第12話 お姫様と領主館②
僕らは領主館の最上階と思われる三階に案内された。
二階は歩いていないのでよくわからないけど、三階は一階よりも空気が重たい気がする。
荘厳……というんだっけ。よくわからないけど。
階段から少し歩くと開かれた大きな扉があり、ベルさんはその前で立ち止まった。
その扉の奥には、様々な書類が並べられた大きな机を前に何やら思案顔で羽ペンを走らせ印を押していくおじさんがいた。書類とにらめっこしている状況から察する限り、このおじさんはどうやらお仕事中で僕らが部屋の前にいることに気づいていないらしい。
それを見かねてなのか『コンコン』と致し方なしに若干困り顔のベルさんが上質のスロールの木で作られた厚い扉を軽快に叩く。
その音で頭を上げて顔を一気にこちらに向け、僕らの存在を初めて認識してくれた。
驚いてただ呆然とこちらを見てきたおじさんは、僕らを順々に視線を移していき……僕の横に立つ金髪の子供を視認すると怪しむように眉を顰めつつ凝視してくる。
それから数瞬、はっとした顔をした後に急ににこやかな笑みを浮かべた。
「――おお、サラ皇女。如何なされたかな?」
田舎の子供の服を着た一見して芋臭い金髪の子供がこの国のお姫様である『サラ皇女』であることに確信したように感嘆の声とともに書類や羽ペンを放って立ち上がる。
そのおじさんの顔を見たサラは居ても立ってもいられない様子で駆けていき、
「伯父様!」
とおじさんに向かって抱き着いた。
サラの突拍子もない行動に若干は驚いたおじさんだったけど、すぐに嬉しそうにサラの頭を撫で始めた。その優し気な手つきにサラはとても落ち着いたような顔を見せる。
端から見るとふたりの光景はまるで『孫を溺愛するお爺さんと孫娘』といった和やかな印象を受ける。正直、うらやましい。
そんな良い感じの雰囲気もつかの間、サラはおじさんから二歩くらい離れると、何故かズボンの裾をつかむような仕草をしては赤くなり、すぐさま切り替えて深く礼をした。
「セドの家まで護衛していただき、ありがとうございます」
礼儀正しく謝礼を述べられたサラ皇女。
……ああ、そういえばサラはお礼が言いたいとかなんとか言っていたっけ。
「サラ皇女からお礼を言われるようなことは何も……」
礼儀正しくお礼を伝えたサラに対して、おじさんはまた温柔そうな柔らかい笑みでそう返した。
「何か困ったことがあればいつでも私を頼ってくだされ。まあ、もう私もただの老いぼれですがな」
その言葉に「はい!」と大きな声で答えるサラだけど、後ろ髪を掻きながら「ははは」と冗談めかして笑うおじさんは衣服も華美ではなく、そこら辺の村人とそう変わらない。見た限り普通の人なんだけど……どこか、この人特有の頼もしさがある。
顔の堀深いシワのせいだろうか?
「――シベリタ卿、お久しぶりです」
サラとおじさんのやり取りを前にずっと傍観に徹していた父さんが話に区切りができたのをここぞとばかりに声をあげた。
それに呼応し「シベリタ卿」と呼ばれたおじさんはサラから父さんに視線を移し……
……て、え?
「ここにくるとは珍しいな、セド。先月ぶりくらいか」
サラと話していた時よりも目つきを鋭くさせたおじさんはどっしりとした貫禄がある。
て、そ、それはともかく!
平然とそう答えるおじさんの様子からして……父さんの呼び間違いではなさそうだ。
何の変哲もない普通の村人のような、身分に適わぬ貧相な衣服に身を包んでいるこの人が――フィレーネ地方を統べる領主様。
今改めておじさんの首元を見ると……サラが前に教えてくれた王家の紋章とフィレーネ地方を表す木々をあしらった徽章が確認できる……。これは領主たる証……なんだろう。
……ほ、本当に、領主様なんだ。
「姫様の件、私からもお礼申し上げます。ありがとうございます」
父さんはサラと話すときと同様にして丁寧な言葉遣いと騎士団仕込みだと思われる跪礼でお礼を伝えた。
父さんがサラ以外でこんな堅苦しい言葉を使うことはそうないので珍しく思える。
「はは、君にその様な物言いをされるとはな。昔を思い出すのう」
おじさん……もとい領主様は先ほどとは打って変わり柔和な笑みで口髭をなぞっている。
昔を思い出す……ということはやはり父さんは昔領主館にいたのか……?
「……その件も大変感謝しています」
「よいよい」
跪いたままの父さんに「立て」と言うように手の甲を天井に向けて上下に振った。
その所作を見た父さんは恐れ多そうに立ち上がる。……相当偉い人なのかな?
僕も何かしたほうがよかったんだろうか……。
「シベリタ卿、折り入ってお伝えしたいことがあるのですが……」
父さんは眉を顰め真剣な眼差しを領主様へと向けた。
……お伝えしたいことって何なんだろう。
「ふむ……そうか、分かった。だが私もお前に伝えねばと思っていたことがあってな……」
僕の疑念を知ってか知らずか、領主様は頷いて父さんの話を聞いてくれるみたいだ。
領主様からも何やら父さんに話があるみたい。……ふたりして大人の話か。
領主様はそれから腕組をして思案顔になった。そして――
「……セド、今日は空いているか?」
と唐突に切り出した。その目からは何らかの意図が窺えるがその実態は掴めそうにない。
「え? あ、ああはい。午後から城下町へ行く予定です」
対して父さんはきょとんとしつつも領主様にこれからの予定を答える。
「ほう、行商か?」
「ええ、品を届けるだけなのでそう時間はかかりません」
『時間はかからない』と聞いて領主様は意味あり気にニヤッとした。
「そうか。いや、実は私も城下町に用があってな。お互い用が済み次第、会談……というのはどうかな?」
か、会談……! 父さんと領主様が!?
「左様でしたか。分かりました。ではその場にて会食……というわけですかな?」
僕の目が飛び出そうになるのをよそに父さんは領主様の提案に乗る算段らしい。
しかも会食ときた。
い、いいのかな。ま、まあこの国の皇女たるサラと遊んだり、家に泊めたり、連れ歩いている時点でアレなのかもしれないが、領主様までとなると衝撃的だ。
「はははは、それも良いかもしれんが、何分少し重い話故、じっくり腰を据えて話したい。会食はその後だ」
領主様は軽快でドデカい笑い声をあげながら大真面目にそんな風に返してくれてしまう。
「なるほど、了解しました……会談の後、会食はするんですな」
サラも父さんのその発言に思わずクスクスと笑っているように、それは僕も思ったことだった。結局食べるんなら一緒のような気がするんだけど……。
「無論だ。天の与え給うた恵みをいただく、大事なことだ」
「……というよりか美味い飯を美味く食したいがためでは?」
最もらしい聖書の文句を引用してうんうんと何度も頷く領主様に対して父さんが冗談を言うようにツッコミを入れている。
「それを言われると何も言えんな。……斯く言うお前もそうだろう?」
「……はい。では、そのように致しましょう」
「うむ」
会話を聞く限り父さんも会食希望らしい。ツッコんどいてそれはないんじゃ……。
そんな悠揚としたいまいち緊張感の欠けるやり取りをしている大人たちを前に僕はサラとお互いの苦笑いの顔を合わせる。
「しかし、サラ皇女と懐かしいセド、それに……」
先ほど父さんの言葉に大きく頷いていた領主様がサラ、父さん、そして――
「貴殿がセドの息子か。おお、母親によく似ておるな」
――僕を見つめてきた。思ってもないことで僕は呆気にとられてしまう。
「私も初めて見たときからそう思っていました。先輩の奥さんにそっくりだなって」
ずっと僕らのやり取りを傍観していたベルさんが会話の輪に入ってもよさそうな話題を見つけたのかここぞとばかろにそう口を開いた。それも領主様と同じことを言っている。
「ベル、あまりからかうな。これでも元上官だぞ?」
そんなベルさんのイジりに厳しい態度で返す。
「では元部下の私を無視しないでくださいよ。剣士長殿」
父さんのお堅い返答にあっけらかんとしたベルさん。
剣士長殿というのは騎士団員時代の呼び方だろうか?
「元、剣士長だ。それに俺はそこまで面倒見のいい上官じゃない」
「嘘を言わないでください。あれだけ部下の身を案じる人は先輩以外にはひとりくらいのものでしょう?」
否定する父さんにそんな優しい言葉をかけてくれる。
こんなことを言ってくれるなんて、父さんはよっぽど頼られていたんだろうか?
ベルさんの言う限り、父さんと似たような部下想いの人がもうひとりいるみたい。
一体、誰なんだろう。いつか、会って話をしてみたいな。
「それに、あまりに無視されると悲しいです」
少し思い切ったように悲しそうな顔で打ち明けてきた。おそらく、これは心の奥底からきている言葉だと思う。出会ったときの視線や態度もそうだけど、領主館の中を案内されている最中にも盗み見るようにチラチラと父さんを見ていた。
領主様と話しているときも然り、どこか父さんに対する並ならない何かがある。
「……すまなかった。いつ話しかけていいか分からなかったんだ」
ベルさんの様子から僕と同じことを感じ取ったのか、父さんはそう打ち明けた。
その父さんの深刻そうな顔を見て――くす、くすくす……! と吹き出すような華奢な笑い声がベルさんの口から漏れ出た。
「はは、先輩すぐに真に受けるんですから。無論、冗談です。しかし、悲しかったというのは事実ですよ」
ベルさんは白銀に輝く鎧で守られたお腹を少しだけ抱えていたが、しっかりとした口調で父さんに言う。父さんはそんなベルさんを見て呆れるように大きな溜息を吐き、
「本当にお前は……だからお前は万年平剣士なんだよ……」
とぼやいた。
「ふふ、残念でした! 今はもう騎士です! 先輩より偉いんです!」
平剣士と誹られたベルさんは『待ってました!』といった感じで嬉々として腰に手を当てて胸を張る。強調するように反り、厚い鉄に守られた胸部。その左側には剣と盾が交差するように描かれたバッチのようなエンブレムの下に二本の羽根があしらわれていた。
これは父さんが昔着ていた鎧のものと似ている。騎士団の階級を示すのかな?
「おお、これはこれは騎士様。先程までの御無礼をお許しください……おや? しかし、胸に輝く剣章は一振りだけですなー」
そのエンブレムと羽根を見た父さんは召使いが主人にやるような大仰な所作をしたの後、ベルさんの胸元を指さして意地悪に笑っている。
――剣章
たしか正式な名前は剣技章と言って剣の技術の強さを示す技能章と父さんに昔教わったことがある。これは階級とは関係ないそうで強さの証らしい。
今見てみるとベルさんの剣章は一振りの片手剣が横に描かれている。父さんのものより一振り少ない。
「……ッ! う、うるさいです! これでも毎日頑張ってるんですよ!」
父さんの意地悪な言葉にひどく興奮したベルさんは父さんを睨み上げる。
だが父さんはどこ吹く風といった感じで全く動じていない。それどころか何故か機嫌が良さそうだ。
「はは、そうかそうか。まあ、そうだろうな」
笑いつつもどこか含みのある言葉を溢す。そしてベルさんをじっと見据えた。
「な、何ですか。その目……」
まるで射貫くような、それでいて包み込む抱擁的な視線を向けた父さんにベルさんは困惑している。僕もこんな父さんを見るのは初めてだ。
「いや、本当に頑張ったんだな、と思ったんだよ。そうか、騎士になったんだな」
心の底からそう思っているのだろうことを感慨深くひとりごとのように吐き出している。
そんな父さんにベルさんはたあり得ないものを見ているような形相でひどく驚き、立ち尽くしている。
「よく頑張ったな。偉いぞ。俺にはとてもできない」
笑顔でそんなことを言う。僕が何か良いことをしたら褒めてくれたときのように――まるで親子のように父さんはベルさんにそんな言葉を投げかけていた。
「……はい」
父さんの言葉を噛みしめ、体の隅々まで沁み込ませるような、そんな深みのある返事。
それが少し遅れて返ってきた。少し目元も潤んでいて、少しの刺激で涙が流れ出そうなほどだ。
「そうかそうか。これなら俺がいなくても大丈夫そうだな」
「……え?」
「俺がいなくてもそっちは上手くやれてるってことだろ? 安心したよ」
心の何処かでつっかえていた心配事が解消されたように嬉しそうに笑う父さん。
「……え、ええ! そうですよ。上手くやってて当然です!」
またさっきと同じような態度で尖った対応のベルさんだけど……さっきとは少し様子が違う。まるで、強情な子供みたいな……そんな感じがする。
「それは良かった」
父さんはそんなベルさんの様子には気付いていないのか、凛々しくそう返したっきり、しゃべらなくなった。
話す相手のいなくなったベルさんは少しきょろきょろと挙動不審気味に周囲を確認する。
ふと、僕が視界に入り、綺麗な藍色の瞳が僕を映し出す。
「……あ、ええっと……」
とベルさんが慌てた声を出したので思わず僕も挙動不審になるがサラに肘鉄を入れられて背筋を伸ばす。その恥ずかしいやり取りを見たベルさんは少し口角を上げて、静かに目を閉じた。それからほんの少しして――カッ!
「……挨拶がまだだったね、ごめんなさい」
閉じた目を開き僕にそう話しかけてきたベルさんは軽く咳払いをする。
すると右手を左胸に添えるようにして僕の目の前に跪く。『な、なんだ?』と驚き戸惑う僕を気に掛けるでもなく、僕と目線を合わせたベルさんは父さんよりは小さく美しい花のような口を静かに開いた。
「どうも、お初にお目に掛かります。近衛騎士団所属騎士兼レイモンド家シベリタ卿のお抱え騎士――ベルフェンスです。よろしくお願いします」
胸に添えていた手を僕のほうへ差し伸ばしてきた白き鎧の騎士は丁寧で清廉とした口調と声色、そして言葉遣いでそう名乗ってきた。
初めて名前を聞いたがベルさんはベルフェンスというらしい。……名前まで男女の判断がつきづらいとは思わなかった。その他にも気になることを言っていたけど、僕の心象はそれどころではない。
「あ、は、はい! はじめまして、ユウト・クロスフォードです!」
慌てて返すように僕も自己紹介をする。騎士団のことや階級、その他のことも良くわかっていない僕だけど、こんな田舎の子供に跪いて、手まで差し出してくれたベルさん。
これが普通のことではないということは子供ながらに感じ取れる。
だから、きちんとした誠意を示したい。
そう思ってベルさんの手を取ろうとすると――
「―――こら! ダメじゃないユウ!」
……どうやら僕の精一杯の誠意はサラの目にはてんでダメだったようで眉を吊り上げて怒っている。
「え、ええ?」
自己紹介にも何かしらの作法があるのか? ……分からない。
とりあえず困惑の表情を返すしかない僕だ。
こほん、とこれまたさっき何処かで見たような軽い咳払いをしたサラはまるで修道所の修道院で子供たちを教え導く修道士の先生のように右手の人差し指を立てる。
「名乗るときは所属と階級も言わないと。それに伯父様がいるんだから伯父様にも名乗りなさい?」
と自信満々の皇女殿下流の授業が始まった。だが言っていることは最もだ。
「ああ、ご、ごめん。でも所属と階級って言われても……僕には何も――」
「昨日私が言ったじゃない!」
これまた最もなことを言おうとした僕の言葉はサラの大きめな声が遮った。
昨日言ったって、もしかして……。
「え、あ、あれを言うの?」
「もちろんよ! 私が任じたんだから今も立派な肩書きで階級よ」
どうやら任命されたてのアレがサラの中で対外向きでも僕の階級として認定されているみたいだ。……嘘だろ。
「わ、分かったよ」
心の声とは全く違う返事をした。恥ずかしいが、サラに言われたらやるしかない。
「領主様、騎士様、はじめまして……さ、サラ皇女傍付き係の……ユウト・クロスフォードです……」
領主様、ベルさんの順番にさっきのベルさんに倣って自己紹介をした。
うう、やっぱりすごい恥ずかしい。こういうの慣れないんだよな……。
だけど、ずっと待たせてしまっていたベルさんの手を取って握手をすることができた。
触れた感じは女の人みたいな感触がして綺麗な肌だけど、その見た目よりも数段、いやそれ以上に頼もしい印象が伝わってくる。
いつかこの人が剣を振るうところを見てみたい――そんなことを思っているとベルさんは静かに僕の手を離し、にっこりと笑う。そしてゆっくりと領主様の方を向いた。
それを確認した領主様は――
「――ご丁寧にありがとう。私はハイリタ聖皇国、その南方領土を皇王陛下より任されたジェノン・レイモンド=シベリタだ」
と先ほどサラが言っていた所作の通りに堂々たる態度で名乗った。
その瞬間、稲妻のように背筋へ緊張感が走る。その感覚は『着ている物は僕らとそう変わらず、他にも特段変わったところもない。とにかく、何の変哲もないおじさん』という僕の第一印象を大きく覆させられたのは言うまでもない。
ただそこにいるだけで威厳に満ち溢れている。今までに感じたことのない感覚を前にして僕はどうすればいいか分からなくなった。
領主様は僕の手を取って握手をしてくれたのだが、ただただその雰囲気というか覇気というかに当てられて僕は縮こまる。
「もう。伯父様、しっかり名乗ってください! ユウはこういうのに詳しくないから勉強に――」
「まあまあ、良いではありませんか、サラ皇女殿下。ユウトくんもそんなに固くならなくて大丈夫ですよ。ね? シベリタ卿?」
何やらさっきの自己紹介には問題があったのかサラがプンプン怒っている。その怒りの声を遮り宥めるベルさんは固まっている僕にも気をかけてくれた。
そして領主様にも意見を求めるが、
「はははは、ベルの言う通りだぞ。セドの息子よ。地方貴族の端くれとでも思ってくれればそれでよい」
「シベリタ卿、それはさすがに言いすぎでは……?」
とにこやかに軽く笑い飛ばしたり、少し焦ったように諫めたりとさっきの自己紹介に対して皇女、騎士、領主、平民が四者四様の反応を見せている。
その様子をただ傍観するので精一杯の僕だったけど、ここは一番年長の――
「まあ、良いではないか。あ、そうだ。せっかく珍しい顔を見られたのだ。少しばかりで申し訳ないが皆と昼食としよう」
領主様の一声により、そこへ皆の注目が集まった。
それを確認した領主様が皆の顔を順番に見た後大きく頷いて執務室の扉の方へ歩き出す。
「な、なりませんシベリタ卿。そんなお気を使うことは――」
「良い良い。――最近、ベルが食事に煩くてな……こういう機会でもなければ好きに食えんのだ」
父さんが慌てて断ろうとすると大げさなまでに首を横に振る領主様。途中から父さんの耳元へ口を寄せて耳打ちしているが、声が大きいから丸聞こえだ。「し、しかし……」と懐柔されそうな父さんが父親ながら情けなく思える。
「もうお二人とも聞えてますよ?」
そんなダメな大人たちに呆れ顔をみせるベルさんはそう忠告しながら大きく溜息を吐く。
しかし、僕の隣にいるサラを見ると笑顔になって、
「まあ、今日はサラ皇女もいらっしゃることですし、パーっといきますか!」
と腕に手を当てて了承の反応だ。おそらくさっきのやり取りから推測した限りでは、領主様の体調を気遣っての食事制限なのだろうが、今回は特別といった感じなのかな?
そんなベルさんの気持ちを知ってか知らずか「おお! やったぞセド! 最近、民が美味い美味いと井戸端会議をしておるのを盗み聞いての。何かと訊ねたらどうも城下町で売られておるパンらしいのだ。城下町ならと私も頼んだそれがやっと着いたそうでな。いやー楽しみじゃの!」と領主様は大喜びだ。その子供のようにはしゃぐ領主様に若干引きつつ押され気味の父さんが相槌を打っている。
いつもと違うこの様子がまた珍しいのでずっと眺めていると――
「――ユウトくん、食事が終わったら下の庭で待ってて」
注意が父さんたちに向いた喧騒の間隙に乗じてベルさんがそっと耳打ちしてきた。
それに反応する間もなく、
「そうと決まればメイドさん達に食事の用意を頼まないといけませんね。では、しばしの間、失礼します」
ベルさんは誰ともなくそう宣言し、食事の手配をするため執務室から消えた。
会話に華を咲かせる領主と元上官の鍛冶屋、流し目で僕をみるこの国の皇女、そして、平凡な何の取り柄もない傍付き係を残して。
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