第23話 決意
サラを城下町に送り届けた帰り道、僕はパン屋のミヤさんにもらったクッキーを食べて気を紛らわせた。微かに甘く、程よい食感が心地いいその味は荒んだ心を落ち着かしてくれる。
ちなみに、ミヤさんにもらった話をして父さんにもあげようとしたら困った顔をされた。仕方なく買ってきたミルクスのパンとオルゴパンをあげると喜んでくれたんだけど……なんでクッキーじゃダメだったんだろう。甘いのが苦手だったのかな?
そんなことを考え、帰る家に着いても特に何をするでもなく、あのことから逃げるように普段通りに過ごした。何をすればいいか、僕には分からなかったから。
しかし、あの日から数日の時が流れた今日、その現実逃避の日々は終わりを告げる。
いつものように鍛冶屋の手伝いである薪や鉄を打つ道具などを鍛冶場に運んでいると、馬を
「珍しくお客さんがきたのかな?」と思ってその方向に注意を向ける。すると、茶色の毛の馬に騎乗する銀色の髪と白い鎧姿の騎士が慌てた様子でこちらに向かってきていた。
白い鎧ってことは近衛騎士団の騎士だよね……それがどうしてこんなところに……な、なにごと? ぐんぐんと迫り、近くにくるつれて見知った姿が浮き彫りになる。
ついに僕の家である鍛冶屋の前まできた騎士は颯爽と馬から降り、流れるような美しい所作で鍛冶屋の商店部分である母屋の扉を開いて中に入った。
――間違いない。僕の剣の師匠であるベルさんだ。
どうやら僕には気付いていないみたいだけど……。
とりあえず、挨拶だけはしないとね。そう思って僕は商店の入り口に駆け寄る。
「せ、先輩っ……! いますか……? はあ、はあ……」
息を切らし父さんを呼んでいる。どうも緊急の用っぽい。
そのただならぬ雰囲気に僕は声をかけるのを
「ど、どうした。……ベル?」
たまたま店内の整理中だった父さんは、突然現れたベルさんに驚きつつも椅子に座るよう促し、コップに水を注いで息を切らすベルさんに差し出す。
それを受け取ったベルさんは「ありがとうございます」と礼儀正しく小さくお礼を述べた後一気に飲み干した。そして脱力し一昨日サラが座っていた木製の椅子に腰を下ろす。
「何かあったのか?」
その対面に座った父さんは、ベルさんのただならぬ様子に異変を感じたのか鋭い視線を向ける。それに対してどこか気品が漂う所作で口元を拭い、息を整えたベルさんは父さんに向き合い――
「――先日先輩が仰っていた北の領主であるノーリタ卿が先輩の親友様であるというのは事実なのですか?」
契約書の重要事項を確認するように訊いた。その視線は父さんと同じく鋭く尖ってる。
以前、フィレーネ地方領主館でみたときとはまるで違う雰囲気だ。
……大人同士の会話。子供が入っていいものじゃない。
でも、気になるのは気になるので僕は盗み聞きしている現状の継続を選択する。
「ああ、たぶんな。皇国議会で見た領主の顔が似てると思っていたら、そのまさかだったわけだ」
「そうでしたか……では、通りの騒ぎの件もご存じですか?」
腕組みをする父さんに、ベルさんはあの件を切り出した。
それに思わず、心臓が跳ねる。
「――ああ。知ってる。帰ってからユウトがちゃんと教えてくれたからな」
父さんの言う通り、僕は家に帰って直ぐノーリタ卿の登院行列を停めてしまったことを話した。
停めてしまった理由までは気持ちの整理がつかなくて話せなかったけど……。
だから……叱られるかと思った。
しかし、父さんは黙る僕を怒ることなくただ「そうか」と言って頭を撫でてくれた。
そのおかげで幾分か救われた気がする。
「分かりました。では話は早いです」
ベルさんはそう言うと少し間をおき、
「件の皇国議会登院途中に於いて発生した領主護衛行列進行妨害の咎により、ノーリタ卿はユウトくんを貴族不敬罪に於ける罰則採決権の行使名目で命を発せられました」
と淡々と続けた。
あのときに『追って
師匠……お手を
「そうか……アイツは何て?」
「ノーリタ卿が発せられた命はふたつ――ひとつは鍛冶屋の行商としての皇都城下町入場許可証の
――っ!
そ、そんなっ……!
鍛冶屋としてしか父さんと僕は入場できないのに……。
「……もうひとつは?」
父さんは慌てることなく淡々とベルさんに訊いた。
「――武具等の金属製品全般の
端的に分かりやすくベルさんは教えてくれる。
実のところ城下町に入れにだけだとそこまでの損失はない。近隣の村や西方にある商都での行商が鍛冶屋としての利益の大部分が占めるからだ。
しかし、品物を作れなくなり、修理も出来なくなると……話は違う。
答えは簡単。
生計を立てている大部分が修理の依頼であり、商都で売る品物が作れないからだ。
……僕らは今このときをもって、生きていく道を閉ざされた。
僕のせいで……こんな、ことに――
「ベル、この手の通達は書面があるだろ。見せろ」
絶望に暮れる僕の心情を光の矢を射抜くように父さんはそう切り返す。
父さんの言葉にベルさんは懐から格式高そうな封書を取り出し「こちらになります」と手渡した。
父さんは渡された封書に目を落とすと疑問顔をする。
「――発、カルラ。――宛、セド。……これは……」
……え?
父さん宛て? そんな、罪を犯したのは僕なのに……。
訝しむ父さんに小さく頷くベルさんは言葉を続ける。
「恐らくユウトくんがまだ子供なため親である先輩に宛てているのだと思いますが……ユウトくんの情報は南方領土を統括するフィレーネ地方領主館が管理しています。いくら北の領主といえど無断でそれを持ち出せるはずもなく、ましてや南方領主館は先の魔族大戦で皇都防衛戦の前線基地として機能した最後の砦です。いくらノーリタ卿の有する騎士団が精鋭揃いと言えどシベリタ卿に情報開示請求の願いを出さない限り、先輩がユウトくんの父親であることを知る
淡々としたキレのある口調とやや冷たい声色。
ベルさんのこの感じ……前に父さんが教えてくれた調査結果詳細報告――詳報だ。
「加えて、先輩が有名なのはあくまで皇都城下町に限った話で現にここ南方であっても先輩の軌跡を知る人間は私とシベリタ卿しかいません」
「内通者の線は?」
「ありません」
「何故そう言える?」
淡々としたやり取りに、熱が帯び始め、父さんはベルさんを見据えた。
まるで、部下のミスを粗探しして見極めているみたいだ。
その冷徹さを帯びた目にベルさんは俯きながら剣に手を添える。
「我が剣に誓って、としか。そもそも――皇王直属護臣軍、対魔族諜報戦哨戒班剣士長の優秀な部下の報告が信じられませんか?」
真剣な態度から初めて僕があったときのような柔らかな物腰に変化したベルさんは急に立ち上がり、上半身だけで父さんに迫るとからかうように問う。
それに父さんはやれやれと小さな溜息を吐いた後に軽い笑みを浮かべた。
「……分かったよ。お前の判断を信じよう」
何とか意図した通りになったからか、ベルさんは立ったまま敬礼をする。
こうしてみると上官と部下の関係も大変そうだなと思う。
「……だがお前のいうことが事実だとすれば、アイツはユウトを知っていたことになるぞ」
直ぐに思案顔。いつもの癖である顎に手を当てる考える仕草をした父さん。
その口からはとんでもない推察が聞こえた。
ベルさんの詳報を聞く限り、僕のことをノーリタ卿は知っているらしい。
確かに突然現れて間もなく、教えてもいないのに僕のことを名前で呼んでいたことからこれは事実だと思う。
もし知る機会があったとすればお城だと思うけど――前にもお城に行ったことはあった。
でも、それはサラと初めて出会ったときくらいで……
いや、たまにサラが抜け出すのを手伝って、そのままお城で遊んだこともあったっけ?
……門の兵士の目を盗んで入場したときは怖かったなぁ。父さん的には「肝を冷やす」というんだっけ。
て、いけないいけないっ。考えを戻そう。
――仮にそこから僕のことを知ったとしても僕の父親が父さんだなんてこと分からないはずだ。
父さんが言うには僕は母親似の顔立ちをしているらしいし……父さんとはあまり似ていない。……と言う前に、そもそもお城の中で僕と父さんが一緒にいたことはあまりない。
使用人たちから情報を仕入れたとしても、そこまでする理由がないのは確かだ。
そんな子供なりに考察してみる僕とは対照的に全てを把握しているような雰囲気がするベルさんは力強く頷いた。
「その可能性が高いですね。こちらも少し探ってみます」
「了解だ。無茶はするなよ」
「はい。あ、それと話は変わりますが」
忠告する父さんにまた懐から何度か折り畳まれた紙切れを取り出した。
盗み見る限りどうもチラシらしい。
「剣覧会の詳細が発表されました。こちらになります」
そう言って、父さんに手渡した。
剣覧会。その全容があの紙に書かれているんだ。
「ふむ。実技試験はなくあくまで見るだけの鑑賞会に近い代物か……」
真剣な眼差しで読み進める父さんはそうぼやいた。
「その様ですね。しかし、それは皇都で行われる本戦だけで各地方で実施される予選には実技試験があるそうです。もし敗退しても本戦の手向けとして勝ち抜いた品と同様に飾られるそうですが選考対象からは外れるとのことです……どうしますか?」
「――でます」
ベルさんの問いに背後から答える。
突然、背後からの返答に驚いたベルさんは鎧が擦れる軽い金属音をさせて振り返り「ゆ、ユウトくんっ? い、いつからそこに?」と驚愕の言葉を紡いだ。
驚く師匠に臆することなく、僕は荷物の薪を抱えたまま歩み出る。
「剣覧会、僕に出場させてください!」
ベルさんと、父さんの目を見つめる。僕の決意を伝えるように。
「……分かった。じゃあ、早速準備しよう」
困惑するベルさんとは違う反応を見せたのは父さんだった。
静かに椅子から立ち上がりその顔は優しく、柔らかな笑みを湛えている。
「せ、先輩? あの……失礼ですが話聞いてましたか?」
「……鍛冶屋の仕事を制限されたのは俺だけだ。書面を読む限り、ユウトに対しては何の制約もない。それに封にはセド名義に宛てているからそう取って然るべきだ」
またも驚くベルさんに冷静沈着に順を追って説明していく父さん。
僕はそこまで考えてなかったのに……やっぱり父さんはすごいな。
「しかし――」
「極めつけに、書面には詳細の罰則規定まで書かれていない。俺がユウトの手助けをしても、問題はないはずだ」
食い下がろうとするベルさんにとどめの一撃を喰らわせる。
そのしたり顔にベルさんは上品な小さい溜息をひとつこぼし、呆れたように笑う。
「……分かりました。相変わらず甘い人ですね。先輩は」
「甘いのはお前の方だ。もう騎士団にすらいない上官にこれを知らせるためだけにわざわざ皇都から馬を走らせてくれるくらいにはな」
父さんがそう言うとベルさんは恥ずかしかったのか紅潮し「そんな赤くなるなよ」と父さんに追撃されている。やっぱり、父さんのほうが一枚上手っぽいな……。僕も、サラの着替えの件で記憶に新しいし。
「と、とにかく、ユウトくんと先輩の意思が固いなら私から何もいうことはありません」
突如としてなぜか劣勢に転じた話の流れを変えるべくベルさんは真面目モードに強引に持っていく。そして「しかし、条件がふたつあります」と父さんに詰め寄り忠告するように指を差した。
「定期的に私がユウトくんの剣術指南をつけること、そして、私も剣覧会に向けてユウトくんの手伝いをします。これを許可してください」
ベルさんは決然とそう言うと少しの間、僕を見た。
そして父さんに視線を戻す。
「私は領主館でユウトくんを殿下の護衛に任じました。何度も上に掛け合ってみましたが、力が至らず……私には、ここで尽くさねばならない義務があるのです!」
迫るベルさんの表情から「これだけは譲らない」という強い意思が読み取れる。
ベルさんは僕のために色々動いてくれていたんだ。
「別に構わないが……ベルはいいのか? 騎士団と領主館の仕事に合わせて……忙しいぞ」
「構いません。それに殿下との約束でもありますから……では、そういうことで!」
父さんの心配する言葉に例の直立敬礼で返し、鍛冶屋を出て行くベルさん。
僕もお礼を言いたかったのに、行ってしまった……。
仕方なく、玄関に向かって僕は一礼と感謝の言葉を心の中で述べる。
いつか、このお礼を伝えなきゃね。
そういえば、ベルさんは殿下との約束とか言っていたな。サラと何かあったのかな?
「お、おい!」
呼び止める父さんの思いは届かず、ただ馬の蹄が地面を蹴る音だけが返ってきた。
「たく……相変わらず忙しいヤツだな」
後ろ頭を掻く父さん。それに僕は苦笑いする。
――とにもかくにも、僕は剣覧会に出ることに決めた。
理由は今でもよくわかっていない。
数日前には無理だと思っていたのに。
でも、ベルさんの話を聞いて何か行動を起こさなきゃって思ったんだ。
動かなきゃ、何も始まらない。もう、足手まといな自分でいるのがイヤなんだ。
サラの結婚の件だって、僕にはどうしようもないこと――
でも、決めたんだ。
あのとき、広場でこの胸に抱いた不思議な感情をどうにかして確かめるんだって。
ノーリタ卿のことも知らなくちゃいけない。確かめるためにはとにかく行動しないと。
剣覧会に出場すればきっとノーリタ卿も何らかの反応を見せるはずだ。
――鉄は打たねばただの屑鉄、されど打てれば不滅の刃。
鍛冶屋に伝わる諺にあやかろう。
だって僕は、鍛冶屋の息子なんだから。
それにはまず……薪を運ばなきゃね。
僕は中断した薪運びなどを再開し、しがない鍛冶場へと向かうのだった。
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