第26話 お姫様の風と焔の旋回飛行
騎兵の隊長さんと別れて幾ばくか経ち、竜の巣を目指してこちらも行軍している。
現在地は皇都南西方向の道中だろう。西方領土の商都へ向かう本道の脇道を通っている形になる。前方左手に見える森が竜の住むはずだが……これがおかしい。
ここら辺には小さな飛竜がいて、常に上空を飛びまわっていると父さんから聞いたんだけどな。現に以前父さんと鱗回収に出かけたこともあったし。それにもうそろそろ鱗が生え変わる時期のハズだ。しかし草原の上には鱗一枚落ちていない。
実は……この飛竜の鱗が目当てとも言ってよかった。
生え変わっていらなくなった飛竜の鱗なら……危険も少なく、飛竜の鱗という上質な素材を入手できると踏んでたんだけど……当てが外れたかな。
ともなれば、第二の策、竜の巣の発見に賭けるしかないのかもしれない。
父さんと来たときは竜の巣が云々という話はしてなかったから、隊長さんから言質がとれて運が良かったと勝手に思ってたんだけどなぁ。
竜の巣まで取りに行くのはさすがに危険そうだけど……そうするしかないか。
とまあ、これについて考えるのはこれくらいにしておいて……。
「さっきの人が言ってた襲われるって何なんだろう」
こっちの方が今のところ問題だ。盗賊だったら引き返さないとまずいかもしれない。
もしかしたら……飛竜が見当たらないのも関係しているのかもしれないしな。
「……知らない」
サラはムスッとしたまま、不機嫌そうな返事をする。
「もう、いい加減に機嫌直してよ。そんなに拗ねることないだろ?」
「別に拗ねてなんか……」
いや、拗ねてるだろう。ここはひとつ幼なじみとして補助しないといけないか。
「まあ、サラの今の姿とこの田舎じゃ気づく人なんていないよ……連れてるのが僕だし」
「分かってるわよ。でも、あんなに笑われるなんて……恥ずかしいわ」
「それには同意するよ」
サラの言葉に僕は半分笑いながら答える。
あれだけ大うけすると清々しいかとも思うけど、僕らは大芸道や道化師ではないのでやっぱり恥ずかしい感情が勝つ。
「……もうそろそろ着かないの?」
「もうちょっとだよ。前に父さんときたときは結構落ちてたからね」
落ちているのは鱗か言い難い何かか分からないけど……。
「そう……あるといいわね。竜の鱗」
「うん」
飛竜さん、どうか、近くにいて鱗を落としてくださいますように!
そんな願掛けをしていると唐突に――
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」
「――ッ!?」
な、何だ? 今の断末魔は!
「今の声、どこから?」
とサラが。
「たぶん、森の方から……かな?」
と僕が。
これは……最悪を想定して動かないといけないな。
サラと顔を見合わせ、頷き合う。
急いで馬を囃し土の道を離れる。本当は反転して逃げるべきなんだろう。
そうできない性格を恨みながら声のした森の近くへ向かうのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
森の木々が生えていない森の果てに当たる部分に人の集団を確認した。近くに馬車らしき物も視認。とにかく急いで馬を降りて駆け寄る。
「く、くるなッ!」
「いいかお前らっ。退くんじゃないぞ! 何としても死守しろ! こ。こいつだけは!」
「くそ……なんでこんなところに――」
人数は十人ほどか。皆一様にして空を見上げ、剣や槍を向けている。
尋常ではない事態なのは明白だった。
「だ、大丈夫ですかっ!? しっかりしてください!」
出血し、重症そうな男の人に急いで駆け寄る。
右肩に抉られたような傷口を確認でき、見たところ獣の爪でやられたように思える。
「サラ、治療できそうかな?」
すぐ後ろを付いてきたサラに問う。かなり生命維持が危ぶまれている状態だ。
サラは急いで僕の隣に並び、倒れている男の人の状態を見た。
「たぶん大丈夫。私の治癒神聖法理術でも何とかなりそうだわ」
……よかった。ここはサラに任せよう。
そう思ったのも束の間、この真昼間に遮るはずのない影が僕を覆ったかと思えば、すぐに光が差した。何か、上で飛んでいる?
不審に思って上を見ると――
上空で悠々と旋回している物体。
翼を持ち、鱗で覆われた比較的小柄な体躯だ。
あ、あれは……もしかして飛竜か?
「なんだこの子供は?」
「そんなことはどうでもいい! 誰かアイツを何とかしろ!」
突然の僕らの登場に困惑しつつも飛竜らしき物体に狼狽える男の人たち。
空のそれは、旋回飛行から下降に転じこの集団の中心へ降り立つ――かと思いきや一瞬こちらを見たかと思うと地面スレスレで方位転換したッ!
「キュエエエエェェェェェェ――――」
雄叫びを上げながらそれはこちらに向かって来る!
それをもしものときのために持ってきておいた剣で受け止め、弾き返す!
その刹那にヤツの目を見た。思わず、血の気が引く。――どうして!
この感じ、この雰囲気、そしてこの状況が、先日のある出来事を否応なしに想起させてくる。似ているんだ。あの、狼のときと!
「くッ! に、逃げろサラ! ここにいたらッ! 不味いぞ!」
度重なる僕、いやサラへと矛先を向けた牙や爪での攻撃をいなしにいなしながら、森の中へ向かうように合図。
後ろにいるサラに避難勧告を出す。逃げる時間さえ稼げれば、空を飛ぶコイツは上空から森の中を見渡せはしないだろう。少なくともここよりマシだ。
「うん。でも……あ、足が、竦んで――」
しかし、男の人を治療し終えたサラは恐怖か何かで動けないようだった。
もしかして……絵本にあった竜の咆哮の効果か?
あらゆる生物の本能を刺激して恐怖で行動を抑制するというものと絵本では書かれていたのだが、飛竜がそれを使えるのか?
いなされ、効果が薄いと判断したからかヤツがまた空高くまで飛翔した隙に色々推察してみる。こうなったら、ジリ貧でも持久戦に持ち込むしかないか。
天高く上昇したソレは、今度はしっかりとサラに狙いを絞っている。
そして、さっきとは比にならないほどの降下速度で迫ってきたッ!
風を切る音が鼓膜に叩きこまれ、完璧に牙を受けきったと思ったが、体ごと後ろへ吹き飛ばされた。ヤツはまた上空へと戻っていく。なるほど、何回か繰り返して、邪魔な僕を排除してからサラを狙う気か。
「ユウっ!」
心配するサラの声が聞こえるということは、生きてるし、大丈夫ということだ。
後ろから「……大丈夫?」とサラは不安げなので僕はとりあえず頷いておく。
「くそ……なんて強さだ……」
外傷はないが、ダメージは確実に負っている。方や相手はピンピンしているぞ。
残念ながら持久戦は敗北の他なしか……。
ヤツは先ほどよりも高高度へ上昇、また急降下攻撃を繰り出すための溜めだ。
どうする……? 何か打つ手はッ!
「……飛竜のあの攻撃なら私に任せて。ユウはとどめともしものときの防御を頼むわ」
突如、サラがそんなことを言い出した。
竜の咆哮の効果で足は震えているけど目は本気だ。
「分かった。けど……サラは何をする気?」
作戦内容は聞いておかないとね。
「一、神聖法理術でアイツを地面に叩きつける。二、そこをユウが剣で斬り伏せる。できるかわからないけど、今できる最高の作戦よ。――やるしかないわ」
強い覚悟が見える目。綺麗で、透き通る、蒼い瞳。
なら……仕方なしか。
「シンプルだね……了解。頼んだよ、サラ」
僕が頷くや否や、サラは右手人指し指を舐めると握られた左の手の甲に十字を描き――
「蒼き天に宣告す。主の命に背かんことを誓い奉り、今此処に我が意の祈願に応え給え」
静かに詠唱起句を諳んじた。サラの髪が揺らめき始める。
それと同時、ついに降下を始めた飛竜を忍ぶように睨み見る。
次第にサラの周りに渦を巻くように静かな風が吹き始め、髪の揺らめきが強くなった。
それを見て、僕は息を整え――剣を下段で構え腰を低く落とし、迎え打つ姿勢になる。
ぐんぐん近づいてくる竜の影。その牙の隙間から、想定外の火炎の焔が見え、血の気が引いた瞬間――サラは目を見開いて一層強く円形に風の気を放つ。
「――
下降する飛竜に向けて左腕を構えていたサラは凄み、握られていた左手を大きく開いた。
すぐさま風が吹き荒れ、それは小さな飛竜を直ちに覆う――
つんざくような風の音を発しながら渦巻く風の塊となった飛竜は、サラの手の動きに従って少しずつ降下していき、地面へと……叩きつけられるはずだったのだが。
途中で見えなくなった風の塊の中から焔が見えたと思ったら何度も何度も閃光を発する。
……どうやら飛竜が風の中で暴れているらしい。風の塊の形が徐々に崩れ始めた。
「ご、ごめん。ユウ、もう、耐えられなさ、そうっ!」
息が上がりつつ、構えたまま踏ん張るような声で神聖術の持続時間を教えてくれる。
しかし、飛竜は一階建ての家の屋根くらいの高さまで高度を落とした。
これであの急降下攻撃は無力化できたぞ。
「いや、上出来だよ!」
風の神聖法理術が解けた飛竜はサラを視認するとすぐさま僕らの方へ高速滑空を開始。
僕は飛竜の動きに合わせるように駆け――叫ぶ。
翼を羽ばたかせる力もサラの神聖術で潰え、それに伴って力を消費したからか焔を吐くこともない。ただサラを睨み捉えたままの宝石のような赤い目が――僕の剣閃を映した。
僕の右切り上げを見事に噛み止める飛竜――その目は依然としてサラを捉えたままだ。
しかし、そんなことはお構いなしに僕は左手を柄の尾に添えて――
「ぐ、うをおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁ!」
牙の合間を縫ってその強靭な頬に剣を突き立てるべく一気に押し込むッ!
すると飛竜はごたつきながら翼をがむしゃらに動かしてジリジリと後退しつつ、僕の刃から逃れ始めた。
――よし! いける!
僕は剣を牙の間から滑らすように引き抜き、二の剣閃を――
「――キエエエエエエエエエ!」
――っ!?
僕の予想よりも早く飛竜はすぐに崩れた姿勢を立て直し――
「――くっ!」
左薙ぎを放つ直前だった僕の――左腕に牙を突き立てた。
直後、熱と鮮血が迸り、鉄の匂いが漂う。
「――これで、終わりだッ!!」
遅く訪れた鈍い痛みに抗うように渾身の力を込めて僕は飛竜の後ろ首を
――柄で殴る。
「キュエえええええええええええええええええええ!」
断末魔が僕の耳を貫き……。
赤い目が蒼く変わったのを最後に気絶した飛竜は僕にしな垂れかかった。
どうやら……絵本の描写は正確だったようだ。
飛竜の力の源は顎の付け根とうなじ。そこを穿てば、一定時間は気絶してしまう。
つまり衝撃を与えると脳に力が逆流して負担がかかる場所みたいに認識していたけど、実証されてしまったな。
「ユ、ユウ!」
「……サラ、飛竜の手当てをお願いしてもいいかな」
「バカ! それよりアンタのほうが先でしょ!」
絶賛出血中の僕に駆け寄って来たサラは怒る。でもサラ、僕は心配ないよ。こうなることも見越して備えはあったからね。
「僕なら大丈夫だから……うっ! いてて……ほら、薬草も持ってきたから。これを塗ればすぐに治るよ」
と鍛冶屋の近場で取れる傷薬の薬草を見せる。一応、持ってきておいてよかったよ。
「……すぐに手当てするわよ。さ、こっちに来て」
サラの呆れたというかすごく心配そうな顔のせいで僕は唯々諾々と従うしかなかった。
でも、飛竜の方もちゃんと治療してほしいな。
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