第16話 お姫様のあらぬ誤解

 パン屋オルゴを後にした僕らは、減ったのに少し重くなった財布と買ったりもらったりしたパンとお菓子をしまった鞄を肩から提げて広場に向かう。


「……? どうかしたの? サラ?」


 路地の道を行くすがら、不機嫌そうにそっぽを向いてむくれているサラに話しかける。


 すると、火が出るような勢いでサラは赤くなって、


「な、何でもないわ! ……さっきの子、可愛いかったわね」


 と何故か言葉と裏腹に嫌気満々の尖った口調で言ってきた。


「うん。まあだからあのお店の看板娘になってるらしいんだけど」


 ――パン屋オルゴの看板娘


 前に父さんの仕事について行ったときでも名前も知らないあの女の子はそう噂されつつあったそうだ。だとすればそれより時間が経っている今日もまた噂されているのは想像に難くない。パンを外から選ぶ品定めをするお客さんも多かったし、待ってる間に買う人もいたしね。


「そう。……ユウはあんな子が好きなの?」

「え?」


 パン屋の看板娘のことを考えていたらサラが突然変なことを言い始めた。


「だから、ああいう清楚で礼儀正しくて素直そうで、町娘な子が好きなの?」

「……? ど、どういう意味?」


 サラが何を言いたいのか分からず困惑する。

 てか、皇女殿下。出会って間もないのに仰せになられたあの子の印象が的確すぎるのではないでしょうか?


「ユ、ユウのバカ! もういいわ! あっ――いいです!」

「え? え? どうしたんだよ、サラ」


 噴火した火山のように怒り出したサラは、何故か丁寧な口調を言い直した。


 本当にどうしたんだろう……? こんなことは今まで……あったようでなかったようなだけど、こんなに拗ねたような感じのサラは初めてな気がする。


「どうもしてませんー。少し皇女として言葉を正しているだけですぅ!」


 ……なるほど。サラの言葉とは関係なしに怒り拍子に口調を変えたようにしか思えない。


 何でだ? 謎だ。


「……まあ、それはいいことだと思うけど――はい」


 それはともかくとして、先ほど買ったミルクスのパン、ではなくオリジナルのオルゴパンを鞄から取り出しサラに渡そうとしたが……またしてもそっぽむかれてしまった。


 ……仕方ない。パンを一口だいにちぎって――尖った口元へ。


「ほら、あーん」

「……あーん」


 さすが食い意地の張ったお姫様。小さく、そして素早く、パク。

 もぐもぐ……そして目を見開いた。


「こ、これって――!」


 僕からパンを奪い取り一口分にちぎって口へ放り込む。


 ――気づいたんだな。


 確信に満ちた笑みをサラに見せてやる。


「同じ味……でも、少しだけ違う」

「え? ――確かに、もっと美味しくなってる」


 サラの言葉に僕も自分のパンを取り出して食べてみると、確かにその通りだった。

 焼きたてだったからか、レシピを変えたからか分からないけど……美味しい。


「……これを食べさせたかったからユウはあのお店に?」


 驚いた蒼い目を向けるサラに僕は頷く。


「これが僕があのパン屋さんにサラを連れて行きたかった理由だよ。たぶん領主様が取り寄せたパンはあのお店のパンだ」


 そう。あの女の子が言っていた「最近大きな注文で忙しかった」というのは、領主館が発注したものだと思う。シベリタ卿が父さんに嬉々として話していた内容からして、もしかしたら、城下町に行った領民が持ち帰ったことで南方地方で噂になり、それがたまたま領主であるシベリタ卿の耳に入ったのかもしれない。


 今日は奮発し、少し高めでいつもは指を咥えて見るだけのミルクスのパンを購入したが、せっかく店の看板商品オリジナル製法で焼かれるオルゴパンをいただいたからそれを食べてもらった。


 おそらく、南方の人が買ったのもオルゴパンで、領主館が仕入れたのもオルゴパンだ。ミルクスのパンは美味しいけど、牛乳を使うため原価料がオルゴパンより高いから、民のために倹約そうなシベリタ卿もオルゴパンを選んだのかな。


 ちなみに、ミルクスのパンを買った理由はミルクスのパンもオルゴパンと似た味と風味がするのでサラにはそれでお店に連れてきた理由の種明しをしようと考えていたからだ。


 もちろん、両方とも美味しく味は一流。


 思わぬことに、オルゴパンをもらったのは運命だったのかもしれないな。


「じゃ、じゃあ、お店にいた女の子に会いに行くためじゃないの……ですか?」

「え? う、うん。まあ、行けば会うだろうとは思っていたけど……」

「そ、そう、ですか!」


 僕が問いに答えると今度は嬉しそうだ。コロコロと態度が変わる。


「で、では、どれくらい、あの子のこと知っているのですか? 名前とか……」


 丁寧な言葉遣いに慣れないながら話を続けるサラは、微かに声を震わせながらそんなことを訊いてきた。


「……ええっと、うーん。どれくらいと言われてもパン屋で働いてる女の子ってくらいしか……」


 本当にそれくらいしか知らない。初めて会ったとき、逃げてる猫を急いで走って追いかけてたのはよく覚えているけど……。


「それだけ? 本当に?」

「う、うん」


 執拗な念押しの確認に押されながら頷く。

 すると今度は安心したように明るい笑みを浮かべた。


「そうですか。ふふ、そうなの」


 肯定すると何故か上機嫌になるサラに僕は首を傾げるのだった。

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