第18話 お姫様と北の領主

「そ、そんな……!」


 ようやく事態が飲み込めた者がちらほらと出始めた頃、驚愕に打ちひしがれるパン屋の女の子は声を震わせながら顔を上げた。


 さっき見た美しい灰色の瞳が瞳孔を開かせて、目から光が失われている。


 そんな絶望の顔を張り付かせた原因そのものである青騎士はそんなことなど意に関せずとでも言うように


「アルベント聖騎士団、騎士長ガルエンスが命じる。彼の者を縛れ!」


 と連れていた同じ鎧を着た部下に捕縛ほばくの下令をした。


 なるほど、どうも態度や言葉の端々から尊大さが滲み出ていると思ったら、騎士長閣下だったのか。


 とにもかくにも……よし――今だ!


「――お待ちください!」


 意を決してことの顛末を傍観していた僕は、声を上げて青騎士と女の子の前に歩み出る。


「それはおかしいのではありませんか?」

「……田舎者の出る幕ではない! 歯向かうなら貴様を拘束する!」


 突然、僕が割って入ったので騎士長閣下は大変ご立腹のようだ。


 お呼びではないのは百も承知ではあるけれどそうは鍛冶屋が卸さない。


 僕は服従するようにひざまずき、ことの弁明を始める。


「僭越ながら、平民ごときが領主様の騎士様へ意見具申いけんぐしんする非礼をお許しください。領主様の行列の歩みを止めたのは私です」

「……何?」


 訝しむ騎士長閣下は僕の言葉に眉をひそめる。


 よし、まずは話に乗ってくれたぞ。よかった。では、次にすべきは……。


「彼女がたまたま足を滑らせたため、それを抱きとめるべく、否応なしに、飛び出してしまいました。誠に申し訳ありません!」


 僕はそう述べると跪いたまま深く頭を下げた。


 嘘は言っていない。すべて事実だし。


「……ほう。貴様が進行妨害を行ったと、そう申すのか」

「はい。仰る通りです」

「なるほど……で、あれば覚悟はできておろうな?」


 そう小さく耳打ちされた。

 僕はその問いに頷き――状況を覆すための一手に出る。


「はい。私の覚悟はできていますが……実は私の他にも進行妨害を行った者がひとり……」

「申せ」

「あちらの方です」


 その言葉と共に僕は後ろにいる帽子を目深に被った子供を指し示す。


「ほう、せっかく見逃してやろうと思ったのに、連れに身を売られるとは……」


 嘲笑と哀れみが混ざった口調で僕の指した子供の方を向き、


「おい、そこの帽子を被った少年、顔を見せよ」


 と呼びかけた――終わりだ。これで。


「――いいのでしょうか」

「何?」


 思わぬ返答に眉をひそめる騎士長閣下。相変わらずだな……。


「本当に、顔を見せてもよろしいのでしょうか」


 再度問いその命令のなす意味を微かながら示唆している。

 本当に……こういうの好きだよね。前にやったときは「お父様に怒られた」てしょげてたくせに。


 でも、今ばかりはその好奇心と遊び心に感謝しなくちゃいけないな。


「何が、言いたい?」


 ああ、どうして君はこんなに大人で、武の鍛練を積んでいる人でもこうやって掌の上で踊らせるみたいなことができるんだろう。


 怪訝な顔、確かに疑う目、不明瞭な声色。


 そのすべては僕よりも小さい子供によって生まれ、与え、強いらせている感情だ。本当ならただの子供の戯言と言われるようなものなのに、そうならないのは、この人が底知れぬ何かを感じてるからだろう。


 それを知ってか知らずかその子供は最後の警告を発する。


「後悔されても、私は知りませんよ?」


 帽子で隠された目元は見えないが露わになっている口元は良く見える。口角が少しだけ上げた悪戯っ娘の笑みが――


 嘲笑された腹いせか、今日は少しトゲが立った物言いだね。


「ええい! その不遜な態度も気に入らん! さっさと帽子を取れ! 領主様と騎士の前であるぞ!」


 騎士長らしく堅苦しい口調のまま、皇都なのに今まさに剣を抜かんとする凄まじい勢いで言い募った。


「では、お言葉通りに――」


 最後の警告に宣戦で返された僕の唯一の友達は静かに帽子を――取った。


「はは! どんな馬鹿面が拝めるか楽しみ――なっ!」


「今の言葉、忘れないわよ。証人は……ここにいるすべての我が臣民ね」


 ――尊大な態度、冷ややかながら慈しみの籠められた笑み、民を重んじるその姿勢。


 そのすべてがその子供の本当の姿を証明していた。


 そして何よりも、騎士長閣下の顔が驚愕と焦燥に駆られる所以となったのは――


「こ、皇女殿下っ! ……そ、そ、そんな馬鹿なっ! サラ皇女がなぜこのような平民の服をお召しに……!」


 恐れおののく騎士長閣下。その騎士長の言葉に沸き立つ皇都の民。

 それはそれは、もうめちゃくちゃの混沌とした舞台となった。


 まあ、無理もないよな。

 だって僕の服を――

 

【王家システィーリヴェレ=ハイリタ家の長女 サラ・システィーナ・ルミス】


 その方が着ているのだから。


「悪かったわね。平民の服で。分かりづらくて。でも私これ気に入っているのよ」


 いつもなら正体を明かした瞬間の驚く表情を見てご満悦のサラだけど今日は不機嫌だ。


 と、いつの間にかいつも通りの口調に戻ってる。


 やっぱりいつも通りのサラが一番だ。ここからはサラに任せて基本傍観に徹しよう。


 そんなことを思っていると、騎士長閣下は急いで跪き騎士の敬礼をした。


 それを見たサラも態度を改めるためか、結っていた髪を解いて下ろす。

 元に戻る綺麗な金髪が流麗なる軌道を描き、あるべき姿へと戻るサラを彩る。


 それ、結うの大変だったんだけど……解くのはこんなにもあっさりしてるとは……。


「……で、領主護衛行列進行妨害の咎だったかしらね。それは私に言っているの?」


 皇女然としたサラは騎士長閣下を一瞥しながら歩み出る。


「そ、それは……」


 言い淀む騎士長閣下は言葉を探すようにキョロキョロと目を動かす。動揺は未だ健在だ。


「――ユウトに言っているのなら、彼は私の傍付き係よ。つまりは私の護衛」


 思わず初めて傍付き係に任じられて良かったと思ってしまった。


 まあ、未だにその内容はよく分かっていないけどね……。


「そしてさっきの女の子だけど、彼女は猫が領主御用馬車の下敷きにならないように追いかけていただけよ。決して故意に妨害したわけじゃないわ。確か貴族議員登院条項に緊急を要する場合は、貴族――たとえそれが領主の行列であっても進行を止めることができる条文があったはずだけれど?」


 さすがサラだ。 


 その齢らしからぬ豊富な知識と知性を言葉巧みにして説き伏せていく。


「し、しかし、それは――」

「――それは出産間近の妊婦がやむを得ず行列を横断、通行する場合に定められた規定だったと思うのですが……殿下」


 その場にいた皆が声のした方に目を向けた。


 するといつの間にか豪華な作りの馬車が道にあった。


 その馬車の近くには例によって青い鎧の騎士が守りを固めており、一様にして焦りの表情が見て取れた。


 それはきっと――


 会話に突如入ってきたのは長い白金色の髪色をした琥珀色の瞳が宝石のように眩い青年。


 この青年の正体のせいだろう。


「ノ、ノーリタ卿!」


 唐突な主の登場に驚く騎士長。


 その家臣を一瞥し溜息をひとつ吐いたノーリタ卿は、煌びやかでありながら青を基調にした落ち着くお召し物に王家の紋章と北の領地アルベント地方を表す水をあしらった徽章を身に付けている。


 なるほど……南方の領主、シベリタ卿が付けていたものと似ている。


「うるさいと思って出てみれば……ガルエンス、ここは皇都だ。領地とは違う。程々にしろと言ったろ?」

「は、はい! ガルエンス、ここに伏して――」


 叱責したノーリタ卿は、騎士長ガルエンス様が仰々しく謝罪の言葉を述べ始める前に手で制した。


「そういうのはいい。苦手だ。それより今は……」


 そして流れるような美しい所作でサラの方へ歩み寄る。


「殿下、あまり無茶をするものではありませんよ」

「どういう意味かしら」

「そのままの意味です。北方領土の領主たる私の行列を止めるに値する事象は法に定めた事例のみ、例外はなしとするべきかと」


 ノーリタ卿の言葉に皇女のサラは自分の唇に人差し指を当てた。


 あれは何かを考えるとき、特に集中力が必要なときにするサラの癖だ。本人曰く、ああすると落ち着くらしい。


 そして考えをまとめたのかサラは唇から指を離した。


「ふむ……そうね。じゃあ、その法に抜けがあり重大な欠陥があると判明したとき、どう対処するのかしら?」

「適切な手続きに基づいた法改正が妥当です。そのための皇国議会ではありませんか?」


 いまいち会話の内容が入ってこないけど、言ってることに間違いはないと思う。


 そもそも皇国議会は平民と貴族の国民の意見を王族が聞くために設けられた特別機関。


 問題があるならまずは皇国議会を通して皇王陛下に判断を願うのが筋かもしれない。


「なるほどね。一理あるわ。でも、少しペケをつけなきゃいけないわね」


 サラはそう言うと少し笑う。この悪戯っ娘の笑みに僕は勝利を確信した。


「ハイリタ聖皇国基本箇条憲法第三条――皇王は民のため、政治を取り仕切り、民は全てに、貴族は王族に、王族は世界のことわりかしずく」


 静かに淡々とした口調で諳んじたサラ。そして――


「……そっちが法に則るなら私は憲法に則るわ。世界の理に基づき――あの子は無実よ」


 高らかにそう宣言した。王族であり皇女であるサラの言葉は、皇都の民にとって絶大な影響力だろう。


 サラが正体を現してから二度目の歓声に沸く民に対しノーリタ卿は大袈裟に肩を竦めた。


「なるほど。確かに憲法を持ち出されればその支配下にある法律は機能できません。まあ、そこにいるのが何者であろうと王族に通れない道はありませんしね」


 そう言いつつも、その眼はサラを捉えたままだ。


 歓声に包まれた場を前にしても、ノーリタ卿は臆することもなく平然としている。


 僕はそれに異様さを感じていた。


 そしてその様子は何処か、父さんに似ているような気がする。一見して分かりやすい性格をしているけど、その本心は何を思っているのか分からない。そんな、不思議な人だ。


 そして、ついに秘したその牙を剥く――


「――しかし、法を犯したのにも係わらず拘留することもなく、そればかりか皇国議会を通すこともなく、殿下の恩赦おんしゃによって無罪放免むざいほうめんとは……諸外国に遅れているとはいえ法治国家である皇国の行く末に影を落としてしまうのではありませんか?」


 ノーリタ卿は上品に微笑む。そこからは確かな余裕と高い知性が形成する独特の雰囲気があり、場は一気にノーリタ卿へと傾いた。


 どうやら憲法通りにはいかないらしい!


 僕が心配したのも束の間、サラは小さく頷く。


「一部認めるわ。法は秋霜烈日しゅうそうれつじつ。秋の冷たい霜や夏の日差しのように厳しく貫くもの。厳格さはもちろん大切。だけど……時に柔軟に、臨機応変に対応する器用さも必要」

「領主護衛行列進行妨害の咎は貴族不敬罪の一種です。貴族不敬罪の最高刑は処刑であり死をもって償うもの。進行妨害の咎も処刑と定められています」


 ばっさり切り捨てたノーリタ卿にサラは眉を吊り上げた。


「そもそも、たかだか馬車を停めたぐらいで処刑するなんて馬鹿げているわ」


 サラは力強く宙を右手で払う。その姿は堂々としていて凛々しい。


「王族や貴族は民を守る義務があるの。私たちの責務は民の暮らしを守り、領地を発展させ、開拓すること。そのためならば、己の尊厳など厭わず、必要なら財産、持てるすべてを捨てる――それが私たちの矜持でしょう?」


 途切れることのない長いセリフ。


 自分たちの存在意義をサラは胸に手を当てながらノーリタ卿に問いかける。


「ええ、そうですね。しかし、彼女は貴族不敬罪を犯してしまったのは事実です。お咎めなしでは示しがつきません。法には従うべきかと思います」


 正面から対峙するようにノーリタ卿が厳然とそう言った。


「その法は……その概念は、元来、反旗を翻した民ならざる者を懲らしめるために生まれたものよ。たまたま間違いを犯してしまった民を断罪するために作られたんじゃないわ」


 これは……さっきの仕返しか。

 法の制定された由来を元に反論されたから。


 ノーリタ卿はサラの言葉に耳を傾けている。


 蒼い目をずっと見据えるノーリタ卿に、サラは毅然と問いかけ続ける。


「確かにあの子のしたことは貴族であるあなたの尊厳を傷つけたかもしれない。でもそれは、あの子の命を天秤てんびんにかけないといけないほど……重いものなの? 民の命よりも大切なものと言える?」

「貴族不敬罪にそう明記されていますからね。仕方ないでしょう」


 頑として譲らないノーリタ卿はサラの問いに淡々と答えた。


「……その規定には続きがあるわ」


 そこでサラはひと呼吸すると、


「――但し、貴族の裁量さいりょうによってはその限りにあらず」


 この場にいる全員が強調するように言い放った。


「貴族不敬罪の量刑には領地追放・職業停止令など等級が低いものもあるわ」


 これまで思いの丈を連綿と紡ぎ続けていたサラは、そこで小さな口を閉じた。


 そこまで聞いて、僕はやっとサラのやろうとしたことに考えが至る。


 サラは――無罪とまではいかなくてもせめて減刑をしてほしいと訴えているんだ。


 返答を待つようにサラはそれから小さな口を閉じた。


 だが、ノーリタ卿は応えない。


 当然かもしれない。サラの訴えは、聞きようによっては貴族に対する宣戦布告のようなものだ。


 そう簡単に受け入れられるものではないだろう。


 硬直する場。


 しかし、それは長くは続かなかった。


「あなたはどうしても、あの女の子を殺すつもりなの? ――殺したいの?」


 鋭くしたサラは、ただただ思っていることをノーリタ卿に告げた。


 その双眸は心の内を見ようとするようにノーリタの綺麗な目に向けられている。


 対峙したノーリタ卿は目を閉じると――またも肩を竦める。


 今度は、納得したように。


「なるほど、臨機応変……ですか。殿下の仰る通り貴族不敬罪を統括する文書にはそのような記載があった記憶があります。いいでしょう。殿下に免じて咎の罪は軽減します」


 小さく溜息を吐くノーリタ卿。


 それを見たサラは、気を張っていた固い顔から柔らかい表情になった。


「そうそう、臨機応変よ」


 腰に手を当て胸を張るサラ。


「それで殿下はそのような身なりをされているわけですか」

「え? え、ええ! そうよ。今はこの服の方が色々と都合がいいの」


 自分の言葉をからかわれたサラはリンゴのように赤面する。


 正体を隠すために臨機応変に対応した結果が僕の服を着ている現状だからな。


 ……ノーリタ卿、厳しい人かと思ったけど、実際はすごくユーモアのある人なのかも?


 サラの説得に折れたように見える。


「左様ですか。……少し長話をしました。お許しください、殿下」


 ノーリタ卿は長身な体躯で流麗に跪き、頭を深々と伏した。


 その所作からはまごうことなき領主としての品格と誇りが見える。


「長話でもないと思うけど……聡明な諭氏である貴殿に免じて許してあげる」


 サラは苦笑いを浮かべながらそう締めくくった。


 肩の緊張が解れたのか、サラは微かに震えている。……お疲れ様。後でクッキーあげないとね。サラが言うには良い子にはご褒美が必要らしいから。


「ありがたき光栄です。殿下、御手を――」

「あら、珍しいわね」


 ノーリタ卿の言葉に首を傾げつつもサラは手をノーリタ卿の顔の前まで持っていき――


 ――そっと手を取ったノーリタ卿はサラの白い手に優しい口づけをした。


「な――なんで唇をつけるのよ!」


 思っていたことと違う反応が返ってきたように、サラは驚きつつ真っ赤になる。


 それをきっかけにさっきまでの対峙が嘘のように柔和な空気が流れ始めた。


 確か……本当は唇をつけたらいけないんだっけ……?


「殿下とお会いするのは某国へ外交出張にお供したとき以来――お久しぶりだったので、つい、ふふ」


 そのサラの様子が可笑しかったのかノーリタ卿は優しい笑みを浮かべながら、馬車の方を向いて歩き出した。しかし、少しだけ進んだと思ったら急に歩みを止め、


「あ、稽古と授業を抜け出したことは陛下に進言致しますからそのおつもりで」


 思い出したかのようにそう忠告した。


「なっ! 待ちなさい」

「それと、ユウト君。殿下は無罪ですが君は違います。きちんと罪を償っていただきますからね。追って沙汰を待ちなさい」


 サラの言葉など無視して、今度は僕に振ってきた。


 思わず「え?」と疑問符を返してしまう。なんで、僕の名前を……?


「だからユウトは私の護衛で――」

「――傍付き係とは殿下の身の周りをお世話する者であり殿下の身を守る存在……確かに指名は殿下がされたとしても、皇王の承認を得なければ名乗れぬ肩書きです。つまり、今のユウト君はただの平民と言う他ありません」

「だとしても! ユウトはあの子のために――」

「――いいんだ。サラ。あの方の仰る通りだよ」


 ノーリタ卿の思わぬ返し。


 それに段々といつもの冷静さを欠いていくサラを制し僕は一歩前に出る。

 とにかく、ずっと謎だった傍付き係のことが良く分かったのは良いことだ。


 けど、今すべきことは――


「この罪を償えと仰るなら如何様にも。しかし、サラ皇女殿下とあの女の子を罰することは無きようにお願い申し上げます」


 サラと女の子の無罪を保障するよう強調する。今僕にできることはこれくらいしかない。


「……肝に銘じましょう。しかし、殿下にはしばらく城に留まっていただきます。大事な皇女戴冠の儀も近い。これまでは黙認してきましたが――今後皇王陛下に取り計らっていただきます。よろしいですね?」


 ノーリタ卿は脅しを含め釘を差すように言う。


 女の子はどうにかなったがサラには制約がついてしまった。


 サラは城から外に出るほうが好きな子だ。だからその制約はサラにとって酷なもの。


 しかし、お姫様であるサラは普通お城から出たらいけないもんな……その点についてはノーリタ卿が言っていることに間違いがないような気がするので反論できない。


「よく言うわね。あの法案を通したあなたが。まあ、いいわ」


 意味深に呟くサラは何か吹っ切れたような様子だ。僕の知らない何かがあるらしい。


「……では。――行くぞ、ガルエンス」


 ずっと僕と一緒に傍観していた騎士長閣下は「はっ!」と威勢よく返事をしてノーリタ卿の元へ。行くすがら、サラの前に差し掛かった瞬間――


「待ちなさい、最後にひとつだけ訊くわ。騎士ガルエンス。あのとき、どうしてあの子だけに嫌疑けんぎにかけ、私たちを見逃したのかしら?」

「それは……」


 サラの真摯な問いに、騎士長閣下は目を泳がせ言い淀む。


 確かにサラの言う通り、騎士長は真っ先に女の子に迫った。


 不思議ではある。


「……何故ユウトを拘留しないの?」


 サラはひとつだけと言ったが、なんとふたつ目の疑問だ。


 額に汗を滲ませる騎士長閣下。


「どうして黙っているの? 何かやましい理由でもあるのかしら?」


 ひとつだけと言ったサラの追及は止まらない。


 そしてノーリタ卿は口を結んだ騎士長閣下を見据え眼光を鋭くさせた。

 まるで念を押すように。


「そう……答えてくれないのね。――なら騎士長閣下のお口の紐を握っている誰かさんに聞いても?」


 その様子を見て問う対象を主であるノーリタ卿に変えたサラだったが、


「――同じですよ。そしてそれは殿下の認識違いによる問い。現に見逃してなどいませんからね。ではまた特例皇国議会にてお会いましょう」


 淡々とそう言ったノーリタ卿は笑みを湛えて馬車へと戻る途中――


「……いや、もっと早く会えるかもしれませんね。失礼致します」


 意味深な言葉を呟き、別れの挨拶を紡いだ後、お辞儀の礼をする。


 そして、僕が侵入し遮ってしまった皇国議会への道へと消えて行った。

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