【準序編】お姫様と領主館

第12話 お姫様と領主館①

 城下町南方に位置するフィレーネ地方領主館は頑丈な石造りの小さなお城であると伝えられている。その話の通り、僕の目の前には高い木の柱と石の壁で構築された城壁に囲まれた小城がそびえ立っている。


 ――地方行政の中枢で、お城の騎士団が駐屯しているそうだ。戦となったときに最後の砦としての機能を持つとされている傍らで領主館の名の通り地方を統べる大貴族の住まいでもある――


 という話を父さんから以前聞いたことがあるけど……実際目の前にすると圧倒される。


 少し遠くに見えるハイリタ聖皇国のお城と同じような基調、蒼い瓦屋根と白っぽい石の壁でできたその小城の正面の門の上には領主の家紋とハイリタ聖皇国の王家の紋章があしらわれており、この小城が領主館であることを示している。


 しかし……実際に馬車を降りてまじまじと見ると気になることがあった。


「ふむ、領主館と言えどまだこんな傷跡が……復興費が降りていないのだろうか」


 父さんは城壁を大きく一直線に抉る傷跡に眉をひそめて顎に手を当てた。

 僕も父さんと同じく、あちこちに残された傷跡を見て回る。大小様々なそれらは自然についたものではなく、直線が多くを占めていてどこか剣の傷跡に見えることからも人為的に何者かが武器を用いて傷をつけていることは明白だ。


 ――最後の砦。そう呼ばれる所以ゆえんがここにあるんだろう。


「伯父様は領民を大切にする人だから……お金が降りててもそっちの方に使ってるわ」


 馬車を最後に降りたサラは僕ら親子の疑問に答え、父さんと僕の様子を順々に見ると、苦笑いをしつつも心配そうな顔をする。それからしばらくするとサラはきょろきょろとおもむろに辺りを見回し始めた。


「――ようこそお出でくださいました。サラ皇女殿下」


 突然、小城の方から従順とした声が聞こえた。僕らは一斉にその声の主の方を振り向く。

 声の主と思しき者はハイリタのお城と領主館の小城を背後に鎧姿で毅然と立っている。白銀色の髪を垂らし仰々しく頭を垂れているその者は男の人にも女の人にも見える。

 そして声色も女性とも男性とも言えない中性的なもので、僕には正確な判断ができない。

 でもすごく若そうだ。わかる情報がそれだけなのは悲しいところだけど……でもその人が纏っている白色の鎧にはどこか懐かしく思える。なんだか見覚えがあるような……。


「あら、ベルじゃない。昨日ぶりね」


 僕がただ茫然としているとサラがその人を『ベル』と呼び親しげに話しかけ歩み寄った。


「そうですね。……つかぬことをお訊ねしますが、サラ皇女殿下、その衣装はどちらで?」


 ニコニコとした柔和な雰囲気を湛えて顔を上げた鎧の人はサラの姿を頭のてっぺんからつま先に至るまで見ると軽く首を傾げる。まあ、それ僕の服だからね……。

 サラもそれに呼応するように自ら着ている服を確認した後……、


「あ、これ? これはユウの服よ。お城から着て行った服が汚れちゃっててね。ちょっと貸してもらってるの」


 とすぐさま僕の服だと説明した。


「そうなのですか。では代わりの服をお持ちします」

「いらないわ。ちょうどこの後城下町に行くからこの姿のほうが目立たないだろうし」

「承知しました、殿下」


 思わず「え? いいの?」と言ってしまいそうになるやり取りだけど道理は通っている。自分で言うのもあれだけどこんなみすぼらしい恰好をしている皇女は、国民の想像上にもいないだろうからね。


「あ、そうそう。伯父様が何処にいらっしゃるか、分かるかしら?」


 サラは鎧の人――ベルさんに思い出したように問う。


「シベリタ卿でしたら領主館の執務室に……ご案内します」


 ベルさんはサラにそう答えて、背にある領主館の小城に手を向けた。

 一瞬、どこか意味あり気な眼差しでベルさんは父さんを流し目で見つめていたが、当の父さんは知らん顔だ。……なんなんだろう。意味深だ。


「頼んだわ」


 僕が微かに感じ取った異質な雰囲気をサラのその元気な声が搔き消し、ベルさんの案内が始まってしまった。

 ……父さんがここにいたという話と関係があるのだろうか。

 そんな疑念を抱きながら、若干父さんとサラに遅れつつも小城へと足を向けるのだった。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ベルさんに案内されるがまま領主館の中を進んでいく。


 ……にしてもすごい広さだな。


 まず、普通の家の玄関にあたる部分は広くとられていて天井からはシャンデリアが吊り下げられ絢爛な装飾が僕らを見下ろしている。どうやら入る前にみた窓の付き方とも一致する三階構造らしく、その最上階の手すりがしっかりと見える。ということは入口から入ってきた者は上から丸見えだ。二階へは弧を描くように階段が左右対称に備え付けられており、そこを上ればすぐに行けるみたいだ。


 その階段は素通りして、ベルさんは右側にある廊下へと足を向ける。


 廊下には窓と窓の間に等間隔で蝋燭が立てれる装飾が備えられていて領主館ということもあってか壁紙も上質なものなんだろう。とても綺麗だ。


 領主様がいる執務室は一階にあるのかな?


 ふと、そんなことを考えていると廊下の窓を拭いているメイドさんらしき女の人がこちらに気づき頭を下げてきた。ベルさんが笑顔を返し、毅然と彼女たちの前を通り過ぎる。


 僕らもベルさんの後に続くが……、


「あら、あの方は……もしかしてサラ皇女殿下……?」

「また遊びにいらしたのかしら」


 後ろからそんなほそぼそとした話声が聞こえてきた。


(……よくこれがサラだって分かるな)


 僕の普段着を身に纏うサラの姿は一見してただの田舎の子供にしか見えないだろうに……それだけサラはここに来たことがあるのかな。

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