第20話 お姫様と皇王陛下

 騒動のあった通りから平和の広場に戻ってきた僕とサラは中央にある噴水近くで父さんを待つ。


 近くにある時計を見ると四時半過ぎを指していて、完全に遅刻だ。


 ちなみにこの皇都には各地に時計がある。

 居住区の中央にある城区を中心に東西南北の四方を貫く大通り――そこには東西南北の領土を象徴する刻印が記された鐘のついた時計台が随所に設置されていて、今どの通りにいるのかが明確に分かるようになっている。


 南の大通りにはフィレーネ地方の精霊が住まうラ・ルータの森を象徴する――木の刻印の時計台があり、北の大通りにはアルベント地方の大精霊の泉を擁する古代神殿群を象徴する――水の刻印がある時計台がある。


 東西にも同じく霊山と火山を象徴する火の刻印と海や広い草原に吹く風をあしらった風の刻印の時計台があるのだ。


 厳密には位置関係的に城区があるため南にずれるけど、城下町の中心と呼ばれるここ平和の広場には、すべての刻印を合わせ盾の縁取りをしたエンブレムを掲げる煌びやかな時計台がある。


 ここが中心と呼ばれる理由がこの【四方領土の盾】の時計台だ。


 この時計台は特殊で門のような形状になっていて、皆これを時計の門と呼んでいる。


 ……それにしても父さん。何かあったのかな?


 そんな心配を募らせていると、突然背後に気配を感じて――


「――待たせたな」


 振り向いたときには父さんが立っていた。

 まったく……このダメ親父は……遅刻したというのにこの態度である。


「遅いよ、父さん」

「はは……すまんな。お客さんとつい話こんでしまって……あとシベリタ卿とお会いしたから遅くなってしまった」


 僕が咎めても軽く流されてしまった。

 自分で時間を指定したくせに……まあ、仕事なら仕方ないか。


「……まあ、セドだものね。しょうがないわ」


 サラも何やら納得した顔で許したみたいだ。皇女殿下のお赦しが出たのなら、僕がとやかく言うことはできないだろう。


 だけど、父さんはサラの言葉に苦悶して、


「う! それを仰られると心に響きます……」


 とうなだれた。相変わらずサラの言葉にはかなりの影響を受けるみたいだ。


「で、父さん。今日はサラを送り届けたら、終わりかな?」


 ダメ親父モードの父さんを元のカッコいい父さんに戻すべくこれからの行動を確認する。

 思惑通り、僕の問いに父さんはしまりのなかった顔をキリっと正すと僕の方を向いた。

 そこまではいいものの……心なしかその顔はいつもよりも真剣味を帯びているような気がする。


「――いや、まだだ。先ほどシベリタ卿とお会いした際に緊急発表が本日行われることになった」


 と皇国議会と並ぶ重要性が高そうなイベントを教えてくれた。

 それに反応したサラは思案顔をすると幼い細く白い腕を組む。父さんのアレがダメ親父モードならサラのこれは皇女モードと言うべきかもしれない。


「へえ、その発表元は何処? 元老院?」

「それは……」


 何故か言い淀んだ父さんに金色の細長く整った形をした眉をひそめたサラの疑念に答えるように――


「――皇王陛下直々じきじきにご発表されます。場所は平和の広場の時計の門。時間は十七時です」


 聞こえた声に振り向くと白銀の髪を揺らす白の鎧姿の青年――僕の師が詳細を説明してくれた。思わず「ベル!」「ベルさん!」とサラと僕の声が被る。


「またお会いしましたね。皆様」


 紳士的な笑みと言葉でこたえるベルさんは優雅な足取りで僕らの方へと近づいてくる。


「で、ベル。発表の内容はどうなの? 知ってるんでしょ?」


 率直にベルさんに問うサラは目を細めながら圧をかける。


 こわっ! 皇女モードがいき過ぎて悪の皇女の顔だよそれ!


 対するベルさんは……険しい表情。そんなに言いにくいことなのかな。

 しばしの間を置いて、ベルさんは改めてサラを見据える。


「……サラ皇女親衛隊の武具についてです」


 口を開いたベルさんは重く告げた。


「武具?」


 なんだ、そんなことか……と胸を撫でた僕とは違いサラはベルさんにことの追及をする。


 まるで獲物を仕留める狼のように――逃がさないと言っているみたいだ。


「ええ、何でも打たせた武具を飾り立てる剣覧会けんらんかいを開催し優勝したものに親衛隊の武具を作らせるとか」


 その話にサラはあの考えるときの仕草である人指し指を唇にあてがう。


「……変ね。親衛隊の武具はギルフィードが担当するって話を聞いたけど」


 ――ギルフィード


 城下町一番の工業ギルドであり、鍛冶屋を営む父さんと僕の商売敵でもある合同組織。


 元から優秀な職人たちが集うギルドだったけど、十年前の魔族大戦で焼けた大地を追われた地方の鍛冶士や建築職人を多く取り込み、全ギルドの中で最大の人数を擁する。


 かねてより近衛騎士団の武具や皇室へ献上する調度品などで名を馳せ、王族御用達の二つ名を持つと地方にも知られている。

 父さんから聞いた情報はこれくらいだけど、それだけでもすさまじい功績と規模だというのが分かる。


「ギルフィードは近衛騎士団の武装も手掛けていますからね。私もそう考えていたのですが……詳しいことは何も」


 話を聞く限り、ベルさんもサラと同意見だったみたいだけど詳細は不明なままらしい。

 実力があるギルフィードじゃなくていまさら他の鍛冶職人に変えるなんて……どうしてなんだろう?


「まあ、とにかく発表を待たないとな」


 僕らの頭に疑問符が居座り続ける中、父さんはそんな冷静な言葉でこの場をまとめた。

 父さんの言う通り、待つしかないけど……気になるよね。


 ……剣覧会――一体、どんなものなんだろう。


 それが僕の頭にずっとこびりついていた。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 あれからしばらくして、平和の広場の時計の門の上に城区から来た行列がなにやら準備を始めた。ふたつの時計台を道の対称に配置しそれを繋げたみたいなこの門は、城区南の正門へと続く南大通りの名所であり、サラとあのスイーツ店に行ったときもくぐった門だ。


 ちょうど、その門の上には少し人が立てるスペースがあり、いつも衛兵の人が見降ろしているのだけど……今日は衛兵ではなくもっと位の高い皇都近衛騎士団の団員が警備している。その警備している団員も、どこか緊張しているのかいつもの落ち着きがないように見える。まるでさっきのノーリタ卿のときみたいだけど……それより酷そうだ。


 そんなことを考えていると……。



 ――ゴーン……ゴーン……ゴーン……。



 そのときを告げる鐘が鳴り響いた。


 本当なら子供が家に帰るための時刻を知らせる鐘なのだけど……今日はそうではなく、帰るどころかここにいなければいけないという命令まで出てる。そのせいか、広いはずの平和の広場も大量の人でごった返すという有様だ。


 この念の入れ様……いったい何があったんだろう。


 そんな僕の疑念を遮るように、門の上に立つ人たちに動きがあり、ひと際大柄な体躯を持ちベージュと白金が混ざったような髪色の格調高い衣服に身を包んだ男の人が一歩前に出てきた。


 少しでも状況を確認するため詳しく見ると、その男の人は、ベルさんと同じ白色の鎧を軽装化しているものを下に纏っているみたいだ。けど、携えている剣がまったくの別物で気迫や纏うオーラそのものが違う。もっと強くて、それでいて優しい。

 隣であの人を見てる父さんの眼差しと、あんな業物を携えていることから相当偉い人に違いない。


 近衛騎士団所属の偉い人――それだけはわかった。


「――皇国臣民諸君。これより、おそれ多くも皇王陛下御自おんみずから重大なる発表をなされる――今ここにいるすべての皇都皇国臣民は神聖なるこの場を敬い、げんとしてこの発表に臨み、そして静粛に拝聴願う」


 高らかにそう宣言したその偉そうな男の人は脇に避けると、


「皇王陛下の御前である! 皇都臣民、皇都公民こうみんは最敬礼で控えよ!」


 大きな声でそう言い放ち、早くに騎士の跪く敬礼の姿勢をとった。


 それに合わせて近衛騎士団の団員たちも同じ敬礼をし始め、普通の人は胸に手を添えて深く頭を下げた。これは何もしないのはまずいと思い僕も遅れながら見様見真似で敬礼をする。ちなみに、父さんは民の敬礼、サラは騒ぎから逃げ遂せているので同じ敬礼をしてる。 


 ――皆の者、面を上げよ。


 重々しいその言葉に続いてさっきの男の人と同じ声が「総員、敬礼止め!」と敬礼解除の号令を発した。それに従って僕は地面に向けた顔を声の聞こえた門の方へ向けると、皆それぞれの感嘆の声を上げている。


 その様子を見渡し、シベリタ卿とそう変わらなそうな年に見える――最も門の上でこの広場全体を見渡せるだろう中央に立つ男の人が口を開いた。


「――我は七八代が皇王。サム・システィムズ・ルイス=システィーリヴェレ=ハイリタである。今日此処に我が臣民たるみなの顔を見れて嬉しく思う」


 ――この人が皇王陛下なんだ。


 煌びやかな衣装を纏ったサラのお父さんである皇王陛下は威厳に満ちた雰囲気を漂わせており、その後ろにいる人たちの中にシベリタ卿とノーリタ卿がいることが確認できる。


 つまり、確認できたことをまとめると東西南北の四方領主が集まり、皇王陛下の後ろに控えて、その脇に護衛の偉い人とお側係と思しき司祭様がいる感じだ。


 なるほど。それは緊張するわけだ。領主様が四人に皇王陛下まで警護しないといけないんだから。


「して、此度皆に集まってもらったのは他でもない。我が娘、サラ・システィーナ・ルミス=システィーリヴェレ=ハイリタの親衛隊の創設に際して、皆に述べたいことができたからだ」


 皇王陛下は実直にそう仰せになられた。


 ここまで人を集めて、自分から演説するなんてよっぽどのことなんだろうな。

 サラの親衛隊に何か問題があったのだろうか?


 依然として威風堂々とされる皇王陛下は言葉を続ける。


「これまで我が国の各王族親衛隊が扱う武具は、我が国の中でも最高水準の競争率を誇る皇都城下町に於いて、卓越した技量を持つ随一の工業ギルドと名高いギルフィードが奉納し、同じ武具を近衛騎士団が採用せしむことで協調を保ち我が国の安寧と繁栄を確固たるものと変革せしめんとして、皇都は今日まで至った。このことは皆も周知のことと思う」


 詳しくギルフィードと戦後の時系列について説明してくださった。

 よくわからないけど……なるほど。

 どうも先程僕らが考えた話の答えを教えてくださるみたいだ。


「だが、それは同時に地方鍛冶技術の衰退を招来し、先の魔族戦争に於いて焼かれた地の復興は遠のいてしまった。これは我が志ではなく、これがこの先も斯くの如く推移すれば、我が国の国力喪失は計り知れない」


 少し……というかかなり言葉が堅く、分かりにくくなってきたけど、伊達にサラに読み書きを教わってはいない。つまり――焼かれた地方の鍛冶職人が地方を捨て皇都に集まりすぎている。これは非常に不味い――そんな感じの意味だと思う。


「あれから十年。我が国は先の大戦によって被った傷は未だに癒えず、我が忠良なる臣民の総力を傾けてもなお現状の維持に甘んじ……今まさにこのときまで、好転の兆しはなかった」


 段々と重苦しくなっていく皇王陛下の語気に皇都の民たちは耳を傾ける。


「我は遺憾の意を表せざるを得ない。これは決してなんじ臣民を疑っての言ではない。ひとえに我が力がハイリタの地全てに及ばなかったことが要因であり――我の責任である。よって、ここに、汝臣民に対して謝罪する。……どうか、許してほしい」


 突如として、皇王陛下が頭を下げられた。これには皇都の民たちも騒めき始める。


 ……皇王陛下はいったい何を言いたいんだろう?


 僕の疑問に答えるように皇王陛下はさらに御言葉を続けてくださる。


「故に、我はこの状況を打開せしめる良案は無いかと御前会議は無論、枢密院すうみついん衆老院しゅうろういん貴族院きぞくいん、そして元老院げんろういんに発議を下令した。我も皇国議会に出席し、南方の領主であり貴族院議長のレイモンド家シベリタ卿の発案を採択するに至った」


 そこまで一気に述べた皇王陛下はひと呼吸を置いて息を整えた後――


「廃れ行く地方鍛冶技術の振興……ひいては戦災を被った地方復興を目的として――」



「皇女親衛隊直下武具剣覧会の開催を此処に宣言する」



 高らかに宣言された皇王陛下の御言葉に、皇都の民は盛り上がるでもなく、厳しく批判するでもなく、ただ唖然として次の言葉を待っている。

 その光景は僕らも同じでどう反応していいか分からずにこのまま見守るほかない。


 しかし、父さんとベルさんは分からないというよりも出方を窺っているようだ――


「此度の剣覧会は皇都だけではなくハイリタ全土が対象となり、身分を問わず出場してほしい。そして、出場した者が鍛えた『鎧』『剣』『盾』を審査し、見事審査員の目を射止めた者には親衛隊武具御用鍛冶士の称号を与える」


 鎧に剣に盾……それは騎士の持つ三つ揃えと呼ばれる基本様式だ。

 それにハイリタ聖皇国の全土から鍛冶屋を募集するなんて……途方もない規模になる。


「また、親衛隊武具御用鍛冶士には皇王勅命申請書――我の名において下令する権利が与えられる。これは複数人の鍛冶職人が徒党を組み勝ち抜いても、与えられる申請書はただ一枚のみであることを留意せよ」


 皇王陛下の御名を借りてって――それは勅命を出せる権利を与えられるのと同じだ。


 与えられる地位と上がる名声、それに報酬も破格ときた……とんでもないな剣覧会。


 地方の活性化を促すためのものだとは思うけど、すごいイベントになりそうだな。


「――以上が我がこの場で皆に述べたかったことだ。剣覧会に多くの者が集うことを願っている。ハイリタ聖皇国の未来に幸運のあまねく光が降り注ぐことを祈る」


 皇王陛下はそこまで言うと重い口を閉ざされた。


 しかし、まだ何の合図もなく号令もないところを見るにまだ終わりではなさそうだけど……どうしたんだろう?


 その間、変な沈黙が訪れ、どうすればいいか皆が困り果てていた頃――


「……陛下」


 見かねてか、後ろに控えていたノーリタ卿が皇王陛下に呼び掛けた。


「……そして、まだひとつ、皆に伝えねばならぬことがある」


 ノーリタ卿の呼び掛けに皇王陛下は閉じた口をもう一度開かれる。

 何かを決意したかのように、ひとつ、ひとつ、言葉を紡ぎ、絞り出す。



 重々しく威厳を保って皇王陛下が仰られた言葉に、平民鍛冶屋の僕は耳を疑う。

 それは僕には受け入れ難く、そして、信じたくないものだった。



 無力さと、真なる思いに気づく前に、それは解き放たれる。



「我が娘……サラの婚姻が決まった。仔細しさいはいずれ触れ書きを出す――以上だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る