トリナナのスタック

 投影器のコードをリールから引き出して外へ引きずっていく。稜線まで出て生身で戦場を見る。右手の稜線にいる小隊機が機関砲の弾倉を交換しているのが見えた。マーリファインは砲塔後部両舷に弾倉ラックがあって、砲架の後ろについた小さな鉤爪で弾種を選びつつ再装填する。これは新しい砲架から採用された方式で、少し前までは砲架後部についたドラム弾倉からベルトリンクで給弾する方式だった。その方が構造は単純なのだけど、弾種が選べないのと、弾倉の装着がかなり力仕事になるのがネックだった。牽引車のクレーンを持ち出さないと百六十発詰め満タンのドラム弾倉は持ち上がらない。二十発詰めの箱型弾倉なら一人でも上げられる。重くないわけじゃないけどさ。

 事前に申し合わせておいた無線の周波数に合わせて、しばらく受信に徹して混線していないか確かめ、それから牽引車の二人に呼びかけた。どうせ暇をしているはずだ。

「やられたってどういうこと?」と栃木が訊いた。

 私はさっきの状況を説明した。「爆弾投げてきたんだ」

「そんなに近かったの?」と栃木。

「わからない。でも遠くても投げようと思えば投げられるんじゃないかな。あいつのFCS(火器管制装置)舐めてたかもしれない」

「ふうん」

「いい経験になったよ。気分は最悪だけどな」

「いっぺん死んだね」

「ああ。そっちの状況はどうだい?」私は訊いた。

「トリナナがきれいに並んでるよ」

「綺麗に?」

「うん。地盤がいいんだよ。割とどこに座っても安定するみたい」

 私はトリナナがヤキマの赤土に駐鋤を打っている様子を想像した。トリナナはほとんどの場合傾斜地に展開して稜線越しに目標を狙う。日本の山だと大抵木が生えているし土も軟らかいから列線を組むにしても一直線に並ぶのは無理だ。合理的じゃない。敵から見て稜線の裏側に展開するのはその方が敵にとっては撃ちにくいからだ。極端なことを言うと、敵の砲弾の軌道に平行な傾斜面に展開して地面に潜ってしまえば敵の砲弾はいくら狙ってもトリナナ隊の頭上をすり抜けることしかできない。

 トリナナはいわばその傾斜を活用するために開発された火砲だ。装輪・装軌自走砲は基本的に平地に展開することを想定しているし、移動にも平地か道が必要だ。でも日本の国土は平地より山地が多い。山地に展開できれば布陣の自由度も上がるし、道路を遮断されたからといって戦力が孤立することもない。これは攻撃を仕掛ける側にとってみれば厄介な話だ。狙いを絞れなくなるわけだからね。道路を遮断しても意味がない、と敵に思わせることにも意味がある。

 そこで有り余るほど陸自が保有していたFH70牽引砲を元手にして、砲架と車台の間で切り離して、砲架の下に山登りのための軽量鳥脚プラットフォームを取り付け、車台の方は台車としてそのまま残して戦略的機動性を確保した。プラットフォームは重機メーカー製で、エンジンを含めた重量は約二トン。実にトリ然とした華奢なつくりで、脚を伸ばすと約四メートルになり、百七十馬力そこそこのディーゼルエンジンで駆動する。平地を最大時速十五キロで走り(歩き)、最大二・五メートルの段差を登ることができる。というのも元の牽引砲が十トン近くあって、牽引車の牽引能力としてはそれでもう限界に近い。重量的には牽引砲から自走用の補助エンジンと補助輪を取り除いて、あとはほとんどそのままプラットフォームを積み増すことになるわけだから、とにかく軽く造らなければならなかった。

 こうして仕上がったトリナナにはプラットフォームを作ったメーカーの希望で「レール(クイナ)」という愛称が与えられたが、残念ながら現場では定着しなかった。むしろクイナという鳥のイメージが「トリナナ」という俗称の普及を後押ししたのかもしれない。だとしたら皮肉な話だ。

 自衛隊が持っていたFH70の約三分の一がトリナナに改造され、おおよそ各方面軍に一個大隊の割合で配備されているところらしい。運用は普通の牽引砲とだいたい同じで、要員は最低六人。車長(照準手)一、牽引車とトリナナの操縦手各一、あとは装填手だ。戦闘室はなく、一応砲架の後ろに小さな甲板と座席がついているが、登坂中は転倒の危険があるので乗ってはいけない。車長や装填手は自力で山を登る。つまりプラットフォームの股間部にきちんとした席を設けられている操縦手は特権階級ということになる。操縦手はレバーとペダルでプラットフォームを操る。戦車と同じだ。左右の履帯が脚に置き換わったと思えばいい。とにかく普及重視なので投影器を介した操縦系は持っていない。検討されたためしもない。だいたい、投影器というのは用兵上の必要ではなく肢闘を設計する九木崎の要望によって導入されたシステムであって、実験的な性格を帯びたマーリファインの方が特殊なのだ。

 配置についたトリナナは脚を折って着座の勢いで後ろに駐鋤を打ち込む。傾斜地での運用を想定している以上、射角は狭い。調整できるのは左右五度までで、それ以上は着座をやり直さなければならない。砲弾と装薬の携行は五発。六発目以降は機体ごと牽引車や給弾車まで取りに行くか、給弾用のウインチ付きの橇を斜面の下まで下して砲弾パレットなんかを引き上げる。ただ季節や植生によってはウィンチがよく草木の葉や枝を巻き込んで故障の原因になるので注意しなければならない。最悪装填手が砲弾一つ四十キロを担ぎ上げる羽目になる。まったく酷なものだ。一度トリナナの後ろまで持ってきてしまえば揚弾機がついているのでさほど力仕事ではない。


 砲弾が大気を焼く光の筋が上空を走る。背後から衝撃波。陣地の中央にいるM109一両の周りで砂煙が立ち上がる。試射だ。風を見てやや右に修正。

 そして斉射。砲の先端が爆竹のように次々と光る。やはり自衛隊の自走砲より砲身が短い。その分砲口の揺動も小刻みだ。FH70が猫じゃらしならM109は定規を弾いたような感じ。

 後列の牽引砲やトリナナからも砲撃。発砲の閃光がうっすらと大気に反射する。財政難の軍隊にしては大盤振る舞いに見えるけど、いくら予算が下りないからといって弾薬は温存しておいても湿気ていくだけ。使わないほうが損なのだ。

 着弾地点は見えない。稜線に隠れているのもあるけど、二十キロ離れていればどちらにしろ地平線の向こうだ。しばらくすると着弾で舞い上がった砂煙がかすかに見えた。五六発目からは閃光も見えるようになる。はじめ着発だった信管を時限に切り替えて空中で炸裂させているのだ。観測役(FO)、つまり偵察ヘリの視界がクリアなうちに主要ターゲットを集中的に狙い、あとは制圧射撃。射撃間隔も一分に一発くらいまで伸びる。そうして二十発ほど撃ち込んだところでエンジン音が大きくなった。M109が湯気を纏った砲身を下げて砲塔の扉を閉め、前進して地面から駐鋤を引き抜く。

 砲撃は終わったがまだ大気の唸りのような響きが残っていた。

 OHが地表すれすれを飛んで補給に戻っていく。

 陣地転換。賀西から無線が入る。

「柏木、一つ頼みたいんだけど、鴫濱大隊のトリナナが一機スタックしてる。今プロットした。救援に向かってくれ」

「私撃破されてますけど」私は答えた。仮想マップ上で賀西がプロットした座標を確認する。

「だから頼んでるんでしょ」

 実戦だったら撃破されたユニットに命令しているわけで、演習とはいえ反則じゃないのだろうか。でも仕方がない。命令なのだから。

 私は機体に戻って指定ポイントに向かった。

「栃木、聞いてたか」私は班内チャンネルで訊いた。

「聞いてたよ」と栃木。

 距離は約二キロ半。トリナナが展開していた陣地の最右翼だ。ほとんど自陣の端から端まで走らされることになる。データリンクを見ると中隊の他の機体は全部健在だった。ちぇっ、もう一機くらいやられててもいいのにな。わざわざ一番遠い私が行かなくても。

 でも味方の中を突っ切って移動したおかげで演習の規模を感じることはできた。とてつもない数の車両が参加しているのだ。支援車両も入れると優に二百は超える。しかもその約半数は海を越えて日本から持ってきたわけだ。

 海上移送は民間の自動車運搬船をチャーターして十日。シアトル港で揚陸して貨物列車への積み替え込みで二日。機関車六重連で百両以上引くのは結構な迫力だった。なかなかいい旅だったな。でも本当に旅だけだったなら、だ。大陸の平原の雄大さは結構だけど、こんな砂まみれになるのは決して気持ちのいいものじゃない。

 それから今回面倒だったのは栃木だ。牽引免許の取り立てほやほやでこんな任務だったので、船から降ろす時も、長物貨車に乗せる時も、散々泣き言を垂らしながらなかなか車を動かさないので耳が痛くなってしまった。ほんと漆原は忍耐強い奴だよ。車の周りを歩き回ってずっと指示を出し続けてたものな。ただ、前者はともかく、後者は実際慎重を要する作業だ。きちんと中心線を合わせないとアクセルが跳ねた時にずるっと脱輪してそのまま貨車の横に転がることになる。しかも状況が状況だから、重機をトレーラーの上に乗せるようにちょっと上って自分の尻が収まるまで進めばいいといった具合ではなくて、何両も連ねた貨車の端から上ってそのまま平均台のように奥まで進んでいかなければならないのだ。まあ、とんでもない仕事をさせられてると思ったことだろう。確かに栃木もかわいそうだ。係留はさすがに私と漆原だけでやってあげたな。

 指定ポイントに近づく。牽引車が二両停まっていた。片方は私の班の車だ。丘の斜面はかなり急な岩場だった。牽引車からワイヤーをかけて引いているが、トリナナの脚が返しのように引っかかっている。上から引っ張らなければだめだ。片脚は空いているからもう少しパワーがあれば自力で脱出できるのだろうけど、トリナナのエンジン出力はマーリファインの半分くらいしかない。その分関節のサーボも非力だし、脚自体の剛性も小さい。一方、牽引車にもクレーンはついているけどトリナナを丸ごと吊り上げるほどの能力はないし、ちょっと高いところでスタックしているのでアームの長さも足りない。

 トリナナの車長は三尉だった。たぶん中隊長車だろう。配下の車両だとしたら中隊長がそれを見捨てていくとは思えない。

 私はひとまず牽引車の横にマーリファインを着座させて操縦室のハッチから顔を出した。

「柏木二曹です」と簡潔に挙手の礼。

「勝田三尉」と相手も答礼。「わざわざすまない。私の判断ミスだ」

 確かにもう少し足場のいいところまで迂回する手もあっただろう。岩場を見るとそんな気もした。

「あの崖上に立って上から吊ります。一応地盤を確かめるので下にいる人たちを退避させてください」

「わかった」勝田中隊長はそう答えてトリナナの方へ走っていく。

「勝田さん私の元上官なの」栃木が無線越しに言った。

「栃木、特科だったっけ」私は訊いた。

「そうだよ。だからドライバーなんだよ。もー」

 我々肢闘中隊の人間は配属前に他の兵科を二年ずつ経験している。私と漆原は戦車部隊の出だ。特科というのは砲兵科の自衛隊流の呼び方だ。

「ねえ、弾倉下ろさないのかって、漆原が」栃木が伝言を吹き込んだ。漆原はインカムをつけていない。

「私の?」

「そう。柏木のマーリファインの」

「何とかなるでしょ。時間かかるし、駄目だったらにしよう」

「わかった」

 今回、弾倉に実弾が詰まっているわけじゃないけどそれなりの重さがあるし、機体の後ろ側についているから吊り上げの向きによっては邪魔になる。でも降ろすのはともかく、もう一度取り付け直すのに割と手間がかかるのだ。

 トリナナからドライバーたちが離れる。私は崖を登って、トリナナの一段上だと少し狭いのでもう一段登る。トリナナまでの高さは三メートル弱だ。その場でジャンプして崩れないか確かめる。大丈夫みたいだ。

 尾部の先が一メートルほど乗り出すように着座。重心が前寄りになるように、それから尾部横にラックがある牽引用ワイヤーを外しやすいように十五度ほど前傾して油圧を維持。砲口が地面を擦らないように少し仰角。外に出てワイヤーを外し、尾部の先両舷についている吊り上げポイントに二本のワイヤーそれぞれの一端をかけ、下に垂らす。飛び込み台の先端に座っているようなものなのでちょっとひやひやした。

 そこで栃木と漆原が一段下まで登ってきた。

「落ちてこないだろね」と漆原。

「たぶんね」と私。

「絶対って言ってよ」と栃木。心配性である。彼女はインカムをしたままなので声がダブって聞こえた。「ねえ、柏木、早く入って機体ちゃんと持たして」

「はいはい」私は答えて操縦室に戻る。

 でも完全に中に入ってしまうと下の状況がわからないので栃木のお願いに反して砲塔の陰からこっそり覗いておく。漆原が上でワイヤーの位置を決めて栃木が下でワイヤーのもう一端をトリナナに取り付ける。ワイヤーの長さが余っても吊り上がらないし、どのポイントにかけるかはトリナナの乗員と相談している。勝田中隊長の他にも面識のある人間がいるのかもしれない。結局砲架の付け根に決めたようだ。水平を取りたいのでワイヤーを二本使っているけど、捻りがかかるといけないので平地での牽引とは違ってワイヤーの交差はしない。

「少しテンションかけて」と無線越しに栃木が言う。

 私は操縦席に引っ込んで機体の脛部分を立てるように少し立ち上がる。ワイヤーが突っ張る。機体が後ろに傾くモーメントを感じる。こういった機体にかかる荷重は関節にかかる負荷のフィードバックから投影器を介して感じることができる。

「オーケー、一度緩めて」と栃木。「あと、もう一メートルくらい左につけられる?」

「やってみる」

 私は少し腰を下げて立ち位置を一歩左にずらし、再び着座姿勢に戻す。ハッチの後ろから下を覗き込むとトリナナの操縦手以外機体から離れて崖を降りていた。下についた栃木が手を振る。準備よしの合図だろうか、と思ったら横で漆原が手信号で「立ち上がれ」を示した。トリナナの股間に座っている操縦手が駐退機の陰から覗くようにしてこちらを見上げている。

 下手をしたら死人が出る作業だぞ。

 ちょっとそのことを意識しながら操縦席でベルトを締め直す。外に出て投影器のリールをいっぱいに伸ばせば下を見ながら作業できるけど、機体が転落してコードが伸び切って外れたら制御を失う。危険だ。左右のバランスも微妙になるだろうから砲塔もまっすぐ正面に向けておいた方がいい。

「上げ」とヘッドセットから栃木の声。

 私は機体の腰を上げる。エンジンを全力で回す。筒温がどんどん上がる。油圧に注意する。あまり負荷をかけすぎると管が割れたりセパレータが破損したりする。

 前傾を保って後ろに倒れないように維持。

「抜けた!」と栃木。

 モーメントが不規則になる。踏ん張りどころだ。

「オーケー、完全に脱出した」栃木が続けた。

「トリナナ、自力で立ってる?」私は訊く。

「立ってるよ。そっちは座って大丈夫」

 トリナナからワイヤーを外すのを待ち、外に出て私の機体側のワイヤーを外す。崖っぷちで仕舞うのが億劫だったのでひとまず崖上に放り投げて機体を広いところに移す。私がワイヤーを片付けている間にトリナナは無事に崖下まで辿り着いた。勝田中隊長を含め他の乗員が牽引車の横に揃って作業を見上げている。トリナナは台車を跨ぐように立って、ゆっくり着座、爪先を上げて下にベロを噛ませる。脚は大丈夫のようだ。投影器を介したモーメントの感覚的フィードバックがあるマーリファインと違って、トリナナの姿勢制御はコンピュータと手先頼みだから足場の悪いところは恐いだろう。私だってやれと言われたらやらないことはないけど、かなり渋ると思う。

 トリナナが嵌ったところはちょうどポケットのように岩場が落ち込んでいた。落ちたところで爪先が挟まって抜けなくなっていてもおかしくないような具合だった。私たちは上手くやった方だろう。

 なんだかそのポケットが私のことを待ち構えているような気がしたので、緩い斜面までささっと迂回して滑るように降りた。漆原が牽引車の後ろに立って私を誘導している。台車の造りはトリナナもマーリファインもあまり変わらない。プラットフォームのメーカーが同じだけあって腰尾部底の形はほとんど共通している。ただ脚部自体はマーリファインの方がかなりごついので爪先受けのベロの形なんかは結構違う。

 漆原が機体下げの指示。最後に一度だけ左下げの指示。地面がちょっと傾いているのか。着座。台車のサスペンションが軋む。足を上げる。漆原がベロをかける。次いで足首関節に手早くストッパーを差し込む。

 私は砲塔と砲身の向きを確かめてエンジンを止める。投影器のコードを引き抜いて窩の蓋を閉める。計器照明なんかの電気系は物理的にスイッチで操作しないと切れない。

 外に出て頭部カバーの外側でセンサー類のポリカーボネートを軽く拭いてから被せ、砲架の付け根、つまり肩にストッパーのピンを差し込む。プラットフォーム(下半身)は漆原、砲塔(上半身)は私の点検担当になっている。

 ハッチをロックして操縦室後ろの手がかり伝いに尾部上の甲板に降り、そこからまた地面に降りる。

「踵が結構傷いってたよ」ピンの袋を丸めながら漆原が言った。

「擦り傷で済んだ?」私は訊きながら機体の脚の裏を覗き込む。マーリファインの脚はほとんどアルミ合金の塊のようなものだ。

「結構抉れてるところもあるね」と漆原。

 確かに深いところはまるで徹甲弾が掠ったみたいに深い傷が走って土手ができている。

「ファルコンに狙われたときにちょっと滑ったんだ。下が岩だとこんなもんかな」

 私たちは別に突っ立って話し込んでいるわけじゃない。さっさと牽引車のキャビンに乗り込む。栃木は中で待っていて、漆原が扉を閉めるのに合わせて発進させる。エンジンが唸りクラッチが噛み合う。トリナナのトレーラーもちょうど出たところだ。

「このまま次の集結ポイントに向かえって」栃木が言った。無線で指示があったようだ。機体から離れてしまった私には無線は聞こえていない。

「前のトリナナについてくわけだ」漆原が言った。一度ヘルメットを外して髪を整える。黒く艶のあるショートだけどかなりウェーブがかかっている。

「そうだね」と栃木。

「また砂埃じゃないか」

「トリナナは全然損傷なし?」私はタオルで顔を拭きながら訊いた。

「うん。いや、全然ってわけじゃないみたいだ。爪先のサーボがかなり伸びてた」

「爪先って、洗濯バサミのヒンジ?」

「そう」

 トリナナとマーリファインの爪先は規模こそ違うけど同じような構造で、カモシカの足を模している。先端が二股で地面の形に合わせて閉じたり開いたりする。その手前に一対の親指のような突起があって、岩場では岩を四つ指で掴むような具合になる。平地では突起の方で着地して先端で地面を蹴る。

「落ちたってよりは滑落なのかな」私は訊いた。

「いや、落ちたんじゃないかな」漆原が答える。「ただ腰回りを結構打ちつけてるんだよ。結構あちこちへこんでたし。だから脚にはあんまり響いてない。あとで作動系とか冷却系にガタが来そうなケガだな」

 それから三十分ほどトリナナのトレーラーに続いて走ると平原の一角に他の車両が集まっているのが見えてきた。米軍の方がポイントを手前に設定していたようで、カーキ色の牛の群れの中を割って通っていくような具合だった。M109の他、牽引砲のM198やM777をつないだM1083トラックも並んでいる。型式があやふやなのはともかく、見覚えのある車両ばかりだったけど、全部が全部ではなかった。二両、M1128ストライカーに似た車両が見えた。でもストライカーそのものではない。車輪は四軸ではなく六軸でもっと小さく、車高も低い。砲塔はあるけど主砲ではなく両腕のような一対の機関砲装備だった。

 せいぜい四十メートルくらいの距離だったので栃木と漆原も気づいたようだ。

「対空砲?」と栃木。

「IFV(歩兵戦闘車)じゃないの。アメリカは対空自走砲持たないはずだし」と漆原。

「案外、肢闘のようなものかもしれないよ」私は言った。アメリカ軍も歩行プラットフォームの活用法を考えている。そういう噂はよく耳にする。

「試作車ってこと? だとしても使わないもの作るかな」漆原

「そう。だから対空じゃない何かしら別の任務のための、さ」私は窓の外を見ながら言った。

 その車両の真新しい塗装は色こそ周りの車両と同じだけど、表面の艶のせいでちょっと違う雰囲気を放っていた。

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