縋る思い<3>
「これから数時間の間、ここ一帯は嵐になります! 王都の住民のみなさんは、ご自宅の扉をきっちり閉めて、外に出ないようにしてくださーい!」
番子は羽ステッキに乗って、必死に、黒入道に慣れない王都住民に呼び掛けていた。なるべく家々の間を通り、一人一人にしっかり声が届くように。
そのうち、番子が知らせて回った通りに、王都の上一体に暗雲が立ち込めてきた。
そしてザーっと、バケツをひっくり返したような土砂降りと、強風。その雨風は、王都、そして燃え盛っていた王城をも覆い洗う。
番子が城を仰ぎ見ると、今まさに消火されているように、細い煙が天へと上っていくのが見えた。
「ふう……」
この時点で、王城消火作戦は成功したといえた。だが問題はそのあとである。
番子は鳥のように飛翔し、王城を一周して火が完全に立ち消えたのを確認すると、そのまま高く上がり、黒い雲を突き抜けた。
どんなに嵐を起こす真っ黒い雲の上でも、雲の上は太陽しかない青く美しい空である。番子は、雨にぬれにぬれた自分のドレスが、一瞬でも乾燥した空気と日に干され、すうっと乾いていく感じがした。
「さあ、いっ――く、よ――っ!」
王都の上の空を縁取るかのように覆い隠した、もくもくとした黒入道。番子は助走をつけるようにさらに上に飛翔すると、羽ステッキから飛び降りて振り構え、そして――
「はあああああああっ!」
真っ直ぐに落下し、一刀両断。
開幕のごとく、厚い雲が真っ二つに分かれる。
城の上から攻め入る黒影。
戦闘開始である。
類を見ない、膨大な数の黒影を相手どった慣れぬ王城での戦闘は、やはり大混戦を極めた。
プリンセスナイトは羽ステッキにまたがって飛び回りながら、外から城を守る守護精のように影を浄化し続ける。それを横目に、城の中では近衛の剣士たちが、城の外を守る外衛兵やプリンセスナイトの防戦をすり抜けて侵入に成功した黒影と、剣を戦わせていた。
上へ上げるな!
王家を守れ!
これまでにひたすら培ってきた力を発揮するかのように、近衛兵は剣を振るった。技能を積むだけ積んだものの、王家に付いて回るばかりで実戦経験の少ない彼らは、興奮の最中にいた。
自分の身に付けた技術が実戦でしっかり役に立つ手応えを確かめるように、時には、必要以上に強い攻撃を惜しげもなく仕掛ける。
ソラトは生気に満ちたその戦場を、至極冷静に見ていた。そうやって、戦いながら自信を付けるのは別にいいと思っていた。
だが黒影戦は持久戦だ。黒影一体一体はさほど強くはないものの、束になってかかってくる。いわば雑魚狩り。
だから、習得が難しいような高度な技をたくさん繰り出すことより、単純動作でいいから、どれだけ体力を消耗せず、傷を負わず、より多くの影を消すことができるかが重要だ。
「近衛の援護を!」という名目でここへ派遣される際に、外衛騎士団長にそっと耳打ちされたことを思い出す。
「近衛は自分たちのことを、王家最後の砦だと言っている。だがわたしに言わせればあんなものは綺麗な飾り服だ。かすり傷を防ぐ程度。なんの防具にもならんだろう。いいか、おまえはその上を覆う、王家の鉄の鎧になってこい」
王家の鉄の鎧になれ。
近衛の援護とは名ばかりに、近衛に代わって王家を守れという
ユカリコ姫の前に立ち、抜身の剣を構えるリキヤと視線がぶつかる。こいつは、ユカリコ姫の専属騎士だ。
「あっ」
油断した近衛兵がソラトもかばいきれない位置で立て続けに二人ヘマをし、黒影が一匹すり抜けてユカリコ姫の前に躍り出た。だが、前に立ちはだかるリキヤが鋭い反応速度で二度はじくようにして、一瞬にして消し飛ばした。生まれてから今までの間、小さいころからずっと鍛錬に鍛錬を重ねたことを伺い知れるほどの、圧倒的な重量感。ソラトもはっとのまれるほどの太刀筋だった。
「リキヤ様!」
こいつだけは――
「もしも――万一、一匹でもすり抜けたときは、お任せします」
――おそらく、雨風を凌ぐ合羽程度にはなるだろう。
あそこまで力がありながら、リキヤはもうすでに、ソラトが自分より実力があることを認識している。
よりユカリコ姫が安全に守られるように、と、それだけを考えてあえて後ろに引っ込んでいるように感じた。
むやみに熱くなりがちなこの場において、その冷静さを保っているだけで、もう十分戦力になるとソラトは思った。
自分の後ろ――王家の前にはリキヤがいると思うと、多少の見逃しは構わなくなる。
ひたすら、思う存分、黒影撃退数を稼ぐことができる。何も恐れず、多少傷を負ってもいちいち止まってはいけない。
自分なら、たとえ両腕失ってでも、体当たりでも十分勝てると信じて突き抜けること。
それだけで、十分に蹴散らせる。心を澄まして意志を鋼のように強く持て。這いずり回って足を薙ぎ払ってでも、倒せ。単純化。思い込むのだ。自分は今、ただここを一掃するためだけにいる、と。
黒影が剣をきらめかせる。ソラトの前で踊るように剣を振っていた近衛兵が、避けきれず小さく息をのんだ。
「大丈夫ですか!」
間一髪で、ソラトが剣を入れて代わりに受け切る。
「うっ――、少し、下がるぞ……」
彼だけではない。力を使いすぎた近衛兵たちが、無限にも思える黒影を前にへばってきている。
これだから温室育ちは……
ソラトはいよいよ自分の番だというように、剣を構えた。
(ったく……実戦ってのはぁ、こうやるんだ! しっかり見学しとけよ!!)
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