終章 平和な街で
春の光が部屋に差し込んでいる。
「ねえ、レイル。この箱の中身は?」
僕とレレイスが引っ越した部屋は、まだ箱ばかりで、少しも荷解きが済んでいない。
僕は彼女が抱えている箱を受け取る。
「本だよ、そろそろ整理が必要かな」
「なら引っ越す前にやってよ」
二人で生活するようになって、九ヶ月ほどになる。もう色々なことが阿吽の呼吸でできるようになった。
その日は夕方までに、寝具と調理用品を用意して、荷物に囲まれて食事をした。シャワーを浴びて出てくると、レレイスは一人で自分の荷物を確認していた。
彼女の体は、もう一般人と大差ないほど回復した。力強さが戻っているのには、いつも嬉しさを覚える。
「手伝うよ」
「うん、ありがとう」
しばらく荷物を開けているうちに、時間も遅くなって、休むことになる。
「ねえ、レイル」
不意に彼女が訊ねてくる。
「前の引っ越しの時も気になっていたんだけど、この箱って、何?」
そう言ってレレイスが指差しているのは、古びた四角い箱だった。バイオリンでも入っていそうな箱。
「うん、ちょっとした私物」
捨てることもできず、しかし普段は無視している箱は、アマギがいつか置いていった箱だ。
彼はあの後、急に仕事を辞めて、本当に僕の前には一度も現れていない。
「開かないようだけど?」
カチャカチャと箱をいじるレレイスに、僕は苦笑いを返す。
「鍵をなくしてね。でも捨てるのも忍びなくて、こうなっているわけ」
「どこかの業者に頼んだら? 開けてもらえるんじゃない?」
「いつか、鍵が出てくるさ」
僕は彼女の手元から箱を取り上げる。
この箱を僕は、開いたことはない。
オール・イン・ガンも、あれ以来、一度も起動していない。
やっと冷静に考えられるようになったけど、しかし、恐怖は常に心に潜んでいる。
鍵は、なくしてなんかいなかった。
でもきっと、箱を開けることはないだろう。
開けないでいさせて欲しかった。
神に願うことはただそれだけ。
僕はそっと部屋の隅に、箱を置いた。
指が少しだけ、震えた。
部屋の隅の立体映像が喋っている。
「連合と同盟の間の最終交渉は決裂し、対立は決定的なものになりました。すでに両陣営の軍は国境線付近に集結しつつあり、緊張感の高まりは−−」
僕の手は、震えている。
まるで心を映すように。
(了)
ALL IN GUN -1秒にして無限、そして奈落へと続く戦士の回廊 和泉茉樹 @idumimaki
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