第6章 尊き日々
尊き日々<1>
遠い記憶だ。
「はんなこよ、おまえは誇り高き王家の娘だ」
「はい。父様」
でももっとも鮮烈に頭に残っている。
「先代のプリンセスナイトを知っておるな」
「はい」
幸せだった日々は、終わりを迎えた。
「彼女は立派だった。自らの役目を知り、誇り高き黒子に徹した。おかげで我が国の文化は栄え、武力は強化され、豊潤な作物を持つ青き国とも対等な関係を築けている」
「はい」
「プリンセスナイトは、その成果を、誰に誇示することができないとしてもだ」
「はい……」
泣きそうだった。
「おまえの体内には、王族の血が脈々と受け継がれておる」
「……はい……」
「王家の一員であることを忘れずにな」
「…………ぃ……」
ずるいよ……。
だったら、ここにおいてよ……。
「王家の人間は気高く、強くあらねばならない。涙を見せるな」
どうして私だけ……。
こぼれた涙は、目を覆い隠したドレスグローブに吸われていく。すすり泣きは、すぐに嗚咽に変わった。
最初から分かっていたことだった。
それでも、あふれ出る涙を止めることは、もうできなかった。
「いやです、父様! ……ああ……、いやですっ!! 離れるのは、いやああああああ」
そうするしかできないような慟哭へと変わるのに、時間はかからなかった。
私は、ずっとはこの城にはいられない。そんなの、何度も言われ続けてきたことだったのに。
光の国王家直系の第一子は、特殊な力を持つ。
国の呪い――ある日突然湧いて出るように現れる黒入道と、その影を、浄化する能力。通称〝プリンセスナイト〟の力。
王之はんなこ――彼女は、国王とその妃の間に生まれた、長女だった。
彼女の生命が王妃の中に宿った瞬間からもう、運命づけられていたのは、七歳になったら親元から離れて里親へ預けられ、王族の血が流れていることを胸の内に封印し、有事の際は正体を隠してプリンセスナイトとして出動するという使命だった。
プリンセスナイトの特殊能力は、王家直系の第一子が生存する限りにおいて、第二子以降に宿ることはない。それは、王族の血の特殊の一つであった。だから王家は必ず子を二人以上生み、公開するのは後の子だけ。それも、上の子が七歳になって里親に預けられるまでは、外にも出さない。
プリンセスナイトとして下界に出された第一子――番子ことはんなこは、王家からの経済支援は不足なくあるが、王の娘として城へと帰ることは二度と許されなくなる。しかし生まれてからの七年間で、自分はそれでも王家の一員として国を守るという使命を担っている自覚を植え付けさせられる。王家の血と、王家の自覚。この二つが、プリンセスナイトの条件だ。
はんなこが七歳を迎え、預けられたのは西のはずれにある小さな農村の一軒家に住む老夫婦の家だった。家の造りは古いが、王家から遣わされた使用人が維持管理を徹底し、蜘蛛の巣の類などは一切ない一軒家の住居――隠された王家の離宮だった。隠れ家であるため、見た目には普通の家と変わらない。
「おうの、はんなこです。よろしくおねがいします」
心細い気持ちをねじふせ、この、自分の新しい家族となる老夫婦にできるだけ気に入られたいと思い、玄関先、大きな声と笑顔であいさつしたことを、番子――はんなこは今でも覚えている。
「はいはい。はんなこさま。薪之、カヤですよ」
戸口に控え目に立つおばあさんはにっこりと笑って、しわくちゃの顔にさらにしわを増やし、
「わたしは、薪之たかしという。……自分の家だと思って、のんびりしなさい」
おじいさんもゆっくりと頷き、身を少し引いて、はんなこを家に招き入れてくれた。表情はもともと変わらない人なのだろうか。ぶっきらぼうな人が笑うような、その言葉には柔らかい親切心が混じっているように感じた。
当時細かいことは説明されてもよくわからなかったが、この人たちははんなこの遠い親戚にあたる人らしい。
居間に通されたり、お風呂場やトイレの位置を聞いたりしながら、はんなこはたくさんのことを話しかけられた。
「でも、そのままの服じゃあ、まずいねえ……」
真っ白なフレアスカートのワンピース。できるだけ装飾の少ない、地味なものを選んだつもりだったが、あまりに白く輝いているので逆に目立ったらしい。
「あとで買い物に行こうね」
おばあさんは、できるだけ安心させようとするかのように、はんなこの頭を撫でた。
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