声を取り戻した娘

彰浩あきひろがやってきた際、芽以めいがいなかったのは不幸中の幸いだった。

インターフォンで、彰浩だとわかると私は断る。


「芽以はあなたのせいで、こんなことになったんです。どういうおつもりですか?帰ってください」

「そうかもしれません。だからこそ、責任を執りたいのです」


彰浩は粘る。責任を執る?簡単な話ではない。自分に原因があるのに、おこがましいと思った。私はこぶしを握り締める。


「帰れ」

「お願いします」


彰浩は懇願する。私は玄関を一切開けなかった。

彰浩はずっと玄関の扉の前にいる。彰浩は諦めが悪く、再び、インターフォンを押す。


「しつこいぞ。警察呼ぶぞ」

「お願いです。どうしても、芽以さんに謝罪したい」

「だから、帰れ」

「お願いです」


彰浩は泣き始めた。私は近所迷惑になりかねないと思い、玄関を開ける。

彰浩は顔を上げた。


「金輪際、私たちに構わないでくれ。家にも来ないでくれ」

「ごめんなさい。僕が悪かったです」


彰浩は、家の玄関に入ってくるなり、土下座をした。私はそれを止めさせる。


「もう家に来ないでくれ。娘はお前のせいで」

「本当にごめんなさい」

「もう家に来るな。そして、娘にも私にも関わるな」


私は彰浩の胸倉を掴み、持ち上げた。彰浩は少しだけ怯える。私は睨みつけた。

彰浩は首を立てに振った。


「解ったか。じゃあ、もう帰れ」


私は彰浩の背中を押し、玄関から追い出した。その時だった。

左手に痛みを感じた。彰浩がナイフで私の左手を切りつけた。


「っくそ」

「あんたさえ、いなければ芽以は」


私はナイフで切りつけようとする彰浩の腕を掴む。狭い玄関でしばらく揉み合いになる。ナイフが私の脇に刺さりそうになったとき、玄関が開き、芽以が現れた。

私は叫ぶ。


「逃げろ。警察とマンションの大家を呼んできてくれ」


芽以は首を立てに振る。芽以に気づいた彰浩は、ニヤリと笑った。芽以を見る。



「芽以のことを思っているのは俺だけだよ。こいつはお前は十年も放っていた父親だぞ。お前は愛されていない。いらない子だ。俺しかいない」

「お前!」


私は彰浩の顔を思いっきり殴る。彰浩はその衝撃で、玄関の壁にぶつかった。私は倒れた彰浩から、ナイフを奪い取る。


「警察呼ぶからな」


殴られて、尻餅をついた彰浩は私を睨む。彰浩は口から血が出ていることに気づき、手の甲で拭った。私はスマートフォンを取り出し、電話を起動する。


「待てよ。解った。金輪際こんりんざい近づかない」


彰浩は言った。その目は真剣だった。私は彰浩の顔を見る。


「本当に約束するか?」

「ああ」

「絶対だな。じゃあ、帰れ」


私は彰浩を追い出した。芽以は震えていた。芽以は口を開けて、何かを言おうとしている。


「……来ないで。もう来ないで」


芽以は彰浩に向かって言った。彰浩は動揺を隠し切れない表情だった。

芽以は心の底から、彰浩を拒絶するようだった。少し、彰浩が憐れに思えた。

恐らく、彰浩は本当に芽以のことが好きだったのかもしれない。

だとしても、私は彰浩を許さない。

彰浩はがっくりと肩を落として、帰って行った。


このまま、逆切れして復讐してくるだろうかと一瞬思った。

けれど、あの様子からすると、復讐してくることはないだろう。そんな気がした。


それよりも、芽以の声が出たことがびっくりした。


「大丈夫か?」

「ううん」


芽以は小さな声で答えた。失声症が治ったのだ。奇跡が起こったのか。

さっきの出来事の衝撃で嬉しさが後からこみ上げた。


「良かったな、声出るじゃないか」

「うん。やっと出た」

「これで学校に行けるな」

「うん」


どうして治ったのか解らない。恐らく、失声症の原因になったものを克服したからなのだろう。私はこれからも芽以を守っていくと心に誓った。


声を取り戻した娘 (了)

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声を亡くした少女 深月珂冶 @kai_fukaduki

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