第24話 鍛冶屋の来客
ベルさんが鍛冶屋を訪れてから数日の時が流れ、僕はベルさんの剣術指南を受けることになった。忙しい合間を縫ってわざわざ来てくれるベルさんの稽古は厳しく、始めのうちは少し稽古をしただけでバテてしまっていた。
近衛騎士団仕込みの剣術は僕にはまだ早いということで、ベルさんが昔から使っているという西方の片手剣々術を教えてもらっている。近衛騎士団は主に小盾を用いる前提の剣術なのに対し、西方の片手剣術は剣一本のみで敵と対峙する精強な流派らしい。でも剣術の基本的なことがすべて詰まっている基礎の剣術とのことだ。……幼なじみとして、僕はサラを守れるようにならないといけない。まずはこの西方剣術で免許皆伝をいただかねば。
今ではなんとか基本的な剣の要訣は理解できてきた。魔物には敵わないかもしれないが、それなりには戦えると思う。
いつもの稽古を終えると、何やら父さんとベルさんが話し出した。そして、ノーリタ卿や調査と鍛冶の材料の調達に皇都の西にある西方領土の商都まで行くとのことだ。
「じゃ、行ってくるぞ」
軽い荷造りを終え、出発のため馬に乗る父さん。
「うん。気をつけてね」
父さんにそう答えいるとまだ馬に乗っていなかったベルさんが僕の近くまで寄ってくると少し屈んで「あ、そうそうユウトくん」と耳打ちしてきた。
「あと少ししたらお客人が来るはずだから――しっかり応対してあげてね」
「え?」
「頼んだよ」
言葉の意味を訊く暇もなくニコッと笑ったベルさんは近衛騎士団の装飾仕様の馬に飛び乗り、ふたりして走り去っていった。
お客さん……一体誰なんだろうか……。
ひどく不安になる僕だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
父さんたちが商都に向かってから数時間。
まだ見ぬお客さんを待つため僕は鍛冶屋の商店部にいた。
「まだかな……早く出かけたいんだけど……」
天が味方したのか今日は晴天。出かけるには調度いい。
父さんたちがいなくなったので、この内に済ませておきたい用事もあったんだけど……お客さんが来るらしいし、この様子じゃ無理かもなぁ。
せめて前に傷ついたのを助けた狼と触れ合えたらまだ待ち時間も苦痛じゃなかったかもしれないけど、いつだったかご飯をあげに行ったらいなくなってたからな。
傷が完治したからかな……何にせよ、元気で暮らせてるといいな。
――コンコン。
狼に思いを馳せていると、鍛冶屋に慎ましいノックの音が響いた。
お、どうやらやっとお客さんが来たみたいだ。
急いで駆け寄り、迎え入れるため扉を開ける――
「いらっしゃいませ……え?」
扉の前にいた人物に、思わず静止する。
予想に反して背丈は低く、僕よりも少しだけ高い身長。
服装は蒼いフード付きの肩掛けマントに意味があるのか分からないほど短いズボン、少しだけ太ももを露出させる丈のタイツに、膝まで覆うほどもある茶色のブーツ。
一見してどこにでもいる旅人の装いではあるけど、その装飾や生地、仕立ての感じを見れば、それを纏うこの金髪の少女が誰か僕には簡単に分かった。
そして、それが、ありえないということも――
「久しぶり。ユウ」
少女は被っていたフードを脱ぐと、その正体を現した。
ありえない。けど、現実として、目の前にいる。
「サ、サラ!? ど、どうしてここに?」
驚きのあまり言葉が上手く出てこない。
な、なるほど、ベルさんが言っていたお客人っていうのは――
ハイリタ聖皇国の皇女――サラだったんだ。
「ユウがここにいるからよ」
僕の問いに当然と言わんばかりに淡々と答えるサラ。
「理由になってないだろ! てか、ノーリタ卿の言いつけは……?」
「お邪魔するわね――そうそう、話は聞いたわよ」
僕を押しのけて鍛冶屋にズカズカと入っていく。この感じは相変わらずで安心するけど……今はそれどころじゃなさそうだ。いつもなら少し怒るところだけど、ここはサラに合わせよう。
「人の話を聞いて……き、聞いたって? 何の?」
「そりゃもちろん不敬罪の件よ。鍛冶屋の危機ってベルが言ってたわ」
「……うん」
店に並び、壁に備えられた商品の武具、お客さんはほとんど来ないのでもはや飾りと言っても問題なさそうなそれを見ながらサラは話しかけてくる。
僕がそれ答えると物色していたサラは僕の方へ振り向き――
「知ってるわよね、剣覧会の副賞」
と告げてきた。それに僕は静かに頷く。
僕の様子をみたサラは「なら、話は早いわね」と僕を見据えていた蒼い目をゆったりと閉じる。そして、少しの間を置いて――
「……私、剣覧会に出るわ」
「――え!?」
衝撃のお言葉を発せられた。
「そんな驚くこと? なにも、皇女が出てはいけないなんて注意書きはなかったし、私を守る親衛隊の武具なら皇女自ら作るのも悪くはないでしょ?」
「……本気で言ってる?」
軽快に笑いながらとんでもない冗談のような話を続けるサラに不敬を承知で思わず訊いてしまう。
「私が冗談でこんなこと言うと思う?」
皇女自ら親衛隊の武具を作る――サラは本気でそう考えているらしい。
「……相変わらず、サラは突拍子もないんだから」
そう笑いながらぼやきつつ、サラはこういう子だったというのを再認識した。
うんうん、と頷き続けるくらいには納得してしまうほどに、まっすぐな子だ。
ありがたい、その気持ちは凄く嬉しい。けど――
「でもね、サラ。その必要はないよ」
僕は毅然と、サラの申し出を断る。
それを意外に思ったのか「え?」と驚くサラは僕の目を見つめてくる。
求めてるんだ。僕の続きの言葉を。なら、ちゃんと伝えないとな。
「僕が剣覧会に出るから」
そう言ってやった。今まで、できないからと逃げ続けてきた武具を作る鍛冶というものに向き合う。それをしっかり伝えるために。
それでまたサラは目を見開いて驚いているけど、すぐに慌て出した。
「で、でも、ユウたちはノーリタ卿に――」
「それについては大丈夫だって父さんが言ってた。だから心配しなくても大丈夫だよ」
自分もノーリタ卿の言いつけを破ってここまで来たことを棚上げするサラらしいところに妙な安心感も覚えつつ、ここもしっかり説明しておく。
すると、サラは俯いて黙ってしまった。
これは……想定外だな。なんでだろう?
予想に反した反応に心配していると、サラはぎゅっと手を握って震えている。
「……私は、いらない?」
必死に紡ぎ出したそれにサラの気持ちが、濃く伝わってきた。
僕は、俯いたサラに見えるよう屈んで見上げ首を振る。明確に否定するように。
「サラには見てて欲しいんだ。会場で僕の作った剣を。それで、君が決めるんだよ。この国の未来を」
サラが言ってくれた気持ちに答えるように僕も思っていることを伝える。
幼き皇女の小さな肩を掴み、僕の思いが伝わるように。
親衛隊、それはこの国の品位を決める重要な組織であり、過去の歴史から近衛騎士団との対立も珍しくないほどの強権を行使できる数少ない武装集団……だと前にサラは言っていた。きっとこの剣覧会はその強権の枷とも鎖とも言えない何かしらの意図があるはずだ。
だからこそ、この親衛隊の主となるサラは重要で、この剣覧会で選ばれる武具によっては――国の未来さえ決まる。少なくとも僕はそう思っている。
「……もう、見ているだけは嫌なの。……ユウ、竜の巣に行くつもりなんでしょ?」
僕の言葉にサラはまた気持ちを重ねていく。まるで、押し込められていた何かが溢れ出ているみたいだ。って――
「ど、どうして?」
なんでバレてるの!?
演技というか猫かぶりが上手いベルさん直伝のポーカーフェイスで平然を装うけど、内心は驚愕している。
竜の巣――それこそが父さんが留守の内に済ましておきたかった用事だったから。
「初めて一緒に読んだ絵本に載ってたからよ。破魔の剣の原料とされているのは竜の鱗だから」
サラはピタリと僕の考えを言い当てる。これは……認めざるを得ないな。
「そっか。サラも覚えてたんだな。うん。行くつもりだよ」
「当たり前でしょ。で、セドさんはなんて?」
相変わらず痛いところを突いてくる……。
「危険だ。原料の調達はベルに任せてある。お前は鍛冶の修行に集中しろ――だってさ」
「だろうと思ったわ……。なら私も一緒に行く」
父さんどころの騒ぎじゃなさそうなことをサラっと言ってのけるサラ皇女殿下。
「そんなっ! だ、ダメだよ! サラは皇女なんだよ? もし何かあったら――んぐっ」
必死に説得している気も知らないで細い人差し指に口を塞がれ、
「――臆する皇女に神は宿らず。挑まぬ剣士に守る国なし」
唐突に古くからある皇室の言葉を諳んじた。
「私はこの国の皇女。例え無才の姫と誹られようとこの国を守る責務がある」
僕の口に当てた指を自分の胸に、凛々しく宣言したサラ。
「……だから、お願い。私も一緒に連れていって?」
皇女らしく命令されるかと思ったのだけど……お願い、か。
正式な皇女となる日を近くし、幼き頃とは少し変わった目の前の少女の顔は、僕のよく知る弱気な女の子そのものだった。
「はあ……分かったよ。でも、あまりにも危険だったらお城に送り返しちゃうからね?」
「――うん!」
根負けした僕の回答に幼なじみは満面の笑顔を咲かせた。
「まあ、僕にも少し考えがあるからそこまで危険じゃないだろうし……今はベルさんに剣も習ってるから、サラひとりくらい守れるさ」
ベルさんとの特訓の成果か、少し調子の良いことを言ってしまう。
けど、今日くらいはいいよね。……悪いことが起きませんように。
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