第11話 お姫様と富める村

 村を守る守衛に村の中へ招き入れられた僕らはちょうど村の中心に位置するであろう泉の広場へと案内された。

 遠くから見ても美しい泉の近くには如何にもと言う他ない格調高い白を基調とした石造りの邸宅がいくつも並んで建っているのが分かる。城下町近くということもあってかこのシルリア村はかなり栄えているみたいだ。


 泉の広場入口まで馬を進めていくと、僕らが到着したというのが守衛から伝達されたからか男の人がたくさん並んでいるのが確認できる。

 そして、その中でもひと際異彩を放っている男の人が歩み寄ってきて「おお、セドさん。思ってたよりも早いね」と親しげに軽く手を挙げて父さんに挨拶してきた。その身なりの良さと首から提げている何かの紋章を象ったような徽章は村長の証だろう。その村長さんと父さんがたわいもない挨拶や世間話を交わす中、集まっていた村の男の人達が荷台から木箱をどんどんと運び出し、どこかへと持っていく。


「城下町に行く用事がありましてね。急いで仕上げました。しかし、品質は保証しますよ」


 村長さんに力こぶを作って見せる父さんは自信ありげに誇らしく語る。


「セドさんの仕事を疑ってなどいませんよ。しかし、そうですか、城下町に……」


 父さんの反応に微笑みを返す村長さん。前にも父さんの仕事に付いて行って見たことがある村だったけど、村長さんが直々に出迎えてくれたことはなかったから新鮮だ。


「はい。また、御用があればいつでもお呼び立てください」


 深いお辞儀をする父さんに続いて僕も礼をする。


「ええ。また、お願いします。では」


 父さんがそう別れの挨拶を切り出した後、僕らは踵を返すように来た道の大通りに戻る。

 その間、美しい泉を記憶に残そうと広場の方を振り返ると、村長さんの悲しいとも不安そうとも言える浮かない顔で父さんの背中を見ていた。

 何故かそれが僕の瞼に深く焼き付いた。



「鍛冶屋、これからは廃れていくばかりだと思ってたのに……」


 シルリア村での僕ら鍛冶屋親子の様子を陰ながら見ていたサラは城下町までの短いだろう移動中に腕組みをしてぼやく。あの活発で行動的なサラが陰ながら……というのも今のサラは僕の服を着ているとはいえ城下町に近づくにつれて顔が知られているこの国の姫。万が一でも身分が知られたら大騒ぎになることは必至――という父さんの意見を押し通したからに他ならない。言っていることは僕もわかるしその通りだと思うけど……なんだか元お城で働いていた剣士だったからか頑固というか真面目というかそういうところがある。


「農業を主とする村や鉱石を発掘する炭鉱とその坑道周辺はまだ鍛冶屋も賑わっています」


 お付き剣士と王族の姫という主従関係に基づいた丁寧かつ固い言葉遣いで父さんはそう答えた。よし、ここは僕もサラに良いところをみせよう。


「他にも金属製品のちょっとした手直しみたいなのもやってるんだ」


 馬を操りながら首だけでサラの方を見ている父さんに続いて僕も知っている情報を語る。

 そして、シルリア村への行商はほぼそれだ。たまに注文が入って新しく打つこともあるけれど、大体は切れ味が悪くなった刃物、どこかしらが欠けてしまった農業に使う道具、そして家具などの小さな金具の修繕など、金属製品の修理がほとんどを占めている。


「そうなのね……とにかく、まだ鍛冶屋も捨てたもんじゃないってことね」


 サラは鍛冶屋親子の説明に目をぱちくりさせるが、すぐに嬉しそうな声で微笑んだ。


 ――鍛冶屋も捨てたもんじゃない、か。


「……だと、いいのですがね」


 サラの言葉にそう独り言のようにこぼす父さんの自嘲的な笑みに僕は……もしかしたらサラもかもしれないが、何も言えなくなってしまった。


 ――いくら鍛冶屋が今辛うじて存続しているとはいえ、今のままでは何れ廃れてしまうことは想像に難くない。本来父さんやお爺ちゃん、そして僕が打つべき剣や槍などの武具は今の時代必ずしも必要とはいえなくなってしまった。打った武具で倒されるべき魔物もたまにひょこっと姿が見えるくらいだ。剣や槍が外へ出る際の必須の武器だったらしいあの時代よりも格段に遭遇率は少ない。……なにせ魔族や魔物たちとの戦争があってからもう十年も経っているのだから当然と言えば当然なんだけど……。


「――あ、セド。城下町に入る前にフィレーネ地方領主館に寄ってもらってもいい?」


 僕の思考を遮ったサラはこの場の重たく暗い空気をキレイに晴らしてくれるような明るい声で沈黙を破る。


「領主館……といいますとレイモンド家のシベリタ卿に御用がおありで?」


 父さんはサラが告げた領主館という言葉からある有名な人名を口にした。


「少し、お礼を伯父様に言いたくて……ユウに会いに行くのに馬車を出してくれたから」


 なるほど、それでお昼くらいには僕の家に来てたのか。父さんはそのとき離れの鍛冶場にいたわけだけど……。


「左様ですか。それは私もお礼を言わねばなりませんな。何せ、姫様を無事に私の鍛冶屋に導いてくださったのですから」


 父さんもそこには同意したみたいでサラのお願いを受け入れるつもりみたいだ。


「なら僕もお礼を言わないとね。サラと遊べたのも領主様のおかげだし」

「い、いいわよ。そんなの私ひとりで……」


 僕もサラの幼なじみとしてお礼を言うべきだろう。父さんも元剣士としての道義というか立場的な何かがあるはずだ。僕ら鍛冶屋の親子が領主館でお礼を述べる――そこには何の間違いもないと思うんだけど何故かサラは慌てたように真っ赤になって断ってきた。


 でも、僕は笑ってやり過ごす。それに領主館に行く理由は他にもある。


「いいからいいから。父さんも、何か別の用事があるみたいだったし」


 何の用事があるのかは分からないけれど、少し前から「近いうちに領主館に赴かねば」と父さんが呟いていたのを聞いている。

 それを聞いたサラは「え? そうなの?」と疑問顔で父さんに訊ねた。


「え、ええ、まあ……」


 父さんが消極的ながらも肯定するとサラはいつもの腕組みをする。それはサラが何かを考えるときの皇女らしからぬクセだ。そして二度ほど小さな顔が頷くと、


「そう、なら、皆一緒に領主館にいきましょうか!」


 と皆でいくことを許可いただけた。


「それがいいね」


 サラが了承してくれたおかげで領主館に行ける。もちろんサラを送り届けてくれたお礼をしたいのもある。けど……実を言うと、前から一度は行ってみたかったのだ。


 ……父さんが昔お仕えしていたという噂を見聞きしていたから。


 父さんが領主館に行く用事というのもきっとそこに関係しているはずだ。


 ――確かめたい。この目で。


「……では、領主館へ向かいます。ユウト、後ろは任せたぞ」

「うん、見張っておくね」


 父さんが馬を囃し、馬車の速度を上げる。その馬車の後方に視線を向けながらこれから向かうフィレーネ地方領主館への想いでいっぱいになる。


 そんな僕らに温かくも厳しい日差しが降り注ぎ、馬車を射るように照らしていた。

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