第13話 汝の誇りを示せ②

「いや、まだです!」


 僕はなけなしの最後の力を振り絞り、声を張り上げながらベルさんに剣を振りかぶる。


 ベルさんの鎧を掠めるかどうかというところで――


 ――僕の剣は弾かれた。


 そして今までとは比べ物にならない速度でベルさんの剣が……喉元に突き付けられる。


「……ちょっと失望したよ。まさか、剣士長殿の息子がこれほど弱いなんて」


 僕の喉と捉えた剣先をベルさんが顎に押し当てる。


 すごく残念そうな顔をして、かつての上官の息子がこんなに頼りないことにどこか失意を滲ませながら。


「これじゃあ、サラ皇女を守るなんてことできるはずないね」

「…………」


 その言葉にただ黙ることしかできない。だって、それは本当のことだろうから。


「まあ、あんな生意気な皇女、守る必要もないかもしれないけど……」


 ベルさんは呆れるように落ち着き払った語気でそう溢した。

 そう――溢しやがった。


「ユウトくん、もういいよ、ありがとう」


 ベルさんは握っていた木の剣を逆手に持って、僕に背を向けつつ離れていく。

 でも、何か違和感を覚えたからか振り向いて、


「ユウトくん? もういいから剣を下げて――」


 何かを言ってきたが聞くことなどなくそれに間髪入れず――


「――撤回してください」


 そう言い放ち僕は剣を構え直した。


「……え?」

「サラを守る必要がない、そしてサラを侮辱した先の言葉、撤回してください」


 睨む僕の様子に目を見開いたベルさんは驚いた顔をした後、ニヤリ。

 また嫌な笑みを浮かべた。


「……いやだと言ったら?」


 試すような不快な顔をしたベルさん。ああ、そうか。そっちがその気なら――


「この剣を以てそうさせます」


 僕の全身全霊を以て撤回させてやる。これはさっきまでの戦いとは違う。サラの名誉と誇りを証明する……いや、させる僕の戦いだ。絶対に勝たなければならない。


 ――どんな手を使ってでも。


「うん、分かった。じゃあ――」


 ベルさんの返事を聞く間もなく、視線を僕から反らしたその一瞬の隙を突くように静かに駆け出す。――さっきの戦闘経過の分析から、ベルさんは低い位置への対応力に乏しいことがわかっている。しかし、力も、速さも僕よりも上なのは確実。


 ――ならば!


「え――」


 姿勢を低くし、静かに切りかかる。平原の草木を揺らす風のように。


 ちょうど、ベルさんは先ほどの合図のダイス――羽のついた石を取り出し空へ投げる寸前だったため、まずそれを弾き飛ばしてやる。こつんという味気ない音と共に鏑石は明後日の方向へ放物線を描く。ベルさんは何が起こっているのかまだ認識する寸前――この間の一瞬だけは僕の時間ものだ!


「はあああ!」


 ダイスをやや切り上げ気味の左薙ぎで弾き飛ばした力に身を任せ右足を軸にして回転し、続けざまに一閃を放つ。しかし、奇襲だったのにも関わらずベルさんの対応は早急だ。


「くッ」と顔を滲ませながら僕の斬撃を受けきる。そして面を食らい綺麗な顔を歪ませつつも、にまあ、と嬉しそうな笑みを顔面に張り付けた。


 ――ここで、終わるわけにはいかない!


 その思いは二人とも同じようで――


「「はあああああ!」」


 お互いの思いに応え合うように叫びながら僕ら二人は交差し、全身全霊の力を剣に込め渾身の一撃同士を切結んだ。


 剣同士が触れるその瞬間、今までにない衝撃と手の痺れが僕を襲う。その感覚は一瞬だったのかどうかさえ認識できない。――けれどその剣戟の打ち合いで


 ――剣が天高く飛ぶ。


 そして重力により地面へと導かれ、力ない音を響かせた。


「――すまない。さっきの言葉。撤回する」


 そう言って背を向け合っているベルさんは木と木が擦れる音をさせた。

 つまり――持っていた剣を鞘へとしまう音を僕の鼓膜が捉えた。


「え? で、でも……!」


 僕は振り向きながら、を見る。


 ――僕は負けた。奇襲という卑怯な手を使っても、勝つことは叶わなかった。


 何が勝利の条件かなんて説明はされていないけれど、感覚的に相手に打ちひしがれている自分は、完全なる敗北と認識するほかない。


 ……不思議と、負けた悔しさよりも自分の情けなさが上回っているのを感じる。

 サラの、名誉を、守れなかった。


 その悲壮感が僕の中を満たしていく最中、背を向けていたベルさんは僕に正対した。


「私をここまで追い詰めたんだ。私は君を認める」


 そうベルさんは会ったばかりのようなにこやかな態度で宣言した。

 次いで、重苦しい咳払い。


 ……まだ、何かあるのかな?


「近衛騎士団所属騎士兼レイモンド=シベリタ家お抱え騎士、ベルフェンスが命じる。汝を――皇女護衛の任に命ず」


 サラが僕に傍付き係を命じたときのような、勅令にも似た口調でそう命じられた。

 きっとベルさんが僕と剣を交えようと言ったのはコレが目的なのだろうということには察しがついたけれど……、


「それはどういう……?」


 意味を分かりかねてつい訊ね聞いてしまう。

 しかし、ベルさんは何か悩むような顔をして、


「ユウトくん。確か君はサラ皇女の傍付き係って言ってたよね」


 と関係のなさそうなことを言ってくる。何なんだ一体……。


「は、はい……」

「もしかしてだけど……それはサラ皇女の戯れ、冗談かな?」

「……分かりません。ただ、勅命だと言っていました」


 事実、僕は詳しいことはしらない。王族の出す命令を勅令ということくらいしか知識としてないし、傍付き係が何をするのかさえ僕には分からない。


「なるほど……勅命か。親皇王派なら有効かもしれない口実だけど、それだと現政下での一般的立場が弱いね。どうしたものかな……」


 と腕を組み「やっぱり私からの命としたほうが通りやすいか。騎士、それも近衛騎士団所属の騎士からの命だとすれば元老院も何も言えないはず……しかし、衆老院と貴族院がどういう判断を下すかは未知数……いや、貴族院にはシベリタ卿がいるわけだし、衆老院も今のところ貴族院の意見に準ずる動き、ならきっと……うん、そうしよう」と独り言と一緒に頷いている。


……訳が分からない。聞いても教えてはくれなさそうだし……こっちこそどうしたものかな。


 不満そうな顔をしているとそれに気づいたベルさんが姿勢を正して、


「……ユウトくん。君に謝らないといけないことがある」


 と改まった。こ、今度は何? 


「サラ皇女を悪く言ってごめんなさい。私も、サラ皇女を慕う一国民だということは弁明させてもらうね」


 銀色に輝く髪を垂らせて軽く頭を下げてきた。

 さっきと言っていることや態度が二転三転しているのでこっちはもういっぱいいっぱいになる。頭の理解が追い付かない。


「剣を交えているうちに君の本気を見たくなってね……許して欲しい」


 騎士が頭を下げるというのはとても珍しいというのを父さんに聞いたことがある。

 ……謝意が十分に伝わってくる。なら、まあ、いいかな。でも――


「分かりました。しかし、なぜそんなことを?」


 ベルさんの言い分には不可解な点がある。……いくら元騎士団員の父さんの息子とはいえただの田舎少年の僕なんかの本気を見たところでベルさんにとって、騎士にとって何になるというんだ? どうしてもそこが合点いかない。


「君の自己紹介を聞いたとき、サラ皇女が傍付き係に任命したというから、君の力量を測りたかったんだ。でも君自身を悪く言ってもあまり効果がなかったから、畏れ多いとは思ったけどサラ皇女を悪く言ってみた」


 ……なるほど。そういう、意味だったのか。


 僕が納得した表情をしたのを見たからかベルさんは口角を少し上げて紳士的に微笑む。


「私の思いつきは見事成功して、君の本気を見ることが出来た。これもサラ皇女のおかげかな」


 などと心底満足気だ。試されたこっちは苦笑いするしかないけどね。


「ベルさんの言いたいこと、やりたかったことは理解しました。でも、少しお願いことがあります」


 突然、そんなことを言い出した僕にベルさんは疑問符を浮かべた。


「……? 何かな?」


 思い切って、僕が常日頃から感じていることを、打ち明けようと思った。


「僕を認めてくださったことは、嬉しいです。しかし、ベルさんの仰った通り、僕は弱いのです。これではサラを、サラ皇女を守ることはできない。そう……思うのです」


 本心を吐露する僕の話をベルさんは何も言うことなく黙って聞いてくれる。

 ――昨日の晩、僕はサラを失いかけた。そして今もサラを結果的には守れたのかもしれないが、僕自身の力で守れたことは出会ってからこれまでの間一回もない。


「……なので、どうか、僕に稽古をつけていただけませんか?」


 だから、僕は、強くなりたい。その手段のひとつとして、少しではあるものの共に剣を交えたこの人に剣技を教わりたいと思った。ベルさんの言葉に逆上して奇襲した後では説得力が薄れるが……剣は口より物を言う――鍛冶職人の一種のことわざでこうあるように、僕は剣を通じてこの人の強さは分かったし、何か信念のようなものが込められているのを感じた。少なくとも、悪い人じゃない。父さんの元部下ということを差し引いても、信頼に足る人だと確信している。


 そのベルさんは唐突な僕の申し出に「ええっ?」と困惑した様子だ。

 だけど、ここで諦める僕ではない。


「少しで構いません。厳しくて結構です。なので、どうか……」


 必死に食い下がって頼み込む。


 父さんは僕にはあまり剣を握ってほしくないのか、教えてはくれないし、かといって身近に剣術が上手い人がいるわけでもない。そんな八方ふさがりだった僕の前に現れた騎士。


 やっと、掴めそうなチャンスなんだ。逃すわけにはいかない。


 僕の訴える目を見据えたベルさんは、驚きで開いた口を閉じて……こくり。


「うん。分かった。まさかそんなことをお願いされるなんて思ってなかったから驚いたけど……少し剣を教えましょう。少し我流も混じってますが、それでもいいですか?」


 ……やった! これで、サラを守れる僕に近づけるはずだ!


「はい! よろしくお願いします!」


 戦い終わりとは思えない穏やかな風が吹く庭に元気な僕の声が響いた。

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