の子は嬉しそうに微笑んでいる。ああ、教えてよかった。


 初めてであんなに跳ねるなんて、何かどこかのお姫様を思い出すほどの勘の良さだ。


 運動神経が良いのかもしれないな。


「おにいさん、僕にもおしえてください」


 女の子と喜びを分かち合っていると、溺れていた男の子が前に出てきた。


 どうやらもう体は万全のようだ。さすが、男の子だな。


「うん、いいよ。こうやって持って、手首を利かせて……投げる」


 男の子にも女の子と同じ要領で教えてあげる。


 水きりは、どれだけ石に回転をかけられるかが鍵となる。


 着水する角度も重要だけど回転がないとそのまま沈んでしまうからな。


 あとは力をかけ過ぎず、適度に抜いて投げる必要がある。

 それも一応教えた。


 ……しかし、この男の子は――


「あ……」


 ぽちゃん。どうやら力を込めすぎたらしい。

 一回も跳ねず沈んでしまった。


「ぷぷ、すぐ沈んだわね。これじゃ、みずきりじゃなくてただの石なげよ」


 何だかどこかの誰かさんを彷彿とする野次を飛ばす女の子。


 この感じ、懐かしいな……。


「しょ、しょうがないだろ。初めてなんだから!」


 笑われて赤くなる男の子の抗議の反応にも親近感が湧く。


 まるで、出会って間もない頃のサラと僕を見ているみたいだ。


「まあまあ喧嘩しないで。練習すればすぐできるようになるから」



「――こうか」



 喧嘩になりそうな二人を宥めていると、冷静な男の子がひょいっと川に石を投げ――


 何度も、水に打ち付けながら、石は川面を進み……僕が投げた石の到達点の一歩手前で沈んでしまった。


「すごい。わたしより跳ねてる……」


 思わず言い争いを止め、唖然としている両者。


 確かに上手い。それもとんでもないほど。これは逸材かもしれないぞ。


「まあ、見てたから……その、オレにも教えてくれよ」

「君には必要なさそうだけど」


 その才能に感服してそんなことを言ってしまうのだけど、


「いいだろ別に! 不公平だぞ!」


 冷静なはずの男の子は僕を指差し、怒っている。

 ああ、そうか、仲間はずれにされたみたいで嫌なんだ。

 僕としたことが失念していた。――仲間はずれか。それは嫌だよな。


「わかったよ。君にも簡単に説明するね」


 怒る男の子にも皆と同じく水きりを教えてあげた。


 それからは、教えた水きりで勝負したり、


 たまたま石を探してたら大きな石を見つけ、石探しが始まったり、


 その集めた石をどれだけ高く積めるかで石積みをしたり、


 その積んだ石を色々見たてて女の子の要望でままごとをしたりとたくさん遊んだ。 



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 結局、二時間ほど遊んだ後、子供たちはお腹が空いたということでルロッソ村へ帰ろうという話になった。


 調度、僕もその村に行かないといけないので馬車を出すついでに子供たちを乗せた。現在そのルロッソ村への道中である。


「いいの? 送ってもらって」


 荷台は危ないということで座席のある隣に座った女の子が急にそんなことを言い出した。


「うん。歩いて帰るのは少し遠いだろうし、ちょうどこの村に用事があったからね」


 思ったことをそのまま言う。


 ルロッソ村は森を抜け少し走らせれば着くのだが、あの川から遊んで子供の足で歩くのは正直つらい。


 それにあのまま放置しておくのは僕の信条が許さなかった。


「そうなんだ。なら私たち出会えてよかったね」

「うん。楽しかったし、やったことない遊びばっかでおもろかったよ」

「ああ、そうだな。楽しかった」


 女の子が、気弱な男の子が、大人びた男の子が――


 一緒に遊んだ子供たちがそんなことを言ってくれる。


「そっか、それはよかった」


 今日は、良い日だな。何となくそう思えた。


「ああ、おにいさん、名前教えてよ。お母さんに紹介するから」

「え?」


 突然、気弱な男の子がそんなことを言い出した。な、なんで?


「助けてもらったからお礼がしたいんだ。だめかな?」


 若干の上目遣いでそう訊ねてくる。気持ちは嬉しい。でも――


「お礼なんていいよ。名前はユウト。それより……ほら、もう村に着くよ」


 僕は雑に自己紹介を済ませ、見えてきた村の関門を目指して再び馬を囃すのだった。

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