第44話そして・・・それぞれの12年後
~十二年後~
沙希は職場のみんなに挨拶をしていた。
「8年間、お世話になりました」
「沙希さん、独立しても頑張ってくださいね。応援しています」
「古村さんが居なくなるとかなり困るけど、俺たちも頑張るしかないんだよな!」
「こちらこそお世話になりました。古村さんには感謝してます。しっかし、独立するとかホントに凄い行動力だよねぇ。でもきっと古村さんらしい施設になると思う。応援してる!」
沙希は大学卒業後から今日まで心理カウンセラーとして働いていた施設を退職し、新しく作った施設で心理カウンセラーの仕事を続ける。職場はとても楽しかったが、色々考えると自分が理想としているカウンセリングをするには少し時間に制限があったことが気になっていたから。
もっと自由に悩んでいる人が利用出来るような施設があったらとずっと考えていた。それは心理カウンセラーになれた時から実現に向けて色々準備をしていた。そして、ようやくこの日を迎えることが出来た。
沙希は職場を出て新しい施設に向かった。大学在学中から自分が理想としていたカウンセリング施設と言うものはあった。しかし、現実にはそんな施設を探しても見つけられなかった。
今までお世話になった施設は一番理想に近かったと言うことと採用してもらえたと言うことで自分の理想の施設を作ることも可能なのではないかと思えた。そんな沙希を施設の職員は応援してくれた。
全国規模の施設だったから時間に関する制限は融通出来なかったが、沙希の思想を尊重してくれる職員がかなりいてくれたおかげでこの独立まで辿り着くことが出来たと言っても過言ではない。八年間で学んだ経験や知識をこれからの施設でも十分活かしながら新たなスタートを切ることになる。
いろんなことを思い出しながら沙希は新しい施設に到着した。
三階建てのその施設を目の前にし、今までのように制限の中での仕事ではない分の責任の重みや、本当にやりたかった仕事への期待感などが混ざり合っていた。これからここで少しずつ自分の理想としているカウンセリングをしていくのだと思うと気を引き締めなくてはと改めて実感した。
その施設は一階に精神科外来。二階に心理カウンセリング外来。そして三階は自宅になっている。施設内に自宅を設けるのも沙希の理想だった。スタッフが住める部屋も数部屋作った。この施設の方針に賛同してくれるスタッフと共に利用者の心の声を聞き、少しでも気持ちを楽にして行けたらと思っている。
中に入るとちょうど診察室から出て来た長身の男性と目が合った。
「おかえり。8年間お疲れ様」
そう声を掛けて来たその男性は既に一階で精神科外来を担当しているドクターだった。ドクターと言っても白衣などは着ていない。出来るだけ患者さんと近い状態での診療を目指すのがこの施設のこだわりでもあったから。
「ただいま。祐希先生」
沙希は笑顔で答えた。
既に精神科医として大学病院で実績を積み、両親を個人病院の理事長、副理事長にすることを条件で佑希は独立することが出来た。まだ医師としては未熟の域だが、父親は精神科医の中ではそれなりに信用のある地位に就いていながら、大学病院の医師として現役で働いている。
母親は女性専用の精神科を別のところで開業している。こちらもまたかなり有名な医師になっていて、その二人が監視役ならば未熟な佑希でも独立開業させても問題がないだろうというのが医師会の決定だった。
もちろん、両親がここで患者を診ることはない。
「名前だけ貸してあげる♪」
と楽しそうに母親がいい、父親もそれに同意した形だった。
人の心の声を聞き、受診するのは思ったよりも難しいと感じた大学生活だったが、その間、沙希も沙希でカウンセラーとしての知識を学ぶのに苦戦していた。高校を卒業した時に話したよりも、もっと逢う時間はなかった六年間をふたりは過ごした。
先に佑希が開業をして、その二階に沙希の心理カウンセラーのスペースをあらかじめ作っておいた建物は三階建ての病院だ。三階部分は病院ではないが。
*****
12年前の高校卒業式の帰りに寄った祐希の部屋で祐希が出した答え。それは、
「分かった。これからも自然体で行こう。無理に逢おうとしなくてもいいし、逢える時に逢う。お互いがお互いの目標のために頑張り、夢を叶えることを優先していこう。それでどちらかの気持ちが離れてしまったとしてもその時はそれがお互いのためには最善だと思って別れよう」
「このまま縁があれば俺たちはずっと続くんだよな。ありがとう。沙希のおかげでモヤモヤしていた気持ちが少し晴れたよ。あとはもう少し時間をかけてスッキリさせる。今、俺は沙希が好きだ。その気持ちのまま大学でしっかり学んで精神科医になる。沙希も心理カウンセラーの夢を実現させて」
「いつか二人がまだ続いていたら、二人で開業しよう。精神科とカウンセリングが出来る施設があったら患者さんたちはきっと敷居が高い精神科から受診するより楽な気持ちでカウンセリングを受けに来られると思う。そんな施設が作れるようにお互い頑張ろう。俺が医師になれるのに順調でいったとしても時間がかかっちゃうからちょっと待たせてしまうかもしれないけど。待ちくたびれちゃったらそれはそれで運命を受け入れる」
だった。沙希もその夢を実現したいと賛同した。そして高校卒業から十二年の間、ふたりは無理をせず付き合いを続け、時には逢って、時にはLINEでお互いを励まし合い続けた。
もちろんその間に喧嘩もしたし別れの危機もあった。あまりに逢う時間が作れず、予定がすれ違いばかりの時期もあり、お互いが弱気になったのだ。でも今、こうして二人が同じ夢を叶えた。
そして沙希は来月、新村になる。
〈完〉
不思議な香りの中であなたの心の声に包まれて・・・ あかり紀子 @akari_kiko
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