第30話 英雄の片鱗と推理
「美味しかったですね。先輩」
「だろう?」
昼食を終えた僕らはテーブルを離れ、お客さんが来たら見積もりなどを行う小テーブルに移動して
ちなみに今日の昼食はパンとスープ、父さんがお得意さんからもらってきた肉を使ったジューシ薄焼き肉である。香辛料はないけど、商都で買った塩をまぶしたおかげか、いい
デザートは近所でとれた赤い小さな木の実で、今現在紅茶とともに頂いている。かなり久しぶりのティータイムだ。
「はい。ずっと先輩が料理されてるんですか?」
僕と一緒に我が家にティーカップを傾けるベルさんは何の気なしにそんなことを訊く。
「まあそうなるが……ユウトもよく手伝ってくれるぞ」
「そうなんですか。それは先輩の息子さんとはとても思えませんね」
父さんの純粋な返答にベルさんは冗談のような軽い声色と柔和な笑みで応えた。
「それはどういう意味だぁ?」
と後輩に親し気に軽口を叩かれ何故か機嫌の良い父さん。そう言いながら、一足早く飲み終えた空のティーカップに二杯目を淹れてきてベルさんの対面に座る。
そしてまた一口カップを傾け紅茶を
それを見て、何やらベルさんがこほんと咳払いをしたかと思うと真剣な表情に変わった。
「それはそうとして……実のところ今日は先輩に報告することがあり、参上しました」
父さんに目線を合わせたベルさんの言葉。
なるほど、僕との稽古はそのついでだったのかもしれない。
「ほう。というと魔族関係か、それとも……?」
「いえ、殿下の親衛隊と共に、先日北方の領土に赴いていた際の報告です」
ああ、そういえば。竜の巣を目指して家を出るとき、野営道具一式を強奪してきたサラが命令してたな。
――親衛隊は直ちに北方の領土に向かい極秘でノーリタ卿の身辺調査とアルベント聖騎士団の動向監視に努めなさい。もし異変があれば近衛騎士団の騎士ベルフェンスに報告すること――って。
親衛隊の指揮もベルさんに一任していたから、結局ベルさんも北方の領土へ行ったんだ。
「姫様がそんなことを……カルラの動向偵察か?」
父さんも思案顔になり、ズバリと言い当てる。元剣士長らしい雰囲気だ。
対してベルさんは当然と言った感じで肩を竦める。
「それも兼ねていましたが……然したる情報は得られませんでした」
「そうか……でも今お前がここにいるということは、他に何かあったんだろう?」
鋭く斬り込んでいく。父さんらしいといえばらしい。
ベルさんは小さく頷く。
「はい。北方の騎士団の視察と各地村町の調査を行ったのですが……妙な話を聞きました」
「妙な?」
「端的に申し上げるならば……青い鎧を纏った騎士が村や町の娘を攫い、何処かで
お決まりのクセのある父さんの問いに静かに調査結果を報告している。
それは……何というか……僕がここにいていいのか不安になる内容だな。
「ほう。北方の騎士で青い鎧というとアルベント聖騎士団か」
「そうなりますね。噂の域を出ない話かとは思うのですが……もしや、と思いまして」
父さんの見解を肯定しつつセリフの後半を意味深に呟くように言ったベルさんの顔色に少し影が入った。
「そうか。姫様は何と?」
「殿下に報告した際、念のため先輩のお耳に入れておくようにと言伝を頼まれましたがそれ以外は今のところ何も……。ただ、西方領土、東方領土でも似た話があると北方の民は言っておりました」
ベルさんの話から聞くサラは何か変な感じがするな。慎重なのか大胆なのかよく分からない指示だ。これで父さんに報告する理由がよく分からない。
「ふむ、眉唾ものと一笑に付すには早計である――と言いたいわけだな?」
「そうですね。もう少し探りを入れてもいいかと愚考致します」
まるで上官と部下のような会話だ。まあ、父さんはもう近衛騎士団から退団していて、ベルさんの上官ではないんだけど……。
そこから、少し父さんの雰囲気が変わった。何というか、覇気がある。
「なるほど。お前の言い分は筋が通っているように思う。しかしどうも引っかかる。どうして幽閉されていると言えるんだ?」
「それは、その地の者が言っていたので――」
「ああ、それは分かる。例えば娘を捕らえた騎士の馬車が領主館か別の何処かへと向かうのを目撃した民がいて、その少女を幽閉するためと解釈し、お前に言ったと考えられる」
突然、父さんがベルさんへ向ける目を鋭くした。まるで飛竜のように。
ベルさんが少しほっとする顔をしたと思ったら、
「だがお前はもしやと言った。それは何かしら心当たりがあるから出た言葉だろ。確信には至らずとも遠からず――その根拠となるものを知っているが話したくない。眉唾ものと断じながら事実に近いものとして扱う今のお前の様子からそんな印象を受ける」
とばっさり切られてしまった。穏やかな時間が
必然的に生まれる間が居心地の悪さを増強させる。
早く元通りにしたい。だが……さっきの話で一番衝撃を受けたのは僕だ。
実は――僕には父さんの言う心当たりが二つある。
一つは……竜の巣へ向かう道すがらサラから聞いた話――ベルさんには生き別れた妹がいるというものだ。実際に噂が本当だとしたら……もしかしたら、その幽閉されたという娘の中にベルさんの妹がいるかもしれない。
そうなるとベルさんにとっては居ても立っても居られないハズ。
これを言ってベルさんの援護をしたいけど、僕はサラに「絶対に秘密よ?」との厳命も受けているし心苦しいが言えない。
二つ目は、城下町でのあの出来事だ。ノーリタ卿の登院行列を遮ったとき、アルベント聖騎士団の騎士長ガルエンスは僕とサラを見逃してパン屋の看板娘であるミヤさんにだけその
つまりガルエンスからは男の子として見られていたはずだ。そして、あの場で女の子と認識されていたのは――ミヤさんただひとり。
『アルベント地方領主館にて拘留し審問の後――処刑する』
『青い鎧を纏った騎士が村や町の娘を攫い、何処かで幽閉している――』
このふたつを解釈するなら……ありえるかもしれない。
実は、父さんにはあのときのことをそんなに詳しくは話していない。
気持ちの整理がついていなくて騎士長ガルエンスとミヤさんのことは伏せてしまったままだ。
整理がついた後も、きっかけがなくて話せていなかった。
これを言えば父さんは納得してくれるか?
よし、この
「それにお前は優秀だ。そう思った事由を纏めて【
絶好の好機を逃し、とんでもない長いセリフをすらすらと言い放つ父さん。
――駄目だ。口を挟む隙がないっ。
でも言っている内容は理路整然としている感じがする。
「以上から考えられる理由として――相応にして緊急性を要する事態だと認識し、姫様とお前との間で何らかの共有事項に該当したからと思われる」
当たらずとも遠からずな結論を導き出した父さんはどこか悲し気だ。
ベルさんのほんの僅かなセリフからここまで答えを出せるのはさすが元対魔族哨戒班の剣士長。
「先の発言の不明瞭さといい、姫様がわざわざ俺に話を振って来た異常さといい……ベル、お前は何か隠しているんじゃないのか?」
全てを言い切った父さんは、すかさず核心へと至る力が籠った一声を投げかけた。
「さすが……先輩ですね。お見事です」
ベルさんはこうなることが分かっていたように苦笑いで賛辞を送っている。
あれだけコテンパンに責め立てるように言われたら、僕なら泣いてしまうかもしれない。
さすがベルさんだ。尊敬します。
「これくらい簡単に分かる。昔からアルベント聖騎士団は主として外交を担当する北方の領主に仕えるという特殊性から近衛騎士団に勝るとも劣らない精強な剣士が集まっている。それを嫌疑にかけ相手取るに足る理由が、姫様の民を思う心情を差し引いてもお前にはないと思ったんだ」
その父さんのキツイ言葉を受けて、目に見えてベルさんは落ち込んだ。
すると父さんが突如慌てた顔になる。
「無論、お前が意気地なしだとか、民を思っていないとは思っていない。ただ――」
「ただ?」
ベルさんが、顔を上げて問う。
「悔しい。お前の口から隠された何かを聞けなさそうなのが。それだけだ。だから、こんな無意味ともいえる詰問を、嫌な上官の真似をやってしまっている……情けない」
顔を手で覆い、小さなテーブルに肘をついて嘆くように謝っている。
その姿は、息子ながら今まで見たことがない父親だった。
「そんなこと……ありません。先輩、ずっと隠していましたが、私には――」
「――
父さんは俯いたまま打ち明けようとするベルさんの細い口に指をあてがって先の言葉を封じる。……前に聞いたことのある、騎士道というものだろうか?
そして父さんは僕の方に視線を移す。
「どうやら、ユウトは何か知っているみたいだしな……恐らく、ある程度信用性が高い情報なんだろう」
――いつ言い出そうか悩んでいたが、ここしかないな。
「父さん。僕も心当たりがあるんだ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
父さんとベルさんに僕はあのときの状況を簡単に説明した。
そのためか何とか雰囲気は戻り剣呑さは無くなった。良かった!
「ありがとうございます。ユウトくんもありがとう」
何とか話を聞いてくれそうな雰囲気になったため、ベルさんが父さんにお礼を言った。
僕にも言われたので「いえいえ」と謙遜しつつ返す。
「先輩、良ければこの件に関しての見解を窺ってもいいでしょうか?」
改まったベルさんのお願いに、父さんは頷いた。
「仮にアルベント聖騎士団がお前たちの言うようなことをしていたとしたら、それは……主であるカルラの命に違いない。そして単純に思いつくのは……奴隷か」
父さんの言葉に耳を疑う。どれい? 【どれい】というとサラが教えてくれた、たとえ何だろうが嫌なものを仕事としてさせる下級従者のことか?
それが、この国にあるのか! サラはとうの昔になくなったと言っていたのに。
「奴隷。というとやはり……?」
ベルさんは冷静を装っているが、かなり困惑している。そりゃそうだ。
生き別れた妹さんが、どれいになっているかもしれないのだから。
「ああ。北方領主は西方領主と懇意にしている。魔族大戦後に起きた西方領主交代の折からだがな」
なおそのいきさつまではわからないと父さんは付け足した。
「西方北部にはハイリタ聖皇国の最大といえる港がある。だからこそ商都が発展したと言っていい。そこではハイリタの商人だけでなくスロールラバン連合帝国の商人もいた」
「連合帝国にはまだ奴隷が存在していると聞いたことがある。そこへ誘拐した娘を輸出して金を得る、または、その他の要望を聞き入れてもらう算段なのかもしれない」
父さんの見解に僕は息をのむ。これは……とんでもない事態なのではなかろうか?
「なるほど。辻褄としては合っていますね……」
顎に指をかけながらベルさんも首肯する。その表情は険しい。
「カルラがそんなことをするヤツには思えない……でも娘が幽閉されているみたいな噂が各地で出回るということは、相当な悪政を敷いているか人望がないかだ。実際に奴隷商人をしていたなら関係が深い北と西だけでなく噂があった東まで及んでかなりの数をこなしているのかもしれない」
ここまで僕らの話を聞いても父さんは親友を信じている。でも冷静に分析結果を教えてくれるところが父さんらしい。さっきまでの反発や「隠しているんじゃないのか?」という疑問ももしかしたら、親友のノーリタ卿を信じ、後輩のベルさんを思ってのことだったのかもしれない。
「西方のウォーリタ卿、東方のエメリタ卿。商業、工業の二大領主ですね……」
ベルさんが挙げたその人名はハイリタ聖皇国に於いてそれぞれの分野で国力を担っている領主の名だ。西は国内随一の品揃えを誇る商都に、東は大精霊の泉がある霊山の山脈と鉱石を算出する鉱山が連なる工業地帯。どちらもなくてはならない存在。
それがもしかするともしかしないのか?
「領主が感知しているかどうかは分からない。ことと次第によっては不敬とされる可能性もある。近衛騎士団とて爵位のない準平民のような扱いだ。やるなら……ぬかるなよ」
最後の忠告のように父さんはベルさんに釘を差す。
「はい!」
「こんな浅知恵しか貸せないが……力になれたならよかった。武運を祈る」
そう言って父さんは木製の小さなボールに盛られた赤い木の実を口に放り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます