悪魔のような男
ある日の日曜日、私の家に月田豊の息子と名乗る若い男が来た。
その時、丁度、芽以は家に居なかった。
俺は月田に息子がいたことも知るはずもなかった。
月田の息子と名乗る
恐らくはモテる印象だ。
けれど、どことなく笑顔が張り付いた違和感を覚える。
表情の下にある残酷さが見えた。
「何故、うちに来たのですか?」
「芽以さんにどうしても会いたくて着ました。折角、兄弟として過ごしたから会いたくなってしまって」
彰浩は懇願した。私は彰浩を見る。
私と目が合うと、笑う。
「一緒に暮らしていたんですか?」
「そうですよ。芽以さんが来るまで待っていてもいいですか?」
「いいですけど、今更なぜ?由以子と月田さんが亡くなって半年以上も経っているのに」
「そうですよね。ただ、僕には兄弟がいなくて。芽以さんと過ごした日々が恋しくて」
私は芽以にそんな兄弟みたいな人がいたことが少し嬉しくなった。
「そうか。芽以をそんな風に慕っていたんだね」
「はい」
「じゃあ、来るまで待つといいよ」
私は彰浩を歓迎し、家に招き入れる。
居間に案内し、お茶を出した。
彰浩から芽以が月田の家に居たときの話を聞いた。
どうやら、楽しくやれていたようだ。
けれど、肝心な失声症の原因は解らなかった。
「僕も芽以さんが。失声症になったときは、本当にびっくりして」
「そうか。でも、今、だんだん良くなっている。君に会ったらまた改善するかもしれないね」
「僕に何か出来ることがあったら、何でも言ってください」
「頼もしい」
彰浩は爽やかな好青年だった。
私は最初に感じた違和感を、気のせいだと思い直した。
しばらくすると、芽以が帰ってくる。
扉を開けてコンビニの袋を持った芽以は、彰浩を見ると、ガタガタと震え出した。
動悸が起こっている。
私はすぐに芽以に駆け寄った。
「大丈夫か?」
芽以の震えは止らない。
震えを抑えようとする芽以は両手で自分の身を守る。
「芽以。ひさしぶり」
彰浩が近づこうとすると、芽以は拒絶するように後ずさる。
ただ事でない。彰浩との間に何があったのだろう。
私は彰浩と芽以の間に入る。
「今日はすいませんが、帰ってもらえますか?」
「そうですよね。あははは、帰ります」
彰浩は不気味に笑いながら、帰った。
私は芽以に駆け寄る。
「大丈夫か?」
芽以は荒い息をしている。
震えは収まってきているものの、心労のほうが酷いように見えた。
芽以にとって彰浩はトラウマなのだろう。
あの様子から解った。
私は意を決して、芽以に聞く。
「あいつに何かされたのか」
芽以は泣き出した。
私は背中をさする。落ち着きを取り戻した芽以は、ペンで紙に書き始めた。
『あの男にやられた』
やられたというのは、
私は目の前が真っ暗になった。信じられなかった。
芽以の失声症の原因は、彰浩だった。
私は何も言わずに、芽以を抱きしめようとしたが、肩を抱いた。
「そうか。解った。あいつを家に入れないようにするよ。このことは、警察や由以子にも相談したのか」
『母さんも、月田さんも「大したことない、我慢しろ」って言ってきた。誰も味方してくれなかった』
芽以の心は深く傷ついた。
ただでさえ、他人同然の人と暮らし、その人から性的な虐待。
耐え難いものだったのだろう。
事故を喜ぶのも不本意だが、由以子と月田の事故死は芽以をその地獄から救った。
強姦や性的嫌がらせは、人権を無視した行為だ。
全く許されたものではない。
私はどうにかして、彰浩を追及できないかと思った。
「今からでも遅くないから、警察に被害届出そう」
『言っても無駄。だって一度、相談したら、同意の上だったのでしょうってニヤニヤしながら言った。だから』
どうして、誰も芽以を助けてくれないのだろうか。
私は怒りに震えた。
『お父さん、もういいよ。思い出したくない。あの男と関わりたくない』
芽以は力強く、筆談した。
その文字は怒りと悲しみに震えていた。
「解った。あの男には気をつけるよ」
私は芽以の手を握った。
それからというもの、芽以は少し落ち着かなかった。
何時、彰浩が来るかもしれないと怯えている。
私はどうにか、安心させる方法を考えた。
しかし、思い浮かばない。
そんな私を芽以は、安心させようと気遣っているのが解った。
『お父さん、大丈夫だよ』
「そうか。何かあったら言えよ」
それからしばらくが経過し、芽以は落ち着きを取り戻した。
けれど、失声症は治っていない。
改善はしているようだ。
このまま、彰浩が来ないことを願う。
私は警察に
裁判を通して、彰浩にまた会わなくてはいけない。
それは危険だと思った。
このまま、彰浩が現れないことを願った。
そんな願いもむなしく、彰浩はやってきた。
悪魔のような男 (了)
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