第24話 悪魔


 彼は冷たい目でこちらを見ている。

「君がオール・イン・ガンで発揮した技能は、特筆に値する、と判断された」

「……誰にですか?」

 即座にそう返事ができた自分を褒めたかった。

 どうやらこちらが探っていた正体不明の誰かは、わざわざ向こうから出向いてくれるらしい。アマギがその当人ではないのは明らかだけど。

 こうなっては、彼は明らかに、使者に過ぎないとはっきりしてる。

「我らが全能の神だよ」

「三人の神官ですか?」

「それより上位とも言える」

 驚かずにはいられなかった。三人の神官が、オール・イン・ガンを構築し、運営している、そう思っていたのだ。

 彼ら三人は、並どころではなく、一流さえ及ばない、超級の魔法使いだ。

 一般人にも、魔法使いにも、奇跡としか思えない現象や理論を駆使する。

 そんな三人よりも上位だって?

「名前は?」

「名前はない。もし名前を呼びたいのなら、主、と呼べばいい」

 預言者、救世主、いろいろな単語が頭に浮かんだけど、どうやらそんな連中よりも、偉いらしい。これはまた、お高くとまったものだ。

「その誰かさんが、僕に用があると?」

 こちらが何かを打診される、ということは誰にでも予想がつく。その一点で、僕は主とやらより自分が上位だと判断して、強気に出た。

 それに対するアマギの反応は冷静で、変化しない。

「君の実力、素質、技術、すべてが合格ラインに達して、君は選ばれた。これは光栄なことだぞ。君は未来における、英雄への第一歩を踏み出せるわけだ」

 あからさまな比喩表現のせいで、安っぽく聞こえてしまう。ただ、アマギの表情は真面目そのもので、笑い飛ばそうとする僕の短い笑い声は、頼りないものになっていた。

「英雄ね。どういうことか、詳しく聞きたい」

「言葉のままだ。君は一人の兵士となり、主のために働く」

 全く理解できない。英雄とはなんだ? 兵士とは?

「これを渡すのが、俺がここに使わされた最大の理由だ」

 言うなり、彼は持ってきた箱を机の上に置いた。そして懐から古びた鍵を取り出すと、箱の鍵穴に迷いなく差し込む。手がひねられ、軽い錠が開いた音した。

「お前にしか使えない、特殊なものだ」

 蓋が開かれ、彼は箱を百八十度回して、中身をこちらへ向けた。

 箱の中に入っていたのは狙撃銃だった。

 変哲も無い、科学時代の、狙撃銃。

 でも、迫ってくる既視感に、僕は圧倒された。

 間違いない。この銃は、僕の銃だ。

 オール・イン・ガンで使い慣れた、狙撃銃そのものだった。

「この銃には極めて高位の魔法が施されている。これを持てば、君は現実世界で、オール・イン・ガンの中と同じことができる。わかるな? 現実でだ」

「待ってくださいよ」狼狽するのは、どうしようもない。「あれは仮想現実ですよ。しかも遊びだ。それが現実で、発揮されるわけが無い!」

 僕が声を荒げてもアマギはやっぱり、冷酷な目を変えない。

「今、俺が言った通りだ。あれが可能になるんだ。そういう魔法があるんだ」

 こちらを見据える瞳には、狂気が覗いた。

「オール・イン・ガンの最大の目的は、兵士の育成だ。未来や過去から強者を集めるのも、君たち、主のための兵士を鍛えるために用意された設計だ。そしてさっきも言った通り、君はそれに合格し、こうして特別な武器を与えられた。主が、君に遣わした、特別な武器だ。それを持って、君は主のために戦うことになる」

 もう何も言い返せなかった。

 少しも天城はこちらを気にせず、続けている。

「もちろん今すぐにじゃない。いずれ、来るべきときに、これを取れ」

 そう言って、アマギはそっと箱を閉じて、鍵をかけて、その箱の上に鍵を置いた。

 僕は彼の顔を見れなかった。

 箱を、鍵を、見ていた。

 でも何も見てはいない。何を言われたのか、理解しようとして、飲まれていた。

 全てが、計画のうちなのか?

「もう二度と会うことはない。君の働きに期待しよう。俺がたどり着けなかった、戦士の回廊を、楽しむといい」

 呆然としている僕の前で、アマギは立ち上がる。もちろん、箱を持っていくことはない。

 やっと顔を上げることができた。アマギはもう背中を向けている。

 何か、言うべきだ。でも、何を言えばいい? 何が言える?

 そのまま彼の背中を見送り、ドアが閉まって、完全に姿が消えてしまうと、僕はもう一度、箱に目を落とした。

 大きな箱は、見間違いではない。この箱の中には、狙撃銃が入っている。幻ではなく、実際の銃が。

 どうしたらいいんだ?

 感じていた怒りや憎しみは、一瞬、確かに消えていた。そういうものを忘れさせるほどの衝撃が、僕を薙ぎ倒していた。

 それが少しずつ去っていくと、怒りに突き動かされて、僕は机の上を手で払い、箱を床に叩き落とした。

 頑丈で、少しも壊れない箱。床の上のそれを一度、強く踏みつけた。

 怒りがついに爆発し、僕を突き動かした。

 二度、三度と踏みつけても、まるで岩でも蹴りつけたような反動がくる。ジンと足が痛んだ。

 しばらく睨みつけて、僕は次の段階に進むことにした。やはり床に転がった鍵を手に取る。へし折ろうとしたけど、無理だ。細いのに、とんでもなく硬い。

 窓の外を見た。すでに夜だ。

 投げ捨ててしまおう。

 そうすればこの箱が開くことはない。

 窓を開けて、手を振りかぶった。

 投げようとした。

 でも、できなかった。

 恐怖が、心を支配している。

 ここに狙撃銃を届けさせた誰かが、この程度の展開を予想できないだろうか。彼らは時間や場所、ありとあらゆる要素を支配しているのではないか?

 僕は彼らに、全てを把握され、操られている?

 窓を閉める手は震えて、そして鍵を持っていた手も激しく震え、軽い音ともに鍵を取り落とした。どうにか椅子に戻り、僕は腰を下ろした。

 どうしたらいいかは、わからなかった。

 逃げること、振り払うことは、できそうにもない。

 それでも僕は、椅子に座って、じっと動きを止めた。

 自分以外の全てが、僕に害意を持っている。

 そんな気持ちが僕の周囲を取り囲んだ。



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