第13話 汝の誇りを示せ①
賑やかな昼食会も終わり、早速出発するのかと思っていたのだけど父さんはまだ領主様と話したいことがあるとかで少しの間足を休ませることになった。
父さんのことが気になりつつもせっかくなので領主館のあちこちを見て回ろうと思ったけど、そうもいかないことを思い出した。
(下の庭ってここでいいのかな……?)
そう、ベルさんとの約束だ。
領主館に訪れたばかりの僕はいまいち何処のことかはっきりしないが、庭と表現できそうな場所は初めてベルさんと会った領主館前のここしか見当たらない。
きっとここで合っているはず……なんだけど、ベルさんの姿が見当たらない。
……ここじゃないのかな?
「――あ、ユウトくん。ちゃんと来てくれたんだ」
おお。ベルさんだ。よかった、ちゃんとここで合っていたみたいだ。
先ほどまで駆られていた不安を払拭された僕は慌てて走って来たベルに「あ、は、はい」と返事を返す。走り寄ってきたベルさんを見るとさっきまでと少し様相が違い、通常なら剣を提げている腰の剣帯に茶色と白の間の普通の木より柔らかそうな木製の剣を提げ、もう一振り同じ木剣を手に携えている。なぜだか分からないけど……変な予感がする。
「あー、良かった。ちゃんと待っててくれてて……私、よくドジやるからもしかしたら聞えてなかったんじゃないかって心配だったんだよ」
そんな少し頼りない言葉を吐くベルさんは荒れていた息を少し落ち着かせながら、安堵するように右手で胸を押さえた。ほどなくしてベルさんはこう口を開く。
「うん。えっと……まずは来てくれてありがとう。ユウトくん」
「い、いえ」
「初対面の人に急に呼び出されて困ったと思う。それでもちゃんと私のお願いを聞いて、ここで待ってくれてたからお礼はちゃんとするよ」
確かにベルさんの言う通り困惑したところもあったのは事実だ。けど、だからって無視するなんてことは僕の考えにはなかった。別にお礼を言われるようなことは何もしていない。それよりも――
「で、早速本題なんだけど……ユウトくん、君はいくつかな?」
呼ばれた理由を知りたいと思って今まさに訊ねようとしたのだがベルさんがそれらしいことを訊いてきた。……のだけど、
「いくつって……あ、歳ですか?」
いまいち合点がいかなかったので疑問符を返してしまった。
「うん、そう」
「ええっと、歳は十です」
「ふむ。十歳か。なら大丈夫だね」
一瞬、僕の年齢を聞きたかっただけなのかと思ってしまったけど、やっぱりそうではないみたいだ。ベルさんは意味深な笑みを浮かべて、
「ユウトくん。いや――ユウト・クロスフォード」
僕を正式名称で呼び、手に持っていた木製の剣を投げてきた。
……え?
「近衛騎士団所属騎士兼レイモンド=シベリタ家お抱え騎士、ベルフェンスが命じる――」
執務室できいた自己紹介の口上と同じ、初めて会ったときの柔らかで優しそうな柔和な物腰――とは違い厳粛で強かな口調。
その威圧的な言葉と雰囲気を纏ったベルさんは、言うと同時にもう一振り持っていた木製の練習用の剣を同じ木製の鞘から抜き放った。
そして悠々とした流麗なる手つきでその鋭く尖った切っ先を――
「己の心・技・体を以て汝の信ずる誇りを現下大衆に示せ」
――僕に向けた。
…………………………
「ええっ!?」
気付けば少し遅れて驚きの声が僕の喉から出ていた。
辛うじて状況を認識できた今でさえ、どうしていいか分からずベルさんと目の前に刺さった木剣を交互に見てしまう。最近は驚くばかりの僕だけど、こればかりはしょうがないと思う。逆に騎士に戦えと言われて冷静でいられる人がいたら教えてほしい。
「あれ? もしかして【
混乱するばかりの僕の様子を見てベルさんは、不可解そうに首を傾げた。
セリフの後半の通り、父さんはあまりこういう騎士関係の儀礼は教えてくれない。
だから、今の神聖法理術の詠唱のような言葉は聞きなれないのだ。
「ええっと、簡単に言うね。こほん。んんっ。私と剣を交えましょう」
咳払いをしてさっきの固い言葉を簡単に直して言ってくれるベルさん。
言葉の意味はあまり分からなかったけど、対峙するときの所作でなんとなく言わんとすることは予測できていた。どうやらその推測は正解だったみたいだけど……でも……
「……なんで? っていう顔をしてるね。うん、当然だよ」
ベルさんは僕の心中を読み、目を閉じながら何度か深くうんうんと頷く。
「でも、君の力を見たいんだ。さあ、剣を取って」
気を取り直し、仕切り直すように僕へ再び剣を構える。
そんなベルさんを前にしても剣を取るのを渋っていた僕に、
「……お願い」
目を細くさせ縋るように懇願してきた。……やるしか、ないのか。
「分かりました。何故なのかは分からないですが、僕の全力を以て臨みます」
ベルさんの何処か鬼気迫る表情に折れた僕は地面に刺さった木剣を抜く。
……軽い。けど、この戦いは決して軽いものじゃないだろう。
そんなことを思いながら、ベルさんへ剣を向け、体の正中線に揃えるように構えた。
「ありがとう。じゃあ、始めようか」
ベルさんはニコッと紳士的な雰囲気で笑い、帯に提げている飾り羽のついた四角の石を手に取り、それを天高く抛り投げた。
――それが地面に落ちた瞬間――
音もなくベルさんが間合いを詰めてきたッ!
出遅れ慌てた僕は身構えるように剣を構え、疾風の如く迫るベルさんの一閃を受け――何とか持ち堪える。ま、間に合ったッ!
ベルさんが抛ったアレは合図のダイス。決闘の戦闘開始を告げる鏑矢ならぬ鏑石だ。
「おお、よく受けれたね。さすがだな。だけど――」
綺麗で素早い斬撃を放ったベルさんは続けざまに鍔迫り合いのまま右横に剣を払う。
その力任せに押し切るような剣捌きに対応できず、僕はそのまま押し倒される。
「うわ!」
「まだまだ!」
倒れようと容赦なくベルさんの剣は僕を狙う。地面に背をつけたままの絶望的な状況。迫りくるベルさん。しかし、このまま負けるわけにはいかない。
――僕の全力を以て臨む――そう応えたのだから。
そう改めて決意し、ベルさんの動きが遅く見えるような錯覚を覚えながら、倒れたまま何度か切結ぶ。だがベルさんは低い位置への攻撃が苦手なのか少しずつ手数が減ってきた。力が籠った斬撃を何とか城門の閂のような構えで受け、刃を滑り込ませるようにして右へと転がり――立ち上がることに成功する。
ヘロヘロになった僕が剣を杖にして立っているとベルさんはニヤリとした。
戦っていても、この余裕はさすが騎士……まあ、相手が子供の僕だしね。当然なのだ。
そんなこと考えていた今思えば隙だらけな状況の中、すかさずベルさんの右切り上げが僕を襲う。それを何とか受け止め――
「ほら、ほら。もっと力を込めて!」
ほらの度に二連撃目、三連撃目と連続した斬撃を僕に浴びせる。
くそっ! どうしても守り――防御から態勢を崩せない。
そう思いつつ、再び迫るベルさんの斬撃を何度か弾こうと守る剣に力を籠める。
「うん、少し良い感じになってきたよ」
どうやらそれがベルさん的には良かったみたいで高得点を付けてくれたみたいだ。
形勢逆転の期を窺いながら幾度も僕らは切り結ぶ。前にサラに聞いたことのある貴族の社交ダンスのターンのように立ち位置が何度も変わり、上も下も、右も左も分からなくなりそうな、まるで激しい剣劇をしているような様相になった。
「はあ、はあ……」
これが鉄の本物の剣であったら火花が散っているに違いないほどの戦闘に運動が苦手で体力のない僕はぷつっと力が切れたように無気力に剣を構えたまま立ち尽くしてしまう。
「どうしたの? もう終わりかな?」
ベルさんのその声に俯いていた僕は顔をあげる。
……よし! これに全てを賭けよう。
「いや、まだです!」
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