第47話 戦争の終わり、始まり

 ……

 ここは………………

 ここは……どこだ……?

 私は一体、なにをしている……?


『———』


 何かが……聞こえる……

 これは、何だ……?


『———』


 体が冷たい。

 思考がうまくまとまらない。

 指先の一つも、ピクリとも動かない。

 そう、か……


(私は……死んだのか……)


 記憶の断片が、ようやく繋がり始める。

 バレッドとの死闘の果てに、私は命を落としたのだ。

 あの毒の魔力を持つ弾丸を撃ち込まれ、私は……


(……悔しい)


 またも手放しそうになる意識を、私は意味もなく繋ぎ止めていた。

 動かない指先が震えている。二度と開くことのない目が熱くなる。

 冷たく暗い、孤独な海を揺蕩う事しかできない私の心は、僅かに、けれど確かに震えていた。


(怖い)


 今まで私は何度も何度も死と直面し、その恐怖を乗り越えてきた。

 でもそれは克服できていたからじゃない。今の私なら乗り越えられるだろうとばかり考えてきたからだ。

 いくら剣が成長しても、結局は臆病で矮小な私の背中を押し続けていたのは、これまでの努力と盲信的な自信だけだった。

 それがあるから、死戦を何度も潜り抜けられた。


(怖い……!)


 でも、今は違う。

 だってもう、確定しているのだから。努力だとか自信だとか、そんなものでは誤魔化しきれない真実が、もう数秒後には迫っている。

 死にかけたことは、たくさんある。でも死ぬことを体験したわけじゃない。


(怖いっ!)


 私の心は駄々っ子のように「嫌だ、嫌だ」と叫び続けている。

 この意識を手放すのが怖い。自分が消えるのが怖い。どこまでも広がる暗闇が怖い。冷たくなっていく自分の体が怖い。どんどん聞こえなくなっていく鼓動が怖い。怖くて怖くて、たまらない。


『———』


 それでも私の薄れた頭はハッキリと理解し始めている。

 私はもう死ぬしかない事を冷静に、的確に、鮮明に理解している。

 走馬灯の一つもない。光の一つもない世界が、全てを物語っていた。

 こんなことなら、意識を取り戻したくはなかった。こんな思いをするのなら、もう二度と生きながらえたくはなかった。


『———』


 ……これは、何だ。

 誰かの声が聞こえている。

 男なのか、女なのか、子供なのか、老人なのか、現実なのか、幻聴なのか。誰かわからないが、誰かの声が機能を失っていたはずの鼓膜を揺らしている。


『———』


 誰かいるのか?

 そこに、私以外の誰かがいるのか?

 動かせない腕を必死に動かす。声のする方へ、蜘蛛の糸でも掴もうとするように懸命に腕を伸ばす。


『———!』


 指先が、何かに触れる。

 じんわりと、暖かいものが指先から染み渡ってくる。

 それは腕を伝って胸に、胴に、頭に、脚に広がっていく。


『エ———!』


 闇が照らされていく。

 私の体が、海の底から引き上げられていく。

 私がいる世界の全てが鮮明になっていく。


「エリーザさんっ…!」

「!」


 私の視界が、一気に開かれる。

 目の前にあったのは、バレッドとの死闘を行った一軒家のそこそこ高い天井。

 そして……


「エリーザさんっ…! 分か、る…?」

「少…年……?」


 心配そうな顔で私の目を覗き込んでいる、シュウ=エクリアの姿があった。

 なぜ私は生きている?

 なぜ少年がここにいる?


 私は訳が分からず、遂には脳が考えることを放棄する。

 ただ目の前の光景を処理するのが、精一杯だ。


「あ……」


 少年が、私の手を両手で持っている。私が暗闇の中で懸命に伸ばしていた指先は、少年の両手によって掌ごと包み込まれている。

 そこには包み込むように優しい、確かな温もりがあった。


(………っ)


 もう、私には限界だった。

 恐怖から解放されたという圧倒的な安堵が、私の体を突き動かしていた。

 左腕を引っ張り、少年を引き寄せる。そしてそのまま、少年の体を抱きしめた。

 少年の苦しそうな呻き声が胸元で響く。しかし今の私には、そんなことを気にしていられるほどの余裕はなかった。


 今はただ……この安堵を。

 この喜びを、噛み締めることしかできなかった。



   ▼



「え、えっと…だい、じょうぶ…?」

「あ、ああ、もう大丈夫だ。すまないな」

「んーん、へーき…」


 あれから、数分経ったのだろう。

 私の頭と体は冷静を取り戻し、今は同じ一軒家の中で壁を背にして座っているような形だ。

 どうやら少年は倒れている私を治療し、看病までしてくれたらしい。


「……君のおかげだな。ありがとう、少年」

「どう…いたし、まして…?」

『キュー!』


 少年の頭の上に、そこそこ大きな魔蟲が乗る。その魔蟲ははねを震わせて、自慢げに高い鳴き声を上げた。

 少年は、初めて出会った時と同じように治療してくれたようだ。バレッドが私に撃ち込んだ毒も、基を辿れば魔力の塊。であれば同様の治療法でも効果があるかもしれない。

 事実こうして助かっている訳だから、本当に効果はあったのだろう。


(……少年)


 私はまじまじと、久しぶりに見る少年の顔を見つめてしまう。

 その視線に気づいた少年も、キョトンとした顔つきだ。でも、何も言わないでいてくれている。


 私の心の中は、今までに感じたことのない感情が洪水のように溢れている。

 人はそれを『感動』と呼ぶのだろうけど、それよりも遥かに複雑で膨大な量の気持ちが胸の奥で渦巻いている。

 それは言葉にはどうやっても表すことのできない、なんとも表現し難いカタチだった。


 でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。なぜなら、まだ終わったわけではないからだ。白色町を取り巻く戦いの渦は、まだ収まってはいない。

 もしかしたら収まっているのかもしれないが、それを確認しない限り私には過度な休憩は許されない。

 体を満足に動かすことはできそうにもないが、魔力操作だけはどうにかなりそうだ。


「少年……肩を、貸してくれるか? まだ毒の影響が、残っているようで———」

「だめ…」


 少年の返答は意外にも、拒否の言葉だった。驚いて少年の顔を見てしまい、そして私は初めて気づいた。

 少年の顔つきが、明らかに変わっている。前までは、戦いの中で奇想天外なアイデアを思いついてはいたが、戦闘力はかなり低めの素人だったはずだ。

 だというのに今は、今の少年の顔つきは。まるで、戦士のような強さが秘められているような、鋭さを兼ね備えているようだった。

 もともと少年は表情が薄かったが、はっきりとわかる。それくらいに少年の中の何かが変化していた。


「エリーザさんは、休まないと…だめ…」

「……そう、か」


 そう強く言われてしまったのなら、仕方がない。私は今回の戦いでは離脱せざるを得ないようだった。

 そう諦めた、その時。突如として、この一軒家の扉が開かれた。


「隊長っ!」「エリーザさん!」

「お、お前たち…!」


 狭い一軒家に雪崩れ込んできたのは、ギルドにいるはずの2人。キュリアとトロアだった。

 そして、少年の姿を見た2人は目を丸くしたまま足が止まる。その様子だけで、2人は少年のことは今初めて知ったことがわかった。


「エク……リア……?」

「あ、えっと…お久し——!?」

「シュウく〜ん!!」


 トロアが少年に勢いよく飛びつく。少年はそんなトロアを避けることもなく、そのまま捕獲された。

 そしてそのままの勢いで、大きすぎる声で騒ぎ始める。


「本物ッスよね!? 本物のシュウ君ッスよね!?」

「う、うん…」

「わー!? 本物ッスよ! ほらキュリアさん本物——」

「喧しいッ!!!」

「ぱぎょべッ!」


 キュリアがトロアを風魔法で吹き飛ばし、壁に激突させた。一軒家がグラグラと揺れる。グーパンチでないだけ加減をしているということだろう。

 というより、今見えたのは気のせいだろうか。なんか、風の中に雷が混ざっていたような……?


 そ、そんなことよりも。なんだこの怒涛の展開は。

 さっきまでは確かにしんみりしていたはずだ。なのに今はもう……何というべきか、ギャグ路線に切り替わっているような気がする。

 そんな気がするということは……


「キュリア、もしかして……終わったのか?」

「え? ああ、はい。とりあえずは……ですけど」


 どうやら、この白色町全体を巻き込むような戦闘の嵐は、とっくに終わりを迎えていたようだった。それと同時に、いまだに張っていた肩の筋肉から力が抜ける。


「そうか……それじゃあ、話を聞かせてくれ。今晩に起きたことが、あまりにも多すぎるからな……簡単にまとめておきたい」

「それは分かりますが、それならばガネッシュから聞いたほうが良いかと」

「そ、そうッスね……」

「少年も、頼む」

「ん…」


 そうして、ようやく落ち着いた私たちは報告会をすることになった。

 白色町の至る所で出現した『ヒューマン』の存在。そして彼らが起こした『戦争』と『事件』の数々。少年を拐い、そして護ろうと躍起になった『異端児スコーク』の人々。


「分かったような、解らないような……ややこしいですね」

「全くッスね……特にシュウ君の所は難解ッスよ」

「はあ……」

「…」


 簡単に時系列順にまとめれば、こうなる。

 まず、ギルドで送迎会という名の宴会が行われている最中にギルドで私たちはスコークを追いかけた。

 その約十分後、トロアの方では『ギルド襲撃事件』が発生。恐らく時間的には、ゴルドとフウカのコンビと戦っている最中だろう。


「ギルドにいた人の3分の2くらいは、一応無事ッス。まあ……それでも重傷っていうかっていうか……しばらくは目を覚ましそうにないッス」

「今は、フウカが手当の続きをしてくれています。シノビには少し特殊な治療法もあるとか」


 そして同時刻か、そうでないか。少年の方でも事件が発生していた。

 例の出現したヒューマンの一人、コラトンと名乗る人物が少年と接触するなり、すぐに何処かへ行ってしまったらしい。

 『ギルド襲撃事件』の方はまだ分かりやすい。目的はほぼ間違いなく、トロアの言うを手に入れることだ。この事は、コラトンが言っていたらしい「1つは手に入りそう」というセリフからでも推測できる。

 しかし、コラトンの動きに関しては謎が多い。まず、なぜ少年の元に現れたのか? ここが分からない。


(少年の話によると……)


 スコークのリーダー、ファーザーは行方不明。しかもコラトンはなんらかのダメージを負っていたらしい。となれば……


「………」

「ん…? どう、したの…?」

「……いや、なんでもない」


 このことは、まだ言わないほうがいいのかもしれない。様子を見てからでも、遅くはないだろう。


「やっぱり……これ、ヤバい事になるッスよね? 少なくとも、俺たちはヒューマンの予定を狂わせたんスから……」

「そうだろうな。近いうちに私たちとまた接触してくるかもしれない」

「ヤバいじゃないッスかやっぱり!」

「ガネッシュ……お前、今更かそれ……?」


 トロアが事の重大さに初めて気付き、分かりやすくワタワタし始める。

 戦闘の時は驚くくらい頭の回転が速くなるが、それ以外だとコレだ。精霊術の才能があったとはいえ、なぜリーフの一員になれたのが不思議でならない。


「ともかく、私たちには分からないことが多すぎる。そこの調査をしなきゃならなくなるだろうな」

「まずは2つの組織、『スコーク』と『バステック』ですよね……スコークに関してはフウカがいますので、ある程度は聴けるでしょう」

「じゃあ残りはバステックの方ッスね……そこら辺について一番話が聴けそうなのは——」


 とたんに、少年へ視線が集まる。

 言うまでもないが、少年はヒューマンだ。そして今までの話から考えるに、元々は『バステック』にいた事はほぼ確実。もう一人の『バステックにいた人物』であるファーザーには、残念だが話を聞けそうにない。

 となれば、バステックの話を聞くことができるのは必然的に少年だけということになるんだが……


「むう…」


 話してくれなさそうなオーラが凄い。

 『ブランチ』と呼ばれる私たちリーフの部屋にある物置部屋で、少年から色々と聞いているから何となく分かる事だが、少年の昔話はどうも聞き出せそうになさそうだった。

 何度も形を変えて似たような質問をぶつけたこともあるが、軒並み答えてくれなかったし、よほど話し辛いことなのだろう。


(しかしなあ……)


 状況が状況だ。

 あの時はそこまで無理に知る必要も無かったからしつこくは聞かなかったが、もうそうは言っていられない。

 私たちは、どうしても『バステック』という組織……もっと言えば、ヒューマンという種族について知る必要がある。長年明かされる事の無かった、種族の謎を解き明かす必要があるのだ。

 その鍵は、他でもない少年が握っている。


(やれやれ、前途多難だな……)


 仕方がない、今は他にやるべきことからだ。

 少年から色々と聞くことになるのは時間がかかりそうだし、まずは手っ取り早い方から着手していくべきだろう。


「まあいいさ。君が話してくれる時まで私は待つ。それより、ギルドに向かおう」

「ギルド……ですか?」

「ああ、フウカやテレッタたちを放ってはおけないだろう? それに私たちもフォルテルに戻る必要があるからな」


 私はゆっくりと立ち上がる。

 が、足に全く力が入らず膝から崩れ落ちてしまう。

 そう言えば、毒の影響がまだ残ってしまっているんだったか。


「言った、でしょ…無理しちゃ、だめ…」

「ああ……すまない。肩を貸してくれるか?」

「エリーザさんとシュウ君じゃ高低差ありすぎッスよ。ほら、俺の肩を使うッス」

「キュリア、頼めるか?」

「はい、もちろんです」

「………ッス」


 トロアが分かりやすくシュンとしてしまう。

 彼には後でテレッタをお願いするつもりでいるから、キュリアを選択しただけなのだが。いったいどうして落ち込んでしまったんだろう。


「どん、まい…?」

「俺の味方はシュウ君だけッスよ……」


 大の大人が子供に泣きつく、とても残念な光景が出来上がってしまった。

 まあ……いいか。放っておこう。



   ▼



 キュリアの手を借りながらギルドに辿り着いて、私が最初に感じた二文字。

 それは『惨状』だった。


(どこもかしこも焼け跡だらけ……)


 どれほど腕のいい放火魔でも、ここまで広い空間を焼き尽くす事はできないだろう。

 トロアの話では、炎を自由自在に操る謎の少女によってこの光景を生み出したらしい。にわかに信じられない話ではあるが、トロアがそう言っているのだから信じるしかない。

 しかし、トロアの話だけでは詳しいことまでは分からない。少女がシンプルに魔法を使用したとも考えられるが、その場合は少女はと言う事になってしまう。

 詳しい事は、恐らくテレッタ=コーズが知っているだろう。だが、その彼女はというと……


「あ……おかえり……」

「フウカ、怪我人はどうだ?」

「順調に回復してる……でも、目を覚ますのはいつか分からないかな……」


 さっきまで宴会をしていたロビーの家具は全て壁際に置かれており、出来上がった広大なスペースに冒険者ハンターたちが寝かされていた。

 そのたちの間を、フウカは所狭しと駆け回りながら様子を見てくれている。

 確かテレッタたちの事はフウカに任せたとキュリアは言っていたが、一人でこれだけの数を診ているのか。


シノビって、看護師ナースもできるんですか」

「訓練とかじゃ怪我はつきもの……治す事にも自然と慣れる……」

「へえ……ちょっと意外ッス」


 冒険者ハンターたちの様子をザッと見ていくと、怪我の程度がバラバラなことがよく分かる。顔だけが焼けてしまっている者もいれば、全身が黒コゲになりかけている者もいる。

 しかし全体で言える事は、誰一人として軽傷の者はいないと言う事だった。


 特に、テレッタの被害が酷い。

 まるで、体内から焼かれたようだ。口の中が黒色に変色しているのが見えてしまった。これでは彼女の体を動かすことすら危険だろう。

 テレッタの隣には、ハヤテが寝かされている。服が燃え尽きてしまっているようで、カーテンの切れ端が体の上に乗せられている。フウカなりの気遣いだろうか。

 しかし、ダガーがどこにも見当たらない。別の部屋に寝かされているのだろうか? 私はキョロキョロとそれらしい場所を探してみる。


(……ん?)


 ダガーを探していると偶然、ロビーの奥に不自然なスペースがあるのを見つける。壁際に置かれたダメになった家具の向こうに、どうやら一部屋程度の空間があるようだ。

 気になった私はそっちに足を進めるが、フウカに腕を掴まれてしまう。


「そっちは……行かないほうがいい……」

「どうしてだ…? あっちには、何がある?」

……見ないほうがいい……」

「……そうか」


 戦いの後には、必ず犠牲が生まれる。

 そんな事は、身に染みて解っていたハズなのに。

 私はこういう状況に弱いのだと、毎回毎回思い知らされる。


(………)


 私は静かに目を閉じる。キュリアの肩を借りているから、手を合わせるのは不格好になってしまったが。

 だけども、今の私にできる最大限の黙祷は捧げられたはずだ。


「フウカ、一人でこれだけの数を看るのは厳しいだろう。人手はどれくらい要りそうだ?」

「一人でいい……フォルテルの助けも不要……」

「そういうわけには———」

「何かあったら連絡する……それでいいでしょ……?」


 これが取りつく島もないと言うやつか。

 どっちにしてもこれだけの人数をフォルテルに運ぶ事はできないし、肝心のテレッタも持ち帰れそうにない。

 となれば、仕方ないか。


「……分かった。本当に頼んでいいんだな?」

「しつこい……今さら裏切りなんてしない……」


 考えていた展開とは違った方向に話が進んでしまってはいるが、そこまで強く言われてしまっては、もう何を言っても無駄だろう。

 今回の件で、少なくともスコークは敵ではないと言うことがはっきりわかった。むしろ今では、私たちの味方だと言っても良いだろう。


 今晩の戦争が始まるまで何となくしか掴めていなかった私たちの立ち居位置をはっきりと知ることができたのは大きな収穫といえる。

 今回の騒動は間違いなく、『スコーク』と『バステック』の2大勢力間での抗争だ。私たちは、それに巻き込まれてしまった形だ。


 ともかく、フウカのことはもう信用しても良いだろう。前は敵対していたかもしれないが、今となってはフウカやスコークは『』なのだから。

 私たちが今すべきことは、今回の件をリノア様に報告すること。巻き込まれた以上、フォルテルも戦争に巻き込まれるかもしれないのだから。


「すぐに連絡する。それまで頼んだぞ、フウカ」

「わかってる……早く行って……」

「隊長、行きましょう」

「ああ」


 そして私たちは、騒がしくも賑やかだった白色町を後にした。

 テレッタやハヤテの回復を祈り、新たにできた仲間たちを置いて。


(私にできることは——)


 リノア様から賜った指令、少年を見つけ出すことは達成できた。

 しかしそれ以上の『何か』を、私たちは持って帰ってしまったのだ。

 そしてその『何か』は、魔の森マナ・フォレストを未だかつてない混沌に陥れようとしている。


「少年」

「ん…?」

「……もう、私から離れるなよ。必ず、君を守り切る」

「……ん…」


 私にできることは、一つしかない。

 少年を、フォルテルを、魔の森マナ・フォレストを、仲間たちと共に守り抜くこと。そのために、剣を振るうことしか私にできることはない。

 私はたった一つの固い『決意』を胸に抱き、歩みを進めた。

 もう、今夜のような惨状を、生み出さないように。



   ▼



「……ねえ」


 ギルドにたった一人残されたフウカが口を開く。

 その言葉は明らかに『誰か』に向けられたモノだったが、返事をするものはいない。

 それでも、フウカは言葉を止めなかった。


「聞こえてるんでしょ……返事くらいしたら……?」

「……」

「そう……名前を言わなきゃ、わからない……?」


 ギルドの静寂に、その声は飲み込まれる。

 反響の一つもない、不気味なシンとした雰囲気が場を支配していた。

 しかし、それは破られることになる。


「テレッタ……コーズ……」

「……」

「意識……戻ってるでしょ……」


 冒険者ハンターの中で最も被害が酷いテレッタに、フウカは絶えず問いかける。

 そして。


「…………………………バレたか」


 その双眸が、開かれた。




『フォレスト・サイド』

第2部「白い街と黒い空、白い花と黒い夢」………了

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フォレスト・サイド チョコチーノ @choco238

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