防空陣地

 川の水をそのまま鍋で沸かして五十度くらいまで薄め、タオルを絞って清拭、牽引車の荷台の隙間にマットレスを敷いて幌を閉める。ランタンを消す。回りももう静かだ。ツグミか何か、高くて細長い鳴き声が小さく響き渡っている。陽が沈んでもさほど冷え込まない。森が風を遮って熱を貯め込んでいるせいだろう。

「ね、ねえ、柏木」栃木が話しかけてきた。互いの頭が向き合う形で横になることに決めているので声はとても近くから聞こえた。

「何?」

「昨日さ、五月女と話してたよね」

「それが?」

「知り合いだったのかと思って」

「前に演習で顔を合わせたんだ。内地だったよ」

「ああ、それでか」

 私はちょっと漆原の方を確認した。暗くてよくわからないけどとっくに深い眠りに落ちているみたいだった。どうりで話に入ってこないわけだ。

「あれ、栃木もあいつを知ってるんじゃないか。なんでそんなこと訊くんだ?」と私。

「えっと、その時はまだ私、柏木班じゃなかったっしょ?」

「そうだね。考えてみれば、そうだ」

「だから柏木と五月女が知り合いなのは知らないんだ。でも柏木が訊いてるのは私と五月女の接点でしょ?」

「うん」

「小学校のクラスメートなんだわ」

「っていうと、やっぱり九木崎に来る前か。五月女って九木崎の苗字じゃないしな」

「うん」

「そういう関係で自衛隊に入ってから鉢合わせするってのは結構珍しいケースだ」

「そうだね」

 栃木の短い返事。そこには微妙な含みが感じられた。私は顔を上げる。栃木もこちらを見る。表情まではわからない。彼女がすぐに目を逸らしたのは目の表面に入ったかすかな光の変化で読み取れた。

「あまりいい関係じゃなかったのか。ディスカス眺めてる時に先に帰ったのもあいつに気づいたから」

「まあ」

「あれか、いじめられてたのか」私は栃木が返事をしなくなったら追及をやめようと決めて慎重に訊いた。

「いじめられてた? 逆だよ」

「は、逆?」私はかなり驚いた。

「私がいじめてたんだ。あいつ背ちっちゃいっしょ。それで昔は泣き虫で、算数の問題間違えただけでズビズビになってたの。なんかいじめ甲斐があったんだよ」

「栃木、だいぶひどい言い方してるぞ」

「うん。今はそんなふうに思わないよ。でも昔は家のストレスの捌け口にそれが手っ取り早かったんだ。それで、あいつ泣き虫だけど、負けん気はあるのよ。陸自に入ってきて、憶えてるかって訊くんだ」

「それで、謝ったのか?」

「謝ってない。それは違う気がする、というか、謝りたくないんだ。なかったことにしたくもない。そうじゃないと私は母親に擦り付けられた鬱憤を馬鹿みたいに自分だけで抱えてたってことになっちゃうでしょ」

 私たち九木崎の人間の間では九木崎に引き取られるまでの経緯を尋ねるのはちょっとしたタブーになっている。だからきちんとしたことはわからないけど、栃木の場合は母親が悪かったらしい。特に口が悪かった。娘の自尊心を酷く傷つける言葉しか吐かなかった。言葉が暴力になることを知らない人間、あるいは知っていてあえてそれを振るう人間のクズだった。

「その論理はよくわからないな。栃木がそう思うんならそれは仕方ないないと思うけど。でもだからってこそこそ避けるのは筋が通らないぜ」私は言った。

「そうだね。そうだけど、どう接していいかわからないんだ」

「堂々と謝る気はないって言って殴り合って来いよ。あいつももう泣き虫でもないんだから。いいじゃないか。すっきりするぜ」

 栃木はシュラフで頭を隠して「うーん」と唸った。こんな軟弱なやつが誰かを一方的に踏みつけたりアツアツのタバコを押し付けたりしてたなんて、上手くイメージがつかなかった。いや、むろん踏みつけたりタバコを押し付けたりしていたとは限らない。内容については何も聞いていない。

「ま、そいつは私のやり方だ。自分で考えな」私も背中を向けてファスナーを顔の下まで引き上げた。



 翌朝のブリーフィングではまず四番機をどうするのかという話になった。今回牽引車は動かさないので装填手か操縦手が代わりに乗ってもいい。なんなら全班砲手がどちらかと代わってもいいという話になった。どうせマーリファインにとってはベーシックな対空戦闘なのだ。そこで第一〜三班は各班、第四班は同班と支援班から臨時の砲手を選ぶことになった。

「私はいいよ。ミサイルいじるの好きじゃないし」まず漆原が敬遠した。

「私だっておととい乗ったばかりだし」と栃木。

「私なんか毎日乗ってる」私。

「英語苦手だし」栃木。

「データリンクがあるだろ。喋んなきゃいけないのはリーダーくらいだよ。いいよ、栃木が乗れよ。五月女の件もあるし、いい機会じゃないか」

 こういう時貧乏くじを引くのはたいてい押しの弱い栃木だった。いや、そんなことよりなんてやる気のない班だ。他の班はじゃんけんで勝った方が乗るじゃないか。

 再び集まる。松浦機は装填手の桐富、檜佐機も装填手の槇瀬、柏木機は操縦手の栃木、四番機は支援一班の楢宮の担当になった。楢宮はトラックの運転はしないから、実質操縦手は栃木だけだった。それから女も栃木だけだ。でもこれは仕方がない。全員男の松浦班、檜佐以外男の檜佐班は必然的に男になるし、支援班プラス第四班も女は七分の二だ。対して柏木班は必然的に女だった。そんなわけで栃木は賀西の説明のあいだ心なしかムッツリしていた。

 戦力はこちらがマーリファイン四機、ピジョンホーラー四輌の八ユニット。敵方の戦力は今回明かされていない。ただディスカス、コブラ、アパッチの日米混成であることは確実だ。我々はマーリファイン四機のレーダーで四方を睨み、ピジョンホーラーの攻撃力を合わせて防空ノードを形成する。ヘリ部隊はこのノードを自由に攻撃する。特に条件のない単純な殲滅戦だった。

 再び各班に分かれて準備、栃木はステップでブーツの爪先を叩いてから機体を登る。砲架のピンを抜きセンサーカバーを外す。私もドリーと牽引車のブレーキ、傾斜制限を確認、砲塔に登る。栃木はすでに投影器のケーブルを挿している。ディスプレイを開いてプリスタンドチェックを進めていた。

「まさかとは思うけど、私に気を使うなよ。汚したとか傷つけたとか、そういうのはどうでもいいから。これはいま栃木の機体だ」

 栃木は黙って頷く。


 ここからは後日確認した演習ログや参加者たちの話を参考にして戦況を整理していこう。

 ノード側のコールサインはニューハウィックから引き続きマスカットとプラムを使用する。マスカットがマーリファイン、プラムがピジョンホーラーだ。

 マーリファインがレーダーを打って木々ができるだけ疎らなルートを探して先導する。

「プラム・リード(プラム1)、重量を教えてくれ」

「三十五・七トン、だいたい七・五万ポンド」

「了解」

 後続のピジョンホーラーは重量もあるし、頑丈な足場を選定するプログラムも勘もない。マーリファインのコンピューターには足裏で足場のひずみを感知して耐荷重を算定するプログラムが積んである。デフォルトでは自機の装備重量に合わせて安全度を数段階で表示するようになっているが、今回先頭の松浦機――マスカット1は重量値にピジョンホーラーの諸元を入力して安全地帯を選んでいく。平均速度はマーリファイン単独で進出する場合の三分の一以下だった。それでもピジョンホーラーには全力なのだ。ピジョンホーラーの設計は歩行による高速移動も木の根と岩がごろごろした傾斜地での歩行も考慮していなかった。あくまで市街地の固くて平らな地面のための足なのだ。

 八機はなだらかな尾根を中心に半径一キロ弱の範囲に広がる。川面と尾根の標高差は四百メートル程度、周りに更に高いピークが巡っているので視界を広く通すことはできない。地上は一面濃い緑に覆われている。稜線に近い急傾斜地でも岩礫が露出しているのはほんの一部だ。空には蓋のような雲が広がっている。雲量十、文句なしの曇りだ。曇りのち雨、降水確率六十パーセント、十六時以降注意という天気予報だった。

 四機のマーリファインが尾根に登ってレーダーを起動、それぞれ九十度の範囲の範囲をカバーする。柏木機――マスカット3のレーダーには東側の主峰が大きな影になって映っている。レーダー画像処理装置はその影を無意味な像と判定して消去、データリンクを介して共有、ピジョンホーラー各機のMFDに表示するレーダースクリーンには何のマーカーも現れていない――。

 

 白い三角形が現れ、間もなく赤色に変わる。航空機を探知、その後IFFが敵性パターンと判定したサインだ。

 既に相手部隊も行動を始めている。いつ敵が見えてもおかしくなかった。

「レーダーコンタクト」マスカット4がコール。

 方角は〇二〇(北北東)、距離十三キロ、二つ先の稜線の裏の裏だ。機種はわからない。

 相手は当然低高度侵攻、匍匐飛行を使ってきた。

 マスカット4のレーダーが単一目標追尾(STT)モードでターゲットをロック、しかしマーリファイン搭載の二種類ミサイルでは射程が足りない。到達しても運動エネルギー切れで容易に回避されてしまう。

 そこでマスカット4の火器管制システム(FCS)は最寄りのピジョンホーラー――プラム4にアムラームの使用を打診する。これを受けてプラム4のFCSは兵装選択コンソール上で”AIM−120“の表示を点滅、気づいたガンナーは即座にその文字とレーダースクリーン上の敵マーカーをタッチしてハンドルの発射ボタンを押す。

「ローンチ、アムラーム」発射をコール。

 ここからは演習システムの演算だが、レールランチャーから撃ち出されたアムラームはブースターの推力に押し上げられて高度三〇〇〇メートルまで上昇、無煙ロケットモーターを使っているのでこの距離なら発射地点が暴露するおそれは小さい。そして与えられたターゲットの諸元に従ってマッハ二・五の慣性航法で目標上空まで飛行、そこでシーカーをアクティブにして敵機を捉える。しかしアムラームの高精度レーダーをもってしてもツリートップと同じ高度に埋もれたヘリコプターの影を周りの木々の電波反射と見分けるのは容易ではない。さらに敵はチャフを撒いて欺瞞。乱反射でいっぱいになった反射波にもはや敵機の影を認めることはできない。

 アムラームはチャフからの強力な反射波を頼りに起爆、半径百メートル余りに破片を撒き散らす。


 この時狙われたのはアパッチ1だった。彼らは機種名をそのままコールサインに使っていた。捜索のためにローターマスト上のレーダーを走査させつつ稜線からゆっくり上昇していたところ気流に煽られて高度を上げすぎた。

 マーリファインからのレーダースパイクをレーダーが感知、レーダー警報装置(RWR)がブザーを鳴らして回避を促す。パイロットはコレクティブ(メインローターブレードの迎え角)を下げて降下、ミサイル本体のレーダーを感知したところでチャフを撒きながら真横にスライド、無傷でこの攻撃を凌いだ。

 攻撃側は防空陣地を取り囲むように散開して徐々に包囲の輪を小さくしていた。山の尾根を回り、稜線で遮蔽を保ちながら接近する。最も陣地に近いのは二機のディスカスだ。時折稜線から顔を出して相手の布陣を探っているがレーダーによる被発見はない。露出するのがローターの根本だけなので捉えられないのだ。アパッチ1ほど大胆な上昇もしていない。

 そして陣地まで五キロ、西側を攻めていたディスカス2のFLIR(赤外線画像照準器)が稜線上のマスカット4を捉える。赤外線レーザーを照射して測距、敵座標を味方に送る。その後方三キロに控えるアパッチ2がヘルファイア二発を撃ち上げる。上空に躍り上がった二発の対戦車ミサイルはそこからディスカス2が照射するレーザーの反射地点めがけてまっすぐ、やや蛇行しながら突っ込んでいく。

 マスカット4はレーザー照射を感知、稜線を下って木々の幹の間に退避する。レーザーが遮られたことによってヘルファイアは相次いで稜線に突っ込んだ。

 マスカット4は無傷だ。しかしレーダーノードの走査範囲に穴が開いた。マーリファインのレーダーの水平走査は百二十度。四方配置で一方が欠けると六十度の空白が生じることになる。常に全周を照らす捜索用レーダーを持たないマーリファインの欠点だ。

「コブラ、ディスカス、ムーブ」アパッチ1の指示。

 マーリファインの他の三機がすかさず角度を変えてカバーに入るが、攻撃側はそのわずかな隙を突いて一気に距離を詰める。

 と同時に逆サイド、東側でも同じ戦法を仕掛ける。今度はレーダーのカバーがきかないのでヘリ側にとっては余裕がある。

 西側で二機、東側で四機が五キロ圏内に接近した。各機種二機ずつ、コブラとディスカスは一機ずつ東西に分かれ、アパッチは東に二機まとまっている。

 攻撃ヘリは本来敵戦車の射程外からアウトレンジを仕掛けるための兵科だが、低空を低速で移動するので対空ミサイルは天敵にあたる。特に射程の長いアムラームが相手になると距離をとっていても一方的に殴られるだけだ。とにかく隠密で近づかなければ話にならない。対空陣地の制圧というのは本来対レーダーミサイルを積んだ戦闘機の役割であって、攻撃ヘリは敵の防空網を制圧した後に行動を始めるものだ。

 この時稜線の遮蔽に入るのがわずかに遅れたアパッチ3をマスカット3のレーダーが一瞬捉えた。この情報を頼りにプラム3がアムラームを放つ。

 直後にレーダー波が遮られたためアパッチ3のRWRはアムラームのシーカーが作動するまで全く反応しない。結果、何ら前兆なくミサイルの接近を告げるブザーが鳴る。

 アムラームは山肌を這うように稜線を越え、ブレーキ代わりに小さく旋回していたアパッチ3のどてっ腹に突き刺さる。

 外板の破片が飛び散り、アパッチの右エンジンカウルを突き破ってタービンに噛み込む。回転の狂いによって燃焼室でデトネーションが起こり、直後に失火する。これを感知した同調機が即座に右エンジンを隔離、左エンジンを緊急出力まで引き上げて片肺飛行に入る。

 機体構造に致命的な損傷はない。アパッチはアムラームの直撃を食らっても飛び続けていた。しかし片肺で戦闘機動は無理だ。

「アパッチ3、ブレイク、離隔する」

 離隔と言っても完全に退避できるわけではない。ノードから離れるにはまた稜線を越えなければならない。そんなことをすれば確実に撃墜される。谷間でそっとホバリングする他ない。

 二機のディスカスが再び上昇してFLIRで稜線上に残っているマーリファインを一機ずつロック、ヘルファイアを撃つ。

 今度はマーリファインにも相手の射点が見えている。エリコン三十五ミリの軸をヘルファイアの進路に合わせて迎撃、ハードキルを狙う。

 その間にコブラが回り込んで側面をつく。それをもう二機のマーリファインがロックしてピジョンホーラーがアムラームを撃つ。

 このままでは互いに撃っては隠れを繰り返す周期の短いターン制に陥る。

 膠着を避けるためにマスカット全機はレーダーをカットして稜線を下る。

「ロスト」

 ヘリ側は完全に相手を見失う。五月女の乗機、ディスカス1のコクピットでは低く鳴り続けていたRWRのブザーがぱたりと消えた。RWRのディスプレイは照射されたレーダー波の発信方角を表示する。相手にレーダーを切られると方向の見当がつきにくくなる。

 マーリファインはともかく、もともと森の中に隠れて熱の放出を抑えているピジョンホーラーは全く捕捉できていない。位置関係が水平に近く見かけ上森の厚みが大きくなっているのも一因だが、角度をつけるために上昇すればすぐにミサイルが飛んでくる。

 ノード側は相手がすり鉢の中に入ってくるのを待っていればいい。

「各機、プランD。こちらが動くまで待て」アパッチ1が意味深な指示を出す。

 攻撃側はアパッチ12が後退、高度を上げて囮に使う。その間にディスカス二機が陣地の真上に突っ込んで機首ターレットのFLIRと可視光カメラでピジョンホーラーを炙り出す。自機の移動による角度の変化から座標を割り出して僚機にも伝える。

 ノード側各ユニットは赤外線ミサイルでディスカスを狙う。ディスカスはフレアを連続射出しながら機体を左右に振ってノードの上空を突っ切る。

 フルパワーの排気はとてつもない熱線を放出する。赤外線シーカーの格好の餌食だ。この熱線を抑えるために攻撃ヘリは排気口の手前に特殊なマフラー、いわゆる赤外線サプレッサーを取り付けている。ディスカスはこのサプレッサーの区画を長くとり、後端で折り返して左右に排気口を開けている。この折り返し部分には左右の排気流量を調節する弁がついている。排気口を機体の前後重心近くまで引っ張ったのは排気を左右方向の推力として使うためだ。ディスカスはこのスラスターによって単純に機体をバンクさせるよりいくらか機敏な左右移動を可能にしている。ターボシャフトエンジンはエネルギーをほぼ回転として取り出してしまうので排気にさほどの推力が残っているわけではない。かといって空中に浮かんでいるだけのたかが数トンの物体を押し出すのに莫大な力が必要なわけでもない。

 一発のスティンガーが右にスライドするディスカス1の予測進路に向かって飛んでいく。ディスカス1が右スラスターを吹かす。スティンガーのシーカーには着弾予測地点に大きな熱線反応が現れたように見える。そこへ突っ込む。だがその時ディスカス1は右手に逸れたスティンガーを見る。スラスターの放熱が微力ながらデコイとしても機能している。

 ディスカスは見えない壁に挟まれて跳ね回るようにノードの上空を飛んでいく。赤外線ミサイルはフレアと機動に欺瞞されて尽くディスカスから逸れていく。

 その間、位置を暴露したピジョンホーラーにコブラ二機がTOW(目視有線誘導ミサイル)とハイドラ70ロケットを斉射する。重く機動に適した足場もないピジョンホーラーはほとんどその場で立ち止まったまま攻撃を浴びる。さすがの装甲だが、無数の損傷ログに続いて行動不能、大破のログが流れていく。

「コブラ2、スプラッシュ・ピジョンホーラー、ワン」コブラ2が撃破をコール。

 コブラ1も続く。そして「スプラッシュ・トウ」と撃破数を伸ばす。

 いくら有利な状況であっても鈍重なAFVは攻撃ヘリに対してあまりに無力だ。

 だがディスカスも無傷では済まない。ミサイルを避けても機関砲の連射は避けきれない。いくら細い胴体でも何発かは掠り、そのうち何発かはまともに命中する。十二・七ミリを弾いても三十五ミリは非装甲区画を突き破る。ディスカス2は榴弾によるヘルファイアの炸薬の誘爆でガンナー負傷の判定、戦線を離脱する。

 ディスカスの突入で戦況は大きく動いた。ノード側は残りマーリファイン四機とピジョンホーラー一輌。ただしその一輌、プラム2は擱座判定を食らって固定砲台と化している。攻撃側はディスカス一機、コブラ二機、アパッチ二機が健在だ。

 攻撃側は各機稜線裏に入って体勢を立て直す。いくらデータリンクがあってもこれだけ状況がとっ散らかるとまともな指揮が継続できない。

 ――コブラ1が真下から飛んできた三十五ミリの一斉射で突如撃墜される。

 真下から?

 そこにはマスカット3がいた。稜線を越えてきたわけじゃない。谷線に沿って迂回、背後から近づいたのだ。攻撃ヘリの下方視界は優秀だが後下方にはあまり注意を払わない。マーリファインにはそれだけの足がある。

 近くにいたコブラ2とアパッチ1がそれぞれターレットマウントの機首武装をマスカット3に向ける。空砲の閃光がマズルに光る。ブローバックはない。

 降り注ぐ二十ミリと三十ミリの雨を走って避けながらマスカット3はAAM-5のシーカーで二機をロックして撃ち上げる。ミサイルはほとんど至近距離といえる間合いでターゲットに向かっていくが狙いと別の方向に微妙な加速度がついていたせいで近接爆発に留まる。それでもコブラ2はローターを損傷の判定。戦闘継続に支障はない。二機は改めてミサイル攻撃を試みる。しかしマスカット3は先手を打って砲塔天面の発射筒からスモークグレネードを撃ち出して煙幕を展開している。

 後続のマーリファイン二機がレーダー照準で三十五ミリを撃つ。コブラ2とアパッチ1はレーダー警報の中で後退、煙の中から恐ろしく正確な狙いが向かってくる。アパッチは対抗してレーダーでマーリファインを探知、三十ミリで牽制したあとレーダー誘導式のヘルファイア(AGM-114L)を撃ち出す。狙われたマスカット1はミサイルの進路に射撃を集中して榴弾でハードキル。弾頭からHEATのメタルジェットが飛び出し、ばらまかれた残滓がマスカット1に降りかかる。しかしそんなものに威力などない。

「コブラ2、二マイル距離をとれ。後退、後退」とアパッチ1。

 互いに決定打がないまま交戦距離を外れる。仕切り直しだ。

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