第五回
梅雨の或る日、姫子が傘を借りに小使い室に行くと行列ができていた。そこに一足先に電話で迎えを頼んでいたユリ子から一緒に自動車で帰ろうと誘われる。
◯女学校・小使い室前・放課後
「――でも、お姉さまのお家と私の下宿先とは方角が違いますから……」
「いいのよそんなこと気にしなくても。自動車ならすぐなんだから」
「それはそうなんでしょうけれど、その、申し訳ないですから」
「何が申し訳ないのよ。もうッ、仕様のない
「はあ、それでしたらご一緒させていただきます」
「もうッ、逐一お固いのね姫子は。何が『いただきます』なのかしら。(何かを不満そうに)『ご一緒』ですって」
「お姉さまは私より上級ですし、上級の方は敬うものですから」
「そうじゃァないのよ姫子。私達は御友達でしょう。違って?」
「『親しき仲にも礼儀あり』と申しますし」
「存分強情の女だわ姫子ったら。(ソッポを向くように眼前を向きながら)意外ね」
*
「あの、お姉さま。怒ってしまわれたのでしたなら謝りますから」
「マァ、わからず屋にはこうよッ!」
「(突然抱き付かれて悲鳴をあげる姫子)」
「私が姫子と一緒に帰りたいと言っているでしょッ(ワシワシする)」
「(逃げるように)言ってません、そんなことッ」
「(逃さぬように)あら、そうだったかしら」
「(姫子にしては堪らず声を荒げ)一言も」
「なら、ご一緒して頂戴姫子。私、姫子と一緒に帰りたいのよ」
「良くわかりましたから、もう堪忍して下さい。お姉さま」
「(満足そうに)宜しい。許しましょう」
◯同・校門前・同
迎えが来る。運転手が用意した一つの傘を二人で一緒に入り自動車が停めてある校門前へ歩きはじめる。
「先程のようなことは止して下さい。お姉さま」
「いいじゃないの。学生に飛び付いたじゃあるまいし」
「それも止して下さい。けれど、女学生でも止して下さいね」
「ケチね」
「(諭すように)止してくださいましね。お姉さま。もうご一緒しませんよ」
「(慌てて)殺生だわ姫子。ご免して!」
*
自動車が停めてある所までたどり着いたユリ子は運転手が開いた
「(俯きながら)……恥ずかしいですから止して下さい」
「茶目じゃないの」
*
姫子の下宿へと向かって走り出した自動車から『西洋舶来雑貨』と高らかに記された店を見つけたユリ子。
「――ねえ姫子。(思い付いた様に)あれ、入ってみましょうよ――(運転席の方に向かって)停めて頂戴」
「何か御用ですか。お姉さま」
(自動車止まる)
「違うわ。覗くだけよ」
「御用もないのに入ってはお店の方もご迷惑ですよ」
「良いじゃない固いことナシよ」
「(少し困ったように)
「そうだわ。(手をポンと合わせて)こうしましょう。
「(諦める様に)もう……」
たったひとつの冴えたやり方 黄昏 @tasogare3710
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