第8話 限界突破

「【限界突破ブレイクスルー】?」


 脳の機能がある程度回復し、正常な思考が可能になった俺に告げられたのは、【限界突破】という能力だった。


『はい。私が今ソッコーで名付けました。簡単に言うと、脳のリミッターを外すことができます』

「リミッターを外す……」


 聞いたことがある、というか調べたことがある。中二病の頃に腐るほどインターネットで検索していたのだ。

 確か、人間の脳は自分の体を守るために制限を掛けていて、普段人間は本来の能力の1%しか使用できないとか。使えない方の力は潜在能力と言われている。


「それを外せるということは、6ケタ掛け6ケタの暗算がスラッとできて、石を投げるだけで音速を超えたりするってこと?」

『まあ、できなくはないです。体が耐えることができればの話ですが。自分の体を守るために掛けていた安全装置を外すのですから、かなり危険な能力なのです』

「使い方によりけり、てことか」


 人間を超えた力——いや、本来の力と言うべきか——を引き出す。そんな能力が俺にあっただなんて、到底信じられない話だった。


『百聞は一見にしかず。騙されたと思ってやってみてはどうでしょう。まだこの地下道は先がありそうですし』

「そうだな。休憩終了っと」


 腹も減ってきたし、脱出にあまり長い時間をかけてはいられない。

 俺はコクリと頷き、腰を上げた。再び薄明かりが照らす地下道を歩く。


 発動と言われても、発動の仕方がわからない。


「ふぅんっ!!」


 取り敢えず、体全体に力を込めてみた。歯を食いしばり、手を握る力と同じ力で開き、足を跳ぶ力と同じ力で踏みしめる。イメージするのはスーパーサ○ヤ人への変身。

 全身運動によって目が血走り、血管が浮き上がり、筋肉が縮んで太くなる。

 だが、それは普通の人と同程度の力止まりであり、結局は力んだことによって屁が出そうになっただけだった。


「ダメだな……」


 これ、能力を発動させるまででも時間がかかりそうだな。発動条件を知らないことがまず致命的なのだ。


「グレイシアはわからないの?」

『すみません……ですが、能力を覚醒している以上、一度は発動しているはずなんです。何か、心当たりはありませんか? この能力では……そうですね、例えば体が急に軽くなったりしたとか』


 体が軽くなる。そんなことは——一度だけあった。

 つい先日のことじゃないか。俺が始めて人を殺したときだ。あのときは体に異常に力が入って、蹴りの威力や走る速度が目に見えて上がっていた。

 あのときの感覚を思い出せ。一体何があった? 何が起こった?


「そうだ……脳全体に衝撃が走って……脳が弾ける感覚だった」

『それをイメージしてみては?』


 脳が弾ける。己を縛っていたものが弾け飛び、突然自由になるイメージで意識を——


「——お? おおおっ!?」


 脳がプチんという音を立てだと同時に体から重みが消え、体の奥底から力が溢れ出してくる。

 試しに垂直跳びをしてみた。すると、3メートル以上ある洞窟の天井に、肘が曲がる程余裕で両手がついた。

 幅跳びをすれば7メートル跳び、走れば50メートル走4秒くらいのペースになっている。

 夢なのではないかと頬をつねると痛かった。痛すぎた。今までの何倍もの激痛だったのだ。これも、脳のリミッターが外れた影響なのだろうか。

 しばらく痛みに悶えたが、夢ではないことはこれでもかという程に証明された。


「うおおお、すげえ! これ夢じゃないんだよな!? 特殊能力って本当にあったんだ! これならデスゲームなんて楽勝——」

『落ち着いてください。油断しているとすぐ死んでしまいますよ? あと先程言った通り、この能力は自らにダメージを受けてしまいます。体が壊れないギリギリの範囲を制御してください』

「——はい。すみません」


 興奮故に調子に乗り始めた俺に、グレイシアが釘を刺した。シュンと項垂れる俺。

 反射的に誤ってしまったが、どうして俺がペコペコしているのだろう。いやまあ、俺に落ち度があるのはわかってるけど、一応立場はマスターなんだぞ?

 俺という人間の気の小ささが露呈した瞬間であった。


 それはともかく、この【限界突破】のことだ。使うなら少しずつ、自分の体と相談しながらということか。

 どうせしばらくは歩き詰めなんだ。帰りがてら、安全な地下道で感覚を掴む練習をしよう。

 前方を見れば、薄明かりが付いているのにやけに暗い道が谷底の深淵の如く、ずっと続いている。


(そういえば、この地下道俺ら以外に人居ないよな? 何で灯りついてんだろ。まさか常夜灯?)


 そんな当たり前の疑問が頭をよぎったはずだったのだが、ふとした時には既に頭から消えていた。


 結局、俺達が遺跡地下から続く地下道を脱出できたのは、もう太陽が西に沈む頃だった。


 ♢♢♢


「こんなところに繋がってたのか……」


 地下道から抜けた俺達を出迎えたのは、夕日に焼かれて赤く燃え上がった大海原だった。

 洞窟の薄暗さに慣れた目に一層濃く映る夕日は、ここまでの長い道のりを制覇した俺を祝福するようだった。


 コンパスを確認すると、どうやらここは島の西の端にある海岸沿いであることがわかった。

 俺が通った道の反対を行けば、島の東に出れるのだろう。


 ここの入り口は海水に侵食されており、岩壁には貝類が群生している。巨岩が正面から隠す穴から、急な岩肌をロッククライミングしながら登り降りしないと行けない為、出入りが大変難しくなっていた。


「道理で、今まで発見されなかったわけだ」


 偶々発見できたこの地下道だが、誰かに報告したくは無かった。俺とグレイシアだけが知っているということに、少し優越感を感じたからだ。

 秘密の地下道。うん、良い響きじゃないか。


『でも、私を封印した人は——』

「やかましい!」


 全く、折角の良い気分に水を差さないでほしいものだ。


 少し海岸を歩くと河口が見えたので、そこから川を遡って帰ることにした。

 運良くその川は2日目に見つけた川だったので、そこからは前回と同じようにコンパス頼りで拠点へと戻った。


「長く苦しい旅だった……」

『お疲れ様です、マスター』


 ようやく布団で寝ることができると、そう思っていた。

 だが、現実はそう簡単には行かないらしい。


「あれ?」


 拠点である洞穴の前に到着した。そこで俺は違和感に気づいた。


(蓋が閉まってない……?)


 洞穴の入り口を隠すためにしている葉っぱの蓋が無かった。俺の記憶が間違っている可能性もあるが、俺の中では確かに出かける前に蓋を閉めておいたのだ。

 風で飛ばされたのでもなければ——中に何者かがいる。


 マズイな。今の俺には武器と言えるものがナイフしかない。銃やブレード、アタッシュケース君は洞穴の中に置きっ放しである。戦うのには心許無い装備だ。

 何者かを撃退するか、もうここを放棄して別の拠点を探すか。二つに一つだった。


『マスター、今から外に出歩くのは危険です。【限界突破】があるので、ここは撃退もしくは殺害を推奨します』


 もう夜の帳が下りる頃だ。グレイシアが言う通り、こんな時間に山を歩けば秒で遭難するのは目に見えている。

【限界突破】のコツは大体掴んだつもりだ。一度しか人と殺し合ったことがない対人素人の俺にどこまでできるかはわからないが……


「殺害はできるだけしたくないけど、そうは言ってられないか」


 叶泰、いっきまーす! と意気込みながら、気配を全力で殺してすすむ。チキン? いいや、違う。これはウチの飼い猫である双葉直伝の忍び足だ。

 ナイフを構え、見えた人影に向けて威嚇をする。確か、とにかく体を大きく見せて——


「覚悟しろ、空き巣め!」

「だ、誰!?」


 ビクッと震えた人影から発せられたのは、女の声だった。それも、どこかで聞き覚えのある声。


 「あ……もしかして、叶泰?」


 双葉直伝の威嚇の姿勢を崩さずに中にいた人間を注視した。そして、俺は目が飛び出るんじゃ無いかと心配するほど驚くことになった。


「綾華……なのか?」


 そこに居たのは、隣に住む幼馴染の真部綾華まなべあやかだった。

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その雪が落ちるとき 塩漬 @siozuke

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