第31話 鍛冶と誇りの邂逅

 あれからベルさんは丁寧なお礼を述べて、いそいそと流れる様な所作で鍛冶屋を去っていった。たぶん、さっき話していた誘拐幽閉の件に関連して動くんだろう。


 そんな忙しい中、二時間ほどの稽古をつけてくれたベルさんには感謝しかない。


 今のところ、僕が力になれそうにないけど、ベルさんにはたくさん恩がある。


 また来てくれたらお礼のため手軽に食べられるご馳走を作っておこう!


 そんな昼下がりののんびり……か分からない時を過ごした僕は――



 ――斜陽に照らされた離れで鉄と炎を前に大槌を振っていた。



 いわゆる鍛治の作業だ。


 簡単に説明するならば……


 父さんとベルさんが商都から仕入れてくれた原料から鋼を作りそれを何度も何度も折り長方形の鉄塊にする。


 それを父さんが鉄のはさむ器具で押さえて動かないように固定し、同じく父さんが出す小槌の合図に合わせて僕が大槌を振るう。


 これを何度も何度も繰り返し剣の形に整えて、粘土や木炭などを混ぜ込んだ焼刃土を剣の芯には多く、刃の部分には薄く乗っける。乗せた焼刃土が乾燥したら土が落ちないよう気をつけて剣身全体を炭火で熱する。


 そして一気に水に剣を入れて急速冷却を行い――



 ――剣身ができあがる。



 その後、できた剣を研いで刃をつけたり銘を刻んだり柄を拵えたりする。


 これで晴れて、剣が完成するのだ。


 ちなみにこの小槌が叩き大槌が答えるリズムの良い音から『相槌を打つ』という言葉が生まれたそうだ。


 ここまで説明した作業は順に【玉鋼造り】【精錬】【鍛錬】【素延べ】【火造り】【土置き】【焼き入れ】だ。


 これがほぼ一般的な鍛冶屋の作業標準となる。


 あと、僕の家の鍛冶屋しかやっていない作業として剣の長さまで鉄塊を延ばす【素延べ】の前には【造込み】という柔らかい鋼――心鉄を、硬い鋼――皮鉄二枚で挟み込むという工程がある。これを行うことにより『よく切れるけど、折れにくい』という矛盾したような性能を発揮する剣ができあがるらしい。


 ただ硬いだけだと斬ったり切られたりした衝撃で折れてしまうことがある。

 しかし剣の芯が柔らかいとその衝撃を吸収してくれるらしい。


 誰がこんなのを思いついたのか……お爺ちゃんだろうか?


 他にも【土置き】の焼刃土の置き方や【焼き入れ】の均一に置かなきゃいけない木炭の配列と冷却に使う水なども鍛冶屋によってやり方が違うとのことだ。


 そして、今その焼き入れを終えて出来上がった剣を父さんと一緒に見ている。


 剣を見た父さんは腕を組み思案顔だ。無理もない。


 ……誰が見てもこの剣は失敗だ。


 僕が打ったにしては上出来な気もするソレははしている。


 しかし、直線を描きつつ切っ先が尖るのが普通の剣というものだろうが、肝心の刃が欠けたように反り、剣身がひしゃげて凹凸がつき個性的な風貌になってしまっていた。


 まるで激戦の後に辛うじて原型を留めた名剣といった風格を帯びている。


 まあ……残念ながらこの剣はたった今打ち上がったばかりの剣。ピカピカの新品だ。


 せっかく、ベルさんと父さんが商都まで行って仕入れてくれた材料が……。


 何が悪かったんだろう……土の置き方か? それとも冷やす時期が悪かったのか?


「ユウ、もっと力を抜け。肩に力を入れすぎだ」


 繰り返す失敗に落胆する僕に鍛冶屋の作業服に身を包んだ父さんは怒るでもなく、鍛冶の師匠として助言してくれる。


「力を抜く……」

「そうだ」


 頷く父さん。ということは……始めから全部ダメだったのかな。

 そう思うと疲れとやるせなさが込み上げてきて短いため息が出た。


「……ユウト。お前は剣に必要なものは何だと思う?」


 突然ユウトとちゃんと呼ばれて俯いた顔を上げる。


「必要なもの?」

「ああ」


 僕のこだま返しにまたも父さんは頷く。


 ええっと、剣に必要なもの、必要なもの……。必死に考えを巡らす。

 そして自分なりに浮かんだものを組み立て言葉にしていく。――これかな。


「やっぱり、切れ味かな。鋭く、尖って、全てを斬り裂くような……絶対に負けない剣」


 真っ直ぐで素直で実直でシンプルで潔い簡潔な答え。足りない頭で考えた解答だった。

 僕の返答を聞いた父さんは少し笑い、少しの間を置いて口を開く。


「それも大事だ。でも、それ以上に大切なものがある」


 弟子が導き出した答えのすべてを否定することなくそんなことを言った。


「それって?」


 僕は純粋な疑問をぶつける。何度も訊いてしまって申し訳ないと思いつつも訊かずにはいられなかった。


 僕の問いに父さんはその齢にしては若く見える目を閉じ、数秒の沈黙の後、開くと――


「――魂。剣に込める思いだ」


 明瞭とした声色と共に真剣な目が僕を射抜いた。


 ハッキリとしていて不明瞭な言葉を語る父さんは気迫される僕に構わず父さんは続ける。


「確かに剣そのものの切れ味も大切だ。剣士の斬撃力は剣の刃に大きく左右される」


 僕が導き出した剣の強さの所以を父さんは再び語る。


 しかし、より真剣な眼差しになり、また僕を貫く。その胸に刻めと言っているように。


「だが、それ以上に剣は剣士の魂だ。そこには剣に誓った信じるものを守る思いが込められている。命を賭して……な」

「魂……思い……」


 体に、心に、染み込むような、その言葉を半分無意識に反復させる。

 僕に教えるように語る父さんの目はキラキラと輝いてとてもカッコいい。


 父さんは、きっと、今でも剣が好きなんだ。


 でも僕には剣を教えてはくれない。その理由は、教え子を亡くした過去の経験があるからかもしれない。


 でも――


 今こうして父さんは教えてくれている。剣術ではなく鍛治という方法で。


「ああ。じゃあ、それを踏まえてもう一振りいってみるか」

「うん!」


 父さんの優しい提案に僕は大きく頷いた。


 思えば、今ここで教わったのは鍛治だけじゃなかった。


 知らなかった過去。失敗した経験。落ち込むのは当然だ。


 だけど、前を向いていかなきゃ進めない。父さんのように、少しずつでも。


 それを皮切りに暗かった鍛冶場の雰囲気も明るくなった気がする。


「ああ、実際に打つ前に、師として良いことを教えてやる」


 なんだろう? また鍛治についての話かな。


「鉄は女。何度も叩いて、叩いて、振り向いてくれるのをひたすら信じる。それが、男の、鉄と向き合う者の矜持だ」


「へ?」


 あまりにも突拍子もない内容に変な声が出た。


 鉄は女……それは鍛治とどういう関連があるんだろうか?


「まあ、要するに最後は自分を信じろってことだ」


 困った顔をしていると父さんが僕の頭を撫でながら補足するように説明してくれた。


「なるほど……わかったよ。自分を信じろ……か」


 父さんに撫でられつつ、どこかで言われたような言葉を噛み締めていると……、



「――おお。珍しいな。ユウ坊が剣を打っておるとは……」



 当然の声に父さんと二人で振り向くと白髪頭の男の人がこちらに寄ってきた。


 それはよく見知った姿で、父さんを老けさせたような顔をしている。


「お、お爺ちゃん!」


 驚きで思わず呼んでしまう。


 そこにいたのは紛れもない僕の祖父――


 アレン・クロスフォード、その人だ。


 砂塵を防ぐため円形に広がるツバがついた革帽子を被り、灰色のローブマントを纏っている。相変わらずの出で立ちだ。


 一見するとただの旅人だが長い髭と彫り深い顔が只者ではない雰囲気を醸し出す。


 その姿は風来のさすらい鍛治職人の二つ名に相応しい。


「会うのは久しぶりじゃな、ユウ坊。二人とも元気にしておるようで爺は安心じゃよ」

「おいおい、珍しいのは父さんの方だろ? どうしたんだこんな時間に……」


 日も暮れてきて暗くなってきた鍛冶場に親子三代が顔を合わせる。

 一番に僕に寄ってきたお爺ちゃんは、父さんにぼやかれている。


「相変わらず、可愛げのない息子じゃな……せっかく可愛い孫の顔を見にきたというのにそんな迷惑そうな顔をするでない……ああ、わかったわかったそう怒るな。年寄りを労ってくれ……まあ、察しの通りとは思うが、少し気になることがあってな」


 流し目で父さんを一瞥していたお爺ちゃんは、何処からか木剣を取り出す父さんを見るとワタワタしだした。この意地悪な感じの親子寸劇は毎度のことなので心配ない。


 父さんが仕方なさそうに木剣を納めたことで一生を得たお爺ちゃんは改まった顔をして父さんに向き合った。


「この方、東北の地に赴いておったのだが、どうも魔族の動きが活発化しておるようじゃ」

「……活発化?」


 父さんがお爺ちゃんに訊き返す。


 魔族が活発化? それはまた悪い予感がするな。


「うむ、何らかの兆候あり。と見るべきじゃが実際よく分かっておらん。……そっちの方はどうだ?」

「教会の動きが少し活発になっているくらいだ。まあ、これは皇女戴冠の儀に関して皇統儀礼院と協力関係にあるからその類いと睨んでいる。今は様子見までだ」


 父さんと何やら意味深な話をしだした。教会がどうのと言っているのが聞こえたけど。


 皇統儀礼院……皇室の侍従などが所属して、儀式などを取り仕切る組織だったかな。


 聞いた限り教会と仲がいいのか? 飛竜の件と何か関係があるような気もする。


「ふむ。それは穏やかなようで慌ただしいの。……引き続き内側は頼む」

「父さんこそぬかるなよ。皇王陛下からの命なんだろ?」

「承知しておるよ」


 頷き合う両者。あまり人に聞かれたくない類の話なのか他には僕しかいないのに終始小声でやりとりしていた。


 言っていることはあまり分からないし、そんな重要な話をしている中、大変言いにくいんだけどお爺ちゃんに会ったら話したいことがあったので「お、おじいちゃん。その……」と切り出してみる。


「ん? なんじゃユウ坊」


 どうやら話はひと段落ついたようで、お爺ちゃんは屈んで僕と目線を合わせてくれる。


「相談したいことがあるんだけど……」

「ほう。それはもしやコレのことか?」


 意を決して話そうとしたそばから、お爺ちゃんはローブマントからを取り出した。


「――っ! ど、どうして……!」


 慌てる僕。それは小川の途中に隠しといたはずなのに! 


 父さんに見つかったら不味いと思って隠しておいたんだけどなっ!


 ちなみに竜様からもらった飛竜の鱗も膨大すぎるのと、父さんに見つかって怒られそうなのもあって、鍛冶屋の裏手にある今使ってない古い馬車にのせて隠している。


 ――危険だから竜の鱗を取りにいくな! って父さんは言っていたからな。


 少しずつバレないように練習で使っているのが現状だ。それらの使い道についてお爺ちゃんに相談しようと思っていたんだけど父さんのいる前で相談したのが不味かったかな?


「……上位竜種の鱗に見えるが……俺の知らない種のものだな。これは一体?」


 父さんは父さんの持つ物体に興味があるように分析している。

 お爺ちゃんは父さんの言葉に少し笑いながら頷く。


「ワシもこれを見たときは懐かしく思ったが――全ての竜を統べる長。聖竜カーディナルの鱗じゃ。最近は会っておらんが……こんなところで再会するとは思わなんだな」


 懐かしそうにお爺ちゃんは鱗の主について語る。ああそういえば、お爺ちゃんと竜様は友達だったんだ。忘れかけていた。そして、竜様はカーディナルというらしい。


 しかも全ての竜を統べる長という……これはとんでもないな。


「そしてこれはユウ坊が隠し持っておったモノ。ユウ坊も大きくなったものじゃな」


 ニカっと軽快な笑いをあげ僕の頭を撫でてくれるお爺ちゃんだが、その言葉で僕は氷結神聖術を食らったように固まる。



 バレたっ! 父さんにバレたよ! どうするのこれ!



「なっ! ユウ! あれほど竜の鱗を取りに行くなと――」

「これ。もう済んだことだ。元を正せばお主が家を空けたのが悪いのじゃ」


 案の定、怒り出した父さんが僕へ説教する所作をするとお爺ちゃんが、コツンと短剣ほどの長さがある杖で頭を叩いた。どうやら木剣の仕返しも兼ねているようで上機嫌だ。


 何はともあれ、ありがとうお爺ちゃん!


「して、ユウ坊。これを持っておるということはあ奴と顔を合わせたのであろう? あ奴は……カーディナルは健在か?」


 態度を再度改めたお爺ちゃんはそんなことを訊いてきた。


 それは、竜様にも訊かれたことだ。二人とも、お互いを思い合っているんだな。


「うん。少し寝ていたみたいだけど、元気そうだったよ」

「ほう! そうかそうか。それは良かった。鱗からも確かな力が感じられるしの。余り無理をしていなければいいのだが……」


 竜の健康状態なんてよく分からないけど、見た感じと竜様に聞いた通りを伝えるとお爺ちゃんは嬉しそうにうんうんと首を振った。僕からしてみれば、お爺ちゃんこそ無理をしていないといいんだけど。


「……まあ、感傷に浸るのは終いにしよう。――これをどうするか。ワシの知恵を借りたいのじゃろ? うら若き皇女殿下がために――己が心意を確かめんがために」


 真剣な目で投げかけてくるお爺ちゃんの使う言葉は難しい。だけど何となくは分かる。


「……うん。僕にはどう扱えばいいか分からなかった。おじいちゃんに会えたら聞こうと思ってたんだ。――この鱗、どうしたらサラのためになるかな?」


 もらった竜の鱗は剣覧会とは関係無しにサラのために使いたいと思っていた。


 こんなのを使ったら何だかズルをしたようでイヤだったし、それは僕の信条に反する。


 さっきの難しい言葉からお爺ちゃんはそれとなく僕のことを見抜いていたんだな。


 サラの力になりたい、僕の気持ちを確かめたい――剣覧会に出場した理由を。


 さすが、父さんの父さんだ。


「……いい考えがあるぞ。それにはユウ坊。お主の力が必要じゃ」


 ニヤリと笑ったお爺ちゃんは僕の肩に大きなシワの入った手をかける。

 何をするつもりか僕には分からない。力になるのかも分からないけど、けど、断る理由なんてものはない。


「分かったよ。お爺ちゃん」


 全力で臨もう。僕はお爺ちゃんの言葉に了解の言で答えた。


「ふあ、ふあ、ふあ……久々に腕がなるのう……さあ、そうと決まれば準備せねばな。鉄は熱いうちに打て。此れ即ち鉄の魂、其れ即ち鍛冶屋の掟なり――では、しばしの別れじゃ」


 高らかに笑い、口癖の鍛冶屋の格言を諳んじて、お爺ちゃんは灰色のマントを翻した。


 突然の挙動に驚いて身構え、焼け切った炭にも似た灰色がお爺ちゃんの姿を隠し、反射的に目蓋が僕の視界を一瞬遮ったかと思うと――



「消えた……」



 お爺ちゃんの姿は見えなかった。神聖術の類だろうか?


「相変わらず、珍妙な父さんだな……じゃ、俺たちも続けよう。剣をもう一振り打つのと鎧と盾の防御装甲がまだだ」



 父さんは仕方ないなと言った感じで僕に向き直す。ああ、そういえばまだ鍛治の途中だった。突然の出来事で忘れていたよ。


「うん!」


 父さんの指示に元気よく返事をする。


 まだまだだけど、これから頑張ればきっと良くなっていくはずだ。

 剣覧会まであと二週間ほど。それまでに剣鎧盾を高品質で完成させなければいけない。



 鉄は打たねばただの屑鉄、されど打てれば不滅の刃――



 やるだけやってみよう。……それはそうと飛竜の鱗はどうしよう。


 結局、父さんにバレて怒られる未来など今は知ることはなく、火床にくめる炭を取りに行った父さんについて行くのだった。

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