第9話 ソノサキ
+side咲雪
「こ、晃くんこれでいいかな? ヘンじゃないかな?」
「大丈夫。可愛いよ」
さらっとそんなことを言ってくれる彼氏様。今日は、お母さんの彼氏さんと逢う日です。
お母さんたちは昨日帰って来て、奏子さんも昨夜はうちに泊まった。
「小雪さん、本当に俺も同席していいんですか?」
「ええ。相手の方にも話してあるから大丈夫だよ」
なんかどっかしらのレストラン(緊張で名前忘れた)でお逢いするらしくて、普段着よりはちゃんとした格好をしてって言われた。一応襟付きのワンピースにしたんだけど……彼氏様のカッコよさの前にかすんでいる……! 晃くんはシャツに七分丈のジャケットを羽織った格好なんだけど、どんなカッコでもカッコいいな! 新しいお父さんに逢う緊張より晃くんを間近に見ている緊張の方が上回ってきたわ!
「小雪―。そろそろ出るわよー」
「うん、奏ちゃんありがと」
「晃、小雪とさゆちゃんに恥かかすんじゃないわよ?」
「当り前」
今日は、奏子さんが運転手をしてくれるらしい。
「奏子さん、すみません。お手数おかけします」
「いいのよ。私もラウンジでお茶してるから」
「……?」
ラウンジ?
奏子さんが言った意味は、到着した先でわかった。そこは披露宴なんかも行われる、かなり大きなホテルだった。
「ちゃんとした話だから、それなりの場所でね?」
ってお母さんは言ったけど、私の頭は現実についていかない。いつの間にか、晃くんに手を引かれて歩いていた。
「さーゆちゃん」
ぶに。
名前を呼ばれて振り返ったら、私の右頬に奏子さんの人差し指がささった。あう……。
「か、奏子さん?」
「そう緊張しなくていいのよ。大丈夫だから」
奏子さんの、張りつめているモノを解かそうとしてくれる笑顔は、晃くんに似てとても優しい。
「母さん、さゆをいじめないで」
「いじめてないわよ。からかってるの」
「より悪い。母さんはここまでだろ? さゆ、行ける?」
「う、うん……っ」
晃くんに頭を撫でられて、私の意識は晃くんに支配された。やっぱりカッコ良すぎる彼氏様を見ている方が緊張だわ!
お母さんを先頭に、展望レストランまであがる。
「もう来てるはずなんだけど……」
お母さんがそうつぶやいたとき、お店の人がやってきた。名前を告げると「お待ちでいらっしゃいます」と言われて、奥の方へ案内された。その間、晃くんはずっと手を繋いでいてくれた。
「小雪さん」
お母さんの名前を呼んだのは、背の高い男の人だった。椅子から立って、こちらへ会釈してくれたから、私も同じように軽く頭を下げた。
「圭一(けいいち)さん、お待たせ」
「全然。挨拶してもいい?」
「うん。さゆ、晃くん、こちらの方が雪村圭一さん。仕事で知り合って、長いこと助けてもらってたんだけど……半年くらい前から……お付き合いしてたの。さゆ、黙っててごめんね」
お母さんが何故か私に謝って来た。私は顔をぶんぶん横に振った。
「は、はじめまして、司咲雪です。あ、あの、晃くんも一緒にいさせてくれて、ありがとうございます」
……晃くんがいなかったら、私、ここに来る勇気も出なかったと思う。
「雪村晃です。咲雪さんとお付き合いさせていただいてます」
「雪村圭一です。すごいね、小雪さん。写真では見せてもらってたけど、娘さんも彼氏さんもすごい美形。僕の方が緊張しちゃうなあ」
そう言って、照れたように頬に指を当てる。あ……なんか、大丈夫かも。
「色々と話すことあるから、取りあえず座りましょ?」
お母さんに促されて、テーブル席につく。当たり前のように、晃くんは私の隣に座ってくれた。
「咲雪さんは……咲雪ちゃんって呼ばせてもらってもいいかな? 僕もお父さんになるのは初めてなんだ。慣れなかったらおじさんでも雪村さんでも、呼びやすいように呼んでくれて大丈夫だから」
そう言って微笑んでくれる。
「いえ、私、お父さんって存在と呼び方は憧れで……私からもお願いがあるんですけど、いいですか?」
「僕に?」
「はい。――私を娘だと思ってくれるんなら、晃くんのことは息子だと思ってください!」
言った! 言っちゃった!
晃くんには言ってあったこと。お父さんになる人と逢うとき、一緒にいてほしい。それから、こうお願いしたい、って。
お母さんと二人、驚いた顔で私たちを見て来る。テーブルの下で、晃くんがまた手を握ってそっと視線をくれた。
「――晃くん」
「は、はい」
急に名前を呼ばれて、晃くんは珍しくびっくりしたみたいだ。
「僕を、咲雪ちゃんのお父さんに認めてください!」
反対にお願いされて、私も晃くんもびっくりしてしまった。お母さんも驚いているようだ。
「圭一さん……」
そして晃くんも。
「……す、すみません……なんか俺が照れる……」
少し頬を染めた晃くん。かわいー……。
「ここはピュアっ子しかおらんのか」
呆れたように響いた声は、奏子さんだった。あれ? ラウンジってここ、一階だって聞いたけど……。
「か、奏子さんっ、出るの早過ぎだって」
何故か奏子さんの後ろには知らない男の人がいて、慌てていた。でも、なんかこの人……。
「奏ちゃん。もう来ちゃったの?」
「ごめんね小雪。そこでやり取り聞いてたんだけどね? みんな純粋過ぎて茶々入れたくなっちゃった」
えへ、と悪戯っぽい笑顔を見せる奏子さん。えーと……?
「晃、さゆちゃん、もう一人紹介した人がいるの。雪村光司さん。今のところ……晃のお父さんになる予定なんだけど……?」
こ、晃くんのお父さん⁉ しかも、この方もなんとなく似ているなって思ったけど、雪村って苗字ってことは――。
「は、はじめまして、晃くん、咲雪さん。咲雪さんは、兄がお世話になります」
兄!
「お父さんとご兄弟なんですか……?」
「そ、そうなんだ。兄弟そろって今まで仕事一辺倒で、恥ずかしいくらい女性と接点もなくて……あれ、今、咲雪ちゃん……?」
ふっと、私、何気なく呼べていた。
「お父さんって言いました。お母さんのこと、よろしくお願いします」
椅子に座ったままだけど、お父さんに向かって頭を下げた。なんとなくの理由がわかった気がする。なんとなく、この人はお母さんを大事にしてくれる人だ、って。
「咲雪ちゃん……」
お父さんが、今にも泣きだしそうな顔をした。お父さん、ってもっと怖い存在かと思っていたけど、圭一お父さんはなんか可愛いかも。
「さゆちゃんほんといい子! で、うちの息子は……」
奏子さんが晃くんを見る。晃くん、さっきから黙ったまんまだけど……。
あ。
「晃は……やっぱりまだ嫌だった?」
「晃くん、ごめんね、いきなりこんな話になってて――」
奏子さんと光司さんが焦っている。けど、違うよ。
「大丈夫です。晃くん、感動してるだけですから」
テーブルの下で繋いだままだった手に力をこめると、晃くんははっと瞬いた。
「……なんでさゆにはばれてんの……」
口元を手の甲で隠して、恥ずかしそうな晃くん。か、可愛い! ぎゅって、ぎゅーってしたい!
「か、感動? 晃、新しいお父さんとか嫌じゃないの?」
奏子さんはまだ戸惑っている。
「そんなわけない。この前も言ったけど、母さんを大事にしてくれる人なら、俺は反対なんてしない。ただ……俺、自分の父親とは一生縁がないかなーとか思ってたから……。旭の親が結婚したって聞いたときは、少し旭を羨ましく思ったし」
晃くん……。
「晃くん、約束します。絶対奏子さんを大事にして、幸せにするって。だから、僕を晃くんの父親に――咲雪さんの父親に、してください」
……光司さん……ううん、光司お父さん、でいいのかな?
「はい。母さん、気が強いし、小雪さんにも迷惑かけてばっかりだから、絶対父さんにも迷惑かけると思うけど、よろしくお願いします」
「否定出来ないこと言うんじゃないわよ、息子。でも……ありがとう。晃には辛い思い出しかないから、少し言い出しづらくて……遅くなってごめん」
「いや? 母さんも結婚するんだろうなあって、電話でわかったけど?」
「え? 私そこまでまだ言い出せてなかったでしょ?」
「口ぶりからして、もう相手はいるんだろうなって気はしてた。まさかさゆのお父さんと兄弟とは思わなかったけど」
『………』
お父さんたち、お母さんたち、黙った。晃くん頭いいだけじゃなくて鋭いからなあ。
「――さゆ、晃くん」
お母さんが、少し声を張り上げた。
「今まで、二人には淋しい思いも大変な思いもたくさんさせてきたと思う。私も奏ちゃんも仕事ばっかりで、家事は任せっきりにしちゃったり……。だからこれからは、二人も、二人の幸せを一番に考えてほしいの。一緒にいるって、決めたんでしょ?」
そう言って微笑んだお母さん。あー……お母さん、だなー……。
「うん。ありがとう。お母さんたちも、幸せになってね」
「さゆのことは心配しないでください。絶対に泣かさないし、傷つけないって、約束します」
晃くんの言葉に、ふふっと、思わず笑みがこぼれる。晃くんが、私に対して一番言ってくれる言葉。ずっと大切にするって言ってくれているみたいで、聞くたびに嬉しくなるんだ。
「あー二人で住まわせてよかったー」
突然、奏子さんが両手で顔を覆って天井を仰いだ。
「か、奏子さん?」
「だって、年頃の娘と息子を二人で住まわせるって、結構なハードルでしょ? でも、よかったわ、あんたたち。ずっと、仲良くね」
そう言って、はにかむような笑みを見せた奏子さん。私と晃くんは顔を見合わせたあと、笑顔を返せた。
+
「家まで送って行かなくていいの?」
「せっかくだから少し歩いて帰る」
「晃、さゆちゃんいつも以上に可愛いんだから、絶対に一人にするんじゃないわよ?」
「当然」
晃くんと奏子さんがボソボソ言い合っている。喧嘩してる風じゃないけど……。
お母さんたちもお父さんたちも忙しい仕事の中で時間を作ってくれたみたいで、みんなで食事をしたあと、仕事へ戻るそうだ。私と晃くんは、家に一番近い駅でおろしてもらった。
お母さんと奏子さんの車を見送って、顔を見合わせた。
「はーっ、緊張したー。晃くん、ありがとうね」
「さゆが頑張ったんだよ。まさかうちも一緒に紹介されるとは思ってなかったけど」
「一緒にお父さんが二人も出来ちゃったね」
「な」
するっと、晃くんが指を絡めて来た。
「デート、する?
「!」
で、デート……なんと甘美な響き! 私は何度も肯いた。晃くんはくすりと笑う。
「メシ食ったばっかだからな。少し歩くか」
「うんっ」
晃くんと手を繋いで、並んで、人がいる中を歩ける。それだけで私には十分過ぎるほどです……!
「うちが名前を失くせない家とか、初めて知ったよ」
「司って名前の名家があるのは知ってたけど、まさかさゆん家がそこと遠縁だったとはな」
さっきの席で、お母さんに言われたんだ。
『さゆと晃くんにはまだ実感湧かない話かもしれないけど、実を言うとうちって途絶えさせることが出来ない血筋って言うのかな……簡単に、名前を失くせない家なの。圭一さんも司に婿養子に入ってくれることになっててね? だからもし、二人が先まで一緒にいるのなら、可能性の一つとして、晃くんがうちに婿養子に入ることもあるかもしれないの』
全然知らなかった。
『俺は名前に執着とかないから、さゆと一緒にいられるんなら『司晃』になるのは大歓迎です』
そう言って、隣で微笑んでくれる晃くん。奏子さんから手刀が降りた。
『少しは執着しなさいよ。お母さんの苗字なのよ?』
『でも母さんも結婚しても『雪村』なんだろ? 俺も変わんないってことだろ』
そう、圭一お父さんと光司お父さんは兄弟で、しかも晃くんと同じ苗字。奏子さん、運命でも感じちゃったのかな? なんて。
圭一お父さんと光司お父さんは結婚歴がなくて、ご両親ももう亡くなっていて、二人でご実家に住んでいるそう。うちと近所ってほど近くもないけど、歩いて行ける距離にあるんだって。圭一お父さんは司の婿養子になるから、近いうちに私たちの家に引っ越してくることになった。反対に、晃くんと奏子さんはお父さんたちのご実家に引っ越すんだって。
二人っきりで暮らすことは出来なくなるけど、歩いて行ける距離のおうちだから、逢えなくなるわけじゃないのが嬉しかった。
でも、どっちも入籍を急いではいなくて、引っ越しも仕事の様子を見ながら決めたいって言われた。私は晃くんと離れ離れになるわけじゃないから、それだけで十分だ。
少し歩き疲れて、近くにあったカフェに入った。晃くんと二人でこういうところ、初めてだ……!
「しばらくはお互い忙しいな」
「だね。でも、うれしーな。家族が一気に増えちゃった」
私と晃くんのお付き合いを、みんな認めてくれた。お母さんたちは月曜日にはまた出張へ戻るから、同居が終わるのはあとどのくらいかまだわからないけど、だからこそ、それまでの二人きりの時間を大事にしよう。……淋しいことは、否定できないけどね?
「さゆ、ちょっと前から考えてたんだけど……」
「なに?」
「……大学」
「うん?」
「大学、同じところに合格したら、二人で暮らさないか?」
「え……ふたり、で?」
「うん。やっぱり俺、さゆと一緒がいい。母さんたちと父さんたちは説得するから、……どう、かな?」
少しだけ不安の色が見える晃くんの眼差し。私は勢いよく肯いた。
「私もっ、晃くんと一緒がいいっ」
晃くんと――今度は二人暮らし。
晃くんはふっと笑った。
「絶対合格しなくちゃいけなくなったな」
「うん! がんばろ!」
晃くんと、ずっと一緒にいるためなら、私はいくらでも頑張れるよ。
+
それから二か月後、お母さんと圭一お父さんは籍を入れて、司の家で、三人で暮らすようになった。奏子さんと光司さんはそのひと月前に結婚していて、それに合わせて晃くんもうちから引っ越した。うちから引っ越すってあたりがもうね、淋しくてね、二人になれば抱き付いてしまっていたよ。
晃くんの新しい家は、うちから歩いて十分もしないところだった。休みの日は、大体どちらかの家で勉強するのが慣例になった。試験の結果がよかったときとか、たまーにお互いへのご褒美でデートしたりもした。
付き合って二年の記念日は、勉強はお休みして二人で少し遠出した。そこで、指輪をプレゼントし合った。世に言うペアリングってやつだ。さすがに学校ではつけていられないけど、それ以外ではずっとつけている。
今日も。
「咲雪ちゃん、困ったことがあったら必ず電話するんだよ? 飛んでいくから」
「うん。わかってる」
「晃くんが一緒だから大丈夫だと思うけど、家にいるときは必ず鍵をかけて、来訪者は必ず確認してからドアを開けて――」
「圭一さん、それ十回目くらいだよ」
呆れ気味のお母さんにたしなめられて、お父さんは目元を拭った。最初の印象の通り、お父さんは優しくて、泣き上戸だ。
そのとき、インターホンが鳴った。
玄関におりていた私は、すぐに振り返る。
「はい」
「さゆ? 迎えに来たよ」
扉越しに聞こえる晃くんの声。また振り返って、お母さんとお父さんを見る。二人は優しい眼差しで軽く肯いた。
私がドアを開ける。そこにいたのは、私と同じようにキャリーケースを引いた晃くんだった。
「お待たせ」
「ううん。ありがと、来てくれて」
「小雪さん、圭一さん、お待たせしました」
「ううん、こちらこそ、娘をよろしくね。晃くん」
「晃くん、咲雪ちゃんを頼んだよ!」
お父さんは、晃くんの手をガッと摑んで懇願という勢いだ。晃くんから微苦笑がもれる。
「父さんと母さんも来てるんですけど……」
「さゆちゃーん。見送りに来たわよ」
「兄さんはまた泣いてる」
続けて顔を見せたのは、奏子さんと光司お父さんだった。
私と晃くんは肯き合って、庭へ出た。
「お母さんたち、お父さんたち、行ってきます」
「うん」
「気を付けてね」
「何かあったら必ず連絡するのよ」
「晃くん、咲雪ちゃんを頼んだよ」
それぞれから返事があって、なんだか見送られるっていう実感がわいてくる。
「――四年」
ふと、晃くんが少し声を大きくだした。
「四年経ったら、さゆと二人でこの家に帰ってきます。そうしたら、ここにいる全員で家族になってください」
私も、晃くんを見てから、お母さんたちとお父さんたちを見た。それは、私と晃くんが――って、こと。
そして、四人同時に笑顔を見せてくれた。
「ええ」
「勿論」
「待ってるよ」
「必ず二人で帰って来てね」
その言葉に見送られて、晃くんと二人、手を繋いで歩き出した。
+
「電車で一本でよかったね」
「だな。一時間以上はかかるけど」
二人で暮らすアパートへは、もう家具や衣類は運んである。お父さんたちが張り切ってくれて、この前の休みの日、全部引っ越しは終えている。今お互いが持っている荷物は、それこそ旅行に行くときに持って行くような必需品だけだ。
「晃くん、眠そうだね?」
「ん。昨夜、父さんと色々話してて寝たの明け方」
晃くんは、光司お父さんを『父さん』と呼ぶのを躊躇しない。うちも晃くんのところも、仲のいい親子になれたと思う。
「少し寝てていいよ? つきそうになったら起こすから」
「ん……頼む」
そう言って、私の肩に寄りかかってきた晃くん。……あー、大すき。
晃くんと二人で住むアパートからは、桜並木が見えた。
「部屋からお花見出来るね」
「いいな」
すっかり目の覚めた様子の晃くんと、ベランダで並んで、細い川沿いの桜並木を見る。
首都圏だけど、どちらかと言うと地方の国立大学に入学する私たち。2DKのお部屋は、すぐにでも生活が始められそうなくらい片付いている。
「父さんたちが張り切り過ぎてて、母さんたち若干引き気味だったからな」
「頼りになるお父さんたちだよね。お母さんも奏子さんも、いい人と出逢えてよかった……」
そっと、ベランダの枠に置いた手に、晃くんの手が重なってきた。
「俺もだけど?」
「へ?」
「俺もいい人と出逢った。ってか、俺とさゆが出逢ってなかったら、母さんたちが仲良くなることもなかったんだからな?」
「あ、あはは。そうだね」
な、なんかこの手の自分の話題は照れますなー。
「持って来た荷物片付けたら、散歩がてら食材買いに出るか」
「そうだね。あの桜並木歩きたいなー」
「だな。あと、さゆ?」
「うん?」
顔をあげると、晃くんの顔が近づいて来た。そして耳元にささやかれる。
「明日は、衣衣(きぬぎぬ)の朝でよろしく?」
バッと、両耳をふさいだ。
「な、なんてことを言うの……」
そ、それって、きぬぎぬって……!
「二年半経つし、さゆの心の準備も出来たかなーと」
「う……」
「でも、出来てなくてもいいよ。さゆが大丈夫になるまでいくらでも待つから。それに、離れる意味の方じゃないし」
「………っ」
「取りあえず、ここで最初のキスしてい?」
口端をあげる晃くんの色っぽさ。私、彼女なのに負け過ぎでしょ……!
思い切って、ぎゅっと抱き付いた。
「さゆ?」
……そう呼んでくれる、その声も、大すきなんだよ。
「私、晃くんを好きになってよかった。晃くんがいてくれるから、ずっと幸せだよ……」
優しく頬に手がかかって、上を向かされる。そこにあるのは、私が映りこんだ穏やかな瞳。そっと、唇が触れ合う。
「俺も、さゆを好きになってよかった。……さゆと出逢えて、幸せだ」
END.
六花の恋-ライバルと同居することになりました?- 桜月 澄 @sakuragi_masumi
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