第8話 お姫様と添い寝役①
狼を胸の高さで抱えた父さんを護衛しながら鍛冶屋の我が家へ戻る。
父さんが言うには僕の放った銃弾は狼の肩を貫通しており、重要な神経や臓器には影響はなさそうとのことだ。だから止血と傷口が膿むのを防止する軟膏を塗って一晩もすれば回復するという推測だ。あんなに血が出ていたのに、それだけで治っちゃうなんてさすが野生の獣だな……でも、うん、よかった。
鍛冶屋の商店的部分には狼を寝かせるようなちょうど良いスペースがなく、何よりサラがいるので候補からは除外し、鉄を打つ鍛冶場を選択した。
そう決まると父さんが木箱を探してきて持ってくる。その木箱の底に柔らかい布を敷いて狼をその上で寝かせてあげた。木箱の大きさもちょうど良い感じで狼も心なしか喜んでいるように感じた。
「……ごめんな。痛い思いをさせて。でも、すぐに良くなるからね」
狼を見下ろして、ひとり呟く。
父さんはというと「少し、周辺を見て来る。姫様はもうそろそろ御就寝のお時間だから、ユウトももう寝なさい」と言い残して、宵闇へ溶けて消えた。
とりあえず、サラのところへ行かないと。
狼のことも話さなきゃね。ええっと、確かこういうの騎士団では【調査結果詳細報告】っていうんだっけ……略して【
とにもかくにも、僕の部屋に急ごう。
階段を上り、僕の部屋まで急ぎ足で向かう。勢い余って、そのまま扉を開けそうになるもノックする。
「サラ、入るよ」
そう一声掛ける。が――
「ちょ、ちょっと待って……――よし、いいわ」
何やら慌てたサラの声がした後、数瞬間を置いて入室の許可を得た。
お許しが出たところで少し疑問に思いつつも、ドアノブに手を掛けて部屋に入る。
「おかえり。ユウ。その……狼はどうだった?」
僕らの帰りを待っていただろうサラは笑顔で迎えてくれる。
うん、サラも無事で何もなさそうだ。よかった。
「森の中で倒れてたから手当てをして、今は鍛冶場の方で寝かせてる」
入室直後に訊ねられたので出鼻を挫かれた気もするが、狼の現状報告――詳報を行う。
「そう……元気になるといいわね」
僕の言葉を聞きながらイスから立ち上がりつつも、俯いて不安そうな顔をしたサラは、そんな優しげな言葉をこぼす。
「サラは――怖くないの?」
自分が襲われたっていうのに優しい言葉が出て来るなんて思いもしなかった。
だから気になって……率直に、素直に訊ねてみる。
するとサラは俯いた顔を上げて、少し苦笑いをした。
「怖くないって言ったら、少し嘘になるわ。でも……ユウが言ったでしょ? 誰も悪くない。今日は少しぶつかっただけ――だから私もそう思うことにしたの」
「サラはすごいな。そんな風に思えるなんて」
その懐の広さ……器の大きさとも言える寛容さと包み込むような言葉に、感嘆する。
「ユウがそれを言う? まあ、悪い気はしないわ」
これまた苦笑いと今度は少しだけ嬉しそうな顔をしたサラ。
前半の真意は分からないが、とにもかくにも、サラが笑っているのは良いことだ。
「そっか、なら良かった。じゃあ、もう遅いし寝ようか」
父さんに言われたことを思い出し、サラに寝るよう促す。
「そうね。そうしようかしら」
サラも承諾してくれそうだ。ええっと、寝る場所を決めないと……。
「じゃあ、サラは僕のベットを使って寝てね。僕は下で寝るから」
うん。これで良い感じだ。と、思ったのだが……、
「そ、それは駄目よ。ここはユウの家で、ユウの部屋。部屋の主を床で……そんなこと出来ないわ」
と困り顔で両手を前に突き出して振り拒否の反応だ。
「え? でも……」
その反応を想定していなかった僕はどうすればいいか分からなくなる。
どうすればサラは納得してくれるかな……。
「ユウも一緒に寝ればいいじゃない。ユウのベット、私とユウが入っても大丈夫なサイズっぽいし……」
僕のベットに目をやりながら、サラはそう提案してくれるけど……。
「サイズはふたりで寝ても大丈夫そうだけど……でも……その……」
ベットの大きさ的にはサラと僕が寝ても大丈夫そうだけど……サラは女の子だし、男の僕と一緒に寝るのは不味いだろう。それに、サラは九歳とはいえ皇女なんだし……。
「それに、ユウは傍付き係なんだから」
僕の心を読み取るが如く、未だに実態の掴めない【傍付き係】と念を押すような口調で言われる。
「傍付き係ユウト・クロスフォード――汝を添い寝役の任につかす」
と、また例の勅令を渙発するように御下令される。
サラはこうなると止まらないのは身を以て知っている。
「そ、添い寝? よく分からないけど……どうすればいいの?」
分からないことはとりあえず訊くのが鉄則だ。まだ、困惑しているところがあるもののこうなった以上、やるしかない。
「何もしなくていいわ。私が寝る間傍にいてくれたらそれでいいの」
な、何もしなくていい……?
僕の問によく分からない答えを返してきたサラは壁に沿うように置いてある僕のベットへ寄ると腰掛けた。「うん……しょ」と小さい声を漏らしつつ靴を脱いで……布団の間に身体を滑らせる。そして壁側に身を寄せ、必然的に空いたサラとは反対側の布団を捲るとぽんぽんと軽くシーツを叩く。
「さ、いらっしゃい」
い、いらっしゃいと言われましても……その、困ります皇女殿下。
いけない、そんなに微笑んでも……いけないですよ。
「もう、そんなに恥ずかしがること? 裸を見るよりはマシでしょ?」
戸惑い焦る僕をからかうような言葉と笑みを浮かべたサラ。
「そ、そんなんじゃないって! じゃあ、僕も一緒に寝る」
一瞬、水浴びのときのサラの身体を思い出しそうになるのを消し去るため、明かりの蝋燭の火を消し、僕も靴を脱いでサラが誘うベットに身を投じる。こうなりゃどうにでもなれだ。
「うん。いらっしゃい、ユウ」
そう言ってサラは捲った布団を優しく僕に掛けてくれる。いつも始めは冷たい布団の中も、サラが先に入ったからか温かい。なんか、変な感じがする。
空間的余裕はまだあるけど、僕ひとりしか使わないから枕はひとつしかない。
結果的には身を寄せ合う形になってしまう。
「なんか、人と一緒に寝るって変な感じね」
暗がりに目が慣れてきたからか、サラはぽつりとそんなことを呟く。
「そうだね。でも、悪くはない……かも」
サラの香りがして少し変な感じはするけど、嫌ではない。
「ふふ、今日はお互い色々あったわ。あ、明日は城下町に行くらしいわね」
「うん。父さんが砥ぎ直したナイフを届けにね。あと、道中の村にクワとか、鎌とかもついでに届ける予定だよ」
訊かれたので簡単に明日の予定を伝えると、サラも僕のことを見ていて向かい合わせの体勢になった。……村に品物を届けて城下町に着いたらこっそりパン屋さんに行こうかな。
て、いけないいけない、パンは高いからね。見るだけにしておこう。
「なら、私もついて行っていい?」
「サラも?」
「うん。お城についでに帰るわ。あ、もしよかったら寄って欲しいところがあるんだけど……ユウも一緒に来てくれる?」
闇に慣れた目が強請るように言うサラの蒼い目に釘付けにされる。
ああ、なるほど。品物を届ける終着点は城下町なんだからサラと一緒に行って、ついでに護衛しながら帰ればサラにとっても僕ら鍛冶屋にとってもいいもんね。
寄って欲しいところが何処か分からないし、一緒に来て欲しい理由もまだ分からないけど……まあ、大丈夫だろう。
「わかった。ちゃんとお家まで護衛するよ」
と何か安請け合いしてる感じになったけど承諾した。
「まあ、頼もしいわ。ありがとう……ふ、ふぁああ……眠くなってきたわ」
そう言うサラはまた微笑むが欠伸をして、目がとろんと呆けている。
それにつられるように僕も段々と眠くなってきた。
「僕も、眠くなってきた。おやすみ、サラ」
「うん。おやすみなさい……ユウぅ……」
最後に僕の名前を呼んだサラは静かに目を閉じて、少しすると寝息を立てていた。
どうやら、疲れていたのは僕だけじゃなくてお互いにだったようだ。
そりゃそうか、狼に襲われて怖かったろうしな。心底疲労が溜まってるに違いない。
そう思った僕はサラが安心してよく眠れるような、そんなものが何かないかなと考える。
結局、僕だけでは何も思いつかないので、サラからアイデアを拝借することにした。
そっとサラの細く綺麗な髪に触れて撫でる。しなやかで柔らかく、妙に撫で心地が良いサラの髪。それを撫でる度に花の蜜のような、甘く、それでいて透き通るような香りが僕の鼻腔をくすぐる。これで安心して眠れるかなと心配する僕だったが……それは杞憂だったみたいで撫で始めた刹那、サラは僕の背中に腕を回して抱きついてきた。
いつもはあんなに毅然として皇女然として振舞っているサラだけど、こんな姿のときもあるんだな。僕は構わず、少しだけ健気で弱々しそうなサラの身体を抱き締め、そのままずっと撫で続けた。
――まどろみに落ちるまで。ずっと、ずっと。
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