【閑話】お姫様と城下町デート

第14話 お姫様と皇都漫遊①

「昼食ありがとうございます」


 馬車の準備が完了し、再出発の身支度を整えた僕らをベルさんが見送りに来てくれたので昼食のお礼を伝える。言ってはなんだが……領主館で出る食事としてはイメージよりもずっと簡素で庶民じみていたけど、すごく美味しかった。


「いえいえ! こんなものしか用意できなくて申し訳ないです」

「いや、かなり美味かったよ。また機会があれば……だな」


 父さんも美味しかったみたいだ。まあ、父さんは何でもかんでも美味い美味い言う人だからあてにならないけどね。


「はい。そのときは宴会としましょう? 先輩」

「そうだな。じゃ、行ってくる」


 にこやかなベルさんに頷き、荷馬車に乗り込む。


「サラ皇女も、またお城で」

「ええ。分かったわ」


 父さんに続いてサラもこくり。先に乗っていた僕が手を取って乗らせてあげる。

 別れの挨拶もほどほどに、父さんが馬を囃す。

 ベルさんはその様子を見てバイバイ。

 僕が振り返そうとしたその瞬間にトコトコと小走りで寄って……? 僕の耳元へ小声で、


「ユウトくん、さっきのお願い、頼んだよ」


 と囁いた。


「はい」


 ベルさんの綺麗な瞳を見据えて静かに頷く。うん。絶対サラを守るに相応しい護衛になるよ。当の本人は不思議そうに僕らを見てるけど……。

 そんなことを考えているとベルさんと父さんはアイコンタクトを取り、父さんは馬を走らせ始めた。遠くなっていく領主館に向けて僕は感謝の念を送り続けるのだった。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 領主館から馬車に揺られて幾ばくか経ち、ついに目的地の城下町に到着した。


 ――城下町


 別名・皇都ハイリタ


 聖皇国の名を冠するこの都市は重要施設が纏められた城区じょうくと民間人や商店が並ぶ居住区きょじゅうくの二つに分かれ、中央を城区が鎮座しその周りを居住区が覆っている。城区と居住区の間には城壁と堀が隔てており、南正門からしか本丸には入れない。そして、目の前に聳える高く石造りの巨大な壁は城下町を守る結界の役割を果たしているそうで、魔物を寄せ付けないどころか、門を通る以外の手段で外部から侵入することは不可能と聞く。


 そんな領主館がかすむほどの堅牢けんろうたる都市内へ軽々と通してもらえるのは、父さんが昔ここの城区に勤めていたからだろう。普通なら領主館に申請してからしか入れないのだから。


「じゃあ、お得意さんのところに行ってくる」


 ほぼ顔パス同然で皇都城下町へ入れた功労者である父さんは馬車を役人に預け、田舎の平民服である僕とサラにそう告げてきた。


 ふむ、ここからは別行動になりそうだ。ここのお客さんは子供がいると不安がるから。でも城下町にもお客さんがいるんだから、うちの鍛冶屋もまだ捨てたもんじゃないよね。確か、レストランとパン屋さんだったかな。


「お、そうだ。ユウト」


 サラを送り届けたあとどう時間を潰そうか、なんて考えてると父さんが手招き。


 な、なんだろう?


「少し時間があるから城下町で遊んでくるといい。少ししかないけどな」

「え? で、でも」


 父さんに渡されたのは。き、金貨なんて!


「いいから。ほら、姫様を退屈させるな」


 サラを目で促し、そんなことを言う。

 ま、まさか、サラと一緒にこのお金で遊べ――てことかっ!


「さ、サラの護衛はどうするの? 僕一人じゃ……」


 確かに隠れて一緒にぶらぶらしたことはあるけど、そのときは近くに衛兵の人がいるのが丸分かりだったし……。お金だってこんなには持ってなかった。今の僕の抱えれる範疇はんちゅうを超えていると思う。


 でも父さんはそう思ってないらしく言葉を続ける。


「その点ではたぶん大丈夫だ。ここは皇王陛下のお膝元の皇都城下町で治安もいい。姫様も今はお前の服をお召しになっていらっしゃるから姫様と気づかれにくいだろうし、近くにお前がいたらなおさら疑われにくい。そして何よりも――」


 意気揚々とした語気が急に落ち、含みを持たせるような間が生まれる。


「顔が割れている俺の傍にいないほうがかえって安全なんだ。ここではな」

「……父さん」


 思わず、胸がざわつく。


 父さんは昔に色々あったらしく聖皇国内で恨みを買っているらしい。お爺ちゃんの話では国家反逆罪の嫌疑を被せられたこともあるそう。


 ……だから父さんは僕らを気遣って……。


「ほら。そんな顔をするな。せっかく城下町まで来たんだ。それに俺も少しは羽目を外すつもりだから安心しろ」

「父さん……」


 前言撤回。励ましてくれたと思ったら、やっぱりひとり気楽に遊びたいだけなんじゃないのかな? 全く、人の気持ちも考え――


「もう! 男同士だけで秘密の会話? 私も混ぜなさい、セド」


 ずっと放置されていた皇女殿下が痺れを切らして詰め寄ってきた。


 そろそろだろうなとは思ってたよ! 


 でも、こんな人目に付きやすい外正門通りでキンキンする大きな声を出すのはご遠慮ください! 僕ら妙な注目を集めてるから!


「こ、これは申し訳ありません! すぐに済みます! ――じゃあ、ユウト。姫様を頼んだぞ。待ち合わせは四時に大広場――中央にある平和の広場に四時集合だ」

「う、うん。わかったよ。父さんも楽しんでね」

「ああ!」


 サラのご立腹に焦りに焦った元騎士団の元剣士長殿は矢継ぎ早に要点だけ伝えて颯爽と城下町の喧騒に消えていった。


 ……さすが、元剣士長。もうどこに行ったのか分からないや。

 まあ、この人通りだと無理もないけど。


「……もう。セドったらいつも私を置いてけぼりにするんだから。……じゃあ、ユウ。行きましょうか」

「はは……うん」


 呆れ顔に腰に手を当てるいつものサラに苦笑いで返す。まあ、サラがいるからどうにかなる……かな。早々にベルさんのお願いを叶えることのないように祈ろう。


 意図せず、またサラ皇女の護衛が始まった。……衛兵の人、どこにいるんだろう。

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