第3話 お姫様と鍛冶屋の元剣士

 今日二回目の競争、かけっこが開幕し、長いとも一瞬とも言える時間が僕らを包んでいた。駆ける足の感覚もなくなってきて、息が上がりそうになるも――ついに見えた。


 鍛冶屋【守り人の羽休め】


 僕の家であり、ここら辺でも珍しい鍛冶屋を営む田舎丸出しな建物。

 その木製部分が占める割合が高い鍛冶屋の商店部分、その入り口の上には自由の象徴、鳥の羽根を背景に剣と盾があしらわれた看板が立てられているだけで文字はない。

 そう、屋号はない。勝手に僕がそう呼んでいるだけだ。


 名もない鍛冶屋――それが僕の家なのだ。


「「ついた!」」


 二人して達成感が込められた大きな声で叫ぶ。

 勝敗は……同着。引き分けだ。いつもならもう一回というところだが、今日はもういいことにしよう……そもそも二回目だしね。


 僕と同じことを思ったのか、サラも満足げな笑顔を見せている。

 それに笑い返すとなんか少し赤くなっている。走ったし、それはお互い様かな?


「……おお、ユウ遅かったな、次からはもっと早く帰って……な!?」


 そんなことを思っていると、僕らの声を聞いたからか鍛冶場から仕事服姿の父さんが歩いて出てきて、驚愕している。


 ――あ、まずい!


 さっきまでの心地よい疲労感は何処へやら、頭の中がそれでいっぱいになる。


「こ、こここ皇女殿下っ! こ、こ、この様な辺境の僻地に行幸されていらっしゃるとは私め、つ、露知らず! この様な身なりで謁見の場に……ご無礼を、なにと、何卒っ!」


 まるで風見鶏の元となった鳥の鳴き声のように「こ」を言いまくり慌てふためく父さんはいつものキリッとした雰囲気とはまるで違う。ちょっと、オカシイ。


「もう……セド。そんなに慌てることないでしょ? 今はただの田舎娘よ」


 サラはいたずらっ娘の笑みを向けつつ遊んで汚れた洋服を父さんに見せつける。


「し、しかし……もう、皇女戴冠たいかんの儀も近いというのに……」


 ――皇女戴冠の儀――

 それは齢十に達した皇室、王族の女子が皇女の証たる杖と小冠ティアラ皇王こうおうから授与される式。


 皇女となる式だ。僕も詳しくは知らないのだが、ハイリタ聖皇国全土でこの話題が持ち切りだそうだ。確か、今年中にはあると発表があったな。


「……そうね。でも、貴方達との関係は変わらないわ。きっとね」


 叱られた田舎娘のように俯いてそんな慈悲深いことを言ってくれる。皇女となる大事な式が控えるサラの心情を考えれば、その思いだけでも嬉しいな。


 そんなサラを前にした父さんは「皇女殿下……」と涙を滲ませながら締りのない笑みを返している。我が父ながら、キモチワルイ。

 キモチワルイ笑みを向けられたサラは、ここぞとばかりににやりとほくそ笑む。それを見て僕は悪い予感がしてならない。うう、お腹が痛くなってきた。サラは咳払いをして、


「元騎士団の剣士、セドリック・クロスフォード。私は田舎娘のサラ。これはよ」


 父さんの正式な名前を呼び、小さな胸に手を当てて勅命をお命じになられた。


勅命ちょくめいならば致し方仕方ありませんな……分かりました。今日だけですぞ、姫様」


 先程の言葉に感銘しきった父さんに勅命はすんなりと受け入れられた。

 う、サラの目が笑ってる。これは……まずいぞ……。


「よろしい。じゃあ、今日はここで泊まりたいのだけど、いいかしら?」


 僕の予感は的中し、とんでもないことを言いだした。


「そ、そんな……なりません! 護衛も付けずこの様な場所で皇女が寝泊まりなど――」

「勅命」

「しかし、しかしですな!」


 勅命の一言で封じられそうな父さんが精いっぱいの抵抗に小さな可愛い腕を組み考えるサラ。この神妙なやりとりを聞く僕は傍観の構えだ。しばし、沈黙が流れ――


「そうね……あ、でも護衛ならいるわ」


 と勅命で押し切る方向から転換し、父さんが出した条件に沿う形に持っていく。


「な――それなら早く仰っていただければいいのに……姫様もお人が悪い……」


 サラの言葉に胸を撫でおろす父さん。護衛か……でも、そんな人いたっけ……?


「今、この限りを以て、汝を近衛このえ騎士団長に任命する――セドリック・クロスフォード」


「……は?」


 胸に手を当て、父さんに正対したサラから放たれた言葉に「は」と「ほ」の間、「は」に辛うじて近い間抜けな感嘆が父さんからこぼれた。


 近衛騎士団長……? 何だろうそれ……。


「並びに、汝を傍付そばつき係に任ずる――ユウト・クロスフォード」


「……へ?」


 傍観ぼうかんを決め込んでいた僕に、父さんと同じ要領でそう言われた。


 傍付き係……? それは一体……?


 いまいち合点がいかない僕は顎に手を当て思案するが……知らないものはいくら捻っても答えが出て来るはずもなく不明なままだ。そんな僕に答えを教えるように――


「護衛は――貴方達よ」


 と一言、サラが胸を張って言い放つ。それに僕と父さんはサラとお互いを交互に見やり……やっと状況が飲み込めた。


「「ええええええええええー!」」


 いつも静かな鍛冶屋に親子の大きな声が合わさり広がる。


「わ、私めはもう引退した身であり、名誉であれど、とても近衛騎士団長など務まるものでは……!」


 と慌てふためく父さんとまだどうしていいか分からない僕は驚くばかりだ。

 そんな父さんを見て「もう……勅命……」と呆れて頭を押さえていたサラだったが「て、田舎娘が勅命なんておかしいわね……まあ、いっか」と自分で納得していた。


「とにかく、そういうことだから、お願いね? 鍛冶屋さん」


 突如降って湧いたお役目に大慌てな鍛冶屋の親子に対して、満面の笑顔でそう言う皇女サラは心底幸せそうだった。

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