第27話 お姫様と癒しの眠り

 飛竜との戦闘が終わり、自然な流れとして場の雰囲気が緩む。

 散りじりになっていた男の人たちも何故か僕らを囲むように集まってきた。

 身なりから察するに、盗賊っぽい感じもするが、一定の教養も感じる。何者だ?


「……お前ら、ただもんじゃねえな。何処の子供だ」


 事態をずっと見ていた集団で一番年齢が高そうな男の人が話しかけてきた。


「――フィレーネ地方南方です。人里離れた森の中で暮らしています」


 サラに治療してもらいながら実直に答える。


 すると、それを聞いた他の男の人が「ゲッ!」と如何にもな反応を見せる。


「て、ことは……ハッ。お前ら鍛冶屋のもんか?」


 やっぱりそう来るか。


「……この子は違いますが、僕に関してはそうです」


 素直に事実を話す。この後の反応は予想通りだろうな。


「はあ……道理で不運なわけだ。せっかくまた落ちてた竜の鱗を捌いて金にしようと思ってたのに、これじゃ傭兵を雇った意味がねえじゃねえか……」


 心底ツイていないと落ち込んでいる。なるほど、どうやら下級の商人らしいな。


 『また』ということは、もしかして、竜の鱗が少しも落ちていなかったのはコイツらがせっせと拾っていたからか? 父さんは穴場だとか言ってた記憶だが、知られてしまっていては意味はない。


「それ、どういう意味かしら?」


 僕の左手を治療してくれているサラは、一旦治癒神聖法理術を停止した。そして男の人の言い分に目くじらを立てて小さな眉を吊り上げている。


 元々吊り目がちなサラがさらに怒って鬼の形相だ。とりあえず、左手で制しておく。

 痛いけど……ここでサラにことを起こされたらとんでもないことになるかもしれないからな。


「は? 意味も何も言った通りさ。そこの鍛冶屋のガキがいなけりゃこんなことにはならなかったんだからな。お前の血生臭さに惑わされて飛竜なんかが来ちまった」

「全くだ。おかげでこっちは大損害だ」


 対して男の人たちはサラの怒気など気にも留めていないようで好き勝手に言い散らかす。


「あ、あんたたちね――」


 サラがまた詠唱でもしようとしたか立てた人指し指を僕は右手で握って再び制す。


 怪我人には辛い仕事だが、我慢だ。サラも、ここはこらえて欲しい。


「まあそれはいいだろう。憎き鍛冶屋の坊主だが俺らを守ってくれたんだ。怪我もしてるしそれを対価として考えようじゃないか。お、そうだ」


 何か思いついたように男の人はポンと手で槌を打った。そして、僕の右側で倒れている飛竜の方を向く。


「な、何をするつもり?」


 サラが睨みながら問う。ひえ……怖いよサラさん! お顔が、皇女らしからぬ怒気が!


「何って、飛竜を捌いて鱗を剥ぐだけだが……」


 おっと、ここは僕もサラ皇女殿下に倣おうか。精一杯凄んでやる。


「うーん? まさかとは思うが、生きるモノを刈り取る武具を作り金を得る鍛冶屋が竜の鱗を売ることに難癖をつけるわけじゃないだろうな?」


 言い分は筋が通っているだろう。けど、それは僕が許さない、最も忌む事象だ。


「……この子は僕が倒しました。従ってどうするのも僕の自由です」


 言い放った。言ってやった。けど……どうなるか……怪我をしている僕と神聖法理術で体力を消費しているサラじゃ、この数の大人を相手にするのは無理だ。


 万事、急すか――


「ま、それも道理か。まだ近衛騎士団の世話にはなりたくねえし、教会の仕事も楽じゃねえのは重々分かった。それだけでも、上々としよう」


 思わず、呆気にとられる。嘘、だろ?


「……教会の仕事?」


 サラが訝しむように呟く。


「よし、お前ら、今日のところは退くぞ。……坊主、怪我は早く治せよ」


 そう言い残し、部下らしき男の人へ「飛竜の鱗は無事か?」「へい、何とか」とやり取りして離れた場所にあった大きな行商用の馬車に運ぶように命令を飛ばしている。


 徹頭徹尾、悪そうな男の人たちだったが、最後の別れの言葉は優しかった。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 あれから数時間、すっかり日も暮れてしまった。

 傷を負ったことと飛竜の手当てのため鍛冶屋の家に帰るに帰れず、森の木々の木陰で野宿することとなった。かなり時間が経ってもう木陰はないんだけどね。


「ユウ、傷の具合はどう?」


 二人で並んでいる焚火の明かりに照らされたサラが心配そうに僕を見る。


 ちなみに親衛隊が使うことを想定したのであろう非常時の野営道具をサラがせしめた甲斐あって、寝るにも食べるのにも困らない快適な状態だ。まだ馬車に積んだままだけど。

 サラ、ありがとう。親衛隊の皆様、ごめんなさい。


「平気だよ。それよりサラの方こそ大丈夫なの?」

「うん。なんとか……」


 サラもかなり体力を損耗していたからな。大丈夫そうならよかった。


「……そっか。ありがとな。サラ」


 今までのあれやこれやを含めて、お礼を言っておく。ここでこうやっていられるのも全部サラのおかげだからな。……一部正当性が怪しいものの。


「ううん。私がもっと神聖術が上手く使えたらユウが怪我することなかったもの。ごめんね……ユウ」


 サラは自分を卑下して首を振り謝ってきた。


「それに……この子だって正気じゃなかったみたいだし、眠らせる高位神聖術が使えたら良かったんだけど……」


 僕とサラの間にいる飛竜に視線を落としてそう続ける。相当、落ち込んでるみたいだ。

 なら、やるべきことは決まってるな。


「サラ……あのときはありがとね」

「へ?」


 突然お礼を言われたからか首を傾げるサラ。

 構わず続ける。


「飛竜が焔を吐こうとしたとき、急いで術を使ってくれたろ? まだ、飛竜が地面から離れてたのに」


 飛竜と最後に対峙したあのとき、飛竜は火炎を吐こうとしていた。


 それを察知したサラは急いで術を練り上げ、発動させてくれた。

 だから不完全で少しの攻撃で風の神聖法理術が破壊されたんだと思う。でも、それを責めるつもりなんかこれぽっちもない。


「サラがあのとき術を使ってなかったら……僕は今頃竜の炎に焼かれて死んでたよ」


 僕にはあんな神聖法理術、略して神聖術を使えず、あの炎に対抗する術がなかった。


 詠唱をすればそりゃ少しは発現するかもしれないけど、サラのあれのようにはいかない。


 そして、あのままサラが術の完璧化を優先していたら間違いなく僕は消炭になっていただろう。


「そうかも……しれないけど……でも――」

「――しれないじゃない。そうなんだよ。それに前にサラは言っただろ? 僕に自信を持って欲しいって」


 僕が死にそうになったのを、助けてくれた。それは揺るぎない事実だ。


「だからサラにも自信を持って欲しい」


 僕の言葉がサラの助けになるかは分からない。でも、言いたかったんだ。

 サラが自信を持ってほしいと言ってくれたとき、僕は嬉しかったのだから。


「……うん。わかったわ。言った責任は取らないといけないわね」


 サラは微笑んで頷いた。少しは、これで気が晴れてくれると嬉しいな。


「じゃ、もう夜も更けたし、明日の探索のためにも休眠をとらなきゃね」


 明日はこの森の中に入って竜の巣の探索だ。盗賊っぽい商人たちに飛竜の鱗を拾われているからな。今のうちに探索のための体力を蓄えなければ。


「ええ、でもその前に……」


 僕が近場の木に愛馬と共に繋いだ馬車へ野営道具の寝袋を取りに行くため立ち上がるとサラが意味深に口を開いた。


 や、やな予感がするぞ!


「な、何?」

「寝る前に、ちゃんと傷を? あのときは神聖力が足りなくて応急処置ぐらいしか出来てないし、ユウが持ってる薬草は品質が悪いもの――きちんと診ないと化膿しちゃうかもしれないでしょ?」


 などとまるで母親のような口調で仰り、小さな白い御膝というか太ももをポンポンしていらっしゃる。


 そ、それは駄目でしょう! いくら怪我をしているからと言ってもそれは!


「い、いいよ! 僕なら大丈夫だし、それより飛竜の方が――いっつッ!」


 元気な振りを見せようと手を振りまくってたら痛み出した。渾身の不覚!


「言わんこっちゃない。さ、早く見せなさい」


 と窘めるようにまた膝を差し出してくれる。……身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、か。


 僕は覚悟を決めてサラの膝に頭を乗っける。サラの「んっ」というこそばゆそうな微声を聞こえた。今日サラは短いズボンを穿いていたから肌が少し出ていて、そこに僕の髪が当たってこそばゆかったのかもしれない。


 ……少し可愛かった。


 サラから見えやすいよう怪我をした左腕を上にしているので、僕の目線は焚火だ。


 なんて現実逃避的に考えていても仕方ない。問題は別にある。


「……痛くしない?」


 膝の上で恐怖しながら訊いてみる。

 実は治癒神聖法理術はものによっては痛みを伴う。正直、痛いのは勘弁してほしい。


「細胞を活性化させるだけだから少し滲みるくらいよ。じっとしてなさい」

「……うん」


 滲みるって? 痛い? どれくらい? 死なない?


 返事をしつつも恐怖という恐怖が体を駆け巡る。


「……この森にはピクスターたちがいるから、神聖力をたくさん使えるわ」


 そう言って、サラが僕の左手を右手で指を絡ませるようにして握り、左手を傷口にあてがって術をかけてくれる。それからしばらくすると、サラの指先が微かに光り出した。


 ふと周りを見てみると木々から緑色の光る粒子がふわふわと浮かんでいるのが見えた。


 これが、神聖力だろうか? いやピクスター?


 詳しいことは分からないけれど敵意はない。むしろ歓迎しているような雰囲気さえする。


 それらが、サラと僕らを取り囲んでいく。そしてサラの指先の光が強くなり、僕の傷口が段々癒えていく。見た感じは変わらないが、治っていくのが分かる。すごいな……。


 でも、それと同時に――サラの気持ち「ごめんなさい。私がもっと神聖術が使えたら」という声も聞こえてきた。もしかしたら、ピクスターが僕に教えてくれているのかもしれない。


 僕の声がってことを。なら、僕がすべきことは……。


 握ってくれるサラの手を僕はギュッと握り返した。サラは少し驚くような表情をして「痛い?」と訊いてくる。それに僕は首を振って答える。

 気になってチラッと見上げてみるとたまたま目が合い、サラは静かに微笑んだ。



 月明りで照らされたサラの顔は、万物に勝る美しさだった。


 幼なじみとは思えないその美麗に、思わず目を逸らしてしまう。


 それからは静寂の時間だった。一瞬のようで永遠にも思えた。


 ただ時折、動かす肌の擦れる音だけが二人の会話だった。


 柔らかく、すべてを包むような、何にもたとえ難い、そんな心地だった。


 始め、僕を支配していた恐怖は安心、或いはそれ以上の何かへと変わっていた。




 

 ――ああ、これこそが、人が求める……――





「――あまり上手くないけど、精霊治癒神聖術を真似てみたから化膿はしないと思うわ。これくらいしかできなくてごめんなさい」


 膝枕状態で目が覚め、サラの声で突然現実に戻される。

 ああ、どうやら知らず知らずのうちサラの膝の上で眠っていたようだ。

 惜しみつつ、柔らかかった……げふん、サラの膝もとい太ももから上体を起こす。


「ありがとうサラ。じゃ、今日はもう寝よう」


 サラにお礼を言って立ち上がりつつ宣言した。

 ここまでしてくれたお礼は、必ず返さなきゃな。


「うん」


 笑顔で答えるサラが立ち上がろうとしたので手を貸してあげる。

 たぶん、この眠気? に乗じて横になれば安眠できるだろうしな。

 火の始末をして、僕らは近くに留めた馬車へ向かうのだった。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ユウ! 起きて! ユウ!」


 誰かに、揺らされている。


「んっ。や、やだ……まだ僕はサラと……」

「私ならここにいるわよ! それより早く起きなさい!」


 藪から棒にさらに肩を揺さぶられる。そして、突然の鈍痛――


「いて! な、なんだよ……まだ太陽も昇って――」


 地面に頭をぶつけて毒を吐きつつよがっていると次第に意識が覚醒してきて、


「いいから上を見なさい!」


 というサラの怒号が聞えてきた。


「う、上? ――っ!」


 言われるがままに馬車から上を見ると……一羽の飛竜が上空を円を描いて飛行していた。


「あれは……昨日の飛竜だよね? もうあんなに元気になったんだ」


 嬉しさ混じりにサラに確認を取る。昨日サラが治癒神聖術をかけてからずっと眠っていた飛竜だったが、ここまで回復が早いとは思わなかった。さすが野生の生き物だな。


「そうみたい。さっきつつかれて起こされたんだけど、そのときユウが起きなかったから少しご機嫌斜めみたいよ?」

「へ? それはごめん……でも、どうして飛竜がそんなことを……?」


 可愛いところがあるのは分かったけどわざわざ僕らを起こすメリットが全然思い浮かばないぞ。


「分からないわ。ずっとああやって旋回しながら飛んでるってことは、何らかの意図があることに違いないけど……」


 サラと再び上空を見つめていると、飛竜が反応して、


「あ、森の方へ飛んでいく……」


 そのまま飛び去って行くかと思ったのだけど……。

 飛竜がまた旋回飛行を森の上空で行っている。何らの意図があるのは明白だな。


「止まった……もしかしたら、『ついてこい』って事かしら?」

「……そうみたいだね、行ってみよう」


 サラの意見に同意しつつ、急いで寝ぼけ眼で身支度を整えるのだった。

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