第4話 お姫様と鍛冶屋の苦悩

 もう夜も更け、空に星が神々しく煌めいていた。ここから城までは近いと言えば近いが夜道を行くにはそれなりの心構えが必要になる。どちみち、選択肢はないみたいだけど、この護衛任務は失敗すれば鍛冶屋のお取りつぶしと僕たちの絞首刑は確定だ。


 つまり、鍛冶屋の活路がかかっている。


「父さん……どうしよう……」

「それはこっちが言いたい……」


 食事の用意をするからとサラを二階の僕の部屋に案内した鍛冶屋の親子が長方形に模られた木製のテーブルと背もたれのついた固い木製のイスに腰掛け顔を突き合わせる。


「これ、皇室の人たちは知ってるのかな?」


 呆然とただテーブルを見つめていた僕は父さんに訊いてみる。


「ご存知ならば新たに創設される【サラ皇女親衛隊】か皇室直属の近衛騎士団のどちらかが護衛についているはずだ……」


 腕組みをしながら絶望的な回答を導き出した。やっぱり、そうだよな……。


「と、その前に――ユウト、お前はいつ姫様と会ったんだ?」


 今度は父さんが質問してきた。いつサラと会ったか……。


「ええっと、薪割りが終わってすぐサラがきて、それからかけっこをして遊んだから……お昼前あたりかな」

「昼前……なるほど、その時間は確か……」


 無精ひげを太く大きな指でなぞりながら僕の回答について考えを巡らせている。


「父さん?」

「いや、何でもない。少し考えないと……まあ、こうなったら仕方ない。やるしかないな」


 苦笑いをするばかりで教えてはくれない。まあ、仕方ないよな……。父さんはいつもこんな感じだから。


「そう、だね……でも、近衛騎士団長と傍付き係って……何するのかな?」


 再び疑問を投げかける。近衛騎士団長は父さんが任命されたから僕が知らなくてもいいけど、傍付き係は僕が任じられてしまったからせめてそれだけは知りたい。


「さあな……まあ、とにかく、姫様の安全は俺らが守るぞ」


 はぐらかされた……でも、そうだよね。


「うん! 父さんがいるならきっと、サラも安心だよ!」

「……どうだろうな。姫様はお前のほうを頼りにしているぞ、きっとな」


 渋い顔をしておかしなことを父さんは言う。サラが僕を頼りにしてる?


「……どうして? 父さんは元騎士団の一員で……僕は、父さんみたいに強くないし、力だって――」


 突然、僕の頭を撫でた。その手は温かく、とっても優しくて大きい。その感触は言葉を続けることを許さなかった。


 それを見越してか、父さんは固いテーブルに手をつきながら立ち上がり、入口の扉の方へ――


「とりあえず、俺は外の見回りをしてくる。ユウト、お前は姫様のお傍にいろ」


 頭から離れた手を追うように扉の方をみた僕にそんなことを言いつけてきた。


「え? でも、魔物はもう――」


「――いつ何が起こっても不思議じゃない――これは覚えておくといいぞ」

「父さん……」


 物騒な、縁起でもないことを言い残して父さんは夜の闇に消えて行った。

 いつ、何が起こっても不思議じゃない……。そう言った父の顔はどこか冷酷さを帯び、いつもの父とは違っていた。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 遊んでついた泥や汚れを軽く払ってあげたサラと一緒に父さんと用意した食事が並び、美味しそうな香りが立つテーブルを囲む。


「ううーん! 美味しいわ! セドは料理もできるのね!」

「お口に合って何よりです」


 いつも静かな食卓に賑やかな声が響く。


「うんうん。スープは美味しいし、パンもいいものだわ」


 テーブルに並べられた野菜と肉のスープと城下町で買ったパンを上品に頬張っている。

 へえ、パンってナイフで切って食べるんだな……。


「ははは……それは良かった。実はユウトも手伝ってくれたのですよ」

「あら、そうなの!」


 父さんが余計なことを言ったため、サラが僕をキラキラと輝かしい碧眼で見てくる。


「う、うん。ちょっとだけ……だけど……」


 僕はその目が苦手なのでたじたじだ。全て見透かされていそうで。怖いのだ。


「偉いわ。さすが私の傍付き係……ご褒美がいるわね」

「や、やめてよ……そこまでのことはしてないし……そ、そんなことより早く食べよ!」


 「冷めちゃうし!」と続けからかわれるのを阻止する。サラは不満げながらも食べ始めてくれた。ふう、よかった。


「あ、ユウ。その……ここら辺で綺麗なお水が流れてるところ……あったわよね?」

「え? あ、うん。あるよ。いつも水はそこから汲んでいるんだ」


 何の脈絡もなく訊いてきたサラに答える。生活水はそこから調達してるからね。


「そ、そう。分かったわ。で、その……後で案内してくれると……助かるのだけど……」

「別に僕は良いけど……父さんの許しがいるね」


 何でそんな言いにくそうなのか僕には分からないが、サラとふたりして父さんを見る。


「裏手にある小川は水の量が少ないですからな……源流の滝壺あたりにちょっとした湖があります。そこに行かれるとよろしいかと」


 僕らの視線から意図を察した父さんが提案し――


「――但し、護衛は必須ですぞ。そうですな……ユウトをご指名ください」


 と条件を付け足した。て――


「え? 僕?」


 力のない僕を指名するように提案するなんて……父さん、どうして?


「そ、その……せ、セド……頼めないの、かしら?」


 サラも不安そうだ。声は震え赤くなってる。……そうだよね。


「私、実はまだ鍛冶の仕事が残っていまして……明日町の商店に砥ぎ直した刃物やナイフを卸さねばいけないのです……大事なお客様ですのでユウトが鍛え直すにはまだ技量が達しておらず……その……」


 と申し訳なさそうに後ろ頭を掻きつつ父さんが理由を述べる。そうか、どちみち明日は城下町に行くんだった。


「そうなの……分かったわ」


 頼りの父さんに断られたサラは俯いて悲しそうな声で呟く。

 ごめんな、サラ。僕がちょっとでも技量があって力が強かったら、今よりは不安に思わせなかったのにな。


「あまり、無理はしないようにね、セド。あなたはハイリタ聖皇国に必要なの。働きすぎで死んでしまったら、私、この国から鍛冶屋をなくしちゃうからね!」


 労いの言葉のつもりなのかもだけど、それ、僕ら親子の生活が……。


「……ありがとうございます。姫様。ただの鍛冶屋にそこまで仰ってくださるお方は……姫様だけですよ」


 心配する僕をよそに父さんは感謝の言葉を述べ頭を垂れる。


「そうやって貴方は謙遜するのね。私、まだよく知らなくて分からないけれど……貴方のことを知らない者はこの国にいないほどだった――とお母様から聞いていたわよ」

「そんな……皇王妃こうおうひ陛下から……いえ、私は、そんな人間ではありません。私は、ただのしがない鍛冶屋を継いだ息子、それ以上でも、それ以下でも……ないのですよ」


 サラの言葉に俯いてそんな気弱な言葉をこぼす。いつもの父さんは、こんな悲しそうな顔をしないのに……今日は、やっぱりちょっとオカシイ。


「まあ、いいわ。セドがそういうならそういうことにしてあげる」


 そう言って笑顔で父さんの気弱な言葉を流したサラは、まだ温かいスープを口に含む。


「でも……ユウが……そ、そうね……もう、仲は深まっているはずだもの……サラ、覚悟を決めなさい。ここで退いたらもう二度とはないかもしれない……うう、こんなことならもっといい服を着ておくべきだったわ……」


 金色の髪を後ろに流すために露出させた耳を少しだけ赤くしながらよく分からないことを言っているサラ。父さんもオカシイけどサラも変だ。


「……何をブツブツ言ってるんだろうね、サラ」


 父さんにそう耳打ちする。なんかサラ意識がここにないみたいだし……てか、食べるか喋るかどっちかにしたほうが……。


「はは。まあ、直に分かるだろう」


 心配している僕の気持ちなど知ってか知らずか、父さんは適当な返答。

 さすがにちょっとむくれる。ちょっと抗議しようと口を開きかけたとき――


「しっかり、護衛するんだぞ?」


 と口を閉じらされた。僕の頭をまた撫でながら凛々しい笑顔を向けられる。


「うん。僕じゃあサラは不安みたいだけど、精いっぱい頑張るよ」


 サラが不安に思うのも分かる。でも、僕も男だ。サラが持ってきて一緒に読んでくれる絵本には男は女の子を守るらしいし、頑張らないと。


「ああ、それでいい。近衛騎士団長として、命じるぞ」

「わか……ううん。ご命令、承知しました」


 まだ得体の知れない近衛騎士団長から命じられたため、とりあえず敬礼と兵士の真似をしてみる。成り行きで綺麗な水のもとへ案内することになってしまった。早速、任じられたお役目を果たさねばいけないらしい。


 皇女サラの護衛、力がない僕に務まるか分からないけど精いっぱいやり切ろう。


 しがない鍛冶屋の夜は更けていくのだった。

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