俺の知ってるこくまろと違う(桶屋4)
かごめごめ
俺の知ってるこくまろと違う
「ククク……任務完了。急いでボスのもとへ…………ん?」
ない。
ない。
……ない!
「チッ! あの野郎、しくじりやがったな!」
タナカとかいう男から受け取ったスーパーの袋には、肝心のものが入っていなかった。
カレールーだ。
ルーがなければ、カレーは作れない。小学生でも知っていることだ。
俺はあの男に、ちゃんとリクエストしたはずだ。ルーはこくまろの甘口にしてくれ、と。
だというのに……。
やはり、あんな冴えない野郎に頼んだのが間違いだった。
「くそ、もっとよく確認しておくんだった!」
じっくり中身をあらためるのもわざわざ買ってきてくれた相手に失礼かと思って、ざっとしか確認しなかったのだ。
今から追いかけても、自転車には追いつけないだろう。
……どうする?
俺が直接、スーパーに足を運ぶか?
……だが、俺たちのような“組織”の人間が行けば、店やお客さんに迷惑をかけてしまうかもしれない。それはできるだけ避けたい。
ならひとまず、手に入った食材だけでもアジトの冷蔵庫に入れてくるか?
……いや、俺がこくまろ(甘口)を入手できなかったと知れば、ボスやファミリーのみんなはどう思う?
きっと――ぬか喜びさせてしまうに違いない。
みんなお腹をすかせて俺の帰りを待ちわびているのだ。
などと思案していると、タナカが出ていった路地の入口から、別の男が歩いてきた。色黒で背の高い男だ。
ちょうどいい。取引を持ちかけてみるか。
「クク……なぁあんた、つかぬことを訊くが――こくまろを持ってないだろうか?」
この際、甘口じゃなくてもいい。こくまろであるならば。
「あぁ?」
男がガンを飛ばしてくる。人相の悪い男だ。
話しかけておいてなんだが、こんなろくに料理もできなそうな男がカレールーを持ち歩いているとは思えない。せめて主婦っぽいおばさんに声をかけるべきだったか。
「もし持っているのなら譲ってほしい。もちろんタダでとは言わない」
「…………」
男は鋭い眼光で、真意を探るようにじっと俺の顔を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「いくら払う?」
「持ってるのか?」
「まぁな」
マジか。人というのは意外と見かけによらないものなのかもしれない。
「3万でどうだ?」
「馬鹿言え。安すぎる」
「なら5万」
「10万だ」
「馬鹿言え。高すぎる」
「なら話は終わりだ」
「わかった、8万でどうだ。これ以上は出せない」
「……いいだろう」
「クク、取引成立だな」
男は俺から諭吉を八人受け取ると、肩に下げた鞄からこくまろを取り出し……ん?
「……おい、それはなんだ?」
男が取り出したのはホウセ食品のこくまろの箱ではなく、ジッパー付きの小さなポリ袋だった。中には白い粉のようなものが入っている。
「なにって、“コクマロ”だろ?」
男が不思議そうな顔をして言う。
これが……こくまろ……?
俺の知ってるこくまろと違う。
もしかして…………香辛料の類か?
「俺がほしいのはパウダータイプじゃなくて、固形タイプだ」
「は? 俺の知ってるコクマロは、これ一種類だけだぜ?」
「そうなのか?」
俺が知らないだけで、これもまたこくまろなのか? ホウセ食品の新商品?
「あんた、その様子だと今回がはじめてのようだな?」
戸惑う俺に、男は唇の端をつりあげて言う。
「コクマロはいいぜ? なんたって、力士が空を飛んだりするからな。ハハッ、傑作だろ?」
「……??」
なにを言ってるんだ、この男は??
「じゃ、確かに渡したぜ」
男は俺の手に粉の入ったポリ袋を強引に握らせ、
「それと、もしおかわりがほしくなったら、この番号に電話しな」
さらに電話番号の書かれた紙切れも渡された。
「じゃあ俺は行くぜ。使いすぎには注意しろよ!」
「…………」
ひとり取り残された俺は、手の中のものに視線を落とす。
これがこくまろでないことは、火を見るより明らかだ。
つまり俺は……騙されたのだ。
「くそっ、やられた! なにがおかわりだ!」
俺は紙切れをくしゃくしゃに丸め、投げ捨てた。丸まった紙は風に乗って、路地裏の外へと運ばれていった。
そしてもうひとつ、偽のこくまろも地面に叩きつけようとして、寸前で思い留まる。
8万もしたんだ。本物のこくまろであれば経費で落ちるが、これは落ちないだろう。食べられるものなのかも定かではないが、捨ててしまうのはもったいない。
俺は偽のこくまろをコートのポケットにねじこんだ。
「フッ……まぁいい」
俺は気持ちを切り替えると、アジトへ向かって歩き出した。やはり一度、食材を冷蔵庫に入れてこよう。
本物のこくまろを手に入れるのは、それからだ――。
俺の知ってるこくまろと違う(桶屋4) かごめごめ @gome
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