第46話 余りにも短い本編
隊長が言っていたことは、おそらく間違っていないだろう。
バレッドは何者かと連絡を取り、私たちの位置情報を聞き出しているのを通信木の実は教えてくれた。
その気になれば、あの一軒家まであっという間にたどり着くなんてことも可能だったはずだ。なのに寄り道でもしているのかと思えるほどに、いつまで経ってもバレッドは来なかった。
となれば、バレッドの狙いは時間稼ぎ。隊長はそう判断し、私とフウカにギルドまで走るよう命じた。
隊長はたった一人であの家に残り、バレッドの足止めをすると言っていた。
その時に壊れてしまった私の
(………)
だから、私たちが今ギルドに向かっているのはおそらく正しい判断だ。時間稼ぎの狙いは定かでは無いが、白色町で何かが起こるとしたらギルドでしかあり得ない。
ギルドは現在、送迎会とは名ばかりの宴に明け暮れているはずだからだ。そこには白色町にいる全ての
「……? どうしたの……」
「いや、なんでもない。先を急ぐぞ」
私の腕を掴んだまま走るフウカが私の不穏な空気を感じとったのか、後ろを振り向かずに訪ねてくる。私はとっさに平静を取り繕っていた。
フウカはビーストという種族の中でも特殊な存在、
(………くそっ)
隊長が言っていたことは、おそらく間違っていない。いや、間違いないと考えていいはずだ。
なのに……どうも、拭きれない。
ギルドに迫る『何か』に間に合わないことは、絶対にないと確信はしている。なぜなら、ギルドにはまだガネッシュがいるはずだ。こんな場所で酔い潰れるほど無警戒な奴ではないから、『何か』が襲いかかってもしばらくの間はガネッシュが対峙してくれていることだろう。
ガネッシュはやるときはやる奴だ。普段は馬鹿丸出しな言動が目立つが、やる気にさえなれば、ガネッシュはかなり手強い。だからおそらくは問題ない。
なのに、何だろうか。
私の背中にぺたりぺたりと張り付いてくるかのような、そんな悪寒。
黒い気配がまるで拭えない。
わかっている。これはただの直感だ。確証どころか理由すらもない単なる虫の知らせだ。こんな感情に振り回されるわけにはいかない。
「嫌な予感がするから、隊長の所へ一旦戻ろう」など言えるはずもないし、そもそも考えてすらいけないのだ。それはあまりに弱気な行動かつ、敵の思惑を見抜きつつそれに乗るという愚行極まりない選択だ。プラス、隊長は1対1の戦闘を考えて作戦を練っている。それの足手纏いになってしまえば目も当てられない。
(……このままではいけない。感情がぶれている)
この不安定な心のままギルドに行ってはいけない。
そうだ、何を心配する必要がある。隊長がバレッド如きに負けるわけがない。そんなこと、分かり切っていることではないか。
こんなに心が揺らいでいるのは……きっと、エクリアのせいだ。
もともと
なのに、それは唐突に現れた。
デヴィス迷宮で見つけた手帳からこぼれ落ちた、2つの赤い木の実。通信木の実。そしてスコークの登場。
私たちは手掛かりどころか、それ以上のものを見つけてしまったのだ。
そして次には、謎のヒューマンの襲来。
ここまで訳のわからないことが続いてしまっては、混乱し不安になるのも当然だ。
そもそもエクリアは蟲たちと話せる技を持ってはいるが、私が見る限り戦闘能力は皆無。この事態に巻き込まれ、もし仮に狙われたのなら……無事ではいられないだろう。
(………させるか)
私に纏わりつく不安の正体はこれだ。間違いない。
正体が分かった途端、私にまとわりついていた何かが軽くなったような気がした。よし、これなら大丈夫だ。問題ない。
「もうすぐギルド……準備はいい……?」
「ああ」
そして私たちはギルドまで走り続けた。
他人の余計な心配をせず、ただ自分の役割を果たすために。
▼
時はエリーザとキュリアがギルドを飛び出して行ってから、15分くらい経った頃。より正確には、4人の前にバレッドが現れる少し前。
ギルドのどんちゃん騒ぎは、乱戦騒ぎに変化し、それは絶賛開催中だった。白色町の町長こと、テレッタ=コーズは調子づいた
元々は様子が豹変したエルフ2人を
椅子や机や武器や魔法や人が飛び交い、床や壁や天井や人々はボロボロになっている。何も知らない人がこの光景を見れば、戦争でも起きたのかと目を疑ってしまうことだろう。
戦争という表現は、あながち間違ってはいないが。
「うぉぉらああぁッッ!!!」
「ぐべらっ!?」
また一人の
他の者はテレッタ無双を肴に酒をバカ飲みしていたり、そもそも興味がないダガーやハヤテはカードゲームに興じていたりする。
「……なあ、ハヤテ」
「なんなのだ? あ、レイズなのだ」
「団長をあのまま放っておいていいと思うか? いろんなもんぶっ壊しまくっているが。コール」
「んー………止めに入ったら、団長にぶっ飛ばされそうなのだ。3枚チェンジなのだ」
「だよな。まあ……楽しそうだし、いいかもな。2枚チェンジだ」
ダガーが原型をかろうじて留めているギルドのロビーを見回す。修復にどれくらいかかるかと考えるだけで目眩がするだろう。
しかしダガーは、見回したからかあることに気がついた。
「…? なあハヤテ」
「なんなのだ? ベットなのだ」
「あいつ、どこ行った? えーと、トロア=ガネッシュとか言ったか。レイズだ」
「……? そう言えば、どこにもいないのだ。レイズなのだ」
「トイレか…? いや、トイレは今誰も使ってないっぽいしな。もいっちょレイズだ」
「うーん、わかんないのだ!
「は?」
「ん?」
「は???」
ハヤテの予想外の
勝負に行っていたら勝っていたと知ったダガーは失意の底に沈み、ハヤテは渾身のブラフに成功したことで狂喜乱舞している。
その時。
今の今まで閉じ切っていた大きな扉が、ゆっくりと開かれる。そこに立っていたのは、一人の少女だった。
袖口の大きい、白い
身長は
いつものギルドだったなら、誰かが何かを感じ取っていただろう。少女が
しかし今は乱戦騒ぎの真っ只中。そもそも意識がある
少女のことを気にかける人間は、非常に少なかった。その存在に気がついたのは、ポーカーに勤しんでいたダガーとハヤテ。そしてほんの一握りの、酔いの浅い
「………」
少女は黙りこくったまま、周囲を観察する。
そして少女が見つけたのは、2階へと上がる階段。少女は何も言葉を発する事ことなく、静かに階段の方へと足を進めていく。
その途中、少女の異様とも言える服装が気になったのか、一人のドワーフの
「ちょい待つべ、そこの
「……はあ」
少女は深いため息をついた。まるで、面倒ごとに巻き込まれたような態度だ。
「ひょっとして、新人なんか?」
「……あんた、ツイてないわね。恨むなら自分の不運を恨みなさい」
「ん? なんのこと———」
それ以上、ドワーフの言葉は続かなかった。
少女は、ドワーフが身につけていた服の一点をじっと見つめている。
次の瞬間———
「【発火】」
ドワーフの服の一部に、小さな火が灯る。
正確には、少女の視線の先。その小さな種火は突如として現れた。
「【炎上】」
あっという間だった。
その種火は炎となり、ドワーフの全身を包み込む。その炎の成長具合は、誰がどう見たって異常すぎるほどに一気に拡大した。
ドワーフの
「ダ、ダガー!」
「おいおい…!」
そして残りの
しかし、それはあまりにも遅すぎた。
「【火龍】」
ドワーフの全身を焼いている炎が、さらに種火になる。
炎はさらに急拡大して、ギルドの全てに熱を運ぶ巨大な火の球になる。そして、その球体に裂け目が入ったと思った刹那。
竜の形をした巨大すぎる炎が
「「「「ぐわあああ!?」」」」
あまりにも唐突すぎて理不尽な展開に、
それも当然のことだった。なぜならドワーフの服に火種が生まれてから、火龍が
(…………今の内ね)
この騒動を起こした少女は、未だに冷静で表情一つ変えていない。少し早足になりつつ階段へ向かう。
灼熱地獄に悶え苦しんでいる
たった1人を除いて。
「【
「——!」
炎の渦の中から、弓矢のような拳が少女を襲う。それに間一髪気づいた少女は、大きく後ろに飛び退いた。
少女は舌打ちをして、立ちはだかる人物の名を口にした。
「テレッタ=コーズ…」
「へっ。俺を知ってんのか、嬉しい限りだなぁ?」
あらゆる
もともと彼女が着ていた服は布の面積が小さいから、そんなに燃え広がったりはしていないようだったが。
テレッタの
謎の少女も、それをひしひしと感じていた。
「んで、何が目的だ? 俺は今、すっげぇ機嫌がいいんだ。道場破りっつーんなら喜んで相手になるぜ?」
「そんなものに興味はないわ」
「ほう?」
テレッタは目を細めて、少女を観察する。
決して動きやすいとは言えない服装に、華奢な体。それでいて戦闘慣れしている雰囲気。
(どう考えても
2人の間で緊張が走っている。
それでも少女は淡々とした口調で、テレッタの目をまっすぐ見たまま話を続けていた。
「迷宮であんたが手に入れた物。それを貰うだけ」
「………なるほどなぁ」
テレッタの目の色が急激に変化する。それは『愉しむ』ことを目的にしているような物ではなく、もっと直接的な目的を表していた。
テレッタの両拳を握る力がますます強くなっていく。いつ戦闘が始まってもおかしくない空気が場を支配していく。
「それなら———」
倒すしかない。そう言い放ち再び拳を繰り出そうとする。
その直前の出来事だった。
「【
「ガァ———!?」
テレッタの腹部から、一本の炎の槍が突き出る。
一連の会話の間に、少女は背後で炎の槍を準備していたことにテレッタは気づくことができなかった。
「て、てめえ…!」
「あんたとおしゃべりしてる暇なんてないの。悪いけど、さっさと行かせて貰うわね」
テレッタがその場で膝をつき、地面に手をついた。
苦しそうに燃え盛る槍を鷲掴み、引き抜こうとする。しかし、それは叶うことなく事態はさらに悪化していく。
今、テレッタの体内では大変なことが起こっている。彼女を貫いた炎の槍が、彼女の体全てを焼き尽くそうと火の手を広げているのだ。
いくら頑丈なオーガだとは言え、内側からの攻撃には弱い。テレッタに、もはやなす術はなかった。
しかし、テレッタが焦っている理由は他にある。この炎の槍が魔法攻撃ならいくらでも対処方法はあるかもしれない。しかし——
(こいつ……魔法じゃ、ねえ……!)
彼女を襲っているのは、正真正銘本物の炎だった。その確実かつ理不尽な情報は、テレッタの脳内をさらに混乱に陥れていた。
そしテレッタは、とうとう答えにたどり着けなかった。
「【
テレッタの体が、赤く輝く。
次の瞬間、口から、鼻から、体の節々から、テレッタの体内に留まることができなかった炎が勢いよく吹き出す。
最後には、嫌な匂いを残したテレッタが地面に倒れ伏していた。
「……」
少女はあたりを見渡す。
数分前まではどんちゃん騒ぎが絶えそうにもなかったギルドは、静寂に包まれている。壁は真っ黒に焦げ、息をしている
惨状。
それが、この状況を表すにはピッタリな言葉だった。
少女は彼らに目もくれず、さっさと2階へとたどり着いてしまう。
向かった先は『ギルド長室』。無遠慮に扉を開け、様々な資料が散乱した部屋を少女は隅から隅まで調べ上げていく。
「あった…」
少女の視線の先には、奇妙な物体が1つだけポツンと置かれていた。それは円盤状になっていて、銀色に輝いている。淵の一部分に丸い穴が開いており、一体何おための道具なのかがさっぱりわからない。
そして何より、円盤の中心には宝石なものがはめられているが、黒ずんでしまっていて価値があるようにはとても見えないような代物だ。
しかし少女はそれを嬉々として掴んだ。
「—ッ!?」
少女はせっかく手に入れた円盤を手放す。しかし、時すでに遅し。
円盤を掴んだ少女の掌が炎上していた。慌てて手を振るも、その炎の勢いは止まらない。
少女は自分の能力が通じない炎に困惑するも、苦しむような様子は一切見せていない。
「びっくりしたッスか?」
少女の背後、ギルド長室の扉から男性の声がする。明らかに少女に向けて発せられた、やや挑戦的な口調。
少女ゆっくりと後ろを振り返ると、扉を盾にして隠れているトロア=ガネッシュが立っていた。
「やっぱりそれがお目当てだったんスね」
「…精霊術を仕掛けたってわけ」
「ピンポン、正解ッスよ」
少女の掌は未だに燃え盛る炎に包まれている。確実に掌は焼かれているというのに、その痛みは絶大な物であるはずだというのに、それを
痛覚がないのかと心配になりそうなくらいだ。トロアは
(……なるほどね。そーゆーこと)
先ほど少女は見つめた先を発火させ、それを膨張させ
そのことからトロアは、少女は炎がなければ攻撃できないと予想した。もし自分の衣服が発火しようものなら、その時点でトロアの負けは確定する。
そしてトロアはさらに情報を得るため、わざわざ
(いや、ヨユーでまずいんだけどね)
相変わらずの憎たらしい口調で少女の素性を推し量ろうとする。
「それ以上、その円盤に触れないほうがいいッスよ。今の火力ならギリ大火傷で済むかもッスけど、これ以上はその腕を切り離すことになるッスから」
「………」
「何が目的なんスか。なんだってそんな———」
トロアは慎重に話を続けようとしている。
しかし、そんなトロアの言葉を遮るように少女は素早く動き始める。とっさに身構えるトロアだが、少女が起こした行動はトロアにとって予想外だった。
「えっ———!?」
少女は炎が焼き続けている掌で、またも円盤を掴む。その瞬間、少女の腕がこれ以上ないほどに炎上する。
そしてそのまま少女は燃え盛る腕を気に留める素振りすら見せることなく、ギルド長室の窓を突き破り、外に飛び出した。
トロアは慌てて部屋に入り、窓から顔を出す。
しかし、既に少女の姿はなかった。
「まじッスか…?」
トロアの言った「腕を切り離すことになる」という台詞は決して脅しではない。本当に腕を切り離さなくてはならなくなるほどの火傷を負わざるを得ないのだ。
それなのに、一切の躊躇もなく少女を円盤を掴み脱出した。
(………くっ)
これは、トロアの敗北を意味する。
顔を歪ませて悔しがるトロアだったが、すぐにハッとなり我に返った。
「そうだ、みんなを治療しないとッスね!」
トロアは湧き上がるような敗北感を堪え、ギルドのロビーに駆け足で向かっていった。様々な疑問を押し込めて、息絶え絶えの
少女がギルドに乱入してから、僅か10分足らずの出来事だった。
▼
「……ただいま」
「帰ったか」
ギルドを荒らした少女は
男性がゆっくりと立ち上がり、少女と向かい合った。
「その腕はどうした」
「精霊術でやられたの。さっさと切り離して」
少女がそう言った瞬間、男性の左腕が不定形に変形していく。そして男性の腕は巨大な刃物になった。
そして、気がついた時には少女の燃え盛る腕は胴体と切り離され、少女の方から大量の血液が溢れ出る。
血液が足りなくなった少女の体は、その場でどさりと倒れ込む。
それを見た男性———コラトンは、静かな声で近くにいた女性に声をかける。
「R-13を修理室へ。補正してやれ」
「かしこまりました」
女性は腕一本を失った少女を乱暴に担ぎ上げ、部屋を出ていく。
男性の視線は既に少女に対する興味を失っており、彼が見つめているのはただ1つだけ。
少女が持ち帰った、円盤ただ1つだけだった。
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