縋る思い<2>

「トト、近衛兵は!? 近衛兵に出動してもらおうよ!」


 脳裏に、ユカリコ姫の護衛――深夜の寒空の下で身動きもせず待っていた近衛兵のリキヤが思い起こされた。あのソラトが敵対視していた、エリート集団の、近衛。


 しかし、トトは告げる。


「近衛兵は、ただいま緊急に、王城防衛態勢を取っています!」

「そっか……」


 守るにも、優先順位がある。万一にも王城へ黒影が行くような事態に備えて、警戒しておかねばならない。


 黒入道の進みは止まらない。だが今ここで雲を散らしても、住民を守る騎士がいない。王都は守れても、街は大惨事を避けられなくなる。黒影を巻き散らかせながらでも、王都に入れさせないことが先決――? そんな考えがよぎったが、首を振って打ち消した。ありえない。街を犠牲に、王都を守るなんてそんなこと……それじゃあまるで――。


 二体目の黒入道は、もくもく、もくもくと、街を嵐に陥れてはこちらに向かっている。このままではどのみちやられるだけだ。


 ――ヤケにならず、考えるのよ――!


「はな様!」


 そのとき、トトが番子の目の前に回り込むようにして飛んできて知らせた。


「どうしたの?」

「王城が、火事です!!」


 えっ?


 反射的に番子が振り返ると、王城から真っ黒な煙が出ていた。まるで黒入道と見まがうほどの、もくもくとした黒煙。


 火事!?


 大まかな原因は察しがついた。城庭はもはや、戦場と化している。基本的に黒入道の直下は、雨嵐の渦中になるため、これまで黒入道の影響で火災はほとんど発生したことがなかったが、今日のように黒影が暴れて城へと移動したとなれば、そこに水気はない。昼間から灯していたシャンデリアの火が、城内が混乱状態になった際になにかに燃え移るなんてことは、十分にあり得る。黒入道や黒影に慣れない王都や城ならばなおさらだ。


 しかも悪いことに、出火元は上の方の階らしい。王族は、上層部にいる。外が危険と騒がれていたのだ。外に避難しているはずもない。


 火を消さないと――っ! 水を――


 そこまで考えた時だった。水。水ならあるじゃないか。


「そうだ! 黒入道を王都――城の上に呼ぼう!?」


 番子の発案に、トトは羽をはばたかせて驚愕した。


「しかし、そんなことをしたら!?」

「だって、このままだと、城が焼けちゃうんだもん。嵐でも何でも、来てもらうしかないじゃん。それに……」


 まずは黒入道を呼び寄せ、消火を図る。そして城の上で雲を散らして黒影を出す。たった今土壇場で、番子が思いついた作戦だった。そしてこれは、同時に街を守ることにもつながる。雲を一か所にまとめて崩し、外衛と近衛で狙い撃ち。城の外は外衛に、中は近衛に。ある意味、王城を囮にするというという大きな危険性も伴うが――。


「外衛騎士団長にそう伝えて! 黒入道を城の上におびき寄せてから、一気に片付ける。軍を城中にまとめてもらうように!」


 トトに命令し、自分はいつでも雲を散らすことのできる位置まで飛び上がる。共に意を決してくれたトトは、城に背を向けて前にまっすぐすいーっと進んだかと思えば、宙で身をそらすようにしてひるがえし、方向転換。城のふもとへと一直線に駆け抜けた。


 高級な住宅の立ち並ぶ王都の、最奥。王城。使い古された鎧を着た外衛の剣士たちが、なんとしてでも黒影を食い止めようと総動員され、突破された城門の内側、城庭で剣を振って戦っていた。その集団の中心部、叫び続け、指示を飛ばしている人間。


「団長どのー!」

「おまえは――プリンセスナイトの、伝書鳩――!」


 金属音を響かせながら額当てを上げ、顔を出したのは外衛騎士団長だった。


「はい! はな様から……プリンセスナイトからの伝達をお預かりしております!」

「なんだ」


 団長は近寄ってきた黒影を、忌々しいもやを払うようにして一薙ぎしながら尋ねる。黒影はどこからか調達してきた武具と悲鳴を残して、消え去る。


「城は、出火しているとのことです!」

「やはりそうか……」


 団長は顔をしかめた。剣士たちの間をすりぬけて城へと侵入しようとする黒影をきちんと仕留めながら、城を仰ぎ見る。さっきから、煙のにおいがしていた。城が出火していると見るのが普通だろう。


「そこでプリンセスナイトより――黒入道を城の上におびき寄せ、大雨で消火ののち、一気に黒影を片付けたい。外衛と近衛、すべての軍を城の周りにまとめてもらいたいとのことでございます!」

「なんだと……。いや、たしかにそれは妙案だな。かなり危険が伴うが……しかし、そうだな……」


 黒入道、そして黒影の前に、王家を危険にさらすことになってしまう。だが、城で火災が発生し、城外に逃がすこともままならぬ今、


「……やるしかあるまい」


 外衛騎士団長は腹を決め、頷いた。あとは、どこに誰を配置するのか。本来なら王族の付近を守る近衛を城内の警備としてあてにするべきだろう。


 しかし、温室育ちが実戦――しかも黒影戦で、どこまでやれるのか。


 自分は、ここで指揮をとらねばならない。


 やはり他に、王族を直接お守りするだけの技量をもった外衛の騎士を、ここから出すしかないだろう。


 団長があたりを見回すと、その強さが嫌でも目立つ彼は、どこにいるかすぐにわかった。


 眼前をぐるりととり囲む黒影を、体中に血気をみなぎらせて興奮状態に置き、反対に信じられぬほど丁寧に素早く蹴散らし、すぐに近場の人間の援護に回る。


 そしていつのまにかその中心にとってかわり、またその身を黒影に狙わせては、殲滅をくりかえす。


 外衛騎士団長は、彼が大部分を片した時を見計らって、


「ソラト!」


 その名を呼びつけた。

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