第28話 邂逅

「ここの森って……」


 サラの言いたいことを先読みして頷く。


 僕らの読んだ絵本には飛竜のいる場所の近くにある森に大きな竜の巣があるという描写があった。今現在一羽しか確認されていないが、どこかで隠れている可能性もある。


 商人たちが飛竜の鱗を拾いまわっていたのは確認しているからね。


「うん。先に進めるか分からないけど、もしかしたら飛竜が導いてくれるかもしれない」


「そうね。じゃ、あの飛竜について進んでみましょう」


 二人で示し合わせたかのように頷き合う。


 ああ、サラがいてくれてよかった。ひとりなら怖くて進めなかっただろうから。


 上空を飛んでいる飛竜の影を追いながら進んでいくのだけど……少し状況が変わった。


「やっぱりずいぶん霧深いわね……」

「うん。絵本の通りだ」


 絵本でも【破魔の剣】のお話で似たような描写があった。

 霧が立ち込めた森に……竜の巣はある。


「ピクスターの気配が少しずつ減ってきてる。これ以上進めば、方角が分からなくなるわ」

「……飛竜を信じよう。きっと大丈夫だ」


 サラはピクスタ―と言われる精霊を介して位置を把握していたみたいだ。それがなくなると、僕らは森を出られなくなるかもしれない。でも――僕はサラに手を差し出した。


「そうね」


 サラは僕の手を取り手を繋ぐ。これで、離れる心配はなくなった。

 霧が深く木々の枝葉に遮られて姿形が見にくくなってしまった飛竜の影に全て託したい。


 その僕の意を汲み取るかの如く飛竜が勇ましく叫ぶのだった。

 


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 

 あれから十分ほど歩き続けていると、


「これは……土の壁?」


 家くらいある高さの茶色い壁が目の前に出現した。周囲を少し調べると近くの地面に取っ手の付いた大き目の扉があった。上開きのようだね。

 土や木の枝などで構築されたその物体は絵本にも載っていたものだ。


「絵本の記述の通りなら、これが竜の巣よ」


 サラが冷静に告げる。その言葉を裏付けるようにここまで導いてくれた飛竜が下降して土の壁の中に上から入っていく。いよいよか……。


 生唾を飲み込みサラと頷き合って何故か地面にある木の扉を協力して開ける。

 すると石造りの階段が出現した。そう深くはなさそうだ。


「お邪魔します……」


 躊躇わず二人して進む。中は暗いと思ったが松明が焚かれていて明るい。燃えているということは空気もあるだろう。一本道で一見して坑道のような造りになっているようだ。火があるのに地上より少し肌寒いのは気のせいか……? 


 そして少し進むとまた石造りの階段があった。光が差し地上へと繋がっているようだ。


 ……意を決して登る。そして――


「何も感じないわ」


 地上へと出たのだが霧は相変わらずで周囲に一切の気配を感じない。


 こういうときは現状把握に努めるべきだ。散策しながら思考しよう。


 来た方向を向くと土の壁が確認できるということはここが土の壁の中であることを示している。逆に進んで出た方向にはこれと言って何もない。あるのは山と木々だ。


 いや……よく見ると開けた奥に洞窟がある。それも巨大なやつが自然として鎮座してる。


 これはもしや――



「――よくぞ参ったな。人の子よ」



 威厳に満ちた声と語調にサラと二人、ゆっくりと振り返ると――


「りゅ、竜――!」


 飛竜の比ではない大きな竜に見降ろされていた。銀、金、時折青色にも映る美しい鱗を纏い、巨翼を擁し、何と手まであるようだ。


 間違いない。これは……上位竜種だ!


 さっき見つけた大きな洞窟は、コイツの巣穴だったのか!


 急に少し霧が薄くなり、僕らの周りを無数の飛竜と何故か宙に浮いている多数の鱗で囲われていることに気が付く。つまり、ここまでの霧はこの竜の仕業か!


 退路は入って来た地下の石階段のみだが出口を塞がられれば一巻の終わり……!


 これは不味い!!


「サラ、下がって――」

「ユウ、大丈夫よ。敵意は感じないわ。――浮遊する鱗に巨大な体躯……それに私たちと言葉を通わせることができる竜……っ! まさか!」


 昨日とは違って剣に手をかけた僕を制したサラは何か思い当たったように叫んだ。


「察しの通り、我は竜。全ての竜の種を統べる竜の長だ。名は……ふむ、見たところハイリタ王家の人間らしい。ならば今知らずとしてもいずれ知るだろう」


 金色の瞳で僕ら二人を一瞥する竜。周りの飛竜や鱗が時折光って怖いが、サラを王族と見抜いた。その言葉と語調からサラの言う通り敵意はないらしい。


 ……理解して鞘に納めたままの剣から手を放す。


「さて、ある程度面識を持ったところで本題に移らせてもらう」


 尊大な態度で自己紹介をしたつもりらしい竜……さんは何やら美しい鱗に覆われた手で手招きをしてそこへ何かが飛んできてちょこんと着地する。そこには一羽の飛竜。


「昨の日、この子が世話になったようだな。すまなかった」


 そう言って、竜と手に乗った飛竜は頭を下げた。それに続いて、他の飛竜も同じように頭を下げる。い、一体これは……?


「……おお、そうか。何故我が知っているのか不思議なようだな。ならば少しだけ話そう」


 目の前のあり得ない事象で動揺している僕らに何か別の理由で納得した竜さんは何か説明してくれるような口ぶりだ。ここは今後のためにも大人しく聞いておこう。


「我の眷属であるこの子たちには我の鱗を結晶化して忍ばせているのだ」


 静かな口調で種明しをしてくれる。この浮遊している盾みたな大きな鱗がそれなのか。


「――なるほどね。書庫で読んだことがあるわ。この地に住まう高位の竜には従属させる下位の竜種に自らの鱗を与えて使役する珍しい種がいるって」


 僕の隣で考えを巡らせているサラ。僕はこういう知識がないから歯痒いな。


「鱗を通じて意思の疎通や位置情報の共有なんかができる便利な能力まであるらしいわ」


 と続けてサラが僕に見解を示してくれる。さすが博識で勉強熱心なサラだな。


「如何にも。鱗を介してこの子が事のあらましを教えてくれた。然るに、お主らに多大なる恩義が我にはあるというわけだ」


 竜さんは頷いてサラの見解を肯定した。サラの凄さがよく分かる。


 しかし、恩義って一体何だろう?


「何か、望むものがあるなら申してみよ。可能な限り尽力しようぞ」


 竜さんはさらに続ける。言葉通りなら何かお願いを叶えてくれるってことかな?


「……ユウ、この際だからアレを頼めば?」


 サラが耳元で囁く。アレって、アレだよな?


「え? でも……大丈夫なのかな?」


 そんなことお願いしたら、火炎を吐かれて消炭の刑に処される可能性が高いのだけど!?


「……? どうしたのだ? もしや何かやましき願いなのか?」


 返答に困りかねていると竜さん、いや竜様にそんな詰問をされる。


「い、いえ……そ、そういうわけでは、ないと思うのですが……」


 巨首を傾げて疑問顔? の竜様に目を反らしつつお茶を濁した返答をする。


 僕だって、い、命は惜しい。ここで消炭になるのは勘弁願いたいのだ。


 しかし、そんな僕の心境など知ったことではないというように、


「とにかく、言ってみるだけ言ってみたら?」


 などとサラが後ろからボソボソ呟く。


 皇女殿下のお願いなら……仕方ない。覚悟を決めよう、ユウト。

 サラに頷いて竜様に向き直る。よし!


「竜様……不躾なお願いかとは思うのですが……」

「ふむ」

「その……竜様の眷属である飛竜の鱗をいただけないかと……」


 鬼が出るか蛇が出るか。焼かれるか裂かれるか。戦々恐々の心境をベルさん仕込みのポーカーフェースでお願いを伝える。


「それは……やぶさかでもないが……」


 言葉とは裏腹に竜様は訝しむような眼差しで僕を見る。

 ひい!! 命だけは!!


「ふむ……お主のその眼差し。何処かで見た覚えがある。――名を申してみよ」


 ひょんなことを尋ねられた。拍子抜けするくらいに。


 だが、しっかり名乗らないとそれこそ怪しまれるというもの。


「ユウト・クロスフォードです」


 しっかり名乗った。

 どうだこれで。

 参ったか。

 ああ、間違いない。

 駄目だ。

 ならば帰せ。


「クロスフォード……はは。そうか、そうか。アレンの近縁か。道理で覚えがあるはずだ」


 竜様は高らかに笑った。まるで、昔を懐かしむように。しかし、意外な名前が出てきた。


「ご、ご存知なのですか? 祖父のこと……」


 ――アレン・クロスフォード


 僕の祖父であり神出鬼没の鍛冶職人。以前サラが鍛冶屋に来たときにはいたらしいけど、現在は行方知れずだ。


 それが竜様が知っているとは……意外だな。


「うむ。我が旧友だ。ここ半年は魔族の動向監視の任に就いておった上に、その疲れで我は眠っておったから久しく会っておらんが……あやつは元気か?」


 なるほど。友人。ってお爺ちゃんは竜と友達なのか。相変わらず超常な人だ。


 竜様のこの心配そうな感じからして余程親しいらしいし。


「はい。僕も実際には会っていませんが先週確かな気配を感じました。元気にしています」


 魔族の動向監視の話はよく分からないが、心配そうにしているので健在は伝えておく。


 父さんも以前気配はしていたと言っていたので大丈夫だろう。


「そうか……よし。相分かった」


 竜様がそう言うと、左手の指を鳴らした。その瞬間、空を飛んだり木々に佇んでいたりした飛竜たちが輝き――


 パラパラパラパラパラパラーーーー!!


 音を立てて鱗が落ちていく。その数は言うまでもなく無尽蔵というべきだろう。


 察するに……竜様が飛竜の生え変わりを促進させて、鱗を落とさせたということかな。


「ちょうど生え替わりの頃合いだったからな。好きなだけ持っていくが良い」


 生え替わりの頃合いという通り、落ちた鱗とは別に飛竜たちには新品の鱗が生えていた。


 竜様のお墨付きとあらば、意に従わねばこちらの不作法というもの。


「あ、ありがとうございます!」


 今度は僕たちは竜様へ頭を下げる。よし、これで剣覧会に出すための上質な素材を手に入れられたぞ。


「お、そうだ。ついでにこれも授けよう」


 何か思いついたのか竜様は薄い板のようなものを浮遊させて僕に渡してきた。


「こ、これは……」


 え、これって……つまりここでふよふよと浮いてる――


「我の鱗だ」


「え! そ、そんな、いただけませんよこんな大事なもの……」


 そんな物をいただいたとあっては、父さんから何を言われるか分からない上に畏れ多い。


「遠慮するな。お主は竜の鱗を所望したではないか。それとも何か、我の鱗では不満と申すのか?」


 授与を固辞する僕にそんなことを仰る竜様。


「い、いえそんなことは!」


 慌てて否定する。もう、なるようになれだ。遠慮なく、受け取ろう。


「よろしい」


 僕の様子に満足したのか竜様は何度も頷く。


「……そうだ、ひとつ聞いても良いか?」


 突然、竜様が訊いてきた。


「なんでしょうか?」


 声色があまり良くない。何か無礼を犯してしまったのだろうか。


「ここ最近、ハイリタの地に漂う邪気が強くなっているように思える。この子もその邪気に当てられたからか、魔物と見間違え、動転して人を襲ったと申しておるのだ。……我にも詳しいことは分からぬのだが……何か知らぬか?」


 僕の予測はハズれ、より不味い事態を危惧されているようだ。


 確かに、竜様の言う通りで襲ってきた飛竜は明らかに正気ではなく、執拗にサラを攻撃してきていた。今、竜様の手の平で心なしか申し訳なさそうに佇んでいるあの子が平常時あんな事に及ぶとは考えにくいし。でも、邪気という曖昧なものは僕にはよく分からない。


「邪気……僕からは何も。サラは?」


 こういうのはサラの方が詳しいと踏んで話を振る。


「教会……」

「え?」

「その飛竜の子が襲った集団の長が溢していました。教会の仕事も楽じゃないと……」


 よくあのときのことを覚えていたサラが事情供述する。

 その話を聞いて竜様が僕とサラの双方を見ると、しばらく考えるように目を閉じ――


「……そうか。わかった。感謝するハイリタの姫君よ」


 情報提供をしたサラにそう謝意を述べてくれた。


「朝早くからすまなかったな。再び会うことがあるかわからぬが、そのときまで暫しの別れじゃ」


 竜様は別れの挨拶を述べたかと思うと「……お前はこの子らを送ってやれ」と手の平に乗る飛竜に語りかけ「きゅいい!」と元気よく飛竜が返事をした。


 優良な主従関係のようだ。こっちとはすごい違いで羨ましいな。

 



 結局、あの飛竜に森の外まで送ってもらうことになったのだけど、あれだけの鱗をすべて手持ちで運べるわけではなく「それだけでよいのか? 我が一肌脱いだと言うのに?」と竜様がご立腹の様子なので飛竜たちに手伝ってもらいながら何度も馬車と竜の巣を往復する羽目になった。その間、竜の巣で過ごす飛竜たちを垣間見ることが多く、皆すごく伸び伸びとしている。


 木々で遊ぶ飛竜や空で賭けっこに興じる飛竜など、和気あいあいといった感じである。

 遊ぶことができるということは衣食住が満ち、時間があるということだ。

 きっとこの竜様は、威厳に満ちながらもかなり優しいのかもしれない。

 現に今も体を飛竜に突かれて遊ばれているわけだしな。




 ――飛竜は決して人を襲わない。魔を破り、人の世を守るために彼らが存在する。




 たまに荒れた飛竜が人間を襲うことはあって一笑に付されるようになってしまったその伝承に嘘偽りはないことを僕とサラは再確認したのだった。

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