第8話 お姫様と添い寝役②

 ……夜も更け、空に煌々と星々が彩っている。


 もう子供が起きていてはいけない時間だけど、寝るに寝れず逃げるように鍛冶場にやってきた。いつも寝る前にやっているアレをするために。

 月明かりだけでは心もとないので蝋燭に火を灯し、鍛冶場にある僕のイスに腰掛ける。


 そして、目の前にある机の引き出しからアレをするための道具と材料を取り出す。


 取り出した細長い道具――金属でできた細い棒の先に小さな刃がついており、彫ることに特化した鏨と呼ばれる道具を片手に、小さな槌でその尻を叩いて鉄を削っていく。


 コンコンと叩きながら少しずつ形を作っていく地道な作業なのだが、退屈よりも出来ていくその過程が何故か楽しい。

 ちなみに、材料たる鉄は比較的柔らかい種類のもので、何かをかたどるには手ごろな物だ。

 仕上げにヤスリで磨いて光沢をつけたり、光で照らして鑑賞したりというのも中々趣があるもので、最近はそれが癖になっている。


 さて、今日はどう――


「――ユウ? なに、してるの……?」


 突然、背後から声がしたのでびっくりしつつ、恐る恐る後ろを見ると……寝ぼけ眼を擦るサラの姿があった。


 お、起きちゃったか……。


「さ、サラ! ええっと……これは……」


 隠れてベットを抜けだしたので慌てふためくしかない。そんな僕を一瞥したサラは「突然いなくなるから、心配したわよ。こんなところにいたのね」と若干眠そうな声を出しつつ鍛冶場の入り口から僕の傍へと歩み寄って来た。

 そして、机の上に並ぶ数々の金属の塊を視界に認めると、眠そうな目を大きく見開いた。


「まあ、綺麗ね。これは羽ね。で、こっちは花。これは竜で、あら、小冠ティアラもあるのね」


 僕の手の平に乗るほどの小さな彫刻をひとつひとつを小さな指で指し示しながら何故か嬉しそうな声で感激している。

 隠したかったことなんだけど……見られてしまったものは仕方ない。打ち明けよう。


「……空いた時間を使ってこんなのを作ってるんだ」


 自身が彫ったこの子たちに目を落としながら、観念するようにこの彫刻について語る。


「これユウが作ったの? 凄いわ。凄く……綺麗だけど、どこか優しい感じがする」


 僕が作ったと知ると「やるじゃない!」みたいな顔をして見たままの感想を言ってくれる。そ、そんなことを言われるなんて思ってもみなかったから、どうしたらいいか分からないな。 


「その……恥ずかしい……」


 無意識に、そう言葉に出ていた。


「もしかして、「机の中を見るな」って言っていたのはこれがあったから?」 

「うん。人に見られるのが恥ずかしくて……」


 サラの問に自分のうなじに手を添えつつ素直に答える。

 でもサラは疑問顔をして、


「どうして恥ずかしいの? こんなにも綺麗で繊細な、味がある金属彫刻、鋳物屋でもできないわよ」


 と言ってきた。どうやら僕の返答に納得いかないらしい。

 僕を褒めてくれるその顔をみる度に僕は自分が情けなくなる。何もかも、僕なんかより出来るサラが羨ましくてしかたなかった。でも、今日は――この夜は少し違う気がする。

 どうしてだろう。サラに、あんなことを言われたからかな。


 ――言おう。全て。


 うん。そうしよう。そう決めた僕は絞り出すように口を開く。


「……逃げてるから」


 抵抗は、ある。けど、言わなきゃいけない。幼なじみに隠し事なんておかしいもんね。

 そんな気持ちにもなり、黙りこくって俯く僕を不思議そうに見つめていたサラに伝える。


「逃げてる?」


 またも疑問顔で僕を見つめる。全部説明するのは辛いけど言おう。


「僕は力がなくて良い剣が打てない。良い刃物を打てない鍛冶屋なんて、どこであってもいらない存在なんだ。だから、せめて何かできないかなって……そう思って始めたんだ」


 僕は、生れながら身体が弱くて鍛冶の仕事なんか務まらなかった。

 城下町に住む皇都市民からの仕事はもちろん地方の村からの依頼も満足にこなせない。

 父さんはまだ十歳だからっていうけれど、十歳はこの国で仕事が受けられる年齢、仕事人として扱われるような年なんだ。ちゃんと出来なきゃいけないんだ、本当は。


 でも、僕にはその技量も力もなかった。今もこうして、逃げ続けている。


「そうなの。ユウは良い子ね」

「……全然。これも、中々上手くいかない。何をやっても上手くできない……」


 せっかく彫ったこの彫刻たちもどこか歪で上手く造形できた気がしない。

 これならできるって……そう、思っていたのに……。


「ユウがどう思うか、私には分からないけど……何かに向かって頑張れるのは凄く素敵なことだと思うわ――ユウが凄く頑張ってる。ユウが作ったこの子たちを見たら、すぐにそれが分かった。水浴びの前にも言ったけど、もっと自分に自信を持って?」

「……ありがとう。サラ」


 突然弱音を吐かれても困った顔ひとつせず、加えてまた優しく言葉を掛けてくれる。

 サラは凄いやつだ。こんな僕でさえ受け止めてくれるんだから。


「お礼を言われるようなことは言ってないわ」


 さも当然という顔をするサラ。毅然とそう返すところも如何にも皇女らしい。


「なんか、サラの言葉を聞いたら肩の力が抜けたよ……今日は、これで終わろう」


 と僕は大きくけのびをして道具なんかを片づけ始める。


 ……どう例えていいか分からない不思議な感覚。ほっとしたというか、何だか安心したような気持ちになった。


「ふふ、お疲れ様。ささ、そうと決まれば早く……あら、この箱……?」


 片づけをする僕をよそに労いの言葉を途中で切ったサラは、鍛冶場の入り口の傍にある木箱の許へと歩み寄って行く。


「あ、それは……」


 それに気づいた僕は慌ててサラに駆け寄るが、


「こんなに可愛い寝顔して……あのとき凄く怖い顔してたのが嘘みたい」


 と何やら感嘆の言葉を溢している。


「よしよし~。もう人を襲ったり怖い顔をしたりしちゃダメよ? まあ、そんな貴方も、私は愛するわ」


 そう言いながらサラは木箱の中で眠る狼へ慈しむような目を向けた。柔和で優しいそれは狼を温かく包み込むのに加えて――月明かりで照らされ白銀に輝く美しい毛並みに沿うように優しい手つきで撫でている。それも屈んで狼に少しでも近くにいるように。


 その様子は僕の目に神々しくも温かな何処か神秘さを帯びた光景として映り、僕の心の奥深くへと焼きついた。「なんで?」という疑問よりも前に「美しい」という感想が占めて行く。その美しさにも圧倒されるが、どこか儚さも帯び始め、僕の心を掴んで離さない。


 これが――皇女。


 そう思うほかなかった。


「じゃ、ユウの部屋に戻ろっか」


 当の本人はその気はないようで、僕にそう提案してくる。

 その世界に飲まれ我を失っていた僕は、その声でやっと魂が戻ってきて「う、うん」と遅れ気味ながら提案を飲んだ。サラはそれに満足したような笑みをしたが、ふと何か思い出した顔になり……、


「あ、そういえば、今日は勉強会してないわね」


 と顎に人差し指を当てる。


「え? あ、そうだね。でも、もう遅いし……」


 困ったな……。僕はそう思いつつサラに言う。

 サラの言う勉強会というのは、言語や数の理、歴史なんかの本を持ってきて一緒に読むというものだ。たまに今日の踊りみたいな儀礼的なことも教えてくれる。

 しかし、今からそれをやるというのも難しい話……どうしたものかな。


「それもそうね。今日は、寝ないと明日城下町までもたないもの」


 サラもそこは分かってくれていたみたいだ。ありがたい。


「城下町までは結構距離があるからね」


 そう言うとサラは笑って頷いた。そして僕ら二人は鍛冶場を出て商店の方へと向かう。

 その途中、隣を歩いていたサラが突然立ち止まった。


「星が綺麗ね」


 空を見ながらそう溢す。その言葉に促されるように僕もサラと同じく空を仰ぎ見る。

 そこには大きな月と小さい星達が輝いている。幾度となく見てきた、いつもの光景。

 でも、今夜はいつもよりも綺麗に映って見えた。だから、サラの言葉に頷く。

 すると幾ばくか静寂が訪れた。僕は、その静けさに悠久の時を感じる。

 そして、その静寂に終止符を打ったのはサラだった。


「ユウ……もし、もし私が遠くに行っても、私は見守っているからね。あそこで光ってる星みたいに、ずっと」


 そう、言ってきた。……どういう意味だろう?


「変なことを言うね。……じゃあ、僕も隣に輝く星になるよ」


 僕がそう言うとサラは「え?」と首を傾げる。


「サラに何かあったとしても、僕はずっと傍にいる。ただそれだけだよ」


 星の空の下、誓うように空に向けて言った。そして、サラに視線を向けて、


「じゃあ、部屋に戻ろう。せっかく布団があったかくなったのにまた冷たくなったら嫌だからね」


 と僕は手を差し出した。何にせよ、僕の部屋のベットはサラがさっきまで寝ていたのだ。まだ肌寒いこの夜に冷たい布団に入るのは嫌だし、どうせならサラの温めてくれた布団で眠りたい。風邪もひいたら良くないしね。


「……うん!」


 サラは力強く頷いて僕の手に自分の手を重ねてくれた。


 いそいそとベットに戻って再び前と同じ体勢で眠る。

 またサラの頭を、今度は起きているときから撫でたのだがサラは自然と眠ってしまった。サラが寝たのを確認し、僕も寝ようと撫でるのを止めると……ばしっ!

 小さな腕が絡みついてきた。それは今度こそ離さないとばかりにきつく僕を抱き締め、僕をベットに縛り付けた。……そっか、ごめんなサラ。もう、何処へも行かないから。

 それを伝えるように、僕はサラの頭を撫で続けた。



 ――まどろみに落ちても。ずっと、ずっと。


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