ヴィークルとマシーン
私はハッチに座ってごつごつした灰色の街並みを眺めながら点検のチェックシートをつけ、それも済んだのでバインダーをシートの横のラックに突っ込んで操縦室を出ようとしたのだけど、そこで下に立っている人影に気づいた。漆原でも栃木でもない。体形が違う。それに服だ。ヘルメット、ベンチコートの短いやつみたいな大柄なジャケットにハーフパンツ、それらはいずれも米陸軍の標準迷彩だった。暑いのかジャケットは前を開けていた。中はダークグレイのインナーシャツだった。アメリカ人の女だ。
彼女は「休め」をもう少し崩したような姿勢でマーリファインを見上げていたけど、私の視線に気づくと「マスカット3?」と声を張って訊いた。周りにはまだエンジンをかけている車両がいた。あまり声の通環境ではない。
私は肯いて「プラム2?」と訊き返した。
「そう」と相手も答える。英語だ。
私はハッチを閉めて地面に下りた。遠目には脚の長いほっそりした体型に見えたけど、目の前で見ると立端があって肩や腰の幅が広く、手足の関節もがっしりしていた。確かにプロポーションもスタイルもいい。でも細くはない。階級章は少尉。頬骨と顎が薄い端正な輪郭で、かといって面長すぎない。綺麗な面でつながった額と鼻筋、くっきりした瞼の形。唇は薄く歯並びも文句なし。目はヘーゼル。髪は栗色。肩にかかるくらいの長さで切り揃え、綺麗にトリートメントしていた。歳は私よりいくつか上だろう。
「アイリーン・イングリス」彼女は自分の名前を言って手を差し出した。
「カシワギ・ヘキ」私も名前を言ってその手を握り返した。大きな手だった。人間ではない別の生き物の手みたいだった。
「柏木、いい動きだった」アイリーンは正面から私の目を見て言った。もちろん演習の話だ。
「プラム2は動じないところがよかったと思う」
アイリーンは笑った。ジョークがちゃんと伝わったようだ。
お互いに手を離す。
「ピジョンホーラーに乗ったことある?」アイリーンは訊いた。
「ないよ。もちろんない」私は目を瞑った。「今日初めて存在を知ったようなものだ」
「感想を聞きたい。もし興味があるなら中を見てみないか」アイリーンはそう言って親指で後ろを指した。その方向に彼女のピジョンホーラーがある。彼女はそちらから歩いてきたのだ。
「いいね。見てみたい」
プラム2は二十メートルほど離れたところで車体の左側をこちらに向けて駐まっていた。アイリーンはゆっくりと砲塔の上まで登る。ゆっくりだけど軽い身のこなしだ。手掛かり足掛かりの手順を私に教えるように、脚側面のHEAT防護柵、砲塔基部、砲架側面と伝っていった。防護柵は肋木のように頑丈で、一見平滑な車体や砲塔の表面には微妙に波型の起伏がついていた。分厚い装甲だけど下に空間があるのが音の響きでわかる。遠くから見ただけではこういった質感はわからない。いい経験だ。
私が登り切ったところでアイリーンは砲手用の丸い片開きハッチを開いて開口部の縁に手をかけた。
「乗ってごらん」
覗き込むとハッチのすぐ下に簡素なシートが見えた。砂を入れないように爪先を叩いてから足を差し込む。まず座面に降り、そこからしゃがんでもう一段足を下ろす。
外から見ると砲塔はとても薄っぺらく見えたけど、入ってみるとさほど天井が低いとは感じなかった。人一人がすっぽり収まるよりはるかに大きな空間がある。操縦室、砲手室なんていうよりも、まとめて戦闘室と表現する方が適切だろう。車内の空間は砲手席からさらに斜め下へ伸びていて、その奥に操縦手の背中が見えた。彼は振り返って覗き込むようにこちらを見上げる。
「ハーイ」と彼が言ったので、私も「ハーイ」と言って手を振った。
五十歳くらいで白髪、背中の感じからすると結構痩せ型だった。鷹のような丸い目をしていた。階級は准士官、三等准尉か。外国の階級章を覚えるのって結構骨が折れるんだ。それでいて覚えておかないと結構失礼だから困る。
「レニー・バゼット。この車のドライバーだよ」上からアイリーンが紹介した。
「君のパートナーってこと?」と私。
「まあ、そういうことになるね」
「あとでこっちにもおいでよ」レニーが下から言った。彼も何らかの点検作業をしていたようで、それが終わったらしく操縦席のハッチから出ていった。まるでウサギの巣穴みたいにいくつも出入り口があるのだ。
「そうか、全部を一人で動かしているわけじゃないんだ」
私は改めてそのことに思い至った。広場から飛んできた二発の対戦車ロケットを食らった時のプラム2の動きを思い出したのだ。一人で動かしているならとても自然な動きだけど、脚と砲塔を別々の人間が掌握していてあの動きができるのだ。相当息が合っているはずだった。
私は改めて砲手席の周りを眺めた。戦闘室の内部は明るいグレーで塗り込められている。あとはシートの座面や各種ディスプレイの縁が黒い。砲手の視界は完全にカメラ頼みのようだ。左右の壁に二十インチほどのモニターディスプレイが張り付いている。正面のディプレイは空間を圧迫しないように天井からヒンジでぶら下がっている。ぶら下がっているといっても振動や遠心力でぐらつくと見づらくて仕方がないので、爪を引かっけて決まった角度で固定できる台座が裏についている。アームレストの先端にもいくつか小さな画面が立ち上がっているけど、マップなどを表示するための多機能ディスプレイ(MFD)と、それから、戦闘機の操縦桿のようなスティックが突き出ていることを考えれば、照準用のスコープもその中にあるのだろう。砲塔旋回は足元のペダルで行うようだ。無線操作盤はアームレストの左側に並んでいる。右側はセンサーや兵装の制御盤だろう。いずれもあまり複雑なものではない。ただ、一つ一つのインターフェースが簡素というだけであって、戦闘時に全身でいろいろなものを操作しなければならない煩雑さはあるだろう。
「どう?」アイリーンが訊いた。彼女はさっきからハッチを覗き込んでいるんだけど、それはなんだか創造神が空にちょっと穴をあけて自分の世界の様子を観察しているみたいな趣だった。私が真下から彼女を見上げる位置にいるのでそう感じるのかもしれない。
「広いな」私は答える。
「広い? ……へえ、それは意外」
「結構手が忙しそうだ」
「いや、左右のコンソールはほとんど飾りだよ。決まった操作はスティックで全部できるからね。ほとんど手を離さない」
私は正面のディスプレイを押し上げて砲塔前方のフロアにしゃがみこんだ。その空間は砲手席よりやや左側に寄っている。右側の車長席を避けるためだ。車長席に情報共有用のMFD以外のディスプレイはない。キューポラのペリスコープで直接外を見られるようになっている。砲塔前方はほぼ装甲空間、左側の余りのスペースに予備の弾倉を積むラックがある。メインの弾倉そのものは砲手席両側の砲架基部に接して砲塔内のかなりのスペースを占めている。砲架の仰俯角制御、センサー塔の旋回などは全て電動だ。アイリーンが砲手席に下りてきて色々説明してくれた。
「足回りはどうなんだ? タイヤにモーターがついているように見えたけど」私は訊いた。砲塔のフロアに座ってターレットリングの中に脚を垂らしている。
「うん。その通りだよ。ジェネレーターで作った電気を脚のバッテリーに溜めてタイヤを回している。あれは前後二輪がペアで懸架されていて、それが片側三組――」
「シーソー式?」
「いや、それとは違う。ともかく、ペアのうち後方が動輪になってる」
「脚そのものの関節は?」
「それも電動サーボだよ。並みのパワーじゃないけどね」
「エンジンパワーは八百馬力くらいありそうだったな。バッテリーがきちんとしてればガスタービンの高回転も活かせそうだ」
「そう、いや、パワーは七百ないくらいだったと思う。エイブラムスの半分くらいだ。重さもちょうど半分くらいだし」
「マーリファインは三百馬力ちょいだから、ピジョンホーラーの半分くらいだな」
「重さは?」
「マーリファインの?」
「うん」
「今日の装備で十五トンかな」
「それならピジョンホーラーの半分だ。ふうん、なるほど」
なるほど、追加装甲をつけて十五トンだから、実際はもっと軽いのだ、と考えたのだろう。
そう、本当はもっと機敏に動ける。今日のマーリファインは真の姿ではない。
私は砲塔フロアから車体に降りる。操縦手席を先頭にしたやや前後に長い空間だった。人一人が横になれるくらいの床面積があるけど、あとはコンピューターボックスと個人装備の収納に占められている。さらに後方は脚の基部とエンジンルーム、燃料タンクだ。脚の駆動装置そのものは脚側に収められている。
操縦手席は砲手席に比べるといくらか見慣れた感じだった。私は九〇式戦車の操縦席ならよく知っているけど、似たような感じだ。ピジョンホーラーの方がボタン類が少なくてすっきりした印象だけど、大まかなレイアウトは同じだった。四角いハンドルがあり、シフトレバーがあり、ペダルが二種類あり、少し高い位置に正面を見通すための窓が三つ開いている。両側の窓の下に小さなディスプレイがついている。右側に前方機銃の尾部が突き出していて、左側のやや高い位置にやはりMFDが取り付けてある。
アイリーンも車体の方へ下りてきて床に座り、ヘルメットを外して頭を掻いた。日除け代わりに被っていたのだ。砲塔下なら日差しは届かない。暗いところで見ると頬の形に沿って肌が焼けているのがよくわかった。それから彼女は左舷側の戸棚からさっと板ガムを取り出して一枚私に差し出した。
私はその銀色の包み紙を見た時、ああ、この軍人たちはこの車両の中で生活しているんだな、とふと気づいた。ピジョンホーラーはマーリファインと違って支援車両を持たない。自力で行軍できるからだ。私たちは行軍用の装備を牽引車に乗せておくことができるけど、ピジョンホーラーはそれも自分で積んで動かなければならないし、さらに言えば、そのまま戦闘に参加しなければならないのだ。そういえばプラム2の砲塔の後ろには天幕やその骨組みが括りつけてあった。
「ここで寝るのか?」私はガムを口に入れる前に訊いた。
「いや。仮眠はするけどさ、結構蒸すんだ。風通し悪くて。見かけ通りさ。空調も燃料を食うからね。普通はテントを張るよ」
「なるほど」私は頷いて包み紙を胸ポケットに入れ、頭上のハッチを押し開けた。砲塔の陰に入っているので陽は当たらないが、周りが眩しい。車内が暗かったのだ。
目を細めて車体の左側を見ると、漆原と栃木がレニーととてもゆっくりした英語で話していた。彼女たちもピジョンホーラーの解説を受けているらしい。私のマーリファインの横に牽引車が止まっている。いつの間にか本隊が合流していたようだ。
操縦席のハッチから前を見ると左右の視界を脚がかなり塞いでいた。窓の下についていたディスプレイは視界を補うためのものか。
私は車体の上に這い出してそのまま脚の間の地面に飛び降りる。アイリーンもハッチを閉じてついてきた。
足回りの内側は思ったより構造が露出している。ここに弾が入り込んでくることはないという判断なのだろう。二輪ずつセットで懸架してあるのがよくわかる。
「十分見たかい?」とアイリーン。
「ああ。なかなかよく見させてもらったよ」
「ねえ、柏木、よかったら君のマーリファインも見てみたいんだけど」アイリーンは私の前に回って訊いた。再びヘルメットを被ると目の上に深い陰ができた。
「いいよ、もちろん」私はすぐに答えた。たぶんそれを頼むために先に自分の車を見せてくれたのだろう。そんな気はしていた。とても礼儀正しいじゃないか。快く頼みを受けるのがこちらの礼儀だ。
私は軽く漆原と栃木の紹介をしながら自分のマーリファインのところまで歩いた。
「がっちりしてて髪が短いウェーブのが漆原。ローダー。華奢で神経質そうなのが栃木。ドライバー。二人ともマーリファインには乗らない。というか、乗員じゃない。彼女たちの受け持ちはあの牽引車。マーリファインには自前の車輪がないから、道を走る時はあの台車に乗せて牽引車で引っ張る」
「いちいち台車に乗せなきゃならないのって不便じゃない?」
「まあね。でも初めからそれでやってるし、マーリファインだけじゃ戦うことしかできないからね」
まだ距離があったのでどういった運用をするのかもざっくりと話した。
「展開する地形が違う以外、役割は自走高射砲とそんなに変わらない。レートの高い機関砲と対空ミサイルで戦闘ヘリやCAS(近接航空支援)機の相手をする。だからレーダーを積んでいるし、市街戦なんかよりずっと交戦距離が遠い。脚をつけたのは基本的には傾斜地、山の斜面で機動することを想定したからで、山に行けば木が生えているから、幹を避けて動くために幅と長さもそれなりに抑えてある。同じように山肌に展開する砲兵陣地の防空をやるのが役目だ。ピジョンホーラーとはだいぶ違うな」
マーリファインの後ろに立って見上げる。折れてホチキス針のようにひしゃげた装甲用レールとビルに擦り付けた尾部後方の装甲板の傷がいささか目立った。
私はさっきアイリーンがやったのと同じように先導して機体を登る。踵に足をかけ、尾部天板からタラップで砲塔に上がる。スライド式ハッチを開き、頭部の後ろに掴まってアイリーンを待つ。
「どうぞ」
彼女は砲塔の後ろに顔を出したあと、ちょっとした塀を乗り越えるように、腕の間から抜いた長い脚をハッチの中に差し込んでそのままするっと中に納まった。
「ああ、これは狭いな」
私は上から覗き込む。アイリーンはミイラのように肩を縮めていた。変なところに触らないように気を遣っているようだ。無線や兵装コンソールの配置はピジョンホーラーの砲手席に通じるものがある。でも四方を囲む壁はずっと席に迫っているし、外界を映すためのディスプレイもない。正面の壁面に跳ね上げ式のテーブルがついているだけだ。その中に機体コンピュータと直結したディスプレイとキーボードがパソコンと同じような配置で置いてある。
「これは乗り物とは言いづらいな。空間がないよ」アイリーンは助けを求めるみたいに言った。
「ね? ピジョンホーラーは広いんだ」
私は天板に寝そべって座席のベルトをアイリーンの肩にかけた。彼女は腰ベルトを留めてそのバックルに肩ベルトの金具を差し込む。それから縛られた状態で試しに体をよじってみる。
「かなりがっちり固定されるわけだ」とアイリーン。
「加速度が三次元でかかるからね。ピジョンホーラーだってそうだろう」
「そうだけど、もう少し緩いよ」
「しかし、さすがにインターフェースが少ないな。すっきりしているというか、のっぺりしている。制御にはBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)を使うって聞いたけど、ええと、『プロジェクタ』とかいう名前だったね」
アイリーンはマーリファインの前情報を仕入れていたようだ。私たちだって事前にピジョンホーラーのレクチャーを受けているわけだから、アメリカ側が同じようにマーリファインのレクチャーをしていたってなにもおかしくはない。当然の情報交換だ。
「そう、投影器。これ」私は襟を下げて首筋についている投影器用の端子を見せた。「ここに機体側のコードを接続する。ヘッドレストの下からコードが出てるでしょ。それ。脳に電極が刺さってて、脳から機体に信号を送ったり、機体の信号を受け取ったりする。投影器ってのは、信号の変換機だよ。これで直接機体のあらゆるシステムにアクセスできる」
「念じれば動く」
「念じれば、か……」
「違う?」
「うん。なんというか、そういうレベルの感覚じゃないよ。念じるっていうのは、例えば――」私はちょっと考えてから口の中で丸く練ったガムの塊を取り出した。「ここにガムがあって、浮かべと念じれば宙に浮くとか、手を使わずにごみ箱に放り込めるとか、そういう、自分の体の外にあるものに対する作用だよ」とそこでガムを口に戻す。「でも、投影器は違う。この機体を本当に自分の体の一部にすることができるんだ。一部に、だ。人間は自分の指を動かす時に別に指を動かそうなんて思わない。ベルトを止めるとか、ガムを取り出すとか、もっと行動の結果を見ながら無意識に体の一部を動かしてる。そういうレベルのものなんだよ。例えば、指が六本ある人間がいて、その、なんて呼んだらいいかわからない指を本人は自由に動かすことができるわけだけど、指が五本しかない人間には六本目の指を動かす感覚はわからないんだ。投影器を介することで、たぶん、この機体は私の六本目の指になるんだよ。うーん、肢闘を動かすのってさ、私にとっては、まったく感覚だからさ、上手く説明できないんだけど、わかるかな?」
「何となくだけど、わかるよ、たぶん」アイリーンは苦笑いして首を傾げた。笑うと目の下に皺が入るんだな。
「どうかな」私は肩を竦めた。
「投影器制御って、慣れ頼みなのか」
「うん。脳波を解析するようなソフトウェアを使っているわけじゃないんだ。あくまで脳の方を機械に適応させる」
「それで直接センサーやガン(砲・銃)を制御してる?」
「センサーは、そう、直接だね。直接動かして、直接見ている。でもマスキングや解析なんかは処理装置を通さないとやってられない。ガンを動かすのも、FCS(射撃管制システム)を介した方がいいよ。直接やると絶対ブレるから。姿勢制御だって、結局照準に合わせて機体を動かさなきゃいけないわけで」
「いささか柔らかい」
「そう。投影器だけだと柔らかすぎる。投影器は柔らかいインターフェースなんだ。かっちりしてない」
「……慣れ頼みか」アイリーンは呟いた。手の指を組んで親指の腹を擦り合わせる。
「うん。慣れ頼みで、個人技頼みだ」
「私には無理だな」
「君には投影器のソケットがない」
「いいや、そうじゃないよ。たとえあったとしても、長い慣熟期間をもらったとしても、きっと私が君ほど上手くこの機体を動かすことはできない。自分の肉体の手を介してピジョンホーラーのスティックを握っている方がよさそうだ」
「なるほどね。そう、確かに、投影器への適応は早ければ早いほどいいんだ。成長期の子供の方が肉体感覚が定まっていないから、肉体外部の身体にも慣れやすい」
「大人には扱えない」
「ただの子供から大人になった大人には、ね」
アイリーンは黙って頷いた。投影器の話を掘り下げるつもりはないみたいだ。それとも私の反応を見て立ち入らない方がいいと思ったのかもしれない。別にそんな気配を見せたつもりは私にはないんだけどさ。
「この機体、投影器に適応していない人間には全く動かせない?」彼女は別の質問をした。
「いや、そんなことはないよ。前にテーブルがついてる。そこ開けてさ、中にPCみたいなのとゲームパッドが入ってるでしょ」
「このコントローラー?」
「そう。簡単な移動くらいならそれで操作できる。重整備とか、メーカーの人間が扱う時に困るからね。メクラで操作だけできても恐いから、ちゃんと外も見えるようになってるよ。そのPCの画面に映してもいいんだけど、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)がある」
「これか」アイリーンはPC画面横のラックからHMDを取った。「首の動きに合わせて、全周見える?」
「機体の頭と目が動く範囲だけだよ。だいたい真後ろまで」
アイリーンはHMDを装着して両手でゲームパッドを握った。首を動かしているけどHMDには何も映っていないだろうし、パッドも操作を受け付けていない。二つとも有線接続なので動くたびにコードが辺りにぶつかってぱちぱち音を立てていた。
「まあ、シビアな兵器だよ」私は言った。「個人技能に頼って運用するしかない。戦力として均質に扱うことが難しい。指揮上の煩雑さも生じる。ピジョンホーラーのインターフェースを見て改めて思ったけど、アメリカ軍はそういう性格の兵器は好まないだろうって気がするね」
「そうだね。それは、確かに、言えてると思う。強いものをひとつ捻り出すより、扱いやすいものをいくつも揃えようとする。そういう気風はあるだろうね」
「その『扱いやすいもの』がわりとハイレベルに強いのがアメリカの憎いとこだな」
「ありがとう」アイリーンは軽くお辞儀して応えた。「それに、戦い続ければ損耗する。補充の容易さは大切だよ。装備も、人間も。もし君がいなくなったらその穴は結構長い間ぽっかり空いたままだろうけど、私の代わりはいる。たとえいなくてもすぐに育てることができる。私はマーリファインを動かせないけど、君はきっとすぐにピジョンホーラーに慣れることができるよ」
アイリーンは私を褒めているのだと思う。でも誇らしい気分にはなれなかった。私は強い。にもかかわらず私が所属する軍隊や国家は脆弱性を抱えている。そういう話だ。
「日本のドクトリンが決して拙いものじゃないってことはアメリカ側もここ数十年かけて確認し続けてきたはずだ。そこに全くナンセンスなものが含まれているとは考えようがないんだけどさ」アイリーンはそこまで言って一度唾を飲んだ。「つまり、マーリファインというのは本当に兵器なのか?」
「なんでそんなことを訊くのさ?」私はちょっと笑った。妙に真剣な質問みたいな訊き方をされたからだ。
「ただの興味だよ」
「うん。まあ、少なくとも半分は兵器だ。私たちがマーリファインを持ってアメリカに来たのはさ、その半分を試すためだよ」
「残りの半分は」
私は黙ったまま手を握って口に当てた。
肢闘のベースとなった肢機は軍隊と無関係な技術・学術研究装置としての性格が強い。人間の脳が人体と異なる形態を持つ身体にどれだけ柔軟に適応できるかを測るための装置、あるいはその装置に慣れるための前段階としての人型身体、そういう役目を与えられた機械だ。人体の形態を模倣するのではなく兵器としてのデザインを追求しているという点でマーリファインはむしろそうした研究に供する性格も持ち合わせている。
私は何も隠し事をしたいわけじゃないけど、言い回しを考えていたのだ。それから少し仰々しく言った。
「残りの半分はね、人類の科学のため、あるいは、マッドサイエンティストたちの好奇心のための実験道具なのさ」
アイリーンはちょっと唇を歪めたが、でも笑わなかった。私としては笑ってほしかったから、自分に向かって溜息を吐いてやりたいような気分になった。
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