【大本編】お姫様と幼なじみ

第17話 お姫様と城下町

 城下町を散策しスイーツ店やらパン屋やらを満喫した僕とサラは父さんとの待ち合わせである中央の平和の広場に来ていた。


 買ったりもらったりしたパンやお菓子を食べ歩くのもあれなので広場の淵にあるベンチに二人、腰を並べてミルクスのパンにパクつきながら父さんを待つ。


「……遅いな。もうそろそろのはずなんだけど」

「そうですね……」


 サラは何故か丁寧な町娘風というか良いところのお嬢さんみたいな口調だ。


 お城近くの城下町、皇都に戻ってきたからかもだけど……。

 違和感があるな……良いところのお嬢さんのはずなのに。


 ……まあ、その違和感とは別にして、


「それと……何か変だよ」

「変?」

「うん。なんだか……人が多い気がする」


 不思議そうに顔を覗き込んできたサラに疑問を述べる。


 人が多い――それ自体に疑問はないけど……ただ元から多いだけじゃなくて何処からか集まってきているような……。


 それに皆そわそわして異様な雰囲気だ。


「それは城下町だから……」


 サラはそれを城下町ということで納得しているみたい。でも……この人の集まり方――


「いやそうじゃなくて、多すぎるような気がする。サラ、今日はもしかして何かイベントみたいなのが城下町であるんじゃないのか?」


 そうでもないと、この人の多さとその異常な密集度の説明がつかない。


「イベント? そう、ですね……あ、今日は皇国議会こうこくぎかいの開会の日です」


 ――皇国議会


 衆老院しゅうろういん貴族院きぞくいんそして元老院げんろういんの議員たちが城区に設けられた皇国議事堂に集って行われる重要な国政の会議とサラに以前教わったことがある。


 今日がその日だったらしいけど……でもどうしてこんなに人が集まるんだろう?


「確か午前に一般臣民が集う衆老院の議員が登院し午後から貴族院議員の貴族たちが登院する予定だったはず……今くらいの時間に登院してくるのは確か北方領土の――」

「……待って、サラ。あっちの方が騒がしいな。ちょっと行ってみよう!」


 歓声にも似た何かが僕の鼓膜を震わせたため、まだ丁寧口調のままの説明を遮り、畏れ多くも皇女殿下の手を引いて城下町の人だかりに身を投じた。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 人が多く集まっている南大通り、その通りの半分ほど進むと人だかりが見えた。


 僕たちは、少しだけ高い位置にある建物の階段を上り何事かと辺りを窺う。すると――


「道を開けよ!」

「北方領土の領主たるノーリタ卿の登院行列である! 皇都城下の臣民は皇国議事堂まで道を開けられたし!」


 と唐突に大きな声がした。


 思わず声の聞こえた方向を確認してみると、その声の主は高そうな剣を提げ、青色の鎧を身に纏っている二人の青年。この風貌から推察するに、おそらく――騎士だ。


 横暴な態度の青い鎧姿の騎士は押し寄せる民衆を牽制し


「下がれ、下がれ!」


 と何度も繰り返しており、


 それに対する民衆は不満と怒りを隠すことなく


「貴族だからって偉そうにしやがって……!」

「ここは城下町だぞ! お前らの領地じゃない!」

「全く……これだから領主級の貴族は……皇王陛下は何故このような者を外交役に選ばれたのか分からん」


 などと僕にはよく分からないヤジを飛ばしている。


 しばらく、そのいがみ合いというか口論というかを見ていると


 美しい金装飾が施された独特な細長い剣を提げながら、剣士なら誰もが志し、憧れ、そして畏怖する象徴たる白い鎧を着た騎士――


 皇都近衛騎士団の団員が人だかりを割くように割って入り颯爽と現れた。


 それを見た青い鎧の騎士は向き直り……、


「皇都城下近衛騎士団の騎士は護衛及び誘導を願う。そして、何人なんぴとたりとも遮ること無きように厳命されるようにお頼み申す」


 淡々とした口調で要件を告げ、もう一人と目を合わせるとその一人は何処かへと走っていく。


「了解致しました。城区の正門を開くよう手配します」


 何やら要請を受けた近衛騎士団団員は拳を胸に突き立てる所作――


 騎士の敬礼をして、来た方向へ踵を返した。その様子を見た民衆は満足したかのように散っていく。


「あれは……?」

「――北方領土の領主、カルベアラ・ジェルサレス=ノーリタ。ジェルサレス家ノーリタ卿の登院行列のようです。ジェルサレス家は武闘派の貴族で騎士団を保有しており、その騎士団もかなりの団員がいるとのこと。特に領主のカルベアラ卿は聖レべリタ騎士学院を首席で卒業、剣技章も受章し強靭な剣術の使い手だと父上より聞いたことがあります」


 何も分からない僕にサラは丁寧かつ清涼な言葉遣いで詳しい説明をしてくれる。


「なるほど、だからお城の衛兵たちもあたふたしているのか」


 皇都城下町の衛兵は皇都近衛騎士団であり、近衛騎士団の中でも上位に位置する剣術の使い手が多く配備されているらしい。


 しかし、先ほどの騒ぎの鎮圧にあたった団員以外は皆一様にして、民衆と青騎士の間に立ち、道の両端で一列ずつ連なって行列が通る安全な空間を作ろうとしている。


 しかし……皆何かに震えているような雰囲気がする。凄腕で、優秀な者たちの組織である近衛騎士団の団員がここまで落ち着きを無くすなんて……珍しいこともあるんだな。


 もしかして北の領主様そのものが畏怖の対象でもあるのか?


 そんなことを考えながら、整然とは言い難い、乱れつつある様相を呈する喧騒な風景を見渡していると、ん? 何か小さく動くものが……。


「――ッ! あれは――パン屋の!」


 咄嗟に確認した僕の目に写ったのは……、


 領主館で見たメイドさんが着ていた服と似たデザインの清潔かつ美しい服に身を包んだ――


 さっきまでいたパン屋の女の子の店員さんが、何かを追うように駆けながら皇都近衛騎士団が整列する登院行列へと向かっている光景だった。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ま、待ってください! 猫さん、そっちに行っては――!」

「おい! 何者だ! 止まれ!」


 突然、今まさに目の前を通ろうとしていた行列の先鋒に道の脇から突っ込んでくる女の子を視認するや否や、青騎士は忠告の言葉を掛ける。


 しかし、女の子は猫に夢中なようで気づいていない。


 近衛騎士団の団員が行列を通すため、民衆に道の脇に行くよう指示しようとしていたが、青騎士の大声によって散りつつあった人々の注目が向けられる。


 そんな状況の中、ついに皇都近衛騎士の作る道へと素早く動く小さな何か――


 猫が見えてきた。


「きゃっ!」


 それに釣られてかどうかは分からないけど、何かに躓いた女の子が前によろけたところを――僕は何とか抱き止める。


 ふう……良かった。何とか間に合ったみたいだ。


 幸いにして女の子は行列の道に侵入する前に止められた。


 僕は少しだけ、行列が通るだろう道に片足を出してしまったけど。


 一歩だけだから大丈夫だろうか?


 ――しかし、逃げ出した猫はそのまま道へ侵入してしまった!


「サラ!」

「はい! こら、待ちなさい! ――よいしょっと!」


 僕の言葉に控えていたサラは、先ほど【何人たりとも横断を許すべからず】みたいなことを言っていた行列の道に平然と侵入して、逃げ回る猫を難なく捕まえた。


 昨日の狼を振り切るほどの俊敏さと機動力だ。さすがサラとしか言いようのない。


 サラは猫を捕まえると僕に抱き抱えられていたまま放心している女の子に「はい。あなたの探し物でしょ?」と差し出した。


 サラのセリフの後にまるで示し合わせたかのようなタイミングで猫は一鳴き。それに女の子は我に帰ると、泣きそうな顔で猫を受け取る。


 すると、僕たちから離れ、大泣きしている四歳か五歳かくらいの小さな女の子に渡した。そして、その子頭を優しく撫でたり宥めるように語りかけたりしている様子から察するに――そういうことか。


 あの猫はあの子の――


「――この無礼者めっ。この行列がジェルサレス家当主のものだと知っての狼藉か!」


 僕の思考を遮り大声を張りあげた青い鎧の騎士は行列から一人抜け、道にはみ出してしまった僕らを無視するようにパン屋の看板娘と猫を抱いている小さな女の子に詰め寄った。


「そ、その、申し訳ありません! 貴族様の行列が本日通るとは私め露知らず、ご無礼のほど何卒お許しくださいっ!」


 すぐさま深々と頭を垂れるパン屋の女の子に遅れて猫の子がそれに倣う。

 しかし、それに明からさまに濃い眉毛を吊り上げた青騎士は激昂し始めた。


「何? 知らなかったと? ジェルサレス家ノーリタ卿は下級貴族ではなく北方の領主様であらせられる! 本日は貴様ら臣民のため皇国議会を開くに当たり長き険しい道を歩みはるばる皇都へ赴いたというのに、そこに住まう臣民がそれを知らぬとは何事か!」

「も、申し訳ありません! どうか、何卒、何卒!」


 食い下がるパン屋の女の子……だったが――



 ――青い鎧に守られた強靭なる騎士の口から放たれた返答のげんはその場にいた全ての者が耳を疑うものだった――



「ならん! 貴様を領主護衛行列進行妨害の咎により、アルベント地方領主館にて拘留し審問の後――処刑する!」


 その言葉に皆は閉口し沈黙が支配した。場はキリキリと張り詰め、緊張の糸がキンキンに強張り、何が起こっているのか正確に把握できた人間はこの場にはいなかった。


 ――たった一人を除いては。

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