第45話 バレッドの弾丸

 ワシは歩いて彼女たちの元へと向かう。急いでないのは、急ぐ必要が全くもってないからだ。

 むしろ、ワシが急いで彼女たちの下にたどり着いて、あっさりとワシが倒されるようなことがあればそれこそ本末転倒だ。それが最悪のケース。何も急がなくたって、ワシらは着実に敵を追い詰めつつある。


 無駄に人数が多いスコークの連中だって、今や残り何人になっていることやら。スタートが8人だったから……半分くらい残ってるかどうかかな。

 唯一の気がかりはエルフたちの精鋭、リーフの連中。奴らがそれぞれ何を得意としているのかは調査済みではあるが、実力の底はまだ見えていない。

 基本的に『勝てる戦闘』以外は実験や検証を除いて避けてきたわけだが、残念ながら今回ばかりはそうはいかなそうだ。


(……ま、ええわ。なんとかなるやろ)


 おおっと、いけないいけない。

 すーぐ気を抜いてしまうのはワシの一番良くない所だ。わかっていても、どうしてもこの癖が抜けない。持って産まれた性のようなものだ。


「……ぷっ」


 持って産まれた、ねえ。

 いやはや、こういうのを皮肉とか滑稽とか言うんだろうか。まったくもってちゃんちゃらおかしい話だ。こういうことをワシが考えられる様になったこと自体デタラメではあるが、まあ今となってはどうでもいいこと。

 何よりも、『結果』が重要なのだから。『理由』はその後からついてくる。


 理由だけでは不完全なのだと、よく上司ことコラトンが言っていた。

 理由だけでは結果は見えない。結果ありきでの理由なのだと。結果がでて、はじめて理由が確立するのだと言っていた。私は数ある理由の中から最も望んでいる結果に行き着く可能性が高い理由を選んでいるに過ぎないのだと。

 正直、さっぱり意味がわからない。何が言いたいのかさっぱり見えてこないし、ワシも呆れるほどの超論理主義者が何を言ってるんだと心の中でもツッコんだ。


 まあ、コラトンの言っていることがさっぱり分からないのは、いつものことだったから特別、気にしてなどいない。

 少し努力して分かる事と言ったら……コラトンは強烈な変人という事くらいだろうか。


(あれでもワシらのリーダーやねんなあ……)


 別にリーダーだからと言って慕っているわけでもないが、確かにコラトンの言うことは正確で計算的だ。だから今までうまく行っていたというのもあるだろうし、ワシが安心して奴の計画に乗れるのもある。

 ま、信頼できるうちはただただ乗っかっておけばいいだろうさ。


 そんなどうでもいいことをぼんやりと考えているうちに、ワシは目的地についた。情報によれば、ここら辺らしいが……何やら様子がおかしい。

 見たところ、どこにも人の影が見つからない。さてはあのクソ上司、偽の情報でも渡しやがったか?


(いや……それはありえへんか)


 あの女が嘘を吐く理由は何一つない。そもそも嘘をつく様な女じゃない。

 となると、奴らがどっか別の場所に移動したのか。それなら連絡が入るはずだし、それもあり得ない。地下を通ったのなら話は別だが……そんな抜け道がないのは調査済みだ。

 いくらワシがのんびり歩いてきたといっても、まさか地下を掘るほどの暇は奴らにはないだろう。

 となれば、残る可能性はたった一つ。


(どっかに隠れとるな…? くくく、ええやないの)


 となれば、民家のどれかに潜んでいると当たりをつけるのが普通だろう。それ以外に隠れられそうな場所はない。

 のこのこ民家に入ってきたワシを3人で急襲するつもりか…? いいや、奴らはワシのことを毛一本ほども舐めたりはしない。そんな分かりやすい戦法を奴らが取るだろうか?

 それに、ワシの獲物が飛び道具かつ一撃必殺なのはもうすでに気がついているはず。なら屋内戦をわざわざ選択するだろうか?


(まあ、まずは散策したほうがええか)


 テキトーに練り歩けば何かは見つかるかもしれない。そんな安易な考えで行動したが、その『何か』はあっさりと見つかることになった。

 そう、ゴルド=コレーラの死体だった。それが、ある一軒家の目の前に放置されている。なんて分かりやすい目印だろう。


(…ん?)


 だが、よく見てみるとおかしな事に気がついた。

 傷がどこにも見当たらない。となると、回復薬ポーションでも使ったのか? ならば相当な量でも使ったのか……もしくは、回復薬ポーションなんかよりもずっとすごいものでも使ったのか。

 ま、そんなことをしても全く意味はないのだが。なぜなら、ワシがゴルドに打ち込んだのはただの弾丸ではないからだ。


 長ったらしい正式名称なんぞ既に忘れてしまったが、ワシの銃に備え付けられた水晶———というよりは魔石コアには特別な機能が備わっている。

 それは、という機能だ。これを使えば、疑似的にではあるが魔法弾を打ち込むことができる。

 ワシらは魔力を持たないが、魔力に属性を与えることは可能だ。一般的な種族は魔力を蓄えるための器官が存在しているらしいが、ワシらには備わっていない。だからこうやって魔力を魔石コアに溜めておけば問題なくワシらも魔法を扱うことができる。

 だが……この銃の素晴らしいところは他にある。肝心なのは、ということだ。


 話が変わるが、特異属性というのが長年にわたり研究されているらしい。それでもよくわかっていないのが現状らしいが、実はワシらは得意属性について1つ明らかにしたことがある。

 そもそも魔力の持つ波長は個人によって違う。指紋や虹彩が人によって差があるのと同じ様に。

 そして五属性魔法というのは自分の持つ魔力などを分かりやすく変形または移動させた時に現れる。


 高温なら炎。

 低温なら氷。

 流動性なら雷。

 高速移動なら風。

 発光なら光。


 これくらいならどんな波長の魔力でも応用させられる。ただ、特異魔法というのはそうもいかない。

 なぜなら、特異属性というのはの基に発現させるものだからだ。つまりそれは、波長が噛み合ったものにだけ扱えるスペシャルギフトの様なもの。それが特異属性魔法だ。


 ワシは2つあるうちの1つの銃口をピッタリとゴルドの亡骸に当てた。そして、を開始する。

 そう。ワシの銃で誰かから魔力を吸い取る際そいつが特異属性持ちなら、その特異属性をワシも操ることが可能なのだ。


(たしかゴルドは……《癒》やったな)


 これで、最強の布陣が完成した。

 片方は撃たれた者の傷を癒せる『治癒の弾丸』。そして、もう片方は撃たれたものはほぼ間違いなく死亡する『毒の弾丸』。

 『治癒の弾丸』を装填した銃には、もともと『毒の弾丸』が残されていたが、魔石コアというか何かしらに魔力を注入し続けると古い魔力は自然と排泄される。だからこういう入れ替えも可能なのだ。


「……くくく」


 これが本当の皮肉というやつだな。仲間の能力が仲間を殺し、敵を癒すなんて。運命というものがあるなら残酷なほどによくできている。

 確かに、結果ができて理由ができるみたいだ。シアノやゴルドがいたから、ワシが強化されたのではない。ワシが強化された理由が、シアノやゴルドであるだけだ。

 ……ま、どーでもいいが。


 ワシはゴルドの近くにある二階建ての一軒家を正面に拳銃を構える。

 『治癒の弾丸』が装填された方は、とりあえずしまっといていいだろう。うっかり敵に撃ち込みでもしたら大変だ。

 扉が不自然に、少しだけ開いている。ぶらりとこの辺りを見たから分かるのだが、他の民家は扉がしっかり閉まっていた。

 これはもう、完全に誘っていると見ていいだろう。


(くく、ほんまに誘っとるんか……?)


 わざわざ屋内戦。これは何かあると見ていいだろう。

 乗ってやるのも面白いかもしれない。おもわず笑みが溢れてしまう。


「……さぁて、決戦といこうやないか」


 ワシは扉の前に立ち、ノブに手を掛ける。

 と、その前にポケットから腕時計を取り出し腕につける。といってもこれは時間を見るためのものではない。

 これは、空間にある魔力濃度を見るためのものだ。


(ま、基本戦略はこれやろうしな)


 多量魔力保有オーバーマジックという特殊技能を持っているエルフたちが魔力を持たないヒューマンに挑むとしたら、まずはこれを考える。

 大量の魔力を吸わせての魔力酔い狙いだ。

 扉をそっと開け、まずは腕だけを部屋の中に突っ込んでみる。すると……


『ビーッ! ビーッ!』


 いともたやすく警告音が鳴り響いた。

 そりゃそうだ。これがなかったら逆に怪しいと考えるほどに、めちゃ当然の戦法なのだから。基本、魔力枯渇ショックを起こさないエルフにとっては、やっても損はない当然の戦略。

 それはこちらも当然読んでいると分かっているだろうが、やるだけマシな戦略だろう。


(くく……)


 ワシはもう一度ポケットから小さな筒を取り出し、それを口にくわえる。簡易的なガスマスクだ。

 扉を全開にして、堂々と中に入る。ざっと見渡したところ、人影の様なものはまたも見つからない。

 あくまで闇討ち狙いということは、短期決戦がお望みか。一瞬でワシの息の根を止める算段だろう。果たしてうまくいくかな…?

 こちらには一撃で死に至る毒の弾丸を持っている。そう易々と襲い掛かれないだろう。ワシは倒せても、下手をすれば3人中2人は死んでしまうのだから。

 だからしばらくは襲ってはこれまい。当然、隙を窺う。


(それがベスト。当然の戦略。せやけど…)


 そこが弱点。ワシが突け入れる隙。急所だ。

 1階はどうも殺風景で隠れられる場所が少ない。まだ住人がいないのかもしれないが、そこはどうでもいい。

 ともかく、敵が潜んでいるとしたら2階。となれば十中八九、次の様な作戦を取るつもりだろう。

 ワシが2階に上がろうと階段タイミングで2階の床をブチ破って唐突に襲撃。階段で慌てるワシを1階と2階、上と下で挟み撃ち。

 まあ、こんなところだろう。


(せやったら、ワシにもワンチャンあるかもやな)


 1対3で相打ちになったとしたら、それはもうワシの勝利と見ていいだろう。ワシには治癒の弾丸もあるから、ひょっとすると返り討ちもできるかもしれない。

 ああ、いけないいけない。また悪い癖が出ている。でも、どうしてもやめられない。楽しくなってくると、どうもワシは自分の置かれている状況を楽観視してしまう。


(でもま、ええか)


 久々の大騒ぎだ。このくらい、はしゃいだっていいだろう。つまりは勝ちゃいいのだ、勝ちゃ。

 ワシは階段の方向に足を進め、銃を再び構えなおす。


   ガシャン!!!


 直後、後ろで破壊音。

 想定よりも早すぎる登場にワシは別段驚くこともなく、即座に後ろを振り向く。やはり、こうでなくてはつまらない。

 銃口を後ろに向けた時には、すでにエルフの剣士———エリーザ=セルシアが素早い動きでワシは斬らんとしていた。


「せいっ!」


 そして、金属音。エリーザの剣を、銃身で受け止めた音だった。

 間近で見たエリーザの表情は、まさに驚愕していた。それもそうだ、自分の剣が止まるなど考えもしなかっただろう。

 残念ながら、この銃は特別性。たとえ隕石に潰されようと壊されないほどに頑丈なのだ。さらにエリーザの剣筋は十分すぎるほどにデータが取れている。この程度の剣を止めるのであれば、造作もないことだった。


 ワシはエリーザの腹を蹴飛ばし距離を取らせる。

 それと同時に銃口を向け3発、彼女に発砲した。


「…!」


 しかし、さすがはリーフの隊長。淀みない動きで体勢を立て直し、紙一重で銃弾を全て避ける。最小限の動きだ、見事な体捌き。これができるエルフなどそうはいないだろう。


(…?)


 その時、ワシはある異変に気がついた。

 どういうわけか、ワシの魔力濃度を測っていた腕時計が正常を指していた。さっきまでこの部屋は魔力で満たされていたはず。それが消えてしまったということは……

 ワシはもう一度銃口をエリーザに向け、標準を合わせる。次がおそらく、ワシと彼女の最後の攻撃!


「【凝魔ぎょうま投槍スピア】!」

「【毒の銃弾パープルバレッド】!」


 両者撃ち出したのは、同時だった。攻撃と同時に回避するのは至難の技。

 しかしエリーザは長年の経験のおかげからか、高速で打ち出される弾丸を回避する。

 だが、それはワシの方も同じ。はっきりと見えるほどに凝縮された魔力の塊は、ワシの左肩をちょっぴり抉り取って程度で後ろの壁を突き破っていった。


 ここまででみれば、互角だろう。だが、それは大きな間違いだ。

 ワシの弾丸は、

 エリーザの口から呻き声が漏れるのは、ほんの刹那の後の出来事だった。


「ぐあっ…!?」


 エリーザの横腹が、後ろから迫っていたによって撃ち抜かれる。そして、彼女はどさりと倒れ込んだ。

 勝負アリ、だ。


「う…ぐ…」

「くく、おしかったなあエリーザはん。あと、もうちょいやったのになあ」


 エリーザに撃ち込まれた跳弾は当然、毒の弾丸だ。もうエリーザは死んだも同然。

 とはいえまだ息があるから、不用意には近づかない様にする。それに、まだ潜伏兵もいることだし。


「ほれ、残りはどないしたん? まだワシを倒せるかもしれへんで?」

「残りは……いない。私一人だ」

「……はあ?」


 エリーザが不気味に笑う。

 まさか、ひょっとして……


「バレッド、だったか……来るのが遅すぎだ。時間稼ぎが狙いだということを……自らバラしている様なものだろう」

「……そうかあ」


 バレていた様だ。つまりエリーザは自分だけが残って、残りの二人をどこぞへ行かせたということになる。


(ちっ、面倒やな)


 となればここで油を売っているわけには行かない。ワシの任務はできるだけ大人数を、メインポイントから遠ざけること。このままでは、あのいけ好かない女上司にまた叱られてしまう。


「ほんなら、ワシは行かんとなあ。あんさんの死に顔が見れないのが残念や」


 ワシはそう言い放ち、一目散に民家を出ようとする。

 しかしエリーザの次の発言によって、ワシの足は止められた。


「……行けないな。お前は」

「は?」


 その瞬間。ほんのちょっとした油断。

 それが、ワシの最大のミスになった。


   ガシャアン!!!


 後方から派手な破壊音。なにかが壁を突き破ってきた音。

 ワシは、振り返る間も無くに胸を貫かれた。


「ガハッ!?」


 それは、黒い槍だった。真っ黒な色をした極太の槍が、ワシの腹部を後ろから貫いていた。

 そして槍は脳が性格に分析する前に、3秒と掛からず消滅する。結果として、ワシの腹に大きな空洞が出来上がった。


(ば、バカな…!)


 この現象、ワシはよく知っている。

 でも、まさかそんな。あり得ない!


「【次元ディメン超越ション】……や、と…!?」

「……これで、相打ち……だな」

「なぜ……! 破壊、したはず……やの、に…!」


 混乱するワシの脳内。それを自覚するのには大した時間はかからなかった。

 たしか【次元超越ディメンション】はキュリアとかいう魔法使いが持つ魔杖ロッドの機能だった。

 情報によれば、魔杖で描いた絵に膨大な魔力を与えて、数秒だけそれを具現化するという割とデタラメな技だったはずだ。

 しかしあれはワシの銃弾で……


(……!)


 ……具現化させる!?


「まさ、か……きさん…!」

「そうだ…魔力で作った投槍スピアはお前を狙っていない。お前の、後方にある……キュリアの魔杖ロッドで描いた槍の絵を狙っていた」

「ぐ……」


 まずい、意識が朦朧としてきた。

 それもそうだ。即死していないことがすでに奇跡。このままではワシはあっという間に絶命する。

 そうならないために、ワシは……もう一丁の拳銃を手に取った。そう、『治癒の弾丸』を。

 もう迷っている暇はない。銃口をワシ自身の胸に当てる。

 一時はどうなることかと思ったが……やはり、ワシの勝利には変わりなかった様だ。


 そして、迷うことなくそれを自分に発砲した。



   ▼



   キュン!


 バレッドが自分の胸に武器を押し当て発砲する瞬間を、私はただじっと見つめていた。

 直後、バレッドは力なくうつ伏せに倒れ込み……絶命した。回復することなく、自滅した。


 私がバレッドの武器の秘密に気がついたのは、ゴルドが絶命した時だ。

 少年の作り上げた上等回復薬ハイポーションは外傷を塞ぐだけでなく、飛躍的に細胞を活性化させることができる。

 なのにゴルドは絶命した。その理由は、一つしか考えられなかった。それは、体内の異常。つまりは毒だ。


 私には、もう一つヒントになる違和感があった。それはゴルドが初めて顔を合わせた時。

 バレッドは合計6発の弾を撃ち、その後に弾の再装填リロードをしていた。

 しかし、これは妙。もしこれで武器に仕込める全てなのだとしたら、あまりにも武器の燃費が悪すぎる。最低でも、1つにつき5発。つまりは合計10発は欲しいところだろう。

 なのに再装填リロードをした。ということは初めて会う前から、もう既に何発かを撃っていた可能性が高いだろう。


 そして私の中に、ある仮説が浮かび上がった。

 もし、その私たちと会う前に発砲した対象が『彼』だったとしたならどうだろうか…? と。

 『彼』には確か《毒》の特異属性があったはず。この奇妙な一致を見逃すわけにはいかなかった。


 結局、私が出した結論はこうだ。

 バレッドの武器は『彼』から特異属性を奪った、または模倣した。その際に『彼』を気絶または殺し、何かしら長い隙を作った。

 おそらく、魔力を吸い取るのではないか……そう考えた。


 特異属性といえど、本質は五属性と同じ。魔力がベースであることには変わりない。なら、特異属性を奪う方法は魔力を吸い取るのが最も楽な手段ではないだろうか。

 そう考えていたからこそ、私はゴルドの死体にちょっとした細工をしていたのだ。


 その細工というのは、ゴルドの死体に私の魔力を大量に注入すること。

 そうすればゴルドが保有していた特異属性を発現させる魔力は外に流れ、死体には私の魔力だけが残る。

 もしバレッドが《癒》の特異属性を利用し治癒弾を手に入れようとすれば、完成する。バレッドを癒す弾ではなく、殺す弾が。


 この作戦は、あっさりとうまくいった。

 もちろんこれは仮説を基にした不完全な作戦で、運に頼るところもあったが……バレッドの性格を鑑みれば、うまくいく確率の方が高かった。

 事実、うまくいったから……とりあえずは、OKだ。


(………少年に、感謝だな)


 この作戦には膨大すぎる魔力を使った。そもそも人一人の魔力を入れ替えること自体、エルフ1人の魔力ではとても補いきれない。私の持っている魔力薬マジックポーションを使っても、まだ足りなかった。

 私は、ポケットにしまった包紙を眺める。ここにあったのは、数日前にアルラウネのアインズから貰った保存食の様なもの。


———あの、これは一体……?

———それはの、シュウ特製のじゃ。使い時には注意するのじゃぞ。


 自然と笑いが漏れる。

 これを初めて口にした時、私は猛烈な吐き気に襲われた。この現象が魔力酔いであると理解するまでには、しばらくの時間が必要だった。

 生まれて初めて魔力酔いを体験した私は大いに困惑した。しかし、えずきながらも私は確かに笑っていた。

 これならいける。さすがは少年だ、と。


 少年が上等魔力薬エーテルを作り出していなかったら……一撃必殺の武器を持つバレッドとの戦いは、苦戦を強いられただろう。


「……がはっ! がはっ! ……………ぐ…」


 私は胃から押し上げられたものを、そのまま抵抗できずに吐き出してしまう。

 これは魔力酔いによるものではない。私の体内を駆け巡っている毒物が原因だ。このままでは……ものの10分もしないうちに、私は……


「くそ……」


 次第に力が入らなくなっていく。不快感の渦に巻き込まれていく様に、『死』という暗い海に沈んでいく様に、視界が閉ざされていく。

 ……私がいなくても、キュリアはうまくやるだろう。彼女は類稀な天才だ、そのうち自分で作戦を立て実行できる日が来るだろう。

 トロアも情けない男ではあるが、いざという時には頼れる男だ。キュリアのサポーターとしては、彼以上の存在はいないだろう。


(………………少年……)


 少年は、どうしているだろう。無事なのだろうか。

 私は少年についてあまりにも無知だった。だからこそ、できることなら守ってやりたかった。少年に纏わりつく何かから、救い出したかった。

 しかし、もう……仕方がない。


(……………………………………………………………………………)


 気がついた時には、冷たい海の底だった。

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