プロローグ

皇都 鉄と祈りの炎嵐

 


「どうしてっ……どうしてこんなことをしたのッ!」


 式典用の青と白を散りばめたドレスに身を包んだ私の周りには豪華絢爛ごうかけんらんな調度品、荘厳そうごんな威風堂々たる彫刻、繊細で美しい刺繍の垂布。

 そのすべてが炎に包まれ、剣戟けんげきと悲鳴が城内にこだまする。

 家臣や執事、メイドたちの笑い声や、授業をしてくれる先生の叱責が響いていたお城。


 私にとって、たくさんの思い出が詰まったお城……それは見る影もなく構造物の残骸が床に散乱し、私をあざ笑うかのように増え続けている。


「――。仕方なかったのです。こうするしか……なかった」

「何が仕方なかっただ! なぜ、なぜお前が!」


 この惨劇の根源たる首謀者にかつて救国の英雄と謳われた近衛騎士団このえきしだん元剣士長は問いかける。


「黙りなさい元剣士長。あなたこそどうして城にいるのです。あなたの居場所はここではないでしょう?」

「……女ひとり守れない剣士とそしりを受け、国内一の鍛冶屋にもなりそこねた俺に居場所など最初はなからない。だから、俺がここにいる理由は――必要ない!」


 そう力強く述べた元剣士長は木剣を構え、首謀者に突き付けた。


「そう、ですか。仕方ありませんね。……貴方達だけは巻き込みたくなかったのに」


 元剣士長の強い意気。それとは対照的に暗い顔を見せた優男の首謀者。


「――蒼天よ。我が主命に応えよ――」


 唐突に神聖法理術の詠唱起句を諳んじた優男は光の粒子を纏い悲壮な笑みを向け、


「では、決着を付けましょう。どちらが早いか、勝負です」


 そう言い残して姿を消した。

 高難易度の転移神聖術をこうもあっさり使えるなんてッ――


「何処へ行った……!」


 先ほどまで優男が立っていた本丸入口の大ホール中央に慌てて走り、周囲を見渡す。


 しかし、城内は衛兵たちが突如として出現した隣国の兵と戦闘を繰り広げる真っ只中。


 どこにも首謀者の姿は見えない。


「――私のせいだわ」


 そう。これは私のせい。私が招いた惨劇と惨状。


「皇国議会の決定に、もっと早く合意していれば……! こんなことにならなかったのかもしれないのに!」

「姫様!」


 元剣士長に両肩を掴まれ、俯いていた顔を向けさせられる。

 きっとひどい顔をしてるんだろう。いつもは凛々しい彼の顔がひどく歪んでいた。


「自暴自棄になられてはいけません。あ奴をひっ捕らえて、罪を償わせねばなりません」

「……でも! 私が婚姻の話を渋ったから! 私があの子を諦めきれなかったから!」


 この国の最高意思決定機関たる皇国議会。その議会で私を隣国の貴公子に嫁がせる政策外交案が発議され可決された。

 最初は私もそれに従うつもりだった。従うしかないと思っていた。

 お母様に『国を思い、民を守る、強き母』となれ――そう教え説かれていたから。


 私がすべてを受け入れば、この国を――守れる。そう思っていたのにッ!


「……そうであったとしても前へ進まねばなりません。私と息子を慮ってくださったこと感謝の極みです。……当の息子は相変わらずですが、必ずや姫様の隣に立つに相応しい者になりましょう」


 涙を流す私に優しく言の葉を投げかけてくれる。


 それはこれから先の未来を思い描かせる希望を滲ませた言葉。


 それが、剣を抜かなくなった元剣士たる鍛冶屋のおじさんの口から出てきた。


 魔族との大戦、その当時から人々から金を毟り命を刈る殺めの武具を拵えながら自らは戦場へ赴くことのない鍛冶屋は、民衆から感謝されつつも、一部から忌諱される存在へ。    

 それはいつしか死の商人と喧伝されこの国を支えてきた鍛冶職人は減少の一途を辿った。


 謂われなき誹り、侮蔑、蔑称。


 それは次第に大きくなり、広く国の隅々まで拡がった。

 次第に鍛冶屋は衰退し、たった十年前の魔族大戦すら忘れ去られ驕りの言葉となった。


 ――この世界に鍛冶屋はいらない――


 それを諸共もろともしないように元剣士の鍛冶屋のおじさんは明るい笑みを浮かべて、


「……たとえ今のこの光景が姫様が渋ったが故の惨状だとして、私と私の息子がただ指を咥えているわけがありますまい? してやられてばかりでは癪ですからな」


 あの子と似たいたずらっ子のような笑みで励まされる。

 これは彼なりの私への鼓舞だ。


 この鍛冶屋の親子は……強い。これ以上、平民の前で醜態を晒すわけにはいかない。


「……わかった。あの一等貴族に一泡吹かせてやるわ」

「そのいきですぞ。では、彼の者を探し出しましょう。実のところ心当たりがあります」

「案内を頼むわ。実は……私も思い当たる場所があるの」

「は! ご命令のままに」


 燃える城の中を私たちは駆ける。

 こうなったのは他でもない私の責任。

 お父様も指揮を執って事態の鎮圧に奔走しているはず。

 あの場にいたあの子もきっと無事。


 大丈夫、きっと大丈夫。


 だって私は――あの子のなのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る