第25話 お姫様とお忍び行商

 晴れ渡る青空の下、緑豊かな平原を進む馬車。

 想定していた通りの条件で予想通りにことが進んでいる。

 しかし、僕の気分は少しばかり不安が募ってきている。すべてが予定通りのはずなのに。


 隣に皇女殿下がいらっしゃるという点を除いては――


 もっと言うならば鍛冶屋までサラが引き連れていた親衛隊と案の定ひと悶着あったのは想定外だった。けどこの幼なじみは交渉に負け知らずの実績を持っていることもあって、僕と出かける許可を無理やり取り、極めつけに親衛隊の馬と非常時の野営道具を借り……というかぶん盗って、皇都南西方向にあるといわれる竜の巣を目指すこととなった。


「ユウ、もう結構遠くまできたけど……まだなの?」


 僕の不安の種とも言うべきサラの問いに、


「うーん、そうだね。あと少し先かな」


 と答える。何というか、長閑だなぁ……。


「ん? あれは……?」


 親衛隊からサラが盗んだ台車を曳いている僕の愛馬(少し小さいけど力は強い)を竜の巣の近くまで続くとされている道で走らせていると、前方に妙な集団を確認した。


 馬に乗って隊列を組み、鎧や槍で武装。そして何より――旗を靡かせている。


 これは……不味いか?


「身なりからしてここから近くにあるフィレーネ地方領主館管轄南西駐屯地の兵ね……」


 心で身構えた僕にサラが安心材料を提供してくれた。

 少し息を整える。


「こんなところにもいるんだね……前に父さんと商都に行ったときには見なかったのに」

「駐屯地の周りにはちょっとした集落があって各地にある村や町への中継地点にもなるわ。最近は魔物も出ないから兵が出張ることはそうそうないらしいんだけど……」

「へー。さすがだね」

「そんなこと……でも、妙ね。こんな時間にあんなに隊列をなして行軍するなんて……もしかして魔物が出たのかしら……」


 僕の言葉に少し赤くなったサラの情報通には驚くばかりだ。けど、そんなサラでも前方の騎兵集団は異常と認識しているようだ。


 そして、その集団と接触まで後少しのところまで差し掛かった。


 何やら考えていたサラが、


「ユウ、前方の隊列を止めなさい。少し、事情を聞く必要がありそうだから」


 とまたとんでもないことを言い出した。


「え、いいのそれ?」


 兵士の隊列を止めるって……それ犯罪なのでは? ただでさえ皇都での前科持ちの僕がそれをやってしまうと再犯で最悪投獄されるのではないのか?


 しかし、このサラ皇女殿下はそんな悩みを杞憂とするべく、


「ノーリタ卿の力はこの南方には及ばないわ。心配なくやっちゃいなさい」


 などと不安の種が芽吹き出した僕の心象を読み取るかのような後押しをしてくださる。


 辛うじて、ここはまだシベリタ卿の管轄。


 西方領主様は北方のノーリタ卿と懇意にしているとの情報をベルさんから教えてもらっているがまだ南方領土内だから安全と見るべきか。


「……はいはい、仰せのままに致しますよ。皇女殿下」


 一応、納得したという上でのサラからの洗脳に従って、半分ヤケクソのような感じで、馬を囃す。ごめんよ、僕の愛馬。大丈夫、もしものときキミだけは何とか逃がしてみせる。


 そして、ついに隊列の進行方向に僕の馬車が割り込んでしまう。


 連なる馬の鳴き声。兵士たちの驚く声。急停止した衝撃で武器がぶつかり合う音。


 ああ、もう後戻りはできないぞ――


「おい! 危ないだろ!」


 至極当然の叱責を馬上から見舞うのはひと際、大柄な兵士だ。傍には歩兵もいる。


「そこの者、この行軍は何用で派兵している? 速かに簡潔として答えなさい」


 如何にもお偉いさんっぽい兵士にサラは動じることなく下令する。

 しかし、予想通り相手は憤っているようで――


「……お嬢ちゃん、俺らは遊びじゃないんだ。坊主、そこをどいてくれ」


 鋭い眼光でかなり怒っていらっしゃる。

 けど、父さんよりはまだ怖くないと思えば耐えれる。


「仕方ないわね……ユウ、これを」


 サラが溜息を吐きつつ何か渡してきた。


「しょうがないな……」


 覚悟を決めた僕は軽く咳払いをして――


「その方、このお方を誰方と心得る! 恐れ多くもハイリタ聖皇国皇室第一皇女、サラ・システィーナ・ルミス殿下であらせられる!」


 と、皇室の御紋があしらわれた垂布徽章を提示しつつサラの正体を宣言する。


 一瞬の静けさ。心地よい風が吹き抜ける。


 そして、兵士一同は笑う。それはそれは大うけで大爆笑だ。な、なんで?


「面白いことをいう坊主だな! だが、あまりそういう冗談はよくないぞ?」


 ああ……もしかしてだけど。末端の兵士たちはサラの皇室徽章を知らないのか。


 まだ正式には皇女ではないサラだからな。だから、子供の遊びとして処理されているのだろう。ちなみに当のサラは真っ赤で口をワナワナさせている。


「まあ、笑った俺も同罪だ。それにお前にはどこかで会ったような気がするしな。特別に教えてやる」


 さっきの正体皇女宣言で幸か不幸か不穏な空気が風と共に去ったおかげだ。


 一番大うけしていたお偉いさん兵士がそんなことを言ってきたぞ。

 相変わらず赤面後に機能停止しているサラには悪いけど、これは良い兆しかもしれない。


「知ってるか分からないが……皇都で剣覧会の発表があってから間も無く、ここらで旅人や観光客なんかが襲われる被害通報があったんだ」

「襲われる?」


 初耳だ。村に住んでいたならもう少し早く情報が回っていたかもしれないけど、森の中じゃさすがに厳しい。教えてくれなかったからベルさんも知らなかっただろうしね。


「ああ、でも実態がいまいち掴めてないのが現状でな。どうも魔物かどうなのかも怪しいらしい……まあ、とりあえず現地対応ってことで俺らが出張でばることになったわけだ」


 ちょっと経緯は想定とは違ったけど、サラの気になっていたことも無事回答してくれた。

 しかし、魔物かどうかも分からないとはな……。先日、サラが狼に襲われたこともあるし、もしかしたら……? 何にせよ、早期解決をしてほしいものだ。


「……なるほど調査及び警邏けいらご苦労様です!」


 父さんがよくしていた敬礼を真似て激励する。


 お偉いさんの兵士、恐らくこの部隊の隊長は苦笑いに近い微笑で答えてくれた。


「まあ、ここの近くには竜の巣があるって話だし、魔物だったら奴らが食っちまうはずだから可笑しいとは思うんだが……とにかく、坊主たちも気を付けろよ」


 隊長さんの言う通りなら、僕たちが進んでいる道は絵本にあった通り竜の巣の近くへ通じていたようだ。よし、これで確証が得られたぞ。


「はい!」


 嬉しさも相まって元気よく返事をする。だけど兵士らしく民に注意喚起をした隊長さんは、どことなく鎧を着た父さんの背中に重なって見えた。

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