鍍金の下は<6>

「あはははっ、もーっ、はははっ」


 青き国王家のプライベートビーチ。木と木の間、縄で吊るすような形でしつらえられた大きな寝具――ハンモックに寝転んだ二人の姫の笑い声が響いていた。


「そんな笑うけど、本当に大変だったんだよ……」


 番子はトロピカルジュースを一口飲むと、付け加えた。


「ソラトはソラトで、はいっ!! なんて場違いにいい返事して、大はしゃぎで本気で海に不審魚を見つけに行っちゃおうとするし……。ケガはもういいみたいだよ。まったく……」

「えええっ! あはははっ。不審魚ってなに! ソラトくんって、ほんと単純っ……☆ でも、ハル王子の嫉妬深さにも、困ったものねぇ。もーっ」


 だいたい、不審な魚って一体……。ユカリコ姫は涙をこらえながらまだ笑い転げていて、ぐらぐらとハンモックが揺れる。薄手のワンピースを紐で両肩から吊っているというだけの軽装も相まって、素肌を見慣れぬ光の国の民が見たら卒倒してしまうかもしれない。まあ今ここには番子とユカリコ姫しかいないため気にする必要はないが。


「あーあっ。笑った笑った。でも、これなら安心したわっ。退屈してるかと思ったら、全然そうでもないのね★」

「ソラトはもう、ここには呼ばない……」


 番子は裸足をばたつかせながら、げんなりして吸いさしを噛んだ。


「で?」

「はい?」


 ユカリコ姫の顔がにっこり近い。まだ話は終わりじゃないでしょ? という顔だ。


「それで、ばんこちゃんはソラトくんになんて説明したわけ」

「えっと……それは」

「だってこれってー」


 ユカリコ姫はすうっと深く息を吸うと、


「ばんこちゃんにようやく一人の男として見てもらえた哀れなハル王子が、健気にも今まで十何年間もしつこくしつこ~~く思い続けてた分も合わせて、片思いの相手にナントカ自分を好きになってもらえるよう熱烈にアピールをするラストチャンスのお見合い合宿なんでしょっ☆」

「まあ……」


 まくしたてた。どうやらそうなるらしい。それにしても、ハル王子のことを褒めているのかけなしているのか。はたまた呆れているのか。


「あーあっ。ソラトくんはどう思ったのかしらね~。うふふっ。だってまさか相手が、隣国の王子様だなんてね~」


 しかし、そんな含みのある言い方で「ソラトくんに」どう説明するかとか、どう思われたのかなんて聞かれても……。


「いや、だってソラトはただの幼なじみ……だし?」



「こちらからは光の国となります。通行証をお見せください」

「はいよ」

「ソラト様。どうぞお通り下さい」


 返された証明書を鞄にしまいながら、国と国を隔てる柵の中へ。ソラトは光の国に帰国した。ここから、一人城まで歩かなくてはならない。ひと山越えるぐらい、療養中とはいえ激しい訓練に耐えてきたソラトにとってなんの苦でもなかった。


 しかし。


(番子のやつ、ハル王子と住んでるってどーゆことだよお……?)


 踏みしめる落ち葉の音が、いやに山に響く。邪魔をするように、勝手にあの光景がよみがえってくる。ハル王子のきらめく冠。その横で微笑みながらパンをこねている番子……。助走をつけて勢いよく小石を蹴り飛ばす。


「~~~っ!」


 ――と思ったらそれは地面に埋まっている大石の先で、ソラトは治りかけの切り傷にびんびんと響くのを悶絶する羽目になった。


 三角屋根の城の光る、光の国王城に到着する。


「た~だいま~」


 城庭の門を開けるソラトに、訓練中の外衛の仲間が手を止め、わっと集まってきた。


「おまえ、青き国の次期王妃んとこ行ってきたんだろ……?」

「どうだった? あの噂は本当なのか?」

「あの子なんだろう? ソラトとよく昼食取ってた、あのヒラメの子」

「あーうっせ、うっせ! うっせーぞーおまえらー!」


 慌てて振り払おうとするソラトに、


「あー、こいつ、妬けてやんの」

「まあでも、しゃーなしだな~。相手はあの王子だからな~」


 外衛兵たちは皆、同情するような目を向けていた。


「はあ……っ!? 誰が、……誰に」


 ふつふつと湧き上がってくる怒りを必死でこらえる。


「まあ……いいけどな……もうすぐ今年の『光鳩勲章』だって決まるだろ。そしたら俺様だって、並んでやらぁ。少なくとも、一番って意味では……」


 ぶつぶつぶつぶつとつぶやくソラトに、


「はあ? ソラトお前、なに言ってんの?」


 外衛の仲間が、訝しがるように首をかしげる。ソラトは藁にもすがる思いで尋ねた。


「なあ! やっぱ王子と結婚するってのは、光鳩勲章とるよりもすげーことなのか?」


 外衛たちは突然の質問に顔を見合わせつつ、


「いや、うーん。どうなんだろう……。外衛出身で光鳩勲章となればすごいと思うけど、平民で王子様と結婚するというのもなかなかそうは……」

「なんだとっっ! 二つの国の人口の半分が王子を狙っていたとして、ええと何分の一だ? あっ、これは勝ち目がなさそうだな。んーでも、俺なんて最年少記録も打ち立てるつもりだし……そんなら、俺のほうがすげーな! 外衛から最年少で勲章だもんな俺の方がすげーよな!!」


 興奮気味に息を荒げるソラトだが、いまいち噛み合わない。


「おまえさあ……一つ聞くけど」


 外衛仲間のうちの一人が、その場にいた全員の気持ちを代弁して尋ねた。


「一体、どこに嫉妬してんの……?」


 ソラトはその質問自体に丸い瞳をくりっとさせ、首をかしげた。


「は? 番子が俺よりも出世しちまうかもしれないところに決まってんだろ!?」


 そして、騎士にこんな恥ずかしいこと言わせんなよ……と、逆立てた髪をくしゃっと手でつかみ、赤くなった顔を隠すソラトに、


「……この勲章バカ!!」


 その場にいた全員の声がぴったり揃った。

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