第5生徒 「ほぼ友達です。」

明朝、空には清々しいほどに晴天が拡がっていた。

その晴れ渡る空模様とは異なるように、俺の心情は焦りと不安で埋め尽くされようとしていた。それは昨日の恥を晒した自己紹介によるところもあったが、放課後の荒音の件からによるものでもあった。

なんせ、ここまで女子に囲まれた生活なんて縁がないものだと思っていたからな・・・。慣れるのには、まだまだ時間がかかるかもな。いや、それでも諦めない。まずは友達をつくるところから始めよう。

そうこう考えを巡らせているうちに、愛才学園の校門までたどり着いた。相変わらず、視線に入るのは女子生徒ばかりだ。

下駄箱まで歩くが、やはり男子生徒だけあってか、女子生徒たちの視線をちらほら感じる。

無理もないか。俺だって立場が逆だったら同じようなことをしているだろうからな。

まあ、こういうのも悪くないが。

一瞬、口元が緩みそうになる。

いかんいかん、今はいかにクラスに馴染めるかが大切なんだ。気を引き締めないと。

俺は自分を奮い立たせ、三階の教室へと向かった。

そして入口の前に立つ。

へこんだ取手に手をかける。

入ってすぐが肝心だ!相手からの挨拶には、しっかり微笑んだ挨拶で返す!よし!

俺は、生彩さを溢れ出させる事に努めるように、勢いよくスライド式の扉を引いた。

しかし。

そこに待っていたのは、春陽のように暖かな挨拶ではなく、俺に集まるちらちらとしたかわいた視線であった。

やばい!これじゃあ、まるで色物みたく見られているようじゃないか!昨日の自己紹介がだいぶ効いているんだ!やばいよ!

俺はその大きく膨れ上がる焦りを感じつつ、教室のど真ん中の席に腰を下ろした。

あー、正直・・・超居づぅれぇぇぇぇ!

入学二日目でここまで白眼視されるやつがいるか!?

まるで視線を避けたがるかのように机に突っ伏す。

もう、どうすればいいんだよ・・・。あぁ、陽縁の母親的愛情に癒されたい。(シスコンじゃないよ)


「君、神領くんだよね?」


その生力に満ち溢れたような溌剌はつらつとした声音が突然、俺の耳に流れ込んだ。

はっとして、すぐさま顔を上げる。

そして、見上げた先には見覚えのあるような愛らしさのある少女の顔があった。

ドキンという音が体のどこからか聞こえる。

さらに、心臓の鼓動が早くなっていくのをしっかりと感じる。


「え・・・」


俺は思わず、そう声を漏らしてしまった。


「あ!急にごめんね!私、貴生川楓きぶかわかえで、昨日の自己紹介の時に哀歌エレジーって言ったんだけど、覚えてる・・・かな?」


彼女は肩に少しかかった短めの髪を揺らしながら、俺の顔を覗くように自分の顔も近づけてきた。

甘く、心地よい香りがする。

さらに鼓動が早くなる。

このままでは心臓がもたない。


「え、哀歌・・・」


なんてたって、自己紹介の時は自分のことで精一杯だったからな・・・。正直あまり覚えてない。


「あの・・・えーっと、あの時はちょっと緊張してて、その・・・あまり覚えてないんだ。あははー」


俺は、てぎるだけ貴生川のことを傷つけないように努めた。


「あ!そうなんだ!まあ、無理もないよね、こんなに女の子がいる中に男の子がいるんだもんね、そりゃ緊張するよね」


貴生川は、はにかむような笑顔を俺に見せながらそう言った。その笑顔が眩しい。こんなに包容力のある子が同じクラスなんて、もう最高の極みだ。

薄暗いように思われた俺の学園生活に少し光が射した気がした。


「あ、でもこれでちゃんと自己紹介は済ましたから、次からは覚えてないなんて言わないでよ?」


彼女は少しムッとした表情でさらに顔を近づけてくる。そのせいで俺は体を仰け反るように反らせてしまった。というよりは、こんなんに顔を近づけられたら誰でもこうなるだろう。それが男子なら、なおさらだ。


「あ、うん。大丈夫。貴生川さんだね。しっかり覚えておくよ」


「ほんとに覚えといてね」


「う、うん、もちろん」


ただでさえ普段接しない女子にここまで顔を近づけられては、たぶん俺は気絶するだろうな。そうなれば、すべての責任は貴生川が負うことになるだろう。

しかし、そこから彼女はその顔と顔の距離のままじっと、俺のことを見つめ続けた。

ぱちりと開いた大きな瞳がしっかりと俺の赤く火照ほてりかけた顔を捉えている。

え?なんで?なんで、ずっと見つめたままなの!?もしかして俺の顔に何かついてるのか?いや、でも今朝ちゃんと顔は洗ったぞ!?それになんで黙ってるの!?貴生川さん!

もう目を合わせてはいられず、ついに貴生川から目線を逸らしてしまう。すると次に無意識にも彼女の胸元に視線を落としてしまった。ちらりとブレザーの胸の隙間から膨らみつつある白い肌が見える。

いや、ここを見るのはもっとダメだ!

すぐさま、視線をさらに下げ、床を見つめた。


「まあ、これからもよろしくね!」


やっと、顔を引いてくれた貴生川は再度、俺に笑いかけた。


「う、うん」


それじゃあね、と彼女は立ち去ろうとしたが、一度こちらを振り返り、何か思い出すように、


「昨日の自己紹介ほんと可笑おかしかったよ!私家に帰った後でも思い出して笑っちゃったぐらいなんだもん!」


と言い放ち、自らの席に戻っていった。

まじか、あの時の俺はそこまで滑稽こっけいだったのか・・・。少し萎えかけたが、スベってさらに恥をくよりはましだと思い、少し前向きになれた。

しかし、俺はやっと女子生徒とまともな会話をすることができたんだ!

しかもあっちから話しかけてくれて、おまけにあんな包み込んでくれるような微笑ほほえみを提供してくれるなんて!

これはほぼ友達と言ってもいいんじゃないか?

まあ、今日はこれだけで十分だろ!

そう喜びに浸りながら、読みかけている小説本を取り出そうと鞄の中に手を伸ばす。

ん?あれ?無いぞ?おかしいな・・・確か、昨日ちゃんと鞄にしまったはずなのに・・・。

何処かに置き忘れたかと考え、思い出そうと試みる。

どこに置き忘れた?家では一度も鞄から取り出してないんだけどな・・・。


「あの・・・」


鞄に突っ込んだ手を動かしていると、すぐ隣で、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。

この声は・・・。

顔を上げると、そこには、俺を見つめる荒音弥生がたたずんでいた。


「うわっ」


「なによ、そんなに驚かなくてもいいじゃない」


驚いた。

一体、俺に何の用・・・、あ!もしかして昨日のことまだ怒ってるんじゃあ・・・、そうだとしたら、相当根に持たれてるのかな・・・。


「いや、あの、ごめん、急に声をかけられたから」


「だからって、そこまで驚くことはないでしょ」


荒音は呆れているようだった。


「まぁ、いいわ。それよりあなた、昨日教室から出て行く時に自分の席にこの本置きっぱなしにして帰ろうとしたでしょう」


荒音はそう言いながら、手に持っていた一冊の本を卓上に置いた。


「あ、この本俺が探していたやつだ!」


咄嗟とっさに声を大きくしてしまった。

しかし、荒音が差し出してきたその本は、紛れもなく、俺が鞄に入れていた文庫本であった。

よかった。この本、結構続きが気になっていたからな・・・。

ん?

まてよ?

これを荒音が持ってたってことは、荒音が見つけてくれたんだよな・・・。俺が置き忘れて帰ろうとしたって言ってたしな。てことは・・・、もしかして荒音が昨日俺に話しかけたのは怒ったからじゃなくて、この本を置いて帰ろうとした俺にそれを気づかせるためだったのか・・・。じゃあ、俺が勝手に勘違いしていただけなのか?


「あのさ・・・」


「なにかしら?」


「もしかして昨日の放課後、これを渡すために話しかけてくれたの?」


「そうよ、それなのにあなたは、意味もわからず急に個人の自由ですよねとかなんだとか言って謝りだして、挙げ句の果てには走って帰ってしまったんじゃない」


やっぱりそうだったのか!となると、俺はかなり変人めいた行動をとっていたことになるじゃないか!やばい!恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!


「あ・・・ごめん荒音さん、俺いろいろと勘違いしちゃっててさ」


俺は必死に作り笑いを浮かべ、茶を濁そうとした。


「よく分からないけど、もういいわ」


いや、いいわけない。絶対変人だと思われてる!


「ちなみにその本・・・いえ、なんでもないわ」


荒音は、一瞬言い淀んでいるように見えた。

しかしそれから、これで用を済ませたからと言い、すぐに振り返って自分の席に戻ろうとした。

でも、よかった。荒音は思ったより怒ってはいないようだったから、取り敢えずは良しとするか。

俺は荒音の後ろ姿を見つめながら自然とほっとした気持ちになれた。

しかし、まあ、あの凛としてクールな感じだと見惚れた男子も今まで数知れずなんだろう。


「神領くん」


そう想像を膨らましていると、荒音が急にこちらを振り向いた。デジャヴを感じる


「昨日の自己紹介、結構面白かったわよ。まさか私のつくった流れを変えるなんてね。けれど・・・」


「けれど?」


「けれど、あなた変わってるわね。どうしたらあんなこと平気で言えるのかしら」


いや、誰のせいだよ!






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「ほぼ男子校」の生徒だった俺は、気づいたら「ほぼ女子校」の生徒になってました。 大津ヒロ @1916hiroiku

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