鍛冶屋の活路
【序編】お姫様と平民鍛冶屋
第1話 お姫様に鍛冶屋はいらない
――戦う
それは人間にとって最も近く、最も厭う行為。
――争う
それは人間にとって最も近く、最も好む行為。
どんな人であっても、その本質は変わらない。
今、僕はそれを直に感じていた。
「おそいよー! ユウ!」
僕より先にうっそうとした森を抜け、平原に出た少女が大きな声で僕のあだ名を呼ぶ。
「ごめん……はあ……はあ……」
有り余る元気さと明るさ、もし帯びる生のオーラを少女が纏って見えるならば、僕は全く逆の負のオーラが出て見えるだろう。
少ししか走っていないのに、息切れをし草が生い茂る地べたに手をつく。
そんな情けない僕を見かねてか、僕のもとへ少女はかけて戻ってきた。
「もう! それでも鍛冶屋の孫!?」
そう頬を膨らませご立腹の彼女は腰に手をあてる。
「鍛冶屋は関係ないよ……」
――
それは生きとし生けるもの。
その命を奪いかりとる殺めの武具を生み出す生業。
その武具を売って金を得る悪魔の商人。
どんな魔物より醜く愚かな職業だ。
「まあ、それもそっか。今の時代、鍛冶屋も廃れてきてるものね」
腰にあてた手を頬に人差し指だけ当てながらそう呟く。
その仕草にはどこか気品が漂い育ちの良さが窺える。僕の言葉からそこまで推察するところに同じくらいの齢とは思えない知性も見て取れる。
まあ、当たり前なんだけど。
「廃れるのも無理ないよ。今は魔物も襲ってこないし、世界は平和だから」
少女が差し出してくれた白く美しい手をとり、膝をついた状態から立ち上がる。
「はい。良く立てました! えらいえらい!」
「や、やめてよ。そういうのはいいから!」
荒廃的で暗いことを言う僕の頭を二度撫でて、持ち前の明るさで塗りつぶされる。
尊大な態度は怒るに怒れないが、こういうのは控えて欲しいな。
「もう、照れちゃって……こんなことをしてあげられるのは今だけだから少しは有り難く思ったらいいのに……ね?」
いたずらっ娘のように嫌らしい笑みを浮かべる少女は「今だけ」を強調し、「ね?」でジトっとした視線を送ってくる。
「何処が有り難いんだよ! ただ恥ずかしいだけだ」
本当にただただ恥ずかしいだけで、何も良いことはない。
「はいはい。じゃあ、次からはもっと恥ずかしいことしてあげる」
本当に……この少女と遊ぶとろくなことがない。
僕はそんなことを言う彼女にあからさまにムッとした顔を作って見せた。
「……で、何をしたらいいんだ?」
顔を作ったついでに厭味ったらしく『かけっこ』の勝者にきく。
「そうね……かけっこの次は……じゃあ、アレにしましょう」
少し悩む仕草をした少女はそう言うと青いスカートの裾を軽くつまんで……、
「――お相手願えますか? ハイリタ
礼儀正しく軽く頭を垂れてこの国で舞踏、踊りに誘うときの形式に則ってはいるが……目を開け、舌をちょろっと少しだけ出した。つまり、ちょっとしたおふざけだ。
お戯れもたいがいにして欲しいが、それでも断るわけにはいかない。
「ご指名
そう、金色の美しい髪を平原の風に靡かせ、蒼い瞳で僕を見据える彼女こそ――
【王家システィーリヴェレ=ハイリタ家の長女 サラ・システィーナ・ルミス】
その方なのだ。
『かけっこ』も立派な『争い』で、それに負けたなら勝者の言い分は聞かなければいけない。
尤も、相手が皇女殿下ならば『争い』というより国相手の『戦い』戦争ともいえるかもしれないな。
とにもかくにも、お戯れで良かった。
「……とは言ったものの、僕は踊ったことがないんだけど……?」
「平気平気! 私が教えてあげるからっ」
それは何と恐れ多い。まあ、でも、幼なじみだからな。有難みも半減だ。
踊り……将来役に立つとは思えないが……まあ、いっか。
僕が間違えると「もう、さっき言ったのに!」と怒り、たじたじだったが人間慣れれば案外できるもので、ちょっとずつ踊りに見えるようになった。
上手く教えられた通りに踊れると「おお! できてるできてる」と自分のことのように喜んでくれた。そんな感情豊かな彼女に……武具は鍛冶屋は……どう見えるのかな? そんな疑問がふと頭を過る。
ここハイリタ聖皇国の領土、その緑の平原で、皇女とふたりで踊る。
文章で書くと大層なものに聞えるが、実際はなんちゃっての子供のお遊びだ。
とにかく、遊びすぎないよう気をつけて暗くなる前には帰らないとな。
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