第15話 お姫様とパン屋の町娘
あれからもずっとスイーツ店にお尻から根が出ているんじゃないかと思うくらい離れなかったサラを何とか引っぺがした僕は、城下町の路地裏に入る。
そこからしばらくすると目的地であるお店が見えた。よし、まだ人は少なそうだ。
「ここだよ」
後ろにいるサラに到着の知らせをする。お店の看板の横には優しい木目の板が並びその上に籠に入れられた多種多様なパンが陳列されている。
「これって……パン屋さん?」
「うん。前に父さんに付いて行って城下町に来たときに少しだけ寄ったんだ」
見るからにパン屋然としている路地裏のパン屋。実は父さんのお得意さんだったりするのだけど、今日は受注されていないので納品は無しだ。
サラに軽い説明を終えた僕は、ゆっくりとお店のドアを開け中に入る。
ドアの上部につけられた鈴が軽快に鳴るとメイドさんの服みたいなふりふりの飾り布を揺らす綺麗な服に身を包んだ僕と同じくらいの女の子がこちらを向いた。
「いらっしゃいませ! ……あっ」
元気な声に続けて驚く女の子。首の手前くらいで切られた艶やかな黒髪が見とれるほど綺麗で、僕は少しだけドキッと胸が高鳴る。友達がサラ以外いないのだから緊張する……。
「すみません、ミルクスのパンを二つください」
この女の子がこのお店の店員さんなのは前に父さんと仕事で来たときに知っているので手短に注文する。小麦粉と香ばしい芳醇な香りが僕の鼻腔をいっぱいに広がりさっき食べたばかりだというのに食欲をそそる。……いい匂いだ。
「…………」
……どうしたんだろう。店員の女の子が僕を見てニコリとした後、僕の後ろにいたサラが視界に入った途端固まってしまった。
「あ、あの……」
「は、はい! すみません! 今お持ちしますね!」
よかった。何か体調が悪いということでもなさそうだ。
店員さんはパンが陳列された店の奥側へ。そこで白い柔らかそうなパン二つを薄い紙で包んでくれると、足早に僕らの元へ駆けて戻ってくる。
「はい、どうぞ。ミルクスのパンお二つ、お持ちしました!」
「ありがとうございます」
薄紙でくるんでくれたそれを左手で受け取り、右手で代金を払う。
金貨なんて出したらおつりがとんでもないことになるけど、さっきちょうどありがたいことに細かくする機会に恵まれたのが幸いした。サラ、ありがとう。それと食べすぎだぞ。
「――ミヤ! ちょっと手伝ってくれ、パンが焦げちまう!」
おお、この声は店のオーナーさんだ。鬼気迫ったような声が厨房の方から聞こえる。
……何だか忙しそうだし、目当ての物も手に入れた。そろそろお暇しないと――
「は、はい! ――あ、あの! ちょっと待っててください。すぐに戻りますので!」
「わ、分かりました」
店員の女の子に待っててと言われてしまった。な、何だろうな……。
とりあえず、買ったパンは鞄にしまっておこう。
お店の中で待つのも営業妨害になるかなと思ったので、ちょうど店の外にあった待ち合わせ用の長イスにサラと座って待っていると例の店員の女の子がドアからキョロキョロと顔を覗かせた。そして、見回して僕らを見つけると安心したように息を吐く。
にっこり笑顔の女の子は何やら木の籠を提げていて店から出るなり、
「お待たせしました!」
と元気な声を路地に響かせる。僕はそれに合わせて立ち上がり、サラもそれに続いた。
「いえ……忙しそうで大変ですね」
「はい。最近大きな注文があってその対応で色々……」
なるほど。それはそれは大変そうだ。……なんとなく、その取引先が分かる自分がいる。
「あ、これ。どうぞ!」
女の子は思い出したように木の籠の中から何かを取り出し僕に渡そうとしてくる。
「これは……?」
薄い紙で巻かれたそれは柔らかくて温かい。なんだか美味しそうな匂いも一緒だ。
「先週レシピを新しくしたオルゴパンです!」
そう説明してくれた女の子は僕の隣にいるサラにも「はい! お連れの方もどうぞ!」と同じ薄紙で包まれたオルゴパンを渡している。
「へえ、そうなんだ。美味しそう……あ、でもこういうの大丈夫なの?」
急に不安になって思わず訊いてしまった。
「はい! セドリック様にはいつもお世話になっていますのでほんのばかりのお礼です! ご遠慮なく受け取ってくださいませ」
「そっか。わかった。ありがとね」
少し大人っぽい笑顔まで添えて丁寧にお礼を言ってくれているのに、素っ気なく返してしまった。サラ以外の女の子と話すなんて、き、緊張するっ。慣れていかないとっ。
……うん。父さんの仕事のお礼ってことなら、受け取ってもバチは当たりそうにないな。
「じゃあ、僕たちはこれで……いこっか、サラ」
僕の確認に頷くサラ。よし、とりあえずは緊張からは解放されそうだ。
「あ、あのっ」
歩き出した僕らの背中に再び女の子の声。
「……? な、何?」
今度は何だろう。サラと顔を見合わせていると……
「よろしければこちらも……受け取って、いただければ」
そう言ってパンに次いで再び籠から取り出したのは――
「……クッキー?」
「は、はい! 先ほど焼き上げたばかりのものです!」
口をリボンで可愛く結った中身が透けている袋に入っているのは、小麦粉を焼いて作る甘いお菓子――なのは知っている。今度、サラに作ってあげようかなとか思っていたからな。ちなみにいつもサラとは木に生ってる果物や木苺、花の蜜なんかを食べてたからこういう文明や気品を感じるお菓子を目の前にするとどうしていいか分からない。さっきまでスイーツのお店に行ってたのも、父さんが金貨をくれたからだし。
でも、それ以上に――
「こんなにもらうわけには……」
先ほどもらったパンもあるのに……申し訳ない。
「い、いいっいいのです! これは私からのほんのお礼ですから!」
ブンブンとすごい勢いで首を振る。ただでさえ緊張してそれどころじゃないのに、急に挙動不審になった女の子を前にして僕は断れるはずもなく……。
「わ、わかった。せっかくだから家に帰る間に食べるよ。ありがとね」
と慌てるように数枚のクッキーが入ったお土産用の袋を受け取ってしまう。
「い、いえ! では、私は仕事がありますので……あ、お連れの方にはこちらを」
そう言いながら女の子はサラにカードのような何やら細長い紙を渡した。
「え……?」
「当店の割引券です。ぜひまたいらしてくださいね!」
「え、ええ。ありがとう」
突然のことに呆気を取られつつもサラはきちんとお礼を言った。
なるほど、割引券か。……サラには、いらないかもね。
「これからもパン屋オルゴをよろしくお願いします。では、失礼いたします」
僕らの手元を満足そうに見渡した女の子は店員――いや、看板娘らしく深々と頭を下げお店へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます