第43話【ふたりが出した答え】B面

 「あぁーーー!沙希ちゃん!卒業おめでとう♪」


ドアを開けた瞬間、母親は俺たちを出迎えた。俺たち・・・というより明らかに沙希だけな気もするが。


「あ、ありがとうございます。お邪魔します」


沙希はかなり驚いた様子だったが、母親につらせて満面の笑みでそう言った。帰り道、話すことが見つからずに無言で歩いていた時の沙希とは別人のように気持ちが穏やかで、楽しそうだった。


「俺と居る時とテンション違うな。母さんに嫉妬しそうだわ」


いや、『しそう』ではなく確実に、一瞬で、俺は嫉妬した。と同時にひとりで自室へと向かっていた自分の行動に驚いていた。沙希を置き去りにしようとしたのか?俺は。

沙希は慌てて、俺のあとをついて来た。


『嫉妬してくれたのね♪なんか嬉しい♪』


沙希は楽しそうだった。俺が嫉妬しているのが楽しいのか?と疑問だったが、母親に嫉妬するなんて俺が明らかに大人げないのは分かっていた。ようやく俺の心はヒートダウン出来た気がした。


 俺たちは、俺の部屋に入った。もう何度も繰り返している行動だったが、今日は今までとは違う感情だった。これから沙希に大事なことを伝えるつもりだったからだ。


 俺は部屋に入ると沙希の方を向いた。そして、


「卒業しちゃったな」


と言った。沙希は唐突に言われて驚いたような顔をして黙っていた。少し、見つめ合う時間が続いた後、ようやく沙希は、


「うん。卒業しちゃったね」


と少し微笑みながら答えた。俺たちはいつものようにベッドを背もたれにした状態で並んで座った。そして、


「なぁ、沙希」


俺は切り出した。沙希の目をしっかりと見ながら、ずっと考えていたことを口にした。


「俺たちさ、続けられると思うか?」


沙希は、予想外なことを言われたと動揺していた。沙希には別れるとか終わるという選択肢はなかったようだ。俺の言葉に沙希は必死に言葉を探している様子だった。でも心の中もいろんな感情が湧き出てまとまらないというった状態だった。


沙希が混乱しているのが分かっているのに俺は、ずっと考えていたことを続けて伝えようと思ってしまった。沙希の混乱が落ち着くのを待っていたら伝えようと決めていた決心が鈍ると思ったからだ。


「俺さ、沙希がずっと不安がっていたのを聞いていてずっと考えてた。逢えなくなると、もっと沙希を不安にさせる。それでも続けて行けるのかって。でも答えは全然出なくて」


沙希は俺の話を黙って聞いていてくれた。


「母さんたちは社会人になってから出逢ったから離れている時間ってなかった。けど俺たちはこれから簡単には時間を作れなくなる。当然逢う時間は減る。逢わなくても俺たちは付き合っているって言えるのかな?って考えてみた。でもこれも答えは出なかった」


沙希は俺がずっとこんなことを考えていたのかと驚いていたと同時に自分が何も考えていなかったと後悔していた。俺だって何も考えず、付き合いが続くことだけ考えていたいと思っていた。


でも現実問題、それは難しいのではないかと一瞬思ってしまってからは、もう続けられるのか?別れた方がいいのか?とそんなことばかり考えてしまうようになっていた。


「沙希は今後のこと、どう考えているのかな?って今日は聞かせてほしくて来てもらった」


突然、予想外のことを言われた上に、自分の意見を言えと言われている沙希は当然、混乱している。それでも俺がずっと考えていたことが分かると、それに答えなくてはと思って必死に答えを、自分の気持ちを整理しているのが分かった。


こんな自分勝手な俺の言葉に一生懸命答えを出そうとしてくれている沙希を前にして、改めて自分の身勝手さと沙希の優しさを感じていた。そして沙希は静かに言った。


「ごめんね。私、佑希がそんなこと考えてくれてたなんて全然気付かなかった。ありがとう」


なんと俺に礼を言ってきた。勝手なことを突然言われたのにどうして礼が出て来るのかと驚いた。俺が驚いている間に沙希は続けて言った。


「私はね、今は離れても、逢う時間が減っても別れるって選択肢はなかった。住む場所が変わるわけではないし、何かと逢う時間は作れると思ってたし。忙しくて逢えなくても連絡を取り合う方法はあるわけだから。私が心配していたのは逢えなくてお互いの気持ちが離れちゃったら・・・ってこと」


沙希は沙希なりの不安だった気持ちを素直に聞かせてくれた。俺は、黙って聞いていた。


「私は恋愛経験がなかったから、本やドラマとかの恋愛からしか想像することが出来ないけど、離れている時間が長いとうまくいくパターンってあまりなかったから。どちらかが他の人を好きになっちゃったり、ドリラもそうなっちゃったりって感じが多いでしょ?実際の恋愛もそうなることが多いから本やドラマでもそういうのが多いのかと思ってて。それで不安になっちゃってた」


俺だって、恋愛経験はないが、本やドラマもほとんど見ないから本当に参考にするものが何もなかったと改めて気付いた。俺は沙希の言葉に頷きながら、離れている時間のことを想像していた。


「私は佑希が好きだし離れてる時間が長くても嫌いにならない自信はある。佑希もそうだと信じてる。でもこの先どうなるかは私にも分からない。佑希だって分からないと思う。でもね。それでいいんだと思うんだ。お互いが離れている間に何が何でもこの人以外とは付き合わないって決めるより、自然でいいんじゃないかって思うんだよね。そんな曖昧じゃダメかな?」


沙希の口からこんな言葉が出て来るなんて想像もしていなかった。確かに何が何でも付き合いを続ける…というのはお互いを苦しめたり、辛くしたりすることもあるかもしれない。


そんな時に、自然な流れという選択肢があれば気持ちにも余裕が出来る。もちろん、他の人を好きになって別れるということが現実になったらと考えると、それは今別れを決めるより、正直辛いかもしれない。でも、そういう方法があるという沙希の考えも分かる。


 沙希は俺からの言葉を待っているかのように黙ったまま俺を見ているのが分かった。でも俺は沙希を直視出来なかった。考えがうまくまとまらない。沙希はどんな答えを望んでいるのか?どんな答えが正解なのか?


いや。この答えが正解だというものは人それぞれなのだ。一般論ではなく、今まで付き合ってきた俺と沙希の間に出る答えが俺たちにとっての正解なのだということは分かった。


 俺は、大きく深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。

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